ヒースローで入国拒否された高校時代の思い出

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ドイツ留学中、渡辺からメールが来たのは5月8日のことであった。 

彼は武蔵高校の友人であり、高校のイギリス交換留学再開の第一期留学生でもある。 メールで彼は自身の留学中の行動予定の詳細を送ってきた。そして、出来れば一緒にロンドンを回らないか、という。 ロンドンは当然、日本に比べればドイツから近い。飛行機で2時間の距離である。彼とは、僕が日本にいたとき、もし都合が合えば一緒にイギリスを旅しようと約束していた。 彼のメールに対し肯定の内容のメールを返信するのに考える時間はかからなかった。 

決定した宿泊予定は以下の通りである。6月21日、チューリッヒからヒースローを使ってロンドン入り。到着は夕方になるため、この日は特に予定は入れない。せいぜいホテル周辺で洗面用具を買い足すくらい。ホテルは22日の夜までアイビスロンドンシティ泊。23から24日はアイビスアールズコート泊。この二つのホテルはロンドンの西と東に位置しているため、それぞれの日にそれぞれのホテルから近い範囲をまわる。効率的である。25日は午前中に渡辺とオクスフォードで会い、その日はオクスフォード内のホテルに宿泊、26日はロンドンに移動し、夕方からミュージカルを観劇、27日の夜までロンドンのホテルに宿泊し、28日の午後にヒースローから彼は日本、僕はチューリッヒ経由でドイツに戻る。 

僕はロンドン市内の陸軍博物館やカムデンタウンなど、渡辺とは少し趣味が合わない場所を3日間で周り、彼と共に大映博物館や、ロンドン橋、バッキンガム宮殿などをまわるのである。彼とまわる頃には僕はロンドンの地理をマスターしているだろうから、迷わずに回れる自信もあった。僕は6月の中頃にはこのロンドン旅行を毎日楽しみに思うようになった。 

21日。朝食を家で済ませると、バスと列車を使ってチューリッヒ空港へ向かった。列車は国境付近で数十分遅延したため予定の時間通りには到着しなかったが、大きな問題ではなかった。 

ちなみにチューリッヒ空港は、楽しい。コンパクトでも明るく、レストランは豊富で職員の教育もそれなりに高い。僕はロンドン地球の歩き方を読みながら、昼食としてタイ料理の野菜炒め+ライスをつまんで時間を潰していた。貰ったチケットの Gate 欄が未記入だったため(チェックイン時には決まっていなかった)A ゲートから D ゲートまで走るはめになったが、概ね問題なく飛行機に乗れた。 

朝から少し早かったせいか、飛行費の中では眠って過ごした。もはや離陸してるときの記憶はないから、恐らく席に座ってからほとんど眠っていたのだろう。 

ヒースロー着。僕が最後にここを使ったのは、自分が小学二年の頃。家族でヨーロッパ旅行に行った際、帰りに乗り換えたのみである。故に入国はしたことがない。 

入国審査へ進む。入国審査カウンターは EU 国籍者とそれ以外で分かれており、当然チェックの厳しさも違う。EU 側は平均15秒(僕の観測)で通れるが、こちらは長い時間がかかる。不振な点があば入国を断られるケースもあるという。 

僕も知識としてヒースローの厳しさを知っていた。ヒースローの入国審査が厳しい理由、それはイギリスが不法労働を目的とした不法入国者に手を焼いているからである。空からの侵入をここで防げても、海も陸(トンネル)もあるじゃないかと思うのだが、とにかくヒースローは厳しいのである。 30分ほど並んだ後、自分の番がやってきた。 


僕「はろー」

審「パスポートと入国カード見せてね。えっと、滞在の目的は?」 

僕「観光です」 

審「スイスから来たんだね」 

僕「いまはドイツで留学中。ここまではチューリッヒの空港をつかっただけ。これが学校」 


言語学校の入学証を見せる。


審「ホテルまでは何でいくの?」

僕「(なんでそんなこと聞くのか・・あなたには関係ないだろう)列車です。」 

審「帰りのチケットは持ってる?」 

僕「既に買ってあります」 

審「ふんふん・・いまお金どれくらい持ってる?」 

僕「口座を持ってます。これが預金証明です。」 


CityBank の発行してくれた預金証明を出す。これはドイツでの長期ビザ申請でも使ったものだ。持ってきてよかった。 


審「一人で旅行?」

僕「はい。一人で、途中で友達と会います。」 

審「彼女がいるんだ」 

僕「(どうしてそうなる?もしかしていま僕、my friend って言ったか。それだと思い人って意味になるのか)ああ、いや、男の人ですけど」 

審「そのお友達とは今日会うのかい?」 

僕「いえ、26 日にオクスフォードで会います。彼はいまはロンドンにはいません。彼とあった後、一緒に観光します。」 

審「その友達の今の住所わかる?」

僕「(そこまでは知らないなあ)〇〇というパブリックスクールの寮だときいています」 

審「それどこ?」 

僕「調べればわかりますが今は持ってません」 

審「ちょっと待ってね~」 


行っちゃったよ。なんでつっかかるんだ。 

5分くらいして戻ってきた。 


審「入国カード失くしちゃったから、悪いけどもう一度書いてくれる?」


これはどう解釈したものか。一般的に考えて、この移動距離、この時間で僕の大事な(相手にとってはそうでもないのかもしれないが)入国カードを失くすというのは考えにくい。ここは、僕がさっき出したカードと同じ内容を書けるかどうか試しているのだろう。あるいは漢字を書けるか、とか、あるいは筆跡を見るのかも知れない。日本人以外がパスポートを偽装して入国しようとしているとでも疑っているんだろうか。いずれにせよスラスラ書くべきのようだな。

 書いてあげた。 


審「君、ほかになにかドキュメント持ってない?」

僕「例えば?」 

審「うーん・・」 


自分で答えられない質問を人にするな。てかまた行っちゃったよ・・。あ、戻ってきた。


審「ドイツの滞在ビザは?」 

僕「まだない。市役所が出したビザは日付が間違っていた。このイギリス旅行が終わったら再び申請に行く。」 


そう。ドイツで出た長期滞在ビザは、滞在期間の日付が違っていたのだ。僕の家にそのビザ発行の知らせの手紙が来たのが18日。翌19日に学校スタッフに「こんなのが届いた」と言ったところ、じゃああなたがロンドンから帰ったらもう一度市役所に行きなさい」と言われていた。ドイツの市役所は無能なのである。 


審「ドイツで何してるの?」

僕「ドイツ語を勉強している。九月から現地の高校に通う。ほら、これが高校の入学許可証」 


しかしドイツ語で書かれているため、読めていない。審査官は書類と僕のパスポートを持って、また奥に帰ってしまった。 暇で仕方がない。入国審査にかかる時間をカウントしたり次々にくる多国籍の人々を観察したりするのも飽きた。ここで自分が入国に時間がかかっている理由を考える。 

僕の出した書類はまったくどれも問題ない。学校の入学許可証、銀行預金証明。普通はそれで納得するはずだ。しかしそれで納得していないのはおそらくドイツでのビザが下りていないせいなのだろう。 

ドイツでは3ヶ月のビザ無し渡航が認められている。僕のドイツ入りした4月8日から90日、つまり7月7日まではビザなしでの滞在は問題ないのだ。しかし、今回はその期間中のしかも最後の方でイギリスに入ろうとしている。見方によっては不法滞在を転々と繰り返している、あるいは五輪に合わせて反社会的行為を起こす目的で綿密に派遣されたと考えるのかも知れない。 

全く、馬鹿らしい。 


結局、4時間以上、待たされた。僕のことを忘れてしまったのかと心配になりかけ、また、今日は買い物は難しそうだな、と思った頃、さっきとは違う職員がやってきた。 


審「ハイ!私は○○だ(←名前は忘れた)。今日は本当に大変だったね、同情するよ、君を助けたいんだ」 

うっわー!!こんなこと言う人ほんとにいるんだ www 

僕は映画で出てくる「いい人を装い安心させ、秘めている本心を掘り起こす熟練の刑事」キャラが目の前にいることに感動した。ロンドン本当に面白いよ・・。 


審「アイビスロンドンシティーに電話したら、君は17歳だから泊められない、とのことだ。私たちは君の身の安全を確保しないといけないから、残念ながら入国は出来ない。君は日本にいかなければならない。」 


まず前提がおかしい。アイビスは既に予約できている。そもそもそれもヒースローの職員が言っていることなので信用できない。本当はポリシーになくとも空港から直接電話が来て「泊まらせるのか?どうなのか?」と聞かれれば、たいていのホテルは「泊まらせません」と言うだろう。それに、たとえ入国出来なかったとして日本とはなんだ。 


僕「則ち、新しく17歳が一人で泊まれるホテルを予約すればそれで良いと?」 

審「それは難しい。ロンドンの多くのホテルは18歳未満は一人で泊まれないんだ。そういうポリシーがある」 


この職員、自分で「ロンドンには君が一人で泊まれるホテルもあるっちゃあるんだけどね。でもここから先は通す気はないからね^^」と言ってるようなものである。 


僕「悪いが理解できない。日本語を出来る職員をよんでほしい。」


ここまできたら論破するしかない。それではこの拙い英語力は不足だし、いつ何度機揚げ足を取られるかわかったものじゃない。 


審「悪いがその用意はない」

僕「時間はかかってもいい」 

審「それは難しい」 


ダメだ。話にならない。問答無用ってことじゃないか。 


僕「せめてドイツに帰りたいのだけど」

審「両親のいる日本でないと送れない」 


その後も粘って納得出来ない様子をしていると、そのうち厳重な金属製の扉のついた部屋に案内された。 その部屋は撮影禁止で、さらにそれを徹底するため、身体検査と金属探知テストを受けた。 

とはいうものの、その部屋はそこまで面白い部屋ではなかった。要は問題のあるトラベラーのための待合室であり、L 字型の50畳ほどの部屋に椅子が約60着、テーブルが2つ、監視カメラが3つ、テレビが一つ。それに公衆電話もあった。いずれも床や壁に固定され、武器にならないようにされている。L字の内側の部分は強化ガラスに囲まれた監視スタッフの部屋である。 


審「お腹が空いているだろう?なにを食べたい?飲み物は何がいいかな?」

僕「ツナサンドイッチとコーヒーで」 

審「何か質問はあるかい?」 

僕「ここにはどれくらいいなければならないのか」 

審「その質問に答えることは難しい」 


こちらの唯一の質問に対する答えがそれか。

そのとき、また別のスタッフが扉をあけてやってきた。 


審「君、トランクは持ってきたかね」

僕「ええ、まだ受け取ってませんが」 

審「じゃあ一緒に行ってとってこよう」 


どうせ取りに行くならついでに入国したいんだけど。


まあそういうことで、職員につれられ入国ゲートを通過、ワンフロア降り、トランクが吐き出されてベルトコンベアで回されるところ(手荷物受取所、とでも言うのだろうか)で僕のトランク(隅に放置されていた)を回収。職員に誘導されて今度は手荷物検査室に連れて行かれた。 

この辺りは未だに彼らの起こした行動の意味が解らないでいる。入国拒否するためだけなら「ホテルに泊まれない→安全を確保できない→日本に送るしかない」というロジックで押し通すことも可能だし、あるいは僕が18未満でも一人で泊まれるホテルがロンドン内にあることを知っていることを見越し、さらなる入国拒否理由を探すべくトランクという普段開けられることのない場所-則ち麻薬や銃や爆薬など-を密輸する現場を抑え、あるいはそうでなくともアルコールやタバコの1本でもたまたま見つかればイギリスの法に照らし、18未満で所持、ということが出来ると踏んだのだろう。だとしたら日本人の高校生も舐められたものである。あるいは単に、このようなトラブラーには全員の手荷物検査を実施するというルールでもあるのかも知れない。 もしくはさっき考えた通り、本当にテロか何かを警戒しているのかも知れない。 手荷物検査は念入りに行われた。まず、ある書類に名前を書かせる。 

「私は誰にも荷物を運ぶよう頼まれていません。これはすべてわたしの荷物です」 

という内容である。まあ当然そういうことはないのでサイン。

手袋をはめた審査官が、まずリュックを開けた。出てきたのはノート PC、カメラ、レンズ2本、ドイツ語の漫画、ノート、筆箱、iPodTouch、ケータイ2個(一つは SIM ロックフリー機で、ドイツで買ったもの、もう一つは日本で使っているもの、と説明してあげた)。など。また、財布の中も全て出し、それぞれの金額をメモしていく。よかった。コンゴから来た 言語学校 の友達から貰った彼の国のお金を持ってたら無駄に怪しまれるところだった。財布に入っていたのは125ユーロと30スイスフラン。僕の行動の潔白を補完する金額として考え得る中で最も好都合な数字ではなかろうか。 次に開けたのはトランク。服が沢山に三脚が一本。カメラが趣味だとわかってくれたかな。別段怪しい点はない。まあ当然だ。 その後、指紋を撮る装置の設置されている部屋に通された。


僕「トイレ行きたいんですけど」 

審「すぐ終わるから。じゃあこのカメラ見てね」


なるほど。こうしてデータとして蓄積していくのか。それでこの後あの機械で指紋をとってプロフィールをつける訳だ。 彼がどこかに電話している。電話の向こうの人にカメラの準備を申請したようだ。このカメラを別の部屋から操作するのか。一体何の意味があるのだろう。しかしこの電話、むこうの声が丸聞こえである。 


審「○○○、カメラの仕様を申請します」

電話「○○なのか、○○○○か?」 

審「いや、手荷物検査は何も問題なかった」 

電話「じゃあ問題ないじゃないか」 


電話のむこうの声は聞き取りにくいが、どうやら電話のむこうの人は僕に関して入国を阻む理由がないと考えたようだ。僕もそう思う。 


審「いや、しかし、彼のホテルがかれを泊められないと言っているんだ」


一体どこに電話してるか知らないが、要はあとには引けなくてそれでホテルがどうとか言い出したのか。さっき何時間も待たされた挙句、ホテルがどうとか言い出した理由がわかってきた。 電話は切れた。 


審「ああー、ほら、君、トイレ行きたかったんだよね。こっちだ、付いてきなさい。」


体制を立て直す訳か。

指紋室に戻った僕と審査官は今度はちゃんと10本の指紋データと顔写真を数枚撮った。こうして自分の写真を見ると髪が伸びたなあと思う(特に前髪)。その後、取り調べ室に移った。 室内は指紋ルームに隣接している。机1つ、向かい合わせの椅子が2つ、マイクに監視カメラという、およそ取り調べにしか使えないレイアウトである。これで壁がコンクリート剥き出しとかだったら雰囲気が出ていたのかも知れない。取り調べ開始。 


審「まず、君は y あ@sp こふぉ y ら j?」 (←聞き取れなかった)

僕「はい?」 

審「ああ、Are you happy?」 

僕「(むざけとんのか)No happy.」 

審「いや、そうじゃなくて、Do you feel sick?」 

僕「(ああそういうことか)それはないです」 

審「じゃあこれにサインしてね」 


これにサインすれば、この録音を法定で証拠物件として利用出来るのだろう。


審「じゃあ、質問。まず、君はいま何故ここにいるかわかっているね?」 

僕「説明を求めます」 

審「君が予約したホテルに電話したところ、18歳未満は泊まらせることができない、ということだった。則ち君は今日泊まる場所がない。我々は君の安全を確保しないといけないから、入国させることは出来ない。」 

僕「ホテルの予約は既に出来ていた」

審「しかし電話でそう言ったのだ。それから次の質問、なぜ君はドイツのビザを持っていない?」 

僕「(やはり問題はビザか)申請は既に済ませている。ただ、ドイツの市役所の出したビザは間違いだった。だから帰国後、再度申請する。そもそも3ヶ月間はビザなしで居られるのだから、ドイツのビザはこの旅行では問題ない」 


その後2、3の質問を受けたがどれも当たり障りのない内容だった。

取り調べが済むと、また待合室に戻された。 待合室は退屈だった。主に中東やアフリカからと思しき先客も数名いたがお互いに和気あいあいと話せる雰囲気ではないし、彼らの話を聞けばいろいろ面白い話もできそうな気もするが窓のむこうで番人がこちらを常時監視しているので下手に動けない。怪しまれても困るし。まあ十分怪しまれている気もするけど。 

テレビはあったがずっとサッカーばかりしている。ゲームのレベルは高いのだろうけど、そこまでサッカー(というかスポーツ全般)に興味ない僕は日本代表が出る試合以外観たことないし観る気もない。故にこの場合テレビはただの騒音発生装置である。 仕方がないので職員に頼んでみる。 


僕「暇なので勉強してていいですか」

番人「いいわよ」 


ということで、ドイツに来てから買った教科書と辞書(これは電子辞書です、と説明しないと解ってくれなかった)とノートを持って再び入室。1時間ほどモクモクと勉強していた。途中、見回りの番人が「あなたの書くローマ字はトイッシュでキュートだわ」とか言っていたが、軽くスルーして差し上げた。 そのうち、見覚えのある職員(僕を助けるとか寝言を履いてくれた人物)がやってきて、告げた。 


審「宿泊施設が見つかった。君はそこで今日一晩過ごすことになる。明日の飛行機で日本に帰る」 


宿泊施設とは。ヒースローと提携しているそういった施設でもあるのだろうか。あるいは探してきたのか。まあとにかく宿泊できるなら越したことはない。渡辺との連絡も済まさねばなるまいし。 

一応日本の両親に電話しろ、とのことなので、部屋にあった電話で家にかける。誰も出なかったので「ヒースローで入国できなくなって、明日、日本に帰ることになった」という内容のメッセージを残しておく。 彼に連れられ、ターミナル5のホールに出たときには外はすっかり暗くなっていた。 


審「ここで、ある人が君を連れにくる。今夜は彼女が連れて行く施設で一晩過ごし、明日の飛行機で日本に帰るんだ。ああ来た、彼女だ。それじゃあ、お元気で。幸運を祈ってるよ」 


ここまで他人に不幸を撒き散らしておいてよく言えたものだ。しかし僕も差し出された握手を取らないほど非常識ではない。 リサさんと名乗るその女性は、カジュアルな服装に身をつつんだ40代前半の、人権保護とか環境保全とかを訴えてそうな感じの人だった。 

軽く紹介を済ませた後、タクシー乗り場に向かう。 


僕「写真撮っていいですか?」 

リ「もちろん」 

ロンドン滞在時の数少ない写真の一つである。ヒースロー第五ターミナルタクシー広場。 タクシーは期待していた黒キャブではなかった。普通のタクシーである。あるいはそれ以下かも知れない。アジア系の運転手が乗っている。リサさんが行き先を告げて、ヒースローを後にする。 


リサ「今から行く場所はホテルじゃないわ」


もうここまで来たら何でもいいよ


リサ「これから行く場所ではそのカメラはしまってね」


撮影禁止なんだ。そういう施設なのかな。


リサ「他の子に盗まれちゃわないように」


・・・どんだけサバイバルな環境なの・・・


リサ「色んな国から来た子が一緒に泊まってる施設よ。男の子が多いわね。でも少しは女の子もいるわ」


もういい。わかった。 イギリスのことだから、移民らしい移民が世界中から集まってくるのだろう。彼女の言っているのは、すなわちその第二世代ということだろう。親は何かの事情でいなくなり、肌の色も話す言葉も違う国に残された子供たちは、そこで「保護」され、僕のこれから行く先の施設で育つのだ。 


「「明かりの消えた部屋に3段ベッドが4台壁際に置かれ、それぞれのベッドにはその部屋で一番身体が大きく強い子からしか眠ることが出来ない。床に溢れた子供は毛布に包まりながら寒さを堪え、背骨は老人のように曲がり、腕は枯れ木の如く痩せている。僕が部屋に入ると彼らは闇夜で天敵に怯える野鼠の如くその暗く澱んだ瞳を一斉にこちらに向けてきた・・!」」 


てな感じの施設を想像したのだが、実際はそこまでひどくなかった。 「Olympic House 」という名のその施設は、煉瓦二階建ての建物で、オリンピックと何の関係があるのか不明だが、まあ恐らく孤児院として作られないし改装されたものであろう。リサさんに連れられて入ると、右手に管理人室があった。室内には館内の廊下や部屋などあちこちの映像が映し出され、ここが一般的な宿泊所でないことを物語っている。管理人(たぶん時間交代制)はアフリカ中部出身といった顔立ちの人で、まあ親切そうな人ではあった、 


リサ「この子がそのジャパニーズボーイよ」 

ケイト「初めまして。僕はケイトだ。一晩中ここにいるから、質問があったらここに来てくれ。これが君の部屋の鍵だ」 


今となっては名前がケイトだったか確かな記憶はないが、まあそんな感じの当たり障りのない名前であった。 


僕「ところでインターネットを使いたいのですが」 


そう。渡辺への連絡や家とのスカイプでの電話、情報収集のため、インターネットの利用はこの場合不可欠と言っていい。 


ケ「明日の9時にはインターネットルームが開くから、それまで待ってね」


そんなけったいな物がこの施設にあったとは。

その後部屋に通された僕は若干拍子抜けした。 ベッドが2つ置かれた部屋には誰もおらず、部屋は思ったより清潔そうである。 


なるほど一晩の日本人の利用のためになるべく良い部屋を用意してくれたのか。しかし孤児たちと話せないとは残念だ。ちょっと期待してたのに。 

早速部屋を点検。ベッド2つに棚が一台、テレビが一台。ドアを開けた部屋はトイレとシャワー。 コンコン、とノックする音が聞こえた。ドアを開けるとさっきの管理人がお皿を持ってきた。 


ケ「夕食だ。あとで飲み物を持ってくるよ。コーヒーと紅茶どっちがいい?」


僕はこういう際、コーヒーを選ぶのが常だ。だがここはイギリス。


僕「紅茶で」


彼が持ってきた夕食はこの上なくお粗末なものだった。 

おいしそうに見えないのは iPod で撮ったからではなく、実際においしくないからである。 パン2枚にバターとポテチ。ああ早く日本食が食べたいな。 

出された食事を撮影したりしているうちにケイトが帰ってきた。手には紅茶を持っている。 


ケ「さっき言い忘れたけど、シャワーは石鹸使わないでね」


それシャワーの意味あるのかなぁ。 

髪濡らすだけなら使わないほうがマシ。今夜は着替えてそのまま寝よう。 

ケイトが帰ったあと、僕はバターをパンに塗ってちぎって口に入れる。悪い意味で予想を裏切らない味であった。まあ食べられないことはないからいいとしよう。ポテチは食べる気がないので残すことにする。紅茶に一口つけてみる。 


・・・おいしい。


その冷めた紅茶は砂糖も沢山入ってるし、イギリスで飲みたかったモノとは違うけど、でも、美味しかった。水が合うってこういうことなんだね。どんな安い葉っぱでもここイギリスでは紅茶は美味しくなる。一つ、学んだ。 

ケイトが再びやってきて食事を下げると、僕は渡辺への連絡方法を考える。ドイツで買ったケータイはさっき使おうとしたが電波が入らずダメだった。Wifi もない。ここはガラゲーの出番のようだ。 

931SH―僕はこれまでに、このケータイにここまで感謝したことはなかった。この海外対応ケータイはイギリス国内の電波を使って通信させてくれる。もちろんお金は多少かかるかも知れないがこの際それはどうでもいい。電池が残りほとんどないので、急いで打たないとならない。 充電出来ない理由、それはプラグ変換器を持っていないからである。コンセントのプラグ変換器は、チューリッヒで買わずにヒースローで買う予定だったのだ。ここは過去の自分の判断ミスと言っていい。 メールを打つ。 


「「このメール読める?読めたらなるべく早くこのアドレスに返信欲しい。非常に困ったことになった。ヒースローの入国審査は想像以上に悪質なものだった。ドイツでビザがまだ下りてなかったのも悪かったのだけど(それはドイツの市役所が悪いんだけど)、17歳ではホテルは一人で泊まれない、とか言い出して(Officer は、ibis に電話したらそう言ったって言ってるんだけど本当かどうか…)、泊まる場所がないならせめてドイツに帰してよって言ったんだけど、両親がいる所じゃないと駄目なんだと。それで明日の便で日本に一時帰国することになった。 もう溜め息しか出ないよ…。それにネットや電話が自由に使えれば良いのだけど、今日の間はこのガラゲーしか使えない。明日の朝、イギリスで9時から、ネットが少し使える。まあ渡辺はこちらのアドレスに送って。 現在僕は「OlympicHouse」っていう名前の孤児院みたいなところにいる。日本人だから VIP 対応(笑)なのか知らないけど、ツインベッドで貸し切りだから、まあそこまで悪くはない。そこまでは。 

明日の朝までここにいて、朝、空港の職員が再び迎えにくる。日本の入国審査どうやって通ればよいのでしょう…不安は尽きない。 この調子だと、25日からの予定も厳しそう(無理とは言わない。ただ、厳しいものがある)。ミュージカルのチケットは無駄になってしまうかも知れない。予約したページのデータを送っても、僕のキャッシュカードがないものね。 ここ10時間で人生経験ダダ上がりだよ。…溜め息しか出ないね…。 あと、渡辺に電話しようとした場合、どこにかければいいの?090 で始まる番号にかけたけど、ダメだったよ。 ヒースローの取調室のことなんかも書きたいのだけど、このケータイの電池がもたないから、ここまでだ。 さっきはガラゲーに返信って言ったけど、やっぱり同じ文面を Gmail にも送って。このケータイ死にそう。 では。」」 


こうして一応事態を連絡すると、もやはやることはない。時計は12時半を過ぎている。今日は早く寝て、明日に備えよう。 

9時前に起きれるように、目覚まし時計を8時にセットする。ベッドはドイツのホストファミリーで使っているそれよりも柔らかかった。このベッドで今まで寝ていた子供たちは、それぞれどんな経歴があったのだろうか。僕は顔も知らない彼らのことを想像しながら、疲れた身体を癒すべく深い眠りについた。真夜中に廊下で叫び声のようなものが聞こえた気もするが気にせずに眠る。 


翌日。8時過ぎに目を覚ました僕は着替えて洗面を済ませた後、早速管理人室へ行ってインターネット室のことを聞く。そこにいたのは昨日とは別の者であった。 


僕「インターネットルーム使いたいのですけど。昨日、9時に開くと聞いて」

管「え?そんな部屋ないよ」 


一体どちらが嘘をついているのか。まあどちらが嘘をついていようと、これはいずれにせよ使えない雰囲気だな。 


管「11時に空港の職員が迎えにくるから、それまで待っててね」

僕はロビーのようなところに案内された。 

管「テレビは見るかい?」 

僕「見ません」 

管「朝食は食べるかい?」 

僕「いりません」 


そんなことより渡辺との連絡である。昨夜の間に彼から数通、返信が来ていた。


「「おいおいどういうことだよ… とりあえず入国出来なかった原因は何なんだ?ホテルに未成年が泊まれないからなのか?もしそれだけなら 25 日から再入国することは可能だろう。もしドイツのビザ関連で問題があるなら別だけど。とりあえず返信頼む。」」 


「「さっきのメールに追加して言えば、未成年でも泊まれるホテルなんてロンドンには腐るほどあるぞ。ホテルが問題なら、強制送還される必要はないと思うんだがそこは聞いてみたか? 25 日からのホテルは未成年でも泊まれる保証をメールで貰ってるから、それをまず指摘しろ。それで俺と合流することを話して、25 日から帰国日までの宿泊先は全て保証されていることを話せ。25 日までの間は自分で緊急にホテル(Royal National っていうところに俺は泊まった)を予約して、生活出来ることをちゃんと言え。最悪の場合 25 日までその施設でかくまってもらえないのか?」」 


「「イギリスの法律には、未成年が泊まれないっていうものはないんだが、ホテルの方針として掲げている場合がある。RoyalNational の場合、大丈夫だと思う。ただ、ibis みたいに結構大きいところになると駄目な場合があるから、RoyalNational が駄目なら B&B を中心に探せ。とにかく、係員の人に 25 日からのホテルは確保出来てるって言って、日本に帰るのを何とか止めろよ。まあ最悪の場合、今なら日本に帰っても 25 日の午前には戻ってこれるとは思うけどな。 障害はそれだけなのか?」」 


うーん。彼の言うことは最もなのだが、しかし空港職員はそこまでこちらの話に耳を傾けてくれる人達ではないのだ。前提として日本に送り返えすことで話が始まってる節がある。 

返信を書き始めたが、昨日の時点で「low」になっていたケータイの電池は、メールの送信を終わる前に切れてしまった。これで彼との連絡の手段はなくなったことになる。 11時を少し過ぎたころ、リサさんが現れて僕を迎えにきた。 


リサ「昨日はよく眠れた?」 

僕「はい」


嘘ではない。昨日の一連の出来事で疲れていたのもあろうが、僕はたしかに良く眠れたのだ。

タクシーで移動しながらリサさんはどうでもいいことをぼやき続ける。 


リサ「短い滞在だったわね」


何と返事しろと


リサ「その iPod でご両親と連絡とれないの?」 

僕「wifi がないと」


空港から孤児院まではそこまで離れていない。昨日も通ったから解るが、だいたい10分そこらの距離である。すぐにヒースローに入り、タクシーを降りてホールに入る。 


リサ「もうすぐ空港の職員が来ると思うわ。あの写真撮ったら?」


見上げた先にはオリンピックの象徴、五輪旗のマークがかけられていた。 

その後空港職員と合流し、リサさんとはお別れ。手荷物検査を受けた後、昨日と同じ待合室に行く。ここで1時間ほど待てという。 

日本に再度電話することにする。職員に頼み、テレフォンカードを買って公衆電話を再度使わせてもら

う。このときにはまだ僕が昨日残したメッセージを聞いてなかったようなので、電話に出た姉に簡単に事情を説明する。

電話が済むと暇になった。 

僕が座っていると、後からこの部屋に入ってきた男の人が話しかけてきた。


男「君、英語は話せる?」 

僕「少しだけなら」 

男「君はいつからここにいた?」 

僕「初めて来たのは昨日ですね。昨夜は空港の外で一泊して、今は飛行機を待ってるところ」 男「どこから来たんだい?」


僕「日本。あんたは?」 

男「ガーナ」 


英国連邦加盟国じゃないか。ヒースローの劣悪な入国拒否対象はおよそ世界の全ての国に対して有効らしい。でも昨日今日とこの部屋で白人は見てないな。これ差別でしょ。 


男「お金交換してもらえる?」 


おお。ガーナのお金欲しい!


僕「でも残念ながら日本円は持ってないんだ」 

男「いや、そうじゃなくて、あの電話を使いたいんだ」


彼の指さす先には僕が家への連絡に使った公衆電話があった。あれを使って彼の家族に電話したいということなのだろう。僕は残りのテレフォンカードを差し出した。 


僕「これ使っていいよ」 

男「使い方が解らない」


その貧相な知識でよくここまで来たもんだよ。


僕「ならあそこの職員に聞けばいいんじゃない?」


さっきから番人がこちらを見ている。興味津津といった感じだ。 

ガーナ人の彼は職員と一言二言話したが、どうも許可をもらえることはなかったようだ。 

帰ってきた。


男「ところで彼は昨日もいた?」 

僕「ああ、あれ・・。」


L 字の部屋の隅で、さながらホームレスのように丸くなっている男(多分)は、さきほどからピクリとも動かない。 


僕「昨日僕がここにいたときは他に3、4人いたんですけどね。彼がいたかどうかは覚えていません」 

男「3、4人・・・。」 


彼はここからいつ出られるか心配しているのだろうか。 そんな具合に話していたら、職員が僕を呼びに来た。いよいよ日本への飛行機に乗る訳だ。 

3人くらいの警備員に囲まれながら僕は搭乗口に向かう。 

なんか変な気持ちになる。警備員付きで人の列も無視してファーストクラスの入口から入っていくのだからVIPみたいじゃないか。さあ僕のために道を空けたまえ庶民達よ。実際、職員が固まって歩いていればたいていの人は道を開けてくれる。僕はニヤニヤ(多分してた)しながら警備員に連れられ搭乗口まで着いた。 


職員「君のパスポートはスチュワーデスに渡しておくから、日本に着いたら受け取って」


あとは普通の観光客と変わりはない。隣の席に座った老夫婦はスペインとポルトガルの8日間の旅行を終えた老人団体客であった。入国は至って簡単だった。パスポートを見せるだけで、何も質問されず「はい、いいですよ」と通してくれた。何も心配は要らなかった。ヒースローとは偉い違いだ。 


おわり



(本稿は二年前当時に書かれたものを一部人名などを修正したものです。なお、以下は上旅行記を渡辺に見せた際のメールのやりとり)

渡辺
2012/07/14
読ませてもらったよ。非常に面白い。記念になるから取っておくね。

お前にとっては壮絶な体験だったろうな。普通の人は人生で1度経験することすらないだろうし。しばらくたってイギリスへの入国が可能になったらまた行こうや。イギリスはなかなか良い国だよww  ただ、階級社会の名残とも言うべきか、身分が上の人からはたとえ理不尽でも頑固に言われ続けるのが常だよあの国はw。俺もMalvernで経験した。
2012/07/15
まあ壮絶というほどでもないけど、残念ではあったよ。

だからと言ってイギリスを嫌いになった訳じゃないよ。逆説的に捉えれば外国人の流入をそこまで阻止してまで守りたい文化なり何らかのアイデンティティがあるんでしょう。もちろんいつか行きたいと思う。出来れば一緒に行きたいね。いつになるかわかんないけど。
渡辺
2012/07/15
たしかにロンドンは移民がすごいからね.... 半分くらい移民じゃないかと思えてくる。でも田舎に行くと純粋なイギリス人ばっかなんだよね。

また機会を見つけていきましょ。お前と一緒に入国するのは少し怖いけれどww


読んでよかった
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2017年2月9日に、Gunosyに配信させていただきました。
ご投稿ありがとうございます。
< 記事URL: https://gunosy.com/articles/Rm3Sa >
今後とも、どうぞよろしくお願いします。

Mori Yuichiro

私立武蔵 87.5→慶応SFC総'14

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