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宮川 志保

宮川志保(志保リン)熊本県出身 香川県在住自分スタイルコーディネーター 貴方スタイルの生き方コーディネート 教育デザインコンサル&コーチング 人と人を瞬時につなぐコーチ   

小学校高学年の頃、特別活動で生徒の力を引き出す「ステキ先生」に出会ったことがきっかけで、教員の道へ

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宮川 志保の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

Kato Masashi
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1993年、19歳で中国に五年間留学してみた。

あの頃の話をする時、どうしても思い出すことがあります。 私の小学校時代時代のことです。 私はクラスの半分が在日中国人、韓国人、北朝鮮人、台湾人そして、シンガポール人がいました。彼らは当たり前ですが、皆日本語を話し、日本語でコミュニケーションをしていたので、当時の私は完全に出身地が違うだけで、同じ日本人だと思っていました。 勿論そんな違いがあるなんて、認識してませんでしたし、 同級生同士で遊ぶ時は、全
橘川 幸夫
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ロッキングオン創刊の物語(6)ビートルズ武道館

ビートルズ武道館  四谷第一小学校(文化放送の前にあったが、今は廃校)四谷第一中学校(今は四谷中学)を出て、神宮外苑の国学院高校に入学。勉強はとにかく出来なかった。何かを覚えることが苦手だった。高校では山岳部に入った。小柄で華奢な自分には、一番自分に似合わないクラブを選んだ。毎日、外苑で走ったりうさぎ跳びやったり、リュックに砂をつめて階段を登り降りしたりと、肉体を酷使するクラブ。  中学3年の時に親
Iijima Rie
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高校時代は日本の教育に疑問。今は教育業界で働くワーキングウーマンの話し。

附属校で大学受験を回避する目的で選んだ高校時代 幼稚園から大学まである都内の一貫教育の私立女子校で育った私。 この肩書きだけ聞くと人の多くは、「お嬢様だね」と言うわけですが、本人はものすごく親の敷いたレールの上を歩くことへの苦痛をひたすら感じる日々だったということを前提としてお伝えしておきます。 その私立女子校(厳密には小学校までは男子が数名いる)は素晴らしい学校でしたが、中学からその校風に合わなく
Fujiwara Ai
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まだ一回も婦人科検診を受けたことがない20代女性がいたら是非読んで欲しい、卵巣手術した時のお話。

だってこわいもん。 2012年3月末、当時25歳の私は初めて産婦人科へ検診に行きました。 周りの友人が急に子宮頸がんとか言いだして、検診行った?とか聞かれて 答えがノーだと凄い勢いで受けなさいよと言われていた、 のに なかなか行けずにいました。みんなも怖いよね? 正直未知の世界が怖かったし 病院好きじゃないし(好きな人いないか) 私はきっと大丈夫だろうと自負していました。 そんな私が行こうと奮起し
田淵 寛子
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フランスで起業をするということ(1)それは思いつき。

突然思い立って模索を始めてからもうすぐ3年。 フランス語もある程度わかるようになって、 2013年10月、パリでお好み焼き屋を開きます。 なんでお好み焼き屋なのか。 遡ること3年。 2010年の9月19日、本当であれば私はウエディングドレスを着て、 両親や、沢山の友人に囲まれているはずでした。 しかし、7月には別居をしていたので、 もちろん結婚式を挙げるはずもなく、予定もなく東京にいました。 別居
野本 竜哉
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「ITが教育を変える!」から「教育は人だ!」に考えが変わった話

このストーリーは、当方のブログ「EverLearning!」より、教育ICT推進の背景5:塾講師編 より抜粋し一部改変をしたものです。 http://it-education.hatenablog.com/entry/2013/09/06/233735 大学3年生の時、私はある決意をします。 「大学院は、学費・生活費ともに自力で通う事にしよう」 同じ大学、同じ音楽部で時折バンドも一緒に組んでいた友人
しもむら さき
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今は、帰国子女枠で日本の大学進学決定。高校時代は、言葉がさっぱりわからない国で靴を食べていた。

今は、帰国子女枠で日本の大学進学決定。 しかし私高校時代は、言葉がさっぱりわからない国で迷走に迷走を重ね、靴を食べていました。 馬鹿丸出し。 さて私。 この3年ちょいを総括させていただけば、父の母国であるスペインで高校時代を過ごし、その後日本に帰国、そして帰国子女入試で第一志望校に一発で合格―といった具合でして、見た感じなかなかスムーズでスタイリッシュな人生を送っているように思われるのではないでしょ
Ryo Kikuchi
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高校をやめて六年間も部屋にいて何もしなかった話(前編)

このストーリーは読者に怒られるかもしれません まず始めに書いておかなければいけないことがあります。 ストーリーJPで書かれるのは 「こういう転機がやってきて、人生がこう変わりました!」 という話が多いです。 しかし、これから僕が書くのは、 「たくさん時間があったけど、何もしませんでした!」 という話です。 何も教訓はありませんし、読み終わって得るものはありません。 あなたが僕の両親なら「この野郎!!
Nose Hiroyo
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忘れられない授業の話(1)

概要 小4の時に起こった授業の一場面の話です。 自分が正しいと思ったとき、その自信を保つことの難しさと、重要さ、そして「正しい」事以外に人間はどんなものに動かされるのかという事に気付かされた印象的な場面でした。 小4、国語の授業、定年間近の先生。 忘れもしないその授業は国語の授業でした。 担任の先生は定年間近の女性の先生。 (実際には年齢不詳で、そんなお年とは誰も想像していなかったのですが。) 説明
水澤 貴
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出場停止、借金。ふり返ると、どん底はチャンスだった話

今、高校生のみんなに伝えたいこと 高校生って、文理選択や進路面談、大学受験とか、将来の“選択”に関係するイベントが盛りだくさん。そんな時、みんなは悩んだりしないかな?自分は、誰に相談したらよいか分からず、結構悩みました・・・ だって、弁護士になりたいって時に知り合いに弁護士なんていないじゃんかっ! 26歳になった今振り返っても、学校のコミュニティとは違う大人ってなかなか出合えないだろうし、自分一人で

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