「家族」 に関する検索結果

苦しい、悔しい。

苦しい、悔しい。 こういう状態が僕を育てる。 でもこれは、本音じゃない。 本音じゃ無いけど、そう思っている。 僕の話をしたい。 母と父、僕の3人家族。 同じ町内には母方の祖父母が住んでいた。 両親は共働き、僕は中学を卒業するまで祖父母の家で祖父母に育てられた、と言っても過言ではない。 兄弟の居ない僕は、それはそれは甘やかされて育てられてきた、20歳中頃の僕は、今はそう思っている。 僕の家は特殊な家柄
神山 真司
1

【5話/薄れる冒険者としての自我】母親の凶報から人生を見つめ直し、日本版マイケル・ジョーダンを発掘する男、佐藤さん。

クラスの中心 佐藤さん 「小学生までは、周囲なんて全く気にせず好き勝手にやってたよ」 好き勝手という言葉から、周囲の心配や迷惑をよそに、本能的に動いていた自分を少し恥じているように思えた。しかし、好き勝手やるのが小学生の本来の姿だ。漢字ドリルの代わりに女の口説き文句を記憶していなくて良かったと思う。 「外で遊んだりする方?」まず、分かりやすい指標を聞いてみる。 「放課後は、毎日サッカークラブとか野球
西嶋 タクロウ
2

借金を残して自死した父③

警察からようやく解放された父の遺体を連れて実家へ向かいましたが、急な死だったため葬儀をしてくれるお寺さんがいませんでした。 ようやく葬儀を受け付けてくれるお寺さんを見つけたのが夜8時くらいでした。 宗派は曹洞宗でした。 夜突然訪ねていきましたがお坊さんは優しく受け入れてくれました。 本当に有難かったです。 その日の父の死からはじめてようやく座ってゆっくりお茶を飲みました。 父の遺体には沢山の刺し傷が
前島 貴子
18

38歳中卒の女が一部上場企業にまで務めあげ不動産会社を開業決意するまでの話。

私は家を見る仕事。 不動産の仕事が大好きだ。 なぜなら、きのこが生えてた家で育ったからだと思う。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 小学一年生の入学式。 私は1人で入学式に出席した。 式が終わると、周りの子は、楽しそうに保護者と写真撮影をしている。 私は一人で帰宅しようとしたら、新しくできた友達のリカちゃんが不思議そうに言った。 『洋子ちゃん何で一人なの?』 私はこの質問は慣れっこだ。 淡々
皆藤 洋子
66

あらすじ

父子家庭として生きることになったのは、平成17年のことだった。 そのきっかけは、よくある夫婦の揉め事の末に決めた「離婚」だったのだが、その際二人の子供たちは僕が引き取ることになった。 理由は「私には他にやりたいことがある、だから子供の面倒は見られません」というものだった。何度かの不毛な話し合いの末、家を出ることになった妻は、その後戻ることは無かった。 突如としてわが身に降ってわいた、この「父子家庭」
明日の タケシ
9

第二回:沖縄の人(沖縄に移住するおはなし)

沖縄で生活するときに大事なのは、環境じゃなくて人だと思うんです。都市部以外であれば大体一緒だと思いますが、沖縄独特の文化もあるので、そのあたりを私なりに書いてみます。 沖縄といっても、波照間島も沖縄本島の各市町村、那覇市で文化も言葉も違いますので、「沖縄の人は〜」なんて一括りにできません。 お墓の形も違いますし、私見ですが、顔の骨格や体格も異なっています。このあたりは、琉球民族に関する研究者がたくさ
緑川 岳志
14

沖縄に移住 by 緑川 岳志

このストーリーを聞きたい人
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登山の万が一に備えておく事

僕も学生の頃は沢山無謀な登山を体験しました。突然の雨で足を滑らせたり、霧が濃くて視界が悪く遭難しそうになったり本気で「死ぬ!」というフレーズが頭を過った体験を2回程経験が有ります。その事以外でも運が悪ければ大惨事になっていた思い出せない事も沢山あります。低山で舗装された道や難易度が低い山でしたら必要はありませんが、本格登山を行う方は必ず山岳保険に加入する事を心がけましょう。 一日大体500円前後の保
佐藤 文哉
4

第5話 メキシカンおばちゃんと愛を探す!【小児科ナースが天国に行った子どもたちと地球2周半、涙の奥に見えたとんでもなく輝く世界*(人生観が変わるお話)】

第4カ国目メキシコ : どんでん返しの幸せ!! メキシコの西海岸で 海ガメ保護のワークキャンプ をするために、メキシコへ飛んだ。 とにかく、可愛い雑貨に!可愛い街並みに!可愛いメキシコ人!可愛いの連続の国、メキシコ!!! 地図にも載っていない、メキシコ人ですら知らないような小さな村への行き方は、私どころか誰も知らなかった。 「ここはどこ?どうやったら行けるの?どうしたらいいの?!」 を何度も繰り返し
平 茉莉子
3

15年間以上悩んだ自律神経失調症を1日で克服させてくれた父からの大切なプレゼント

私は中学の時に自律神経失調症を発症し、 その後、約15年以上にわたり病気と付き合ってきました。 今でこそ完全に克服し病気を患っている間、 自分自身がどのような精神状態だったのかも 忘れてしまっているほどですが、当時の私は、 「何の意味があって私は生きているんだろう?」 と言ったようなことを常に考えて生きていたように思います。 今回、その約15年の軌跡と私が体験してきたエピソードを ストーリーで綴って
倉地 加奈子
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明日が来てしまう

繰り返し繰り返し、明日が来てしまう。 体がうまく動かないまま、もうすぐ30歳になる。 こんな表現をすれば、いかにも私が生きるに困難な病や障害を抱えているかと思われるかもしれない。 私は、素晴らしく健康な身体を持っている。 少し運動が苦手なくらいで、力もあり、柔軟が得意だ。多少の病は人より治るのが早い。 私は、適度に強かな精神も持っている。 両親から打たれて育ち、社会に出てからも挫折の繰り返しだったが
三原 マホリ
2

【プロローグ/佐藤さん】母親の凶報から人生を見つめ直し、日本版マイケル・ジョーダンを発掘する男、佐藤さん。

「お母さんは、俺のこと認識できないんだよね」 大手居酒屋チェーン店。花金の金曜日は、大勢の客の声が飛び交っている。 店員も忙しなく動き回る。着席した直後にオーダーした飲み物を、ようやく運んできたところで、彼は淡々と述べた。 ビールが大好きな彼は、笑顔でジョッキを手に取ると、ぐいぐいと呷り飲んでいく。 「あー!やっぱ美味いなー。これこれ!」さながら、子供を愛でるような視線をビールに注いだあと、顔を上げ
西嶋 タクロウ
5

震災で生まれた奇跡の感動物語

6年前の3月11日。 東北では、 未曾有の津波が襲い、尊い命が沢山 失われた。 それから1カ月が経ち、 ボランティアで震災支援に行ったとき 私は自分の無力さに涙した。 それは、生き残った人々が口々に 語る言葉だった。 「生き残ってしまって、申し訳ない」 目の前で家族が流され、 若い命も沢山亡くなったにも 関わらず、生き残ってしまった 自分を肯定出来ずにいる沢山の命が そこにはあった。 そんな東北の地
小堀 訓嗣
13

ジェンダー論じゃない、平等でもない、自由の話

のっけから言うが、私はジェンダー論があまり好きではない。 声高々に、「女性の環境改善(職場・家庭)を!」というのも好きじゃない。 幸いなことに私は現在、まあ、嫌な言い方をすると、女性であることを最大限活かして生きていると思う。そこは、恥じていないし、むしろ楽しんでいる。 プライベートだけじゃない。仕事の時こそそう思う。 たぶん男性同士だったら荒れそうなディスカッションも、私のキャラクターだから和ませ
落合 絵美
18

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