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玉樹 真一郎

任天堂を退社して独立、青森県八戸市にUターン「わかる事務所」を設立。企画コンサルティング・アプリ開発・執筆などしてます。ハード・ソフト・サービスにこだわらない企画・開発の経験を生かして、地域と世界の役に立てたらなーって思ってます。

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玉樹 真一郎の人生のストーリー

豪華なお味噌汁の話

両親が離婚して、父親の実家でじいちゃん・ばあちゃんと一緒に住むことになった小学3年生の僕。 晩御飯にお味噌汁が出てきた。たしかキャベツのお味噌汁だったと思う。 そのお味噌汁を見て、当時の僕が一言。 「うわぁ、お味噌汁だねぇ!豪華だねぇ!」 離婚前の家では、ほとんどお味噌汁が出なかった。もしかすると、多少料理が苦手な母親だったのかもしれない。そんな環境で育った僕だから、普通のキャベツのお味噌汁にすら、

パーカーを恨んだ話

内弁慶を炸裂させていた小学校5年生ぐらいの僕は、同居している祖母にキレながら訴えた。 「パーカーがほしい!」 同級生が着ているフード付き(当時は「フード」という言葉を知らないので、「帽子」と呼んでいた)の服が欲しくて仕方がないから買ってきて欲しいとせがんだ。 普段は服がほしいなんてまったく言わない僕も第二次性徴の時期にさしかかり、そういう事を考えたようだ。 家は貧乏だったから、そんなに自由になるお金

おじいさんの最後のお寿司の話

高校の頃の僕が住んでいた青森県八戸市には「三社大祭」というお祭りがあって、おじいさんのお見舞いのために毎日病院に通っていた7月の終わり頃は、夕方になると町のあちこちからお囃子の練習が響いていた。 ある日、僕はおじいさんのためのお寿司を持たされていた。スーパーのありきたりのお寿司だけど、かなり責任重大なお寿司だったことは、後に知ることになる。 夏の夕暮れの病室からは、開発の経緯の中で小さく残された林と

手を擦り合わせるジェスチャーの話

(注意:ささやかながら、下ネタです) 今でも興味があることは何でも調べてしまう僕の性格は、小学校4年生の頃から健在だった。よりにもよって「エイズはどうしたら伝染るのか?」という疑問を持ってしまい(確かテレビのニュースを見ていたと思う)、よりにもよっておじいさんに質問してしまった。 ありていに言えば、「セックス」という概念を、毛も生えていない小学校4年生にわかるように伝えなさいという命令をおじいさんに

小学校の担任に抱きしめられた話

小学校の頃の僕は変わり者で、長渕剛の「とんぼ」という歌に心底惚れ込んで、単音でメロディを弾けるようになるまで朝早く投稿してオルガンを練習してみたり(ノートに「ドレミ」とカタカナで音階を書いていた)、休みの日は一日中板と釘でパチンコ台を作っていたりの子供だった。 それから、異常なまでにルパンが好きで(ルパン三世ではなく)、全集を図書館から借りてきては延々と読んでいた。 そんなある日、文章の中に「抱擁」

世界一運動神経が悪いウンコの踏み方の話

中学生の僕は、夕闇に家路を急いでいた。 交差点に差し掛かり、僕は直進する。しかし、右から交差点に入ってくる道は緩やかな登り坂になっていて、そちらからウンコが転がってきた。 ゆっくりとうなずきながら転がってくるウンコを確かに僕は視認したものの、「動くウンコ」という現象を把握することが出来ず、僕はじっくりとアクセルを踏み込むように注意深くウンコを踏んだ。 まるで魔法のような、宿命のような数秒間だった。

生まれて初めて買った指輪の話

生まれて初めて買った指輪は、奥さんとの結婚指輪だった。プラチナで丸い形、一切装飾は無し。 ところで、指輪を買ったお店にフラリと入った時(予約も何もしていなかった)、話を聞いてくれた担当者は若い女性で、おそらく新入社員だった。何もかもバタバタとしているし、質問をするたびに奥の事務所に答えを探しにいくし、むしろ客であるこちらのほうが気を遣ってしまうほどだった。 けれど、後からよくよく考えてみると、僕は入

おじいさんの指を噛んだ話

僕が幼稚園児の頃、おじいさんがまだ生きていた頃、僕はおじいさんの人差し指を強く噛み、角度にすると約30度ほど曲げてしまったことがあった。約30度というと結構な曲がり方で、その指を見るたびに僕の心は強く痛んだ。おじいさんが何かを指さすと、必ず指したい対象の脇あたりの何もないところを僕は見た。指が曲がっていて、おじいさんが指差したい方向と指先が約30度ほどズレているからだ。僕はいつも、釈然としない気持ち

小学校入学前に諦めてしまった話

小学校入学前の説明会か何かで、学校から「さんすうセット」なるものをもらった。お中元の箱みたいな感じのそれを開けると、中にはプラスチックでできたカラフルなおはじき(しかも磁石入り!)や、大きなアナログ時計の模型、その他にもたくさんの楽しそうなものが入っていた。 今すぐにでも遊びたかったけれど、母親が「全部に名前を書かなきゃダメって言ってたでしょ?」と諌めるので、しぶしぶ作業に取り掛かった。 5mm×1

ランドセルをぼろぼろに破いた話

新品から使いはじめた僕のランドセルは、小学校1年の6月頃にはボロボロになってしまった。ペロンと回してフタをする部分の端っこが、外側の黒い革のカバー・中身の白い緩衝材・さらにその中の堅い何か…全部破かれ、ずたずたになってしまった。 僕が破いたからである。爪でコツコツと破き続けた。ホームルーム(僕の地域では「朝の会」「帰りの会」と呼んでいた)の時間は、ひたすらランドセルの端っこを爪でねじり上げ、破く時間

「かぶりっこクラブ」の話

小学校5年生の頃、4人だけで流行った遊びが「かぶりっこクラブ」。「かぶり」と叫びながら、おしりをつねる。それだけ。 結局は組み合っておしりをつねり合うというパワーゲームになるため、採り得る戦略はただひとつ「布地の厚いズボン」。ジーンズっぽいズボンの日は敵なしで、ジャージの日はただひたすら「かぶられ」つづける敗者となる。 何が面白いのかさっぱりわからないけれど、小学生なんてそんなものだ…と言い切ろうと

お風呂の足音の話

※これは怖い話の一種ですが、ほぼすべての読者の方にはまったく怖くない話だと思いますので、お気軽にご一読ください 僕の実家、祖父母の家のお風呂は離れになっています。昔、特に僕の住む地方では、お風呂とトイレは家の中に作らなかったそうです。 で、そのお風呂の離れは、家を出て外階段を下りて(実家は斜面になった敷地の高いところにある)、砂利の敷かれた小道をざくざくと下った先にあります。お風呂の離れの隣には井戸

読んでよかったストーリー

書きかけのストーリー

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