岡山県のある18歳が高校を2度中退し、時給850円で教育を変える挑戦をしている話

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人生一度目の高校中退。


今から遡ること1年半...


ぼく「あ、おれ学校辞めるけん。(←岡山弁)」

友達「え?」

ぼく「で、オーストラリア行くけん。」

友達「は?」

ぼく「だから、次会うのは3年後かな。」

友達「んんん!?!?!?」


そんな感じで、地元岡山県の高校を中退し、単身オーストラリアに渡ることになったぼく。当時17歳。

なぜ17歳でオーストラリアに渡ろうと思ったのか。

それまでの学校生活で何があったのか。

そして今、何をしているのか。

そんなことをつらつらと綴っていきます。


もともと中学3年生のときから、大学に行くつもりはなかったぼく。

大学に行くつもりがないんですから、わざわざ「受験のための」授業を聞く必要はありません。

授業中は、大半の授業で、自分の好きな本を読み、授業と関係ないことを考え、考えては机の上に唯一置いてあるメモ帳に書きなぐっていました。(教科書は机の中)



........ はい、めちゃくちゃ反抗的ですね。

ではなぜ、そこまで授業に対して、反抗的だったのか。

それは授業に対して、何とも言えないムナクソワルサを感じていたからです。


例えば、数学では、

先生「ええか 半径Rのときは、sinθ=y/R だからな!(キリッ)」

ぼく「え、待って待って」

先生「で、cosθ=x/Rで...」

ぼく「え、いや、ちょっ...」

先生「よーし、みんなわかったなー。」

ぼく「ちょっと!三角関数って関数ですよね?

で、関数って「ある値に対してただ一つの値が対応する関係」のことでしたよね?

なのに、sinθ=y/Rって、何が何にどう対応してるんですか !?!?!?」

先生「いいから、まず板書とって!!話はそれから!」

ぼく「....」


(その後、他学年の数学の先生のところに質問にいって解決。)


物理では、

先生「仕事W=Fsだからな (ドヤッ)」

ぼく「すいません、式じゃなくて言葉で説明してもらえますか?」

先生「?? いや、仕事W=Fs だぞ。」

ぼく「いや、だから式じゃなくて言葉で説明してもらえますか?」

先生「お前がそんなこと言っても、世界の法則は変わらんのんや。(←会話成立してない)」

ぼく「いや、世界の法則変えるとか誰も言ってな..」

キーンコーンカーンコーン

先生「とにかく、この公式に数字当てはめてこの問題集やってこい。」

ぼく「........... (死んでもやらん!!)」


(授業のあと、教科書見て2秒で理解しました。)


今から振り返れば、生意気で、反骨精神の塊みたいな生徒でしたが、それでもやはり、


受験のためには知識が必要

    

とにかく問題集やらせよう

    

(やってこなかったら) なんで、やってこんのんや!!!!

という図式は間違っていると思うのです。

あのムナクソワルサの正体は、この図式だったのです。

つまらんものなんて誰もやりません。

なのに、そんな生徒の気持ちは関係なく、とにかく知識を押し付ける。そんな授業に辟易としていたのです。


そしてこういう経験をしたせいか、ぼくは「授業への信頼」が全くなくなっていました。

学校が中高一貫校だったため、エスカレーター式に高校まで上がりましたが、「ま、どうせ授業はつまらんのんでしょ。はいはい。」とたかをくくっていました。


しかし、そんな風に考えていた高校1年生の古文の授業。

某M先生が教室に入ってきて一言。


M先生「おい、いいかお前ら。助動詞の活用なんか絶対覚えるなよ。」

 生徒「!?」

M先生「覚えるから忘れる。だから考えろ。考えりゃ覚える。」

 生徒「!?!?」

M先生「いいか、そんな風に暗記した活用なんてな、ク○ほどの価値もないからな。」

 生徒「!?!?!?」


こんな風に他の生徒が面食らっている中で、僕は目を輝かせていました。


ぼく待ってましたー!!こういう授業が聞きたかった!!!!


もう、授業がはじまってから終わるまで終始ニヤニヤ。

某M先生は、助動詞の成り立ちを一から教えてくれました。

そのときは、古文の基礎知識がなかったので、内容はほとんど理解できませんでしたが、放課後は毎日のようにM先生のところに質問に行き、一から古文の知識を吸収し、「そんなとこまで知る必要ある??」みたいな、超マニアックなところまで勉強しました。


そして、そういう経験をしたぼくは思うのです。


先生の仕事とは、生徒に「やべー!おもしれーな、それ!!まじ鳥肌たつわ!」と思わせることだと。


知的感動体験を与えれば、あとは放っておいても勝手に勉強するんです。

だから、教師とは、知識を与える仕事ではなく、知識に息を吹き込む仕事なのです。

知識は中性です。死んでるんです、もともと。だから、面白いわけがないんです。ただ、その知識に息を吹き込み命を宿せば、人を感動させることができるのです。

だからこそ、先生は、知識に息を吹き込んで、生徒に面白いと思わせることが必要なんです。


「いやいや、勉強っていうのはね、そんな楽しいものじゃなくて、社会に出たときに苦労する予習みたいなものなんだよ。」

と言う人がいますが、


だったら、1限目から5限目まで雑巾掛けでいいじゃないですか。


数学の問題を1時間で50問解くより、1時間永遠と雑巾掛けしてる方が肉体的にも精神的にも1万倍キツいと思うのは、ぼくだけでしょうか。


少し話が逸れましたね。戻します。

そんなワクワクしてしょうがないM先生の授業を受けてからは、

「よし!このM先生の授業を受けるために学校に行こう。」

と思うようになり、積極的に学校に行くようになりました。


学校へ行き、授業を受け、放課後はM先生に質問に行くことが多くなりました。

話す内容も、古文のことから、大学って?そもそも学問って?という話まで多岐にわたりました。

そのせいか、話をしていく中で、古文の知識を得るだけじゃなく、物事の考え方まで影響されるようになりました。

その結果、M先生はぼくのロールモデルとして、今でも大きな影響力を持っています。



さて、今はM先生の授業にフォーカスしてお話していますが、もちろん授業だけじゃなく、文化祭、体育祭も楽しかったし、もちろん部活も。友達とも、楽しくもときに刺激的な毎日を過ごしていました。


しかし、やはりぼくの性格上、学校生活はそう順調にはいかず、次第にこう思うように。


確かに、M先生の授業は面白い。でも...

一日6時間授業を受けて、その中で面白いと思える授業は数十分。

それってすごくもったいないよね?


そう思うようになり、「M先生には申し訳ないな」と思いながらも、次第に学校を休むようになりました。


そんなとき

どうやら、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどの海外の高校では、

ディスカッションをメインとした授業を行うらしい。

という噂を小耳にはさみ、早速調べることに。

留学エージェント会社に手当たり次第電話をしたり、岡山にある留学エージェント会社に直接出向いたり、とにかく話を聞きまくりました。

そうすると、本当にディスカッションを柱に据えた授業が主流であるということがわかりました。


そして、ぼくは決めました。

「よし、海外の高校に行こう!!」

両親の承諾も得て、早速M先生のもとへ。


ぼく「先生、すいません。ぼく海外の高校に行きたいっす。」

M先生「やめとけ。英語ペラペラになるだけじゃ。頭はよーならん。(良くならない)」

ぼく「いや、頑張って頭も良くします! (←意味不明)」

M先生「まず、質の高いディスカッションができる英語力を身につけることからして難しい。」

ぼく「なんとかして頑張ります! (←勢いだけ)」


両者ゆずらない押し問答が続きましたが、結局最後はぼくが押し切る形でM先生を説得し、海外の高校に行くことになりました。

納得していないようだったM先生も、最後は温かく見送ってくれました。


そして、最後に握手を交わしたとき、

M先生に、こう言われました。


「お前、せめて偽物の本物になれ。本物の偽物にはなるなよ。」


オーストラリアに渡る


(シドニーは、ビーチがきれいです。オペラハウスだけじゃありませんよ!)


そんなこんなでオーストラリア、シドニーに渡ることになったぼく。

「ディスカッションをするには、高い英語力が必要」

そう考え、オーストラリアの高校に入るまでの間は、英語を必死に勉強しました。


そして、英語も勉強しましたが、それ以上に勉強したのが「おとな」

それまでは、「おとな=先生 / 親」でした。

まぁ、ふつう高校生なんてそんなもんです。

だから、当時持っていた「かわいげ」はゼロ。

そんなものなくても先生や親は面倒見てくれますからね。

だから、いろんな大人の方々と会うことで、少しずつ少しずつ、「かわいげ」を身につけていきました。(まだまだ身に付いたと言えるには程遠いですが...)


そんな感じで、「英語力」「かわいげ」の両方を身につけながら、オーストラリア生活を続けていたぼくは、約半年後オーストラリアの高校に無事入学しました。

ディスカッションできるだけの英語力が身に付いていたかは不安でしたが、それ以上に

「さあ、やっと楽しみにしていたディスカッションの授業!!」

という期待に胸を膨らませていました。



人生二度目の高校中退。


ドキドキとワクワクが半分ずつ混ざった気持ちで、高校のオリエンテーションを済ませ、いざ教室の中へ。


さあ、待ちに待った授業の時間!!!


最初の授業は、Society and Culture

「社会文化学!?おもろそー!!」

そう思い選択した授業でした。


教室で授業がはじまるのを待っていると、先生登場!!!

開口一番、

先生「はい、じゃあ班になってー。班になったら、

みんなの国では、どんなときにお祝いするのかを話し合ってー。

(一斉に話しだす)

友達A「えーっと、アメリカではサンクスギビングとかあるよ!」

友達B「スペインでは、◎△%#?○ (←聞き取れませんでした)」

友達C「あ、それフィリピンでもある! 日本はどんなお祝いあるの?」

  ぼく「あ、七五三とか???.... 」


.......ってレベル低っ!!!!

いや、ディスカッションはしてますよ。一応。

でも、そんなこと話し合ってどうすんの... orz

英語はペラペラになりますよ。でも、内容もペラペラじゃ、頭の中もペラペラになっちゃいますよ。


ただ、心のなかで「まあ、最初だからね。もう少し様子見てみるか。」と思う気持ちがありました。

そこで、2週間待ってみることに .....


(2週間後)


先生「はーい、じゃあ教科書8ページ開いてー。

そこの文面全部ノートに書き取ろっかー。

ぼく「えっ..... 」

生徒「.....  (カリカリカリ)

ぼく「いや、ちょっ、待っ...」

生徒(カリカリ)

ぼく「」



って、退化してるぅ〜〜〜。


これはさすがにやばい。教科書書き写すだけって、一体どこの小学校 ..... orz


「半年楽しみにしてきた授業がこれ....」

ぼくは泣きそうになりました。

そして、それと同時に、焦りだしました。


「このままでは、M先生の言う通り、頭すっからかんになってしまう...」


このとき、様々な考えがあたまの中を駆け巡りました。

「授業中はリスニングとスピーキングを鍛えて、あとは自分で本読んで .... 」

「高校では英語力だけ身につけて、知識は大学で .... 」


でも、やっぱり耐えられませんでした。この高校に居続けるのも。

だって、岡山県の高校を辞める理由だった

「ほとんどの授業の時間でワクワクできない問題」

は解決されてなかったんですから。


そして、こちらも中退することに....


もちろん、自分の中で葛藤はありました。

温かく送り出してくれたM先生に申し訳ないと思う気持ちもあったし、2度も途中やめにしていいのか?という思いもありました。

しかし、「英語はペラペラ。でも頭もペラペラ。」になるのが、一番M先生に申し訳ないと思いました。



そんな風に人生2度目の高校中退を決断したわけですが、先の葛藤とならんで、

「今まで頑張って積み上げてきた英語力がここで止まってしまうのか」

という心残りも、決断を渋らせる要因となりました。

しかし、生まれたときから英語と母語の2カ国語を操るバイリンガルを見ていると、

「いや、通訳でよくね?」

と考えるように。

まぁ、今から考えると当たり前のことです。

やっぱり英語が喋れるってかっこいいですから、憧れます。

でも、英語が喋れるって、英語を使用している20億人と同じスタート地点に立つだけなんですよね。

で、そこから、20億人の中で差別化するために頑張らないといけない。

だったら、お金稼いで通訳雇いましょうよ。それだけでもうスタート地点に立てちゃいます。

それで、英語以外に勉強の時間をつかって、20億人と差別化しましょう。

そしたら、下手な英語でも死ぬほど本気で聞いてくれます。通訳を介する時間だって待ってくれます。

最近だと、落合陽一さん (現代の魔法使い) 見てると、特にそう思いますね。



そして、ここで、やっと

「お前、せめて偽物の本物になれ。本物の偽物にはなるなよ。」

の意味がわかりました。


偽物の本物とは、偽物クオリティ(クオリティは本物より落ちる)だけど、英語を学ぶとは?を理解している「本物」の頭をもった人材のこと。

本物の偽物とは、本物クオリティの「偽物」のこと。英語は本物レベルでペラペラだけど、頭は「偽物」の、いわゆる「エセ外国人」のこと。


M先生にぼくの1年後は見透かされていた、というわけです。



そして、そんな風に高校を辞めたぼくは、

もう「与えられる」授業とかいいや。自分で学べばいい。

そう思うようになり、もう高校に行くつもりはありませんでした。

そして、なんとなく日本に帰ってバイトをして、そのお金で世界をブラブラしようかな。そう考えていました。


人生の師匠に出会うまでは ....


日本に帰国するまであと1ヶ月。

そんなとき、人生の師匠(←ぼくが勝手に呼んでるだけです) と出会いました。

この人まだ若いけれど、超がつくほどの「苦労人」。

「まじ、今までの半生で情熱大陸8回くらい出れるんじゃね?」

と本気で思うほど、波瀾万丈な人生を送っています。


そんな師匠から、帰国間際、こんなメールが届きました。

「弘二、自分が思ってるより弘二はすごくないよ。」

「自分は他よりできるとか、本気だせばなんて、無いから。案外大したことないよ、自分なんて。」

「環境が恵まれてるだけ。そしてその環境に甘んじてる。」


これらに薄々感づいていたぼくの心にはグサリ、グサリと刺さりました。


バイトで稼ぐ予定だったお金は、あくまでも旅のための費用。

生活費などは、親のすねをかじって生活するするつもりでした。


しかし、師匠の言葉をうけて、

一人でやっちゃるよ!! (←岡山弁パート2)」

そう一念発起し、一人暮らしをし始め、時給850円のバイトで、家賃、ガス代、水道代、電気代、食費を払い生活をすることにしました。


そして、残ったお金で本を買って、勉強していましたが、

「こんな生活ばかりしていていいのだろうか....」

次第にそういう思いに駆られるように。


そんな中、2度高校を中退した自らの経験から、

「やっぱり、教育を変えたい!」

そんな思いがつよくなっていきました。



「授業」を考える団体を創設


「教育を変えたい!」とは思ったものの、何から始めたらいいのか全く分からない状態。

しかも、時給850円です。できることなんて限られてます。


しかしそんな中で、やはり実体験から、

「授業」を見直したい!

と思うようになりました。


ここで、

「よし、じゃあ、ゆとり教育について話し合う場を設けよう!」

と考えることもできました。


しかし、ゆとり教育をはじめとする「制度」って上っ面だけのもので、それだけ取り繕っても、「現場」が変わらなければ、結局何も変わらないんですよね。


制度を変えることに意味がない、と言っているわけではなく、

まずは現場を変えないと、ということです。


じゃあ、「現場」を変えるって言っても、まず何をしようか。

それが、原体験から考えると「授業」だったわけです。


そして、そんな経緯で、ぼくは今

「生徒と教師が本気で授業を考える7時間。」という団体を立ち上げ、(団体と言ってますが、メンバーはぼく一人です。)

現在、「生徒と教師が一緒に授業をつくる」ワークショップを企画しています。


先生だけで、授業を考える学会や研究会はあります。

生徒だけで、授業について話すお昼休みの時間はあります。


しかし、両者がひとつの場所に集まり、「対話」を行いながら、共に授業をつくる場はない。


授業はコミュニケーションですから、両者がお互いを知り、お互いに歩み寄らなければ、いいものはできません。それなのに、現状生徒と先生の間には大きな隔たりがあります。

生徒は基本、

「先生、もっと面白い授業してよ!!」

と思っているし、


先生は、

「おい!こっちは真面目に授業してるんだから、生徒もちゃんと聞けよ!」

と思っています。


このような、隔たりという名の「壁」がある限り、いい授業なんてできるわけがありません。

だから、ぼくはこの「壁」を壊したい。


このワークショップにはそんな思いが込められています。


もちろん、

「まずは、先生が授業に専念できる環境にしないと。」

「面白い授業をしたいけど、保護者のニーズを考えると...」

など、他にも問題は山積みです。

しかし、これらの複雑に絡み合った問題を解決する

「はじめの一歩」として、

このワークショップが大きな役割を果たすことを祈っています。


最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


読んでよかった
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このストーリーをブログ等で紹介する

初めまして!私は外国人に日本語を教える日本語教師をしているものです。教師として、もう一度自分の授業を見つめなおすきっかけになりました。ありがとうございました!

授業はコミュニケーションだと私も思います。非常勤講師ですが、生徒の大切な時間を預かっている上で、より人生に役立つ授業をしようと試行錯誤の日々です。このストーリーを読んで、いろんなところで頑張って精進している人がいることに勇気をもらえました。ありがとうございました。

そう中学の時も高校の時も先生が楽しいと授業が楽しくなる。勉強が楽しくなる事に気が付きました。なら自分が楽しめる授業?! 自分が集中力途切れやすいからパット授業展開♪そんな授業目指して毎回授業に臨んでいます。そんな素敵なワークショップ機会があれば参加したいです。

鈴木さん>そう言っていただけて嬉しいです!

塚田さん>”生徒の大切な時間を預かっている上で、より人生に役立つ授業をしようと試行錯誤の日々です。” このような考えをお持ちの先生に教えてもらえる生徒さんはとても幸せだと思います。いえいえ、こちらこそ素敵なお言葉ありがとうございました。

Foskett Kiyokoさん>勉強(学問)の右も左も分からない中高生が勉強(学問)を好きになる「突破口」として、やはり先生の存在は重要ですよね。はい、次回もしご都合あえば、ぜひご参加ください!

高校の教員やってます。生徒も教員もワクワクする授業ワクワクさせる授業をやりたいとずっと思ってます。「はい、これ覚えて。はい、これやって」は楽ですけど楽しくないですね。M先生に共感しました!

「楽だけど楽しくない」って面白い表現ですね。いただきます。笑 対極にあるのに、なんで同じ漢字使うんでしょうね。調べます。

学校教育ってなんのためにあると思いますか?

この人に会ってみたい!って強く思いました。

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