もし弱小公立中学バスケ部から強豪私立高校バスケ部に入ったら・・・こうなった

当人は身長165cmで、中学でベンチスタートだったにも関わらず、無謀にもバスケの強い私立高校バスケ部に入部した場合のモデルケースになります。


出身中学は地区1回戦負けで、入学した高校は当時関西でベスト4以上の強豪校でした。


高校に入学し、担任から部活見学の時間を聞いて、体育館に行きました。


体育館は当時フルコート2面で、手前がバレー部、奥がバスケ部でした。


部活見学初日は緊張し過ぎて、体育館の入り口までは行ったのですが、そこから足がすくんで中に入れず、そのまま帰ってしまいました。翌日勇気を出して、練習してるバレー部の邪魔をしないようにそそくさとコートの脇を通り、コートを遮っているカーテンを開けて、ようやくバスケ部のコートにたどり着きました。



初めて観た時、


「あれっ、大学生か社会人?来るとこ間違えたかな?」


と、思ったのを今でもはっきりと覚えています。みんな背が大きかったからです。


他にも部活見学者がいたので、その列に並んで、練習を見学しました。


同じ列に並んでいる人と入るかどうかという話になったのですが、


「レベルが高いからやめとく」って人が多かったのですが、私は当時160cm位だったのですが、そこから185cm位まで伸びるだろう、と全く根拠なく思い込んでおり、入部することにしました。


NBAを良く観ていたので、誇大妄想がひどかったのだと、今では思います。


そして、バスケットボールの練習着もろくに持っていない(中学の時は体操着で練習していた為)のに練習に参加するようになりました。


フットワークから始まり、それを終えると、レギュラー組と補欠組に分かれ、半面づつボールを使ったパス練習を行います。


そして、オールコートでツーメン、スリーメンといった練習をして、オールコート5対5をやり、ラストにシューティングか筋力トレーニングをして、終わり。


というのが、大まかな練習の流れです。



入部当初はそれほど練習がきつくなかったので、無難についていくことができたのですが、夏休みに入ると午前、午後の2部練習になり、一気に練習がきつくなってきました。



それまで、フルコートダッシュやツーメンなどはコートを往復するのは3往復までだったのですが、4、5、、往復と増えていき、


シャトルランというコートを4分割して走って、方向転換して、また走るという練習が他のフットワークをこなした後に追加され、その時々に定められたタイムを切らないと、延々シャトルランをするはめになりました。


要領のいい選手は一発で切るのですが、要領が悪いと、終わりません。


何度も嗚咽したり、フットワーク中に頭が真っ白になったといったこともありました。


私は人が一生に走る距離を高校時代にこなしたと思っています。


また、シューティング練習は私にとってはリバウンド練習でした。


というのは、スタメンの選手のシュートを拾う役目だったからです。1日300本から500本、多い時は700本位拾っていたのを覚えています。


しかも、私が担当していた先輩は3Pシューターだったので、リバウンドがよく跳ね、ボールを拾いに行く走行距離も長めでした。


「何本打った?」と、先輩に聞かれた時、本数を数え忘れる時が度々あったので、適当な本数を答えてしまったこともありました。


次第に周りと話すようになって、びっくりしたのは3年生だと思っていた人が2年で、2年生だと思っていた人が実は同い年で、3年生で練習に来ているのは当時1人だけだったのです。


推薦で入部している選手が多いので、同い年の推薦組は春休みから練習に参加していたので、1つ上の先輩だと勘違いしていました。


最初は一般入部の人としか話せなかったのですが、次第に推薦入部の人とも話すようになると、全中に出ていたとか、ジュニアオールスターに選ばれていたとか、どこどこ選抜だったとかいうような人ばかりでした。


練習中に監督が集合をかけると、円陣を組んで、監督の話を聞くのですが、周りは180、190cmを超えるような選手ばかりの中、165cmで実力も大したことなかった私は後ろの方にいたので、全然話が聞こえませんし、作戦ボードを観ることもできませんでした。


かくして、中学の時は1回戦負けで下手のヨコ好きだった私は実質マネージャーのような感じではありましたが、がんばって練習していました。


2年生になる前になんとかベンチに1回位入ってみたいな~と野望を抱いたのですが、


春休みに新1年生が入って来た時に、ダンクしたり、3Pをスパスパ決める後輩を観た時、「これは無理や」と、すぐ諦めました。


結局、私は3年生になる直前に怪我をしてしまい、みんながんばって練習してるのを脇で観てるのが辛くなったのと、勉強しないと大学に進学出来そうにないという焦りもあり、退部させてもらいました。


ここまでの内容だと、一般入部でしかも大して上手くないのに強豪校に入るとろくなことがないように思われますが、入部して良かったと思うのはIH予選に上位進出できたり、近畿大会、全国大会に参加できたことです。


もちろん補欠での参加なので、観客席から声枯らしながら応援するだけだったのですが、他の強豪校の選手や月刊バスケットボールに載っているような選手のプレーが観れた時は感動しました。また、練習試合などでも他の強豪校、クラブチーム、大学生などともするので、好カードを間近で観れました。



1番感動したのは、やはり全国大会に出た時です。


関西からバスで8時間かけて、東京体育館に入った瞬間の光景と熱気は脳裏に焼き付いています。


全国大会というのは選ばれたチーム、選手しか参加出来ないのだな、と当時思いました。



高校生でしか経験出来ないものは確かにありましたし、この時に経験したことが今に生きていることも多々あります。


もう一度当時の経験をしてみたいか?と言われるとNOと答えますが、


もし、今の私が当時の入部する前の私にこんだけキツくて、大変だよ、と話してもやっぱり入部すると思います。


それくらい向こう見ずでした。


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