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ひめ さとこ

シングルマザーで2人の子育てをしながら、
15人の営業マネージャーをしていました。
そんな中…パニック障がいを発症。
通院しながら、仕事をしていましたが、
悪化し…会社に行けなくなりました。

そんな時に出逢ったのが、腰塚勇人先生でした。
会社に行けなくなった私に、
「おめでとう!
君は、今、しんどいかもしれないけど、
それを乗り越えたら、同じ病気の人を助けることができるよ。
それが君の使命だよ。」と言ってくださいました。

心理学を学び、病気を乗り越え、
コーチングを学びました。
コーチングを広げることで、
笑顔を広げ、病気を予防したい。

プロコーチになりたい人のコーチングを始めました。
もっと誰もが簡単にコーチングに触れて欲しい。
試行錯誤の末、すまいるすごろくができました。

コーチングが広がれば、コミュニケーションが変わる。
コミュニケーションが変われば、ストレスが減る。
ストレスが減れば、病気が減る。
コミュニケーションが変われば、人生が変わる。
生きることが楽しく、前向きになります。

たくさんの人と繋がり、
協力し合って、笑顔の流れを創りたい。
そのために、今日という日を生きています。

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ひめ さとこの人生のストーリー

パニックだった私がメンタルコーチになり、全国行脚することになった話

「しっかり休んで、病気治して来い!」 上司にそう言われたのは、4年前…。 その頃の私は、パニック障がい、真っ只中。 会社を休みがちになり、 行っても発作を起こす状態だった。 「はい…。 一ヶ月経ったら、必ず戻ってきます。 迷惑かけて、すみません。」 そう言ったものの、薬を飲んでも治らない。 寝てても治らない。 どうしていいか?わからなかった。 「好きなことをやってこい。」 上司の言葉を頼りに… 一度

47歳でホームレスになってまで、47都道府県をまわることになった話

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棚ぼたで出版した話

死にたい… 私が生きているだけで 迷惑がかかる… 自殺未遂… 目覚めた時、 なぜか、パソコンに向かっていた。 この話を書かなきゃ そんな衝動にかられていた。 文章が出来上がった。 「さとちゃん! これ、小冊子にして 心療内科に配ろうよ!」 友だちに言われた一言で 小冊子が出来上がった。 その翌日… 私は、あるご縁がきっかけで 対談の収録をすることに なっていた。 無事、 収録が終わり… できたての小

パニックだった私がメンタルコーチになり、日本一周した…そして、次は…?

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