男が女として生活していくまで物語

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【はじめに】

私が初めて性別を超えた人たちを見たのは、TBSでやっていた

上岡龍太郎さんの番組だったと思います。


当時は今と違って報道の規制も緩かったため、ニューハーフが上半身裸で

モザイクもなしにお茶の間のテレビに写っていた時代です。


そんな彼女達、ニューハーフは「女装が高じて手術までしちゃった男」

という扱いで、変人、変態扱いが普通でした。 




ニューハーフに人権はないのか? 

と、聞かれれば、当時は確実に「なかったと」言えます。



テレビでは、ニューハーフを人権もない、

変態扱いされて当然のような取り上げ方していたのにもかかわらず、

私の幼い目にはとても魅力的に見えていました。


一緒にテレビを見ていた母親の前では正直に言えなかった私ですが、

心の奥では、憧れのようなワクワク、ドキドキした感情を持っていたのです。



しかし、その一方で「こんな変態になりたいわけがない!」という

憧れに対する否定的な感情も同時に存在していて、

日々もんもんと葛藤するばかりの少年時代でした。




結果的に私はニューハーフとしての人生を選び、彼女たちと同じように

性別の壁を越え、それと同時に変人扱いされる道を歩んできたわけですが、

今の自分の生き方に後悔はありません。


むしろ自分らしく生きていることへの自信と誇りもあるくらいです。


今、私が女性として生活できているのは、

身体を張ってテレビに出演していた彼女たちニューハーフのお陰だと

過去を振り返ると感じますね。






なぜなら、私がまだ小学生だった頃、1990年代のテレビでは、

ニューハーフの豊胸手術が100万円だったとか、

性転換手術が300万円だったとか、女性ホルモン注射をしなくちゃならないとか

そういう「生々しいリアルな情報」がテレビからどんどん発信されていたんです。


それを見た私の母は「こんなにお金かかるなんて、大変かねぇ…」



なんて言っていましたが、私としては

「身体に1000万円かければ、男でもこんなにキレイになれるんだ!」



という夢の世界を見せてもらっているようでした。




つまり、当時のTBSのニューハーフ関連番組があったお陰で、

私は男でも女性として身体を変化させることができる、そういう人たちが

世の中にはいっぱいいるんだ



という事実を教えてもらったし、最初は女性ホルモン注射から始めて、

ヒゲの永久脱毛、豊胸手術、そして性転換手術という

手術の流れも知ることができたんです。


そのお陰もあって、私は高校を卒業し、就職してからはすぐに脱毛、ホルモン注射

21歳で睾丸摘出手術、豊胸手術と手術を進めていくことができました。


当時私は小学生でしたから、年齢で言うと8歳~10歳でしょうか。



早い段階でトランス(女体化)の情報を得ていたから、

高校卒業後すぐに行動ができたのだと思います。




本書は女体化の情報を正しく、生々しく伝えることで、

いま、この文章を読んでいるあなたが早い段階で行動できるよう

少しでも力になればいいなと思って作りました。



単純に手術の情報やホルモンの情報だけを伝えるのではなく、

女体化開始前~女体化開始後の私の実体験を通して、

より具体的にあなたの女体化をイメージしていただけたら幸いです。




【怒られる過去 → メイクしなきゃ怒られる今】


「みさきちゃんは女の子なんだからさ、メイクしなきゃダメじゃない?」

すっぴんで生活してた私にディエゴが言い放った。



ディエゴとは、名古屋の飲み屋で知り合って、

一緒に仕事するまでになった仲間というか、友達だ。 彼氏じゃない(笑)



日本とペルーの血が混ざっているが、3:1でペルーが濃い。

見ためはペルー人そのもの。 身長160cmくらいの小柄




21歳でニューハーフの仕事を始め、女性としての生活をスタートさせた私は、

夜の店で知り合った彼と意気投合して一緒に仕事をしてたんだが、

その際に夜のお店・・・ニューハーフクラブを辞めていたので、

普段はすっぴんで生活してたのだ。



「化粧は仕事だからやるもの」という意識があったのかもしれない。




ニューハーフクラブで仕事する時は、つけまつげを付けてバリバリメイクで

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