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池田 亮平

池田 亮平の人生のストーリー

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池田 亮平の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

須藤 憲司
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最後の一日

3/31がアドオプティマイゼーション推進室の室長としての最後の一日でした。 本当に怒濤の日々で、振り返ることもままならない仕事でしたが一緒に仕事をしてくれたメンバーと支えてくれた家族のおかげでなんとか勤め上げることができました。 最後の最後まで、部署の目標も会社全体の目標もギリギリの攻防で眠れない日々が続いていました。 昨日も、寝付けずに朝に近くにある麻布十番稲荷に参拝して神頼みをしたほどでした。
馬場 峻樹
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とある駅で出会った、ダメ高校生とダメ絵描きの12年後 ③ 完結

その後も血液型botのフォロワーは増え続けた。 この時の僕はデザイナーだったが、アパレルの紙媒体ばかりやっていてウェブには疎かった。 Livertyでウェブに目覚める そんな僕にウェブの楽しさを教えてくれたのは  Liverty というモノづくりチームだった。 Livertyの活動の中で出会った鶴ちゃん(現 BASE 代表)の姿を見て、僕はどんどんウェブにのめり込んだ。 (Livertyに関しては
Shono Maho
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第7話 アルケミスト【少し不思議な力を持った双子の姉妹が、600ドルとアメリカまでの片道切符だけを持って、"人生をかけた実験の旅"に出たおはなし】

離れる道 maho けんちゃん、私もう就職しないことにした。 けんちゃん そっか。いいと思うで!じゃあ卒業したら何するん? 携帯から聞こえる声は電波が悪くて少し聞こえにくい。 卒業を目前にしたその頃、けんちゃんと私は アフリカと日本の遠距離恋愛になっていた。 もちろんけんちゃんがアフリカ。 3.11のあと、けんちゃんは福島へボランティアへ行ったり、 自転車ひとつで全国の農家さんを訪ねたり、一緒にいな
間部 理仁
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学年ビリ、偏差値30台の落ちこぼれが、大学を辞め、世界の名門ロンドン大学に留学、そして商社マンになる話

担任「お母さん!お子さんがテスト中にいなくなりました。」 数学の試験中にいなくなった僕を心配し、高校の担任の先生が家にまで電話をしてきた。 問題を見ても全く分からないので、考えるのを止めて教室を出た。 高校三年時の偏差値は30台。試験前には担任が赤点を取らないように電話してくるほど成績が悪く、学年でビリを争う 四天王 と呼ばれるほど バカ だった。 授業中に勉強もせず何をしていたかと言うと、ゲームを
Suzuki Takuya
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真面目になったとたん成績が伸びなくなった時の話。勉強は長距離走と短距離走。

中学の時に覚えた「だるい」って言葉。 小学校まで真面目だったのに親との関係が悪くなって居場所を求めて気づいたらヤンキー社会の中にいた。周りの仲間はいつも口癖のように「だりー」とか言っていて自分も頻繁に「だりーなー」って口に出すようになっていた。ぐだぐだ外でたむろすることがなぜか楽しく夜遅くまでコンビニの前とかたまり場にいて昼過ぎまで家で寝ているような中学生活だった。だるいことは最小限やらないようにす
伊佐 美奈子
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どうしてあなたはセックスするのですか?

うーん。 ふっと思えば・・自分しか体験していないこと、体験からたくさん気づいたこと、学んだことがたくさんなんで、少しづつ書いてみます。 そんな私・・第二のターニングポイントとなる・・・第一のターニングポイントは13歳なんですが、今回ははしょります。(笑) 17歳の時(高校2年)沖縄から1年間アメリカのケンタッキー州へ交換留学に行きました。 親にお金がないから留学をあきらめなさいと言われ・・ だったら
麻丘 亜希
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海外ノマドな姉が、引きこもり4年目の弟を芥川賞作家にしようとする話

私は現在、起業4年目です。 自分でデザインしたエプロンを、ネットショップで販売しています。 ショップ運営の他には起業支援、時間と場所にとらわれない働き方を目指す「海外ノマド倶楽部」のディレクター(運営)をしています。 基本はどこでも仕事が出来るので、国内外を問わず気分や気候に合わせてふらっと出かけています。 午前中は仕事、午後は観光。 30歳、まさに 独身貴族です。 そんな私には、引きこもりの弟がい
Mogi Kouki
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閑話休題。ポーランド人と何を話すの?

語学学校での生活にも慣れてきた。最初は、何が何だが分からないポーランド語が段々聴き取れるようになってきた。ポーランド人たちに一番よく聞かれる質問がなぜポーランド語を勉強してるの?「それは、日本の大学受験に失敗したから」と答える訳にもいかず、とりあえず 通訳になるため と返しておいた。実際、ポーランドの知識をある程度仕入れてから、ポーランドに来たが、分からないことはまだまだ多く、例え知っていることを相
阪口 ユウキ
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鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。

こんにちは! WEBの仕事をしながら世界を旅している阪口といいます。 2012年7月に出国以降、東南アジアとヨーロッパの7ヶ国に住みつき、現在も旅をしながら、旅資金を稼ぐ生活を続けています。 しかし三年半前、 僕は鬱病で仕事を辞め、起き上がることもできない状態にいました。 今日は、鬱病で寝たきりの状態から、どうやって世界を飛び回る力をつけたのか、お話させていただきます。 ※この話は2014年4月、朝
AONO YUJI
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一度社会のレールからダイブしてフリーターになった僕が、大手広告会社に内定を貰えた理由。 (後編)

もしかすると何かを始めるときに、フリーターだとかニートだとか、学歴だとか今まで何をやってきたとか、そういったものって関係ないのかもしれません。 そういう、固有名詞が何かリミットというか、自分を縛ってしまって他の可能性に挑戦出来ないことがあるのではないか。そう思うときがあります。 だとしたら、誰かがつくった固有名詞とか限界に囚われず、やりたいこと、なりたい自分にトライするのが良いのかもしれません。偉そ

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