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新藤 貴久

中学からダンス始めて、高校卒業からずっとダンス。
その流れでメジャーデビューも出来ました。

パフォーマーのステージを広げる活動しています。
Tokyo Fabnets代表
https://www.facebook.com/tokyofabnets

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新藤 貴久の人生のストーリー

ダンスを始めたきっかけ、それはDADA。

初めまして。 Tokyo Fabnets代表のSHINDOです。 私のダンサー人生の軌跡を 語っていこうかと思っています。 これが誰か一人でもいい、 教訓、経験値となれば幸いです。 DADAってなんだよ! まずは、自分がダンスを始めたきっかけから 語っていきたいと思う。 ディスコからクラブに移り変わる時代。 後にダンス黄金世代が育った時代。 そこからストーリーは始まった。 我が実家のリビングにあった

ダンス仲間、それはタカ。

MCハマーから始まる出会い。 当時、自分は中学二年14歳。 辰吉や鬼塚がボクシング界を盛り上げていた時代。 スラムダンクが連載を開始した時代。 生まれは東京だったが、 すぐに埼玉に引っ越し、育ちはそこになる。 都内には近いとこだったのだが、 通っていた中学の周りには、まだ田んぼがあり、 現在でも未だにネイチャーな環境だ。 今では絶滅危惧種とされている。 【ヤンキー】が人気を博していてた時代。 もちろ

ダンスかボクシングか、それは・・・。

人生の選択。 そして、中学卒業時期・・・。 自分のボタンというボタンが奪われて人気を実感した卒業式。 ※当時は、好きな先輩、人からボタンをもらう風習があった。 その中でも一番貴重なのは第二ボタンだった。 ダンスの練習は学校でも、外でもしていたが、 卒業を期に仲間の高校もバラバラ。 遊び仲間ではいたのだが、ダンス熱には差が出始めていた。 この5人は後々3人に絞られる事になる。 そんな中、自分はとりあえ

ダンス人生の始まり。

YO-SAKU。 ボクシング合宿に行けなくなった事がきっかけで 部活に行かなくなり、 ますますダンス生活を満喫していった。 この頃は、 【チーマー】【サーファー】【スケーター】 全盛期。 うちの学校だけなのかは分からないが、 ダンサーは俺ともう1人ぐらい。 とにかく校内にはダンサーという人種がいない。 それもあり、 校外での活動とクラブを通した仲間が増えていった。 そして自分達は、 ダンスチームとし

ダンスで稼ぐのだ!

MASTA THERAPY。 ダンスをしていくにあたり本当に仲間って大事だと思う。 一緒に練習する仲間。 一緒にイベントに行く仲間。 一緒にステージに上がる仲間。 これが無ければ自分はダンスを続けなかっただろう。 中には単独渡米で活躍するなど強者もいるが、 やはり海外にいても仲間の存在は大事だったりする。 そんな仲間と高校卒業後、 相変わらず練習、イベントやコンテスト参加などで 活動を広げていった。

ダンスチームの重要性と方向性。

我がダンスチームの歴史。 チームを変えるという事はダンスでは 転職と同義だと思って良い。 何故なら、 チームのネームバリューが各自の仕事に影響するからだ。 もちろん逆もあるが殆どがチームでのし上がる。 まぁ、今のネット社会では 頭を使えば個人でもサクセス可能な時代であるが。 話を戻そう。 中学からのメンバー3人のチーム YO-SAKUだが、 コンテストなどショータイムなども細々と出ていた。 その中で

ダンスで宇多田ヒカルと絡むチャンス!

裏切りのオーディション。 この様にマッセは順調に活動を広め、 色々な仕事の話が入るようになってきた。 その中で自分達は 川崎クラブチッタで開催していた 【青山ナイト】 (若手の登竜門的イベント) 【スモーキンガレージ】 (アットホーム的イベント) というダンスイベントに毎回出演していて、 その【スモーキンガレージ】のオーガナイザー (クラブチッタの人) と仲良くさせてもらっていた。 そんなある日、

ダンスで宇多田ヒカルと初絡み出来るのか!?

オーディションの結果。 そして、 とうとう迎えたオーディション当日。 ショータイムもこなしながら深夜練を 重ねてきた結果を試す時がキタ! 場所は都内のスタジオ。 オーガナイザーMさんと待ち合わせして 一緒に来たからなのか、 今では場所の記憶が薄い。 スタジオに着き 宇多田ヒカル専用なのか? 良く分からないが音楽スタジオだろう、綺麗なスタジオだった。 そこにはうちらマッセ含む4チームが来ていた。 何か

ダンスで宇多田ヒカルと初絡み!

シャイなあんちくしょう。 こうして宇多田ヒカルの 初ライブにして 初バックダンサーにして 初武道館にして 初外タレ共演にして 初最高のステージ。 という初尽くし。 これで残念ながら、 バックダンサーの仕事としての欲求は 殆ど満たしてしまったのは事実だ。 だから、 特に誰のバックでどうのこうのという目標も 幸か不幸かこの時点で無くなった。 まぁ、後にあの番組で 嫌と言うほどタレントさんの後ろで 踊る事

ダンスで宇多田ヒカルin武道館!ゲネver。

あの大きな玉ねぎの下で。 そして、 遂にゲネ (本番同様に行うリハ) の当日を迎えるのだった。 そうそう、そいや ライブ衣装! みんな何だと思います? さぞやカックイ~テカテカみたいなのと思う? これが、うそ~んみたいな感じなのだが、 【私服】(笑) むしろリハ着? これはさすがにうちらも大丈夫か!? と思ったが、 ヒッキーとのスタジオリハを見てパパさんが 【良いねぇ、このままでいこう!】 と。 イ

ダンスで宇多田ヒカルin武道館!本番with TLC&MONICA。

本番!そして・・・サ、サンキュ〜(ひきつり)。 はい。 遂に来ました本番です! 初めて味わうこの空気感、高揚感。 ダンスをしていても、 この状況で武道館に立てるのは凄く貴重な経験だし、 限られた人間のみであろう。 ダンスが上手いのは嫌というほどいるが、 上手いだけでは立てないステージもある事を改めて実感する。 そして、仕事として この本番で気を付けていた事がある。 それは、 【息が上がらないようにす

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