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Sakurai Shota

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Sakurai Shotaの人生のストーリー

新卒で入社した会社を2年で辞めて転職活動をした話

2013年3月末… 新卒で入った会社を辞める事にした。 僕が大学を卒業後、入社をしたのは設立40年を超える中堅日用雑貨メーカー。 入社後すぐそこの商品企画兼バイヤー職に就いた。 僕自身、大学で中国語を専攻していたこともあり、入社直後から月に一度は海外出張に行ったり、周囲から見たら恵まれた環境だったと思う。 どうしてそんな恵まれた環境で仕事をしていたのに辞める事にしたか、 理由は以下2つだ。 1,上司

友達の彼女を好きになった話

2004年の春、僕は童貞だった。 当時高校2年生だった僕は、クラス替えを機に知り合った佐藤さん(仮名)に恋をした。 いや…、最初から好きだったわけじゃない。 友達の今川くん(仮名)から佐藤さんが好きなんだけど最近彼氏が出来たようだ。と相談を受けているうちに僕も彼女を好きになった。 ミイラ取りがミイラになったわけだ。 佐藤さんのどこが好きだったかなんてわからない。 彼女は控えめな性格でクラスで目立つ存

外国人の彼女を作ろうとした話

2009年の4月、僕は童貞だった。 当時、一年間の北京留学から帰ってきて、僕は大学を3年から復学することにした。 友達は皆大学4年に進級し、就活に勤しんで大学に来ることも少なくなっていた。 僕が留学前に設立した草野球サークル(8人しか集まらず結局キャッチボールしか出来なかった。)も事実上消滅していた。 僕は彼女どころか友達すらいなかったのだ。 そんな友達の居ない窮屈な学生生活を打開しようと、僕は語学

誕生日に見た幻覚と鈴木くん(仮名)の話

事は2008年の12月、僕の誕生日に起きた。 当時僕は大学を休学し、北京師範大学に留学に来て11ヶ月が経っていた。 授業で山のようにでる課題。 新聞を読み、気になる記事の中国語要約を作る毎日。 中国人の友達との語学相互学習。 毎日のように寮で開かれるミニパーティー。 青島ビールと羊肉串。 サッカー、バスケ、酒酒酒…。 めまぐるしくも刺激的な毎日はあっという間に過ぎていき、季節は冬になっていた。 ある

人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはないという話

転職して4ヶ月が過ぎた2013年の秋、ある朝社内でほとんど会話を交わしたことのない営業部の先輩に声をかけられた。 「Sakurai君、胸毛を剃ったんだね…。」 その時僕は本タイトルの本当の意味を知った…気がした。 以上

北京の貧民街で3ヶ月アメリカ人とルームシェアした話

憧れの留学生活から一転… 2008年の6月から8月までの約3ヶ月間、僕は当時留学していた北京師範大学の留学生寮から追い出され、同じく寮を追い出され行く当てのないアメリカ人と北京の貧民街でルームシェアして暮らす事になりました。 寮を追い出された 時は丁度北京オリンピックが開催された年。 住んでいた留学生寮をオリンピックのアメリカチームが使うから、 という理由で僕は問答無用で追い出されました。 写真:北

読んでよかったストーリー

春明 力
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散々おごってもらった友達に「お返し」をした時に言われた言葉がシビれた話。

今から2年ほど前、僕は長崎の実家に帰りました。 「両親に会う」という目的もありましたが、 「友達に会う」 という目的でも帰りました。 だから、一泊を両親。もう一泊を友達と過ごしました。 「社会人になったら、学生の時の友達とは疎遠になりがち」 という言葉をよく聞きます。 だけど、僕らの場合、今でも電話し合ったり・・・ 僕が住んでいる東京まで友達が会いにきてくれたりもします。 地元の友達のほとんどが、高
Chinjyao Losu
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公園で見知らぬ子供10人を説教していたら、親がぞろぞろやってきて…

■何げない休日 とある日の昼下がり 天気が良かったので、私は近所の少し大きめな公園でランニングをしていた。 ちょうどゴールデンウィークという事で、BBQをしている団体がおり人口密度は高かった。 BBQの煙がランニングコースに流れ、いつものコースと雰囲気は違っていた。 走っていると子供達が10人位で遊んでいるのが見えた。  私はこの公園で、ときどき10才位の子供達にサッカーを教えているので、 顔見知り
及川 敏範
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消しますね。5

及川 敏範
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母親が振り込め詐欺にあった。その時の電話の事。

一昨年の12月の話です。 その日は、朝からなんだか色々めんどくさかったので、会社をサボってパチンコ屋に行きました。 負けが続き、結構な額まで使ったところで、起死回生となり得るフラグを引き、取り返すぞ! と意気込んでいたところ、ケータイが振るえました。 画面をみると、親父の名前が。 ボクの親父は、めったに電話はしません。連絡の類いは絶対にオフクロを経由してきます。その親父から直接の電話にボクは激しく動
及川 敏範
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父と娘のお風呂トーク ~チンコがあれば男の子?~

ボクには3人の子供がいます。長女「娘ポン」8歳、長男「小僧」4歳、二女「末っ娘」2ヶ月。 娘ポンは小学校2年生ですが、まだボクとお風呂に入ってくれます。 ある日、体を洗っている最中に娘ポンが突然言いました。 「なんで男の子にはチンコが付いてるの? チンコが付いてるから、男の子なの?」 最近末っ娘が生まれ、妹が沐浴しているのを見たり、弟と一緒にお風呂に入ることもあるので、その違いを不思議に思ったみたい
寺澤 浩一
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「過激派」といわれた新左翼系セクトの友人が、突然アパートに泊まりにきた夜。

昼間の熱気がそのまま居座ったような、蒸し暑いある夏の日の深夜。 突然、アパートの通路に面した明り取りの窓が開く音が聞こえた。 「……えっ、誰?」 眠い目をこじ開けると、暗闇のなかに、通路の暗い蛍光灯に逆光で映し出された男の影が見えた。背丈よりも高いところにある窓によじ登り、男はすでに部屋の中に入ろうとしている。 「誰!」 もう一度、今度は少し大きな声で聞いた。 「Mだよ。悪いが今晩泊めてもらえないか
寺澤 浩一
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17年前にタイムトリップ。社員7名だった楽天の三木谷会長は当時、何を語っていたのか。(その1)

1990年代終わり頃に書いたベンチャー経営者へのインタビュー記事、 ガンホーの孫泰蔵会長 に続いて、もうお一人ご紹介します。楽天の三木谷会長です。 三木谷会長へのインタビューは、1997年7月と1998年3月の2回にわたって行われました。今から17〜18年前のことです。三木谷さんが楽天の前身である(株)エム・ディー・エムを設立したのが1997年2月ですから、その数ヵ月後のことになります。当時の社員は
堀口 悠冴
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ブラック会社の最高経営責任者になった。7回目

自分が読書家であるかと問われれば本はよく読むほうであると思う。小説も漫画もよく読む。それは学生のころからであり、結婚しても子供ができてもずっと続けている。現在は年齢相応の本を好んで読むようになった。ビジネス書も子育て論も歴史書も様々な本をよく読む。だが、実のところいわゆるビジネス書というものをあまりあてにはしていない。 ビジネス書に中途半端に感化される前に、会社や顧客や従業員など自分のごくごく身近で
寺澤 浩一
900
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パズドラで急成長するガンホーの孫泰蔵会長が、東大受験に2回失敗した時に、兄・孫正義ソフトバンク会長から教わったこと。

だいぶ昔の話になりますが、1990年代終わり頃の数年間、僕はある大手証券会社のベンチャー企業支援事業のお手伝いをしていたことがあります。具体的には、全国の中堅・中小企業の経営者や起業家向けに月刊情報誌を編集・制作する仕事でした。その中で、当時注目され始めていたベンチャー起業家に毎月1人ずつお会いし、インタビュー記事を書いていました。 ガンホーの孫泰蔵会長(当時はインディゴ代表取締役)にお会いしたのも
堀口 悠冴
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ブラック会社の最高経営責任者になった。6回目

今の会社に勤める前、私はITコンサルティング会社に就職していた。知人の知人程度の仲の人にどうしてもと熱心に誘われ、25歳のころに入社したのだった.結果的に私はそこで多くのことを学んだ。 ITコンサルティング会社の営業職と聞いていた。実態は法人相手にはオフィスプリンターと電話機のリース販売。要するにテレアポと飛び込み営業である。光ファイバーの加入促進や地上デジタルの普及活動。簡単に言えば訪問販売であっ

書きかけのストーリー

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