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しもむら さき

高校受験が嫌過ぎて国外逃亡したら波乱万丈な人生になった人のお話はココですよ。ココ。

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しもむら さきの人生のストーリー

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その1:旅立ち】

とにかく受験勉強から逃げたかった私がその方法を模索しまくった結果、つかんだ情報それが 「スペインの高校は中学と同じく受験無しで入れる」 。 これだ、これしかない、と私はスペイン語が一切分からないにも構わずスペイン行きを即決しました。 当時の私は一体どれだけ勉強が嫌いだったのか。もちろん今も大嫌いです。何も進化していません。 しかしそれにしても、言葉の分からない環境で3年間学び高校を卒業するのと、半年

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その0:プロローグ】

2009年末、当時中学3年生。 受験シーズンも真っ只中に差し掛かったというとき、私は父の母国であるスペインに旅立つことを決意しました。 理由は語学力がうんぬん~とかグローバルがにゃにゃにゃ~と言いたいところですが、ぶっちゃけてしまうと 「高校受験がめんどうくさかったから」 。完全に不純な理由です。 一見冗談としか思えないこの決意、なんと翌年4月6日に まじで実行されてしまい 、数週間後に実際私はスペ

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その2:新生活スタート】

高校3年間のうちはじめの1年は、首都マドリードの横に位置するセゴビアという県でホームステイをして暮らすことになりました。 約2年ぶりにスペインの地に父と共に足を降ろして始めに思ったこと、それは 「寒っ!」 。 それもそう、スペインの内部は冬は寒く夏は暑いというとてもすばらしい気候を兼ね備えた土地であり、セゴビアなど「スペインの京都」と私から呼ばれているくらいです。呼んでいるのは私だけです。 ましてや

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その3:苦難】

言葉が一切分からない環境での生活は、それはもう想像を絶する大変さでした。 渡西前は 「スペイン語?余裕余裕」 などと軽口をぺらぺらと叩いていた私も、流石に本格的に新生活がスタートするとその口を閉じざるを得ませんでした。 むしろ軽口を叩いていた頃の私と、そもそもスペイン行きを決定した過去の私の口を縫いつけ更にそれぞれ7発ずつほど殴ってやりたいほどでした。暴力はいけません。   というわけで今回は私に待

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その4:夏の始まり】

さて怒涛の中学四年も、あっという間に終わりを迎えます。 まあ短かった、物理的に。 学校に入ってたったの2ヶ月です。そりゃ留年です。当たり前です。 なんせ私がこの2ヶ月まともにやった教科と言えば体育くらい。いやあバレーボール楽しかった。 通知表を埋め尽くす0を眺めながら、いっそのこと成績をつけるくれるなと思わず涙がちょちょ切れました。 留年して当たり前、そう覚悟はしていたのでいざ宣告されてもしょうがな

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その5:アビラ】

ご無沙汰しております。   最近ちらほらコメントやメッセージをいただくようになり、更には50人近くの方に「続きが聞きたい」を押していただいたということで、大変励みになっております。 拙い文章ゆえに、皆さんにきちんと楽しんでいただけているのか不安ではありますが、これからもお付き合いいただければ嬉しい限りです。 特別感動できるような話ではありませんが、読んでアホでぇこいつーと笑っていただければ本望です。

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その6:中学4年生(第2回目)】

ここ最近、Storys.jpに留学関係のストーリーが増えてきているのでは無いでしょうか。 私も留学生の端くれ、同じ世界というフィールドで闘う仲間(鼻で笑うところです)として皆さんの留学に関するお話を楽しく読ませていただいているのです。が。 読んでみると皆さん夢と希望に溢れ、どのような逆境にもその夢のためであれば負けない素晴らしい精神を決意を持っています。 そしてそのような文を読めば読むほど、私の人生

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その7:閑話休題】

今日をもちまして、以前記述したスペインのセンターの日程が全部終了しました。 3年間のスペイン生活の集大成になかなかふさわしい出来になったのでは無いかと思います。 あまりのスペイン語の分からなさ&馬鹿さに、クラスのダウン症の子が使っているものと同じ特別教材を渡されたのが3年前。 それから自分なりに切磋琢磨して、最終的には100人中30位くらいの成績で卒業し、大学入試も終えれたのですからなかなか大したも

3.11/当時海外にいて思ったこと。

2年前、2011年の3月11日、私はスペインで高校生をしていました。 あの日は朝から色々な先生が「日本で地震があったんだって?」と私に声をかけてきてくれました。 しかし、私は当時その地震がそこまで大規模なものだなんて夢にも思っておらずに、日本で地震が起こる事なんて日常茶飯事なのに。そんなことを思いながら、大丈夫大丈夫と適当に先生方に答えていました。 それほど、あの災害は私にとっては予想外なものでした

今は、帰国子女枠で日本の大学進学決定。高校時代は、言葉がさっぱりわからない国で靴を食べていた。

今は、帰国子女枠で日本の大学進学決定。 しかし私高校時代は、言葉がさっぱりわからない国で迷走に迷走を重ね、靴を食べていました。 馬鹿丸出し。 さて私。 この3年ちょいを総括させていただけば、父の母国であるスペインで高校時代を過ごし、その後日本に帰国、そして帰国子女入試で第一志望校に一発で合格―といった具合でして、見た感じなかなかスムーズでスタイリッシュな人生を送っているように思われるのではないでしょ

読んでよかったストーリー

大貫 恵
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急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ3(本編)

前編・後編お疲れ様でした こんにちは、おおぬきです。 長々と暗い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。実は私が本当に書きたかったことは、こちらの本編です。もう少しお付き合いください。 旦那が死んでそれからどうした? 行動①家を出ました 旦那の四十九日が終わってすぐ、一緒に住んでいた家を出ました。これはお義母さんからの提案でした。多分みんな 「家出るの早すぎない?」 って思うかもしれません。
中村 珍晴
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アメフトで首を骨折し、四肢麻痺になった青年がヘッドコーチとしてチームに復帰した話。パート1

「人生の転機」は突然やってきます。 しかし転機はその時点で気づくことはほとんどなく、過去を振り返った時に「あぁ、あの時が…」と思うことがほとんどで、現在進行形では分かりません。 三重苦を抱えたヘレン・ケラーはこんな言葉を残してます。 ヘレン・ケラー 「ひとつの幸せのドアが閉じるとき、もうひとつのドアが開く。 しかし、わたしたちは閉じたドアばかりに目を奪われ、開いたドアに気づかない。」 人生を辞めてし
Handa Naoto
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「お腹の子は、無脳児でした。」~葛藤と感動に包まれた5日間の記録~

「大事な話があるから、 電話に出られるようにしておいてね。」と、 妻のはなちゃんからLINEが入った。 昼休み。丁度、店内でチキンクリスプの包み紙を開けるところだった。 「そうかあ、本当にだめだったのか。」と心の中で深くため息をついた。 確かに、はなちゃんは病院に行く前から気にしていた。 「もうちょっとお腹大きくなってもいいころなのに。 ちゃんと育っているか心配。」 1か月くらい前から、何度かそう話
寳槻 泰伸
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強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話 パート2 受験編

全ては 長男の「やめたい」 から始まった 今思えば、これがオヤジの壮大な実験の始まりでした。 3兄弟を高校に通わせずに大学に放り込めるのか・・・ 京大3兄弟というオヤジのネタ(自慢)を完成させられるのか・・・ 長男の僕にとって、小中学校の生活は部活や友達など楽しい時期もありました。恋愛とかスポーツとか。でも、1日何時間も退屈な授業を聞いて、多少窮屈さを感じていたのも事実です。 高校という所はきっと自
嶋津 桂子
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飲んだ帰りに紛失したパスケースを警察に届けてくれた人がお礼を要求してきたので会いに行ったら恐ろしいことが起きた

結論から言うと、 遺失物法 (落とし主と拾い主とのやり取りなどを、警察を介して行う法律。素人解釈)は、 遺失物 (落とし物)の 拾得者 (拾って警察に届けてくれた人)によって、 所有物の紛失以上のトラブルを招きかねない、 とても危険な法律 である。 ……もっとも、上記は今回の事件を受けたうえでの筆者個人の感想であり、「物を落とす方が悪い!」といった意見は正論であるが受け付けない。 ―――――――――
和田 晃一良
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プログラマは社会の底辺がなる職業だと思っていたら、プログラマになっていた話

中高生の頃、プログラマはブラックだと思っていました。 小学生のとき、部屋にPCが置かれPC中毒となる 僕が小学5年生のとき、家にWindows 98のPCが導入されました。 その頃の私にとって、PCというのは、物凄く面白いもので、夢の機械のように思えました。 最初はマインスイーパやソリティアを遊ぶだけでしたが、日々PCをさわるごとに、どんどんできることが広がり、更にインターネットが使えるようになる
Sasaki Shin
2224
40

医者になれなきゃ死んだ方が良いと本気で思っていた高校時代のお話

◆落ちこぼれだった高校時代 高校時代、私はおちこぼれでした。どれくらいおちこぼれだったかと言うと、全国模試で数学の偏差値が38、おまけに足首を捻挫しているのがクセになっているので運動もまともにできない、彼女はいない、青春の思い出はゲーセンでのメダルゲームだけという素晴らしい灰色オレンジ・デイズを送っていたわけです。 とはいえ、最初から落ちこぼれだったわけではありません。高校受験をしていた時は第一志
伊藤 悠
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目の前で1,500人がいっせいに引くと「音がする」んだという事実を知った日 2

その瞬間、音がしたのだ。 その音は耳でキャッチしたものではない。 でも、確かに僕には聞こえた。 1,500人の声なき「えっ・・・」が共鳴した瞬間の音を。 おそらく5秒間無音だった。 僕は、ゆれていた手を下げ、体勢をもどすと、 「スミマセン」 とひとこと言って、ステージを降りた。 司会の人はつっこまない。 見ていた社員は何も言わない。 席に戻る間、周りに並ぶ同期は僕に声をかけない。というか視線を合さな
坪田 真紀
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大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。

今日は父の日です。 この、STORYS.JPさんの場をお借りして、 私から父にプレゼントをしたいと思います。 その前に、少し私たち家族をご紹介させてください。 父を嫌う娘 お父さんなんて、嫌い。 話したくない。 話かけんな。 そう思っている子は多いと思います。年頃の女の子なんて特に。 よくある父と娘の話です。 私もその中のひとり。 私が家に帰ってくるたび、話かけてくる父でした。 「仕事はどうだ?」
平 真一
177
2

グローバル盤 オレオレ詐欺を仕事にて経験する

はじめに 私は最終的にはお金を振り込んでいないので、 厳密には【オレオレ詐欺を経験した】とは言えませんが、 もし振り込んでいた場合の結果はそうであることは明らかなので、 シェアすることにしました。 オレオレ詐欺メール到来 それは僕が、「日本の超閉鎖的な不動産市場をグローバル化したい!」 という突発的な理由で、不動産業界に入って2年目。 少々仕事にも慣れてきた頃でした。 私のお客さんは、平均月30万円

書きかけのストーリー

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