「ホリ」 に関する検索結果

「声が出ない」もう限界、自分の心に素直になろうと海外へ行くことを決めた

私は痙攣性発声障害という声の病気になり、 しばらく休もうと会社を辞め、 ずっと実現したかった海外留学のため カナダにワーキングホリデーに来ています。   ーーーーーーーーーーーーーーーーー 1.痙攣性発声障害とわかるまで   大学生の後半くらいから声が出にくいなあと思い始め、 その頃はバンドのボーカルなどもやっていたので声の出し方が悪いのかなあと思っていました。 (症状第1段階のちょっと違和感がある
Araki Ami
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15年間諦めきれずそれでもカナダに来た理由

私はアラサーでセブ留学を終え、今カナダでワーキングホリデーをしています。 中学生のころから留学をしたいとずっと思っていましたが、 なかなか何もできずこれまで留学経験はありません。 そんな私がやっと一歩踏み出せた話です。 “人を動かす秘訣は、この世に、ただ一つしかない。  すなわち、みずから動きたくなる気持を起こさせること… これが、秘訣だ。” ーーーーーーーーーーーーーーーーー 1.異文化への興味(
Araki Ami
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ホリエモンのメルマガにも載った、僕の海外旅行記②

前回、『ホリエモンのメルマガにも載った僕の海外旅行記①』をお届けさせていただきまして、 今回、その2つ目。 (一つ目はこれでした) http://storys.jp/story/28164 皆様の海外旅行情報のお役に立てたら嬉しいですが、僕はカジノプロとして世界放浪した挙句、世界中のカジノを出入り禁止となってしまいました~。 そこにつきましては、また別の記事でお伝えできたら嬉しいです~。 (以下、乗
Koga Masato
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ホリエモンのメルマガにも載った、僕の海外旅行記①

ホリエモンのメルマガには海外旅行記というコーナーがあり、2週にわたって私の記事が掲載されたことがあるので、それをご紹介します!(^^)! 当時私は、事情があり、家族を捨て、単身海外にカジノプロとして渡航している時期でありました。 僕の記事が皆様の旅行情報の参考にでもなっていただけたら嬉しいです。 (以下、僕と編集の方とのやり取りの最終) ===============================
Koga Masato
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1億円を稼ぐ「哲学者」が語った新時代の儲かるビジネス4原則とは?

初めまして、著者の平野久信(ひらのひさのぶ)です。 この度は、本書を手にとってくれて本当に有難うございます。 あなたにまずお伝えしたい事。それは、タイトルの、 【1億円を稼ぐ「哲学者」が語った新時代の儲かるビジネス4原則】 は、嘘でも、机上の空論でもなく、 今、リアルタイムに目の前で起こっている ビジネスの現場の話しであり、 これが新時代の成功の条件、原則だという事です。 なので無料で読めるからと言
平野 久信
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私の生い立ち by Shinohara Maiko

このストーリーを聞きたい人
詳しく聞きたい!

夜のホーチミンにて - 会社を辞めた23歳が真剣に将来について考える 〜前編〜

こんにちは、こんばんは。蕎麦とサッカーをこよなく愛する翔太です。 今僕はベトナムにいます。会社を辞め、自分の人生を見つめ直す一人旅をするためにベトナム、ホーチミンを訪れました。会社を辞めるという一つの転機の中、自分の頭を整理するために拙いですが文章にしようと思います。 前編では会社を辞めるにいたった経緯を、後編はその後のベトナムでの旅について触れようと思います。 目次 1. 会社を辞める 2. なぜ
N Shota
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何度堕ちても再生してきた ドラマのようなジェットコースター珍生

波瀾万丈だ とよく揶揄されるわたしの珍生 それを面白がってくれる人が少なからずいて わたしは落ちぶれずに済んでいる 北海道の右側に在する 湿原が有名な地にわたしは誕生した 当時 父は祖父の代から経営していた清掃会社を継いで社長として忙しく動き回っていた かと思ったら趣味の社交ダンスにも没頭していた 数年後には自ら社交ダンス教室を造ってしまったのである!! 現在、60歳を過ぎてもなお ロータリークラブ
知花 薫
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11話 現地ツアー

長い1日がやっとおわって2日目。 なんか知らないけれど、イヤホンなくなってる! しかし、カナダからレイキャビクまでの飛行機でイヤホンをサービスでもらっていたから大丈夫。 元々いらないと思っていたけれど、隣に座っていたお姉さんが席を立たったら、「これあなたのだよ~」って言ってくれたからもらったんだよね。お姉さん。ほんとありがとう。 優しい。 あのお姉さんは人の落とした荷物発見したりしていい人だったな~
三条 翔也
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炊飯器ゴミ捨て場発見事件

90年代の初めの夏に私はカナダのバンクーバーの公立高校に留学を開始した。  「お前みたいな奴は3か月カナダで続かへんぞ!」 と言われて留学の準備をし、見送りの伊丹空港で親から最後にかけられた言葉は、 「ええか、3か月やぞ。 しんどかっても3か月は我慢せぇよ! ほんで3か月後に帰って来たらええんやからな。 とにかく、3か月以内に帰国したら、餞別もろた人にもカッコつかんぞ!」 親の目には涙がこぼれていた
BN Murakami
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ワーホリ、ホステル生活が刺激的!

久しぶりの投稿となりますが、、カナダに来て早半年! とにかく時間が経つのが早い!あのセブでの苦い思い出は自分の中でだいぶ消化されました。 何が起きたか知りたい方は以前のストーリーを読んでみてください。 今日はカナダに来て色々な経験をしたので、それについて書きます。 現在はカナダのモントリオールというところにいてホステルで住み込んで働きながら、週3でベビーシッターをしています。 ただこのホステルという
Togo Yuka
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企業の突然死からどう身を守るか!!

今は突然会社がなくなる時代。あれだけ会社に尽くしてきたのに・・・といっても潰れたら後の祭り。どうやって現状から逃げたらいいのか・・・皆が思う ブラック企業は「はい!さようなら」 いまやシャープ、東芝が潰れかける時代、30年前までの人は「え?!うそだろ?」と驚くばかり。しかし今の日本に今後どのような現象が生まれるか、まさに誰も知らない。タイムマシーンで未来からやってきたものは「あの会社?もうないよ」と
阿部 真人
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私が上場企業の役員の地位を捨て、海外移住に踏み切った理由(4)危機感2 仕事がつまらない

 まず、誤解無きよう書いておきますが、私の仕事は非常にやり甲斐のあるものでした。そして、私に本当に多くのことを与えてくれました。32歳で転職してからの10年間馬車馬のように働いた経験は、いまでも人生最大の財産だと思っています。しかし、30代も後半にさし掛かるにつれ、仕事が面白くなくなっていったのです。その理由は、 大概のことはできた、からです。 もっと正確に言えば、 「本気でやれば」大概のことはでき
Keiji Aoki
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私が上場企業の役員の地位を捨て、海外移住に踏み切った理由(2)40歳転機説

 実は30代中盤頃から、40歳という年齢を強く意識していた。人生80年の時代。そう考えると40歳はちょうど半分、まだ半分、たかが半分。ストレートの大卒が22歳で社会に出て、60歳の定年まで働くとして(あくまでも仮定の話)、働くのはたった38年間。そして、その中間地点は41歳。そう、ますます40歳という年齢の重みが増してくる。そして、ある尊敬する経営者の方から言われた一言、「40歳って人生のターニング
Keiji Aoki
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”人生はこれで〇〇〇〇”4度目の美大受験に失敗した男が脇道を猛進して彫刻家になり20年後に悟ったこと

先日、職場でバイトの子が大学受験に失敗したと言って落ち込んでいた。建築内装を学ぶために大学を受験したが、全て失敗に終わったのだという。 悲しげな彼の後ろ姿が、昔の自分とダブって見えた。少しでも彼を元気付けたいと思い、4度目の美大受験に失敗したタケシという男の、その後の人生と 20 年後の様子について話すことにする。     完全な敗北   肌寒いボロアパートの一室で一人、最悪に憂鬱な気持ちで21歳の
Hamanaka Takeshi
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毒母に育てられて6

ある日、みんな去った。私の人生第2章の始まりが、その少し先にあった。 中学生の時、家庭脱退した。 再婚相手の男が出て行き三カ月程経っていた。 母親が、その間はバイト情報誌などを見たり家にゴロゴロして居る時が増えて心なしか嬉しかった。 それまでの人生の中で1番、ゆったりできた束の間の時間だったのかもしれない。 ファッション雑誌を一緒に見たり.少しばかり、その時間には幸せを感じていたけれど、突然、母親と
Full Yuka
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世間知らずな僕が、ヒッピーに情景を抱いて海外で暮らす内に、冷却され、日本に帰るまでの話。

世間知らずで打たれ弱い僕が、ヒッピーに情景を抱いて海外で260日を過ごす内に、冷却され、日本に帰るまでの話です。閉塞感を感じて勢いよく日本を飛び出してみたけれど、どこに行っても息苦しさは解消されない。探し続けても、底無しの自由なんてものはない。代わりに発見したのは、自分を大きく見せようとする虚栄心へのシラケと、安定を求める揺るぎようの無い人間の自分でした。 一、 田舎の小学校からそのまま地元の公立中
えぬ さん
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生んでくれて、ありがとう。生きててくれて、ありがとう。

高1の冬、あなたに出会えた事で命が救われた。 それまでの私は「自分なんて生まれて来なければ良かった」と思っていた。 とうとう、決定的な事があったから、私は生きていたくなくなった。 大量に風邪薬を服用して、お風呂の中でウトウトして死にかけたりした。 何度も死のうとしても死ねなくて次第に自分を痛めつける事をしていた。 夜まで遊び歩く、育ての親の祖父に反抗して心配かける等、悪そうな友達が周りに居るような、
Full Yuka
9

一歩も踏み出せなかった私が世界を旅してみたら、色んなこと眩しかった

新卒で、成長著しい旅行会社に入社した。 私にとって、仕事はきつかった。 でも3年は働かないと、そんな気持ちだった。 そんなある日、私は電車の中で呼吸困難になった。 それから眠れない、食べられない日が続いた。 自律神経失調症状だった。 また呼吸困難になったらと思うと、外に出るのが怖くなった。 仕事は結局辞めた。 しばらく私は何もしていなかった。 本当に引きこもり状態だった。 一人で東京にいるのも不安だ
長谷川 未季
3

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