世界の拡げ方 -脳をクラウド化するとは?-

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・時間とは何か


「おっちーさんって時間の使い方上手ですよね」、「どうしたらそんなに色々なことができるのですか」。この2つの疑問はよく僕に投げかけられる。つまりは時間の有効な使い方を伝授してくれ、人々はそう乞うているのだろう。僕が多趣味であることは、自他ともに認める事実だとは思う。実際僕がなぜこのような多趣味の性格に走ったのか、その答えはたった一つなのだ。先ほど投げかけられた2つの質問に僕は必ずして、こう返す。


「そりゃあ、人生って一度きりだろ。せっかくの人生なんだし、色々なことに触れてみたくはないか?」


そう、僕にとって人生とは一度きりのものと見ていて、「それ」と「時間」というものは同義であると考えている。


つまりは人生というものは時間であって、時間というものは人生なのだ。


・趣味のカテゴリー

前項で述べたように、僕は趣味が日々増えていっている。しかし自分でも最近、何が僕の趣味なのかわからなくなってきた部分も多い(当たり前になってきてしまっている)ので、一度ここで確認しておきたい。その際にカテゴリー別に分けてみようと思う。


ざっと挙げてみたけれども、抜け漏れももちろんあるかもしれない。とりあえずざっとあげてみた。ざっと。(サックスが被ってしまった・・・)


・人生のスパイス

そもそもなぜあんな人生観を覚え、こんな多趣味な人間に走ったのか。それにはやはり一つの重要なスパイスが必要となってくる。そのスパイスとはずばり「知的好奇心」なのだろう。


僕は幼少のころから、一回なにかを気になったら、とことん調べたがる癖がある。たとえば、「お菓子って何からできているんだろう」だとか「地球の大陸が分裂する前のことを何と言って、その状態から分裂するに至った経緯ってどんなんだろう」だとか。


子供のころから、クイズを解くのが好きだったり、図鑑を見るのが好きだったりしたことが始まりなのかもしれない。しかしこればっかりは、僕自身でどうこうなるものではなくて、生まれ育った家庭の環境が大いに影響してくるのである。シンガポールで生まれて2年後に日本に行くことになった僕は、もちろんのこと日本語は喋れなかった。当時喋れたのはインドネシア語ないしは英語だけだったそうだ。幼稚園は定員オーバーだったため、年少(つまり一年目)は保育園にて過ごした。その際に、僕はみんなと意思疎通することができず、それが何故なのかということに非常に疑問を持ったのである。何故なのか、子供心ながらに考えた結果、どうやら喋っている言葉の種類が違うことに気付いたわけで、親にそのことを言ったら、親が感動してくれたということは覚えている。保育園程度では言語は問題ないだろう、そう親が思っていた矢先に僕から疑問と違いを呈したからだ。そのおかげで親は日本語教育ビデオを購入し、それを僕は家でひたすら見て、それを覚えた。人間本来の生存欲、環境適応能力の賜物なのか、日本語はすぐ様覚える反面、その過程でインドネシア語は忘れたのだろう。そして日本語を覚えた僕は保育園でみんなと仲良く過ごすことができ、年中から幼稚園に空きが出たので、幼稚園に入って、現在でも交友のある幼馴染ともここで出会う。しかしこれはまた別の話である。


要するに、この全過程の中で僕が覚えたもう一つの理というものは、「知的好奇心を満たすと、非常に気分がいい」ということだ。そこが源流となって、今の僕は成り立っているのだろう、と思うとすごく感慨深い。


・時代に頼る

知的好奇心を満たすことを続けていくうちに、趣味が第2項で紹介したほどに膨れ上がっていく。しかし、ここで疑問がまた一つ生まれてくるのである。それはずばり、「どのようにして知的好奇心を満たすのか」である。


前もって言っておくが、もし僕が今から100年前に生まれていた、となると多分ここまで趣味は増えなかったのかもしれない。そしてキャパシティも狭かっただろう。


疑問に戻って。「知的好奇心を満たす手段とは何か」であるが、その答えは今しがたみんなが触れている例のものを使えばいいだけである。そう、「インターネット」だ。


文明の利器と言われているインターネットは、その可能性が無限大に近い。0と1の二進法から始まるこの世界は、以外にもシンプルでありながら、シンプルだけに留まらない深さをも内包している。それはまるで0から1に増えるプロセスのように。


インターネットが普及し始めたのは、僕が小3の頃からだったと思う。それも某巨大掲示板が発足した2000年頃。その時期から実は、僕はパソコンに触れていた。父親が所有していたデスクトップで調べ物をしたり、ゲームをしていたり、そのような覚えがある。僕が小3を終え、シンガポールに帰国し、小4が始まると同時に、パソコンの知識というものも増えていった。当時、動画なんて容量の大きい物なんて珍しくて、その動画やアニメの代わりにFlashと呼ばれるものが普及していた。非常に懐かしい思い出である。Flashを見ていくうちに、その仕組みに興味を持ち、自分で作り始めるなどをした。もちろんこの時もそのインターネットを利用して、作り方を学んだ。


小5では小学校のクラブ活動の一環で、パソコン研究会なるものの会長になって、HPを作ったり、スーパーマリオのパロディゲームを作ったりしていた。このようにして僕は、今まで見てきた世界というものはほんの小さなものであったことに気付き、インターネットを通じて様々な世界を知ることになるうちに、インターネットの可能性に気付き始めた。


中1のころには、タイピング速度がべらぼうに早くなり、ちょっとした気分で某タイピング大会に参加した結果、若干13歳にして一時期同年代では全国3位の速度を誇っていたことをここで告白しておこう。タイピングが早くなると、調べ物が楽しくなる。なぜならタイピングをすること自体が楽しくなるからだ。このように、手段と目的というものは交互に入れ替わっていくが、この過程というものが重要で、それはまるで知的好奇心の永久機関といったところか。そうこうしているうちに、自分とインターネットの親和性に気付き、僕はインターネットに自分の身を投じたのである。


インターネットに身を投じる、というと頭の中がハテナで埋め尽くされる人が一般的であるが、よく考えてみると今の時代では当たり前のことである。つまりは「クラウド」に似た感覚であって、僕は自分の脳の一部をインターネットに依存していたのである。依存というとインターネット依存症のように聞こえが悪いが、そういうことではない。あくまでもインターネットを利用して、それを生活の一部として、その生活を充実とさせることが目的である。


僕のキャパシティが広い理由はこの現象にほかならない。常にインターネットに接続している感覚でいれば、自然と「知らないことはない」という無敵状態に陥ることになるが、この状態も上手く利用すれば、それは自信へとつながる。


こうやって自分の脳を電脳世界へとクラウド化することによって、自分が興味の持ったものを調べ、記憶し、実行に移すことができる。これは、僕が全ての楽器を「基本的に誰にも習わず、独学でやってきた」由縁である。最近ではYoutubeやニコニコ動画といった動画サイトや、趣味を広げるためのサイトがわんさかあるので、新たなことに挑戦するための布石というものは、明らかに100年前に比べて容易になっている、ということに君たちは気付くだろう。


・忘却術

実は脳の一部をクラウド化する、という前衛的な考え方に陥ったのは、ある一つの本との出会いである。それは外山滋比古著の「思考の整理術」である。今ではかなり有名な本であることは間違いないが、僕が読んだときはそこまで注目されていなかったと思う。


一言でこの著書をまとめると、「思考を整理するには、忘却することが大切だ」となる。人間の脳には、記憶を司る海馬というものが存在するが、これには一応限界がある。何でもかんでも頭に詰め込むとパンクしてしまうのである。そのため、思考を、記憶を整理するのであれば、逆に忘却してしまえばいい。しかし忘れ去ってしまっていいものは、重要な記憶ではなく、むしろその逆である不要な記憶なのだ。


脳の一部をクラウド化すれば、非常に用意なことである。この1か月間、必要のなさそうなことは、インターネットないしはパソコンにその記憶を保存するのである。そしてこの1か月間で必要なことだけを実体として存在する脳に保存させる。ただそれだけである。(このスパンは人によって違うだろう。)


「じゃあパソコンが壊れたり、インターネットにつながらなくったりすれば無能じゃないか」と思うだろうが、別にそういうことでもない。こういったときこそが思考の整理術の本領発揮である。忘却していたはずの記憶というものは、実は脳の片隅にほーんの少しだけでも残っている。「記憶の引き出しを開けてみて」なんてよく中高の頃の先生に言われたこともある人が多いだろうが、まさにそのことである。頭の中にはインデックスとして地味に残っており、例え忘却した記憶が不要な記憶であっても、その不要な記憶の中にある地味に大事な記憶だけは残っていたりするのである(つまりバックアップされているということである)。


説明がかなり難しくなったが、ざっというとこんな感じで、そのおかげで僕はインターネットやパソコンがなくとも、様々な分野について一言、二言は説明を加えることができるようになっているのだ。


・終わりに

僕が多趣味で、多分野に精通している理由というものがわかってくれたと思う。つまりは①知的好奇心を満たすこと、②忘却することの2つに尽きる。


あと最後にもう一つ、コツを教えよう。不要な記憶を消し去ったとしてもインデックスに残るというが、これは悲しい出来事も例外ではない。しかしその悲しい出来事を消す方法が実は人間の生存機能として存在している。それは「笑うこと」だ。僕は楽しいことが好きで、いつも笑っているが、それは悲しい出来事を忘れるためにでもある。だから、皆笑え、そして学べ。


ドイツの片田舎で、皆の笑顔が溢れんこと、そして世界が拡がることを祈りつつ、この辺りで筆を置かせていただく。









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落合 亮太

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