「スペイン」 に関する検索結果

イワサシンジ my story

1995年1月23日 南米のサンパウロ生まれ 3歳で初めて日本へ上陸し、以降 行ったり来たりの生活で中々友達も出来ずに過ごしてました! 6歳で日本にとどまり、日本にあるポルトガル語を公用語の国際スクールに入学! 14歳まで国際学校に通い、先生の 「あなたはなぜここに通ってるの?」 の一言で14歳、中学2年生の夏に日本の中学に転校を決断する! 片言の日本語に、読めない書けないまま 中学3年生になり、い
Iwasa Shinji
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Obesityー肥満

Obesityとは英語で「肥満」のことである。 私の半生は「肥満」が原因で天国と地獄の両方を経験することになる。 生まれたときは巨大児だったわけでもなく、いたって普通・3000g健康優良児。 両親は日本人の平均的体型、若い頃は美男美女。 そんな父と母の良いところを受け継いだ長身でモデル体型で美人な妹は、私が勝手に応募した「国民的美少女コンテスト」でモデルエージェンシーの目にとまり中学の時からティーン
中山 潤
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元獣医アーティストが一年かけて地球を一周してアート活動してくるまでの話

第一章 ロサンゼルスに着いて2週間で現地の美術教室でワークショップ開催を決めた話 2017年1月11日から1年4か月に渡る地球一周アートの旅に出ています。 1月     ロサンゼルス → イマココ 2月     ニューヨーク 3~5月   フィンランド(トゥルク) 4~6月   ルーマニア 9、10月   フィンランド(マンッタ) 11~翌年5月 上海 私は2013年から、いろんな人から絵を集めてつ
小俣 智子
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世界の親日国を増やす!

PAR(PRIDEAUX-ANZAI Ryosuke / プリドー安斎亮介)です。     世界には、「親日国」と言われる国がいくつかあります。   pro-Japanese : 親日の     一例を挙げると、   ※国・地域(話されている言語、その言語の話者)   台湾(中国語・繁体字、2,300万人) トルコ(トルコ語、6,000万人) モンゴル(モンゴル語、600万人) ポーランド(ポーラン
プリドー安斎 亮介
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4月の1話 フランス語に熱中!

 3月のクルーズをきっかけに、フランス語やるんだもん!と決めた。その言葉通り、きっちりと実行。  3月中はまだボチボチだったけど、それじゃスピードが遅い、と思って、4月からは退所を毎日17時にした(この時間に、丁度、研究所が雇っている(?)バスが出る)。17時に退所すれば、18時前には寮に着ける。そこから、まずは共用の部屋でフランス語のテレビ(なんとアニメのGTOがフランス語で流れてました笑)を見て
Mano Akiko
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ドイツからキャリアについて考える

ベルリンの人材市場 東京でIT業界(営業/ビズデブ)で11年程経験を積んでベルリンに家族で移住後現地のPR会社で(はや1年)はたらきつつこちらの人材市場とキャリアについて学ぶ機会がかなりあった。今回は体裁整えず備忘録として経験から得たことを書きたいと思う。 どこでも通用するキャリアとはなんだろう? 漠然とこれを身につけたくてベルリンに来た。普通日本人ならシンガポールやロンドンやNYだろうが、自分があ
矢野 圭一郎
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人生に必要なことは全て旅先で学んだ:あなたの心にヒーローを

3Fまで吹き抜けの円柱形の建物の真ん中に四角いリングがある。 そこで大男が4名肉弾戦を繰り広げている。 大人も子供も皆、熱狂的な声援と掛け声を送っている。 「俺のヒーローは誰だっただろう?」 そんなことをメキシコシティーでルチャリブレを観ながら俺はつぶやいた。 ルチャリブレは空中殺法が多いメキシコスタイルのプロレスだ。 日本でもプロレスを観たことがない自分にとって、旅の間にぜひ行ってみたかったものの
Takai Rei
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エストニアの文化輸出から日本のクールジャパンについて思うこと(エストニアどうでしょう⑳)

ヨーロッパの一部で話題を呼ぶ謎の集団。一体彼らはどこの国の誰で何をしている人物なのだろう? クールジャパン戦略 数年前から日本政府が「クールジャパン戦略」というものを打ち出している。ひとことで言うと日本のあらゆる文化(食文化からサブカルチャーまで)をかっこ良いものとして海外に売りだし外貨を稼ごうというものだ。僕が日本国内に居た時はこのクールジャパン戦略が外国で実際にどのぐらい成果を上げているのかを知
加藤 伸弥
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日本人男性には全くウケない透明人間だった私が自分を売るマーケットを変えて国外で婚活をしたところあっさりと婚約に至った話

思えば独身の時の私はいつでも崖っぷちという感じでした。 子供の頃から自殺を企てたり、家族と縁を切ったり 都会で貧乏したり、定職を持たずフリーターでいたり。 でも、25歳のジャンプで海外に出る機会を得て 英語を話し、いろんな国で働くこともできるようになりました。 しかし日本社会でまともに働けなかったことが私の自信の壁になり それで新たなるチャレンジとして 30歳になる年にもう一度日本社会への復帰を試み
福永 眞子
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徹底的にやったら、蛇蝎の如く嫌われた。

徹底的にやったら、蛇蝎の如く嫌われた。    昨年(平成27年)、三重県で「三進連」という会社が倒産した。 私が中学生の頃は、どの学校でも受験していた業者テストだった。当時は、三重大テストとよばれて受験率は90%以上、ほぼ全員が強制的に受けさせられていたように思う。  それが、天下泰平になり「学力格差」が許せない雰囲気が蔓延していった。それで、偏差値を使って進路指導をするのも許せない。業者テストも許
キョウダイ セブン
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第3章「英語での会話」が引き起こすマジック

第3章 コミュニケーションツールに過ぎない「英語での会話」が引き起こすマジック 拠点となったトロントに戻ってからは、最大6人、 世界中から留学生を受け入れる老夫婦がホストだった生活に戻り、 無国籍の兄弟がいる疑似体験 ができた。 週末やホリデーは、彼らの通うESLスクール(第二外国語として英語を勉強する人のための語学スクール)のイベントにもよく連れ出してくれ、 その先でも更なる交流が広がり、毎日、毎
Shibata Kozue
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第8話:コロンビアで身につけた「好きを仕事にする方法」

コロンビアで突然、日本語教師・マッサージ師・書道家・寿司職人になったことは、 自分に準備さえできていれば、とても大きなチャンスだったかもしれない。 それでも、大きな収穫は3つあった。 1つは、「自分は、これらのどの職業にも、本当はなりたくなかったということが分かった」こと。 2つ目は、「何か自分に身についたものがあれば、仕事に変えられるということを知ったこと」こと。 自分が好きなことをマスターして、
Kyoko Tsuruda
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第7話:コロンビアで突然、日本語教師・マッサージ師・書道家・寿司職人になった話

好きを仕事に! ラテン音楽の巨匠に出会って、そのチャンスは何も生かすことはできなかったけど、 自分が一体、何が好きなのか、何をしたいのかも分からず、旅に出た頃の自分と比べたら、 「音楽が好き」なことくらいは分かって、少しは進歩したかもしれない。 コロンビアでは、いくつかの家族の家にお世話になっていたのだが、 あるホストファミリーの女性が、日本やアジアの文化センターの所長をしていた。 私は、彼女につい
Kyoko Tsuruda
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第6話:コロンビアでラテン音楽の巨匠の家に行った話

親切な国コロンビアで突然訪れたチャンス 東南アジア、メキシコ、グアテマラなどを旅していたら、あっという間に、大学休学の1年が過ぎてしまった。まだ旅を終えられない気持ちで、一旦日本に帰り、もう1年休学を延期した。 2年目の旅では、コロンビアに長く滞在した。 コロンビアに行った理由は、大したことはない。 当時、単にコロンビアのサルサバンド「グルーポ・ニーチェ」が好きだったという単純な理由。 コロンビアに
Kyoko Tsuruda
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第5話:メキシコで学んだ語学習得法

片言スペイン語から哲学の話をするようになるまで マレーシアを出た後は、インドネシアでしばらく遊んだ。 それから、当初は全く予定していなかったが、ハートに従って、中南米へ行くことにした。 単純に、ラテン音楽が好きという理由で、行ってみたかったのだ。 まずは、メキシコを目指した。 飛行機の中で、隣に座った人は、メキシコ人の年配の女性だった。 何かいろいろ話しかけてくれたが、全く何を言っているか分からなか
Kyoko Tsuruda
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障害を個性と捉えるなら、あなたはその個性を「治しなさい」と本人に言いますか?

まだまだ障害を個性と捉えてもらえる環境ではありませんが、自分なりに感じ考えていることを書いてみようと思います。 私は今年で障害を持って15年目になります。両耳が同じ位聞こえない聴覚障害者です。 聴覚の障害には手術などで治せる障害と治せない障害があり、私は後者で聴力は回復しないと医者に言われています。 障害の受容は早い方でした。聞こえなくなったと同時に検査の結果が確定する前から様々なことを調べて一刻も
小川 詩織
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