今31歳の私が小5の時に感じた学校とITの壁について

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久しぶりの投稿です。今日は自分自身が小学校の頃のある経験と、教育とITを結びつけた話を書いてみようと思います

私が小学校4年生の頃、実の兄(野本真哉)の影響を多分に受ける形で、よく漫画を書いていました。(ちなみに兄は今、漫画家として飯を喰っています)

しかし兄と比較して明確な”画力”の壁があったため、途中で私は絵を諦めて「文章」を書く方向にシフトしていきました。しかし、私はとにかく字が下手で、漫画の中でも吹き出しの中の台詞がよく「読めない」と言われ続けていました。

その際、両親が武器として与えてくれたのが、母方のおじいちゃんが「要らなくなったから」といって譲ってくれたワープロでした。多分、ワープロに触れたのは同世代の小学生と比べても相当「早い」経験だと思います。モニターはCRTで、でかくて重い旧式でしたが、ワープロを使えばまず「読めない字」にはなりません。そこでワープロ使い方やキーボードの入力方法は、自分で使い始めて勝手に覚えました。しかも、そこには自身の考えていた物語を文章にして、いろんな人に読んでもらいたいという明確な目的がありました。(その前の漫画の頃から、学年5クラスで合計30名くらいの固定読者が居たので、その人たちに届けたいという想いがあったのです)

とにかく夢中でキーボード入力を覚えて、相応の早さで文字入力ができるようになり、次々に小説やストーリーものの文章を作るようになりました。出来上がった物語をその場で「自分で印刷」できるのも嬉しかった。しかも、全く同じ品質のモノを何部でも出力できるという利便性は紙には真似出来ないことで、これでクラスの異なる固定読者に同時並行に届けることができるようになりました。

しかし、執筆活動に熱中するとどうしても旧式のワープロに限界を感じてきました。特に印刷が遅いのと、漢字変換がおバカだったこと、フォント(書体)の種類があまりに少なかった事などいろんな不満が溜まっていきました。結果、6年生になった時、数年間手をつけずに貯めて来た貯金13万円をリリースし、自分で最新式のワープロを購入するという暴挙に出ました。親も良く止めなかったなぁと思いますが(笑 この最新型ワープロで様々な生産活動に没頭していきます。

こうして私は「IT」が「自身の生産活動の効率性を飛躍的に高めてくれるモノ」である事を身を以て経験しました。

ただ、こうした経験の一方で、自分がものすごく腑に落ちなかったのが「自由研究」でした。5年生の段階で既にワープロが自在に使えたのですが、学校の方針として自由研究の成果物は「手書き」で有る事を求められました。明らかに効率面でも、何度も推敲できる所を考えても「ワープロ」が使える利点があるとは思っていたのに、なぜだろう…と、私には理由が分かりませんでした。

忘れもしないのが、5年生の時に選んだテーマ「地球環境」の自由研究です。その内容は「新聞」の形式で纏めると決めていたので、尚更ワープロを使いたかった。しかし認められず、厚紙の上の鉛筆の下書きを何度も消しては紙が毛羽立ったり黒っぽくなったり。ボールペンでの清書の時に間違えてしまい、泣く泣くそのページを作り直したり。「なんでこんなに無駄な事をしているんだろう…」と夏休み終了間際まで嫌な気分になっていたのを覚えています。皮肉にもその「手書き」の新聞は地区の自由研究で銀賞をもらう結果になりましたが、全然嬉しくなかったのを覚えています。ちなみに、6年生の時には無理に押し切ってワープロを利用した自由研究を提出しました。しかし、その結果は、校内の選抜にすら非通過。手書かワープロかよりも「中身」が重要だと思って、かなり事前準備をして作った研究だっただけに、本当にそれが悔しかったのをよく覚えています。結局中身ではなくて、体裁で賞が選ばれているのかなぁ、なんてうがった見方もしてしまっていたように思います。(もちろん、単純に内容の問題だとか、ワープロのように一部の人しか使えないものが良い賞を取ると問題になってしまう、とか、その年は他にもっと良い研究が沢山合った、とか様々な背景があったのだと今は思っています)

ただ、当時の私のそうした気持ちが救われる経験がその後ありました。

6年生の2学期後半くらいだったと思いますが、ワープロで少しずつ書いて毎週配布していた小説が完結を迎えました。全部で原稿用紙140枚くらいあったと思います。それを、毎週読者の一人として読んでくれていた別クラスの先生が、纏めて製本をし、図書室に置いてくれたのです。「野本のこれは、立派な作品たい(九州弁)」。そう先生がいってくれたのが、凄く嬉しかった。卒業後も何人かの後輩が読んでくれたらしくて、中学に進学してきた後輩がその本を読んだ事がある、という話になったこともあります。


さて、今、世の中の学校には様々な形でITが入って行こうとしています。私の時代はワープロのような形でしたが、タブレットやクラウドなど様々な大きな変化が、いよいよ学校に入り込もうとしているように見えます。

おそらく、学校ではタブレットなどで作られた「電子的成果物」が沢山出てくることでしょう。そうなった時、私の小説のような「デジタルを通じて出て来た出力」を先生達がきちんと認めてくれることは、とても大切なことになってくると思います。手書きは手書きの良さがありますし、それは否定しません。でも、新しい方法で出力されたものも、否定されてはいけないと思います。新しい時代には、新しい時代の「ものの見方」が必要になると思います。そこには、是非「生徒自身の目」をしっかりと反映してほしいな、と思います。

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左半身不自由で手書きではすっごくノートを取るのに時間がかかる児童を受け持っています。iPadを活用するよう声掛けして、今は全教科iPadをノート代わりに使っていますが、それをよしとしない教師もいて、苦労しています。

野本 竜哉

KDDI勤務6年目。国際通信回線やシステム開発を経て、2014年10月より趣味として取り組んでいた教育のICT化が業務の一部になりました。デジタルガジェットと猫をこよなく愛する。KDDIという所属は明確化していますが、Storys.jpでの発言はいずれも個人としての見解であり会社を代表する意見ではあ

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野本 竜哉

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