英語教育の被害者が留学し虐められ17歳で起業、20歳で出版、そしてオックスフォード大学院ロンドン大学院ダブル合格

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Chapter1

人生に転機を齎したオーストラリア短期留学

僕の部屋にはバベルの塔の水彩画が掛けられている。言語が分かれた原因ともいわれるバベルの塔だ。「言語」それは人間がコミュニケーションを図るために不可欠なものである。自分の人生の転機を齎したそのバベルの塔には深い思い入れがある。


 高校2年の夏、日本の偏差値教育に苛立ちを感じ、また将来の展望が開けずにいた僕は、オーストラリアへのホームステイ留学を決めた。海外での生活に胸を膨らませ、自ら進んで留学斡旋会社への電話、申し込み、留学の手配、ホームステイ先へのプレゼント、自分を紹介するためのプロフィール写真集までも用意した。ホームステイ先での色んな楽しいイベントを頭に思い浮かべながら、着実に準備を進めていった。

 出発の当日、最初から最後まで自分でやりたいという気持ちから、親の反対を押し切り地元の最寄り駅から一人で成田空港に向かった。メルボルンで乗り換え、西オーストラリア、パースに到着した。着いたのはごく一般的なオーストラリアの一軒家であった。新婚の夫婦と2歳の娘が暮らしていた。机とベッドが備え付けられた6疊程のシンプルな部屋に案内された。


家のルールを一通り説明された時から悲劇は始まった。

家にあるトイレットペーパーは使ってはいけない、つまり自分で用意するということ、シャワーは5分以内冷蔵庫は使用禁止、6時以降は自分の部屋からの外出禁止という過酷なものだった。近くのスーパーで生活用品を買いに行き、机の下にペットボトルの水を蓄えて生活した。会話を弾ませるために英語で色々なことを尋ねるように心掛けた。庭にゴルフクラブが置いてあったのでDo you play golf?と聞くと返事は一言No.であった。Have you been to Japan? の質問も同様にNo.であった。この時、英語を使うことに対し恐怖心を抱いてしまった。夕方になるとホストマザーがキッチンカウンターに夕食を用意してくれる。しかし、それは茹でただけの味がないマカロニだったり、湿気たポテトチップスにマヨネーズといったものであった。立ったまま食べさせられ、我慢して飲み込むしかなかった私を見たホストファミリーが何か嬉しそうな顔で見ていた。食事を終えてThank you.と言ってシンクに戻し食器を洗い部屋に帰ろうとすると、You are naughty.と言われた。その時、naughtyという単語を知らなかった私はどう対応したら良いのか分からずにいた。ただ、それが良い言葉ではないことは分かっていた。その後も決まり文句のように、目が合うたびにYou are naughty.と言われ続けた。ホストファミリーが会話しているのを見ると、私の悪口を言っていることを感じとった。タオルを貸していただけますかと尋ねると、床から足ふきマットを拾い上げ渡される始末。逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。だが多額の留学費を支払った両親には本当のことを伝えられずに3週間が過ぎた。


 帰国の3日前の夜に勇気を振り絞り、このまま帰国するわけにはいかないという気持ちで、自分が感じた思いを全て拙い英語で打ち明かした。なぜこんな扱いを受けるのか。生い立ちや留学への思い、自分の家族のことや今までの人生について。笑顔で話せる関係を作るために朝までかかった。日本人に対して偏見を持っていたということを青ざめた顔で打ち明かしてくれた。過去にホストした日本人の態度が気に入らなかったらしい。

 残りの3日間は別世界へと一変した。ゴルフをしないと言っていたホストファーザーに朝からゴルフコースに連れて行ってもらい、そのあとは家族でレストランへ外食に行った。パースの観光名所にも連れていってもらった。もちろん家族の車に乗ったもの食事を共にしたのもこの時が初めて。夜は初めてホストファミリーと席に座って食事をした。サラダからステーキまでバイキング方式だった。

 帰国の前日、両親から驚いた様子で1本の電話があった。

母親
なんかホームステイ先から英語で謝罪のメールが来たけど、どうしたの?
何かあったの?大丈夫?
自分
ああ、大丈夫、帰ったら詳しく話す。

ホストファーザーが僕の両親に対し謝罪のメールを送っていたのだ。海外での楽しい生活を満喫していると思い込んでいた両親はそれを見て驚いたに違いない。

 日本人として違った文化、価値観をもった人と異なる言語を使ったコミュニケーションの重要性を伝えていかなければ。成田空港に着いた瞬間まず感じたことだ。海外に出れば、誰もが日本代表、日の丸を背負っているのだ。言語の重要性を教えてくれたこの貴重な体験と言語を分けたと言われるバベルの塔に感謝している。

CHAPTER 2
英語教育を変える英語専門塾「密塾」創設

オーストラリアから帰国後すぐに部活(ゴルフ部)の後輩と近所の中学生を集め、母親の手芸教室を借り、寺小屋に似せたみんなで学び教え合う「密塾(ひそかじゅく)」を極秘に開校した。勿論、特別英語が得意だったわけではなく、留学を通して本当に必要な英語に気づいたことが創設のきっかけになった。本当に使える英語とは英語で論破することだ!日本の英語教育は間違っている!と後輩を説得し塾生を集めた。当初数名で始めた塾であったが、お菓子を食べながら丸くなって対話型の楽しく教え合う雰囲気が評判となり、23名の生徒が集まった。そしてその23名が起こした奇跡が僕の人生の道しるべとなった。

全国模試で偏差値80達成

塾生に教えるために予習・復習を重ねるうちに、自分の英語力が急激に上がっていることに気がついたのは高校で受験した模試の返却日。

担任のH先生が朝礼で

H先生
このクラスに偏差値80をとった人がいます

まさかと思ったが僕の名前が呼ばれ偏差値80の模試が返却された。特進クラスの人たちが英語科まで僕を揶揄いに来たのを覚えている。これまでは平均して英語の偏差値は50後半程度。クラスでも平均的な生徒であった。それではなぜこれほどまでに偏差値が上がったのか?その背景には密塾で実践していた指導方法にあった。

密塾英語指導法の3つの特徴


①英単語の語源の驚異

英単語の勉強を重ねるうちに、僕の中に1つの疑問が生じた。

telephoneとtelevisionのteleは何なのか?

当時の担任の先生にその疑問を投げかけた。すると先生は僕を職員室に来るように伝え、先生は職員室の棚からジーニアス英語辞書を取り出しtelephoneのページを開いてみせた。発音記号の下に「原義」というセクションがあり、先生は「英語はラテン語とギリシャ語で出来ていてteleは接頭語で遠いという意味がある」と教えて頂いた。このとき、僕の英単語熱に火がつき、漢字の偏や造りと同じように英単語もそう覚えればよいのか!放課後その足でブックオフに向かい、ラテン語とギリシャ語の辞書を立ち読みし、英単語の関心はここから始まった。


②教えることで学ぶ LRT

Learn(学習)Review(復習)Teach(教える)

教えることを目的にすることで自ずと学習と復習を繰り返す。僕は塾生からのどんな質問にも答えなければならないという責任感で人に教えるために予習をした。単語に関しての質問は単に日本語訳を教えるのではなく、語源やストーリーを付け加え解説した。そうすることで教えている側の僕が深い処理を行い、記憶に繋がるということに気づき、塾生にも同じように先に理解した生徒が、他の生徒に教えるというLRT方式の授業スタイルを導入した。LRT方式のおかげで生徒主体型の授業が実現できた。

③動画から学ぶネイティブ英語

CNN Student NewsやBBCの児童向け動画を活用して授業を行っていた。またジブリ作品や日本のアニメの英語版などを使ってエンタメ性を重視し、何度も動画を見たくなるような環境ができていった。さらにEdmodoを活用して生徒に動画のリンクを送り、宿題や進行チェックをオンライン上で行うことで、反転学習を実践していった。


塾生23名が英語検定に全員合格

高校卒業間際の英語検定で23人の塾生がそれぞれの級に全員合格した。23人の塾生は密塾に完全にハマってしまい週に4回夕方5時から10時までの5時間、お弁当を持参して勉強をしていた。一緒にプロを目指していたゴルフ部の英語が苦手な後輩、河西真理(かさいまさみち)くんも英語検定2級に合格した。噂が噂を呼び、高校卒業時には自宅に小学生から高校生が溢れかえっていた。

英単語の語源を活用することで英語検定にも対応できることをここで証明した。


高校卒業時には入塾待ち解消のため、山梨県内にもう1校密塾を作ることにした。

理解ある塾生の親御様から場所を無料で提供していただき、「密塾甲府校」を開校し、講師は全員塾生でもある高校生、塾長を英語検定2級に合格したゴルフ部後輩、河西真理くんに任せた。密塾は周りの支援、協力から成り立っていた。


英語教育を学ぶため青山学院大学に進学

僕はゴルファーになるという夢を持って山梨学院高校に入学した。附属大学の山梨学院大学に進学し、プロゴルファーになるというのが目標であった。しかし、密塾を創設してから自らも猛勉強を果たし、英語が得意科目になり、青山学院大学文学部英米文学科に合格した。そして、大学に進学する頃には言語学を勉強して日本の英語教育を変えようと決意している自分がいた。

密塾相模原校開校

大学入学後、毎週週末に山梨に帰省し2つの校舎で密塾を順調に運営していた。

青山学院大学がある相模原で密塾相模原校開校を決意!同じ方法でやればどこでも上手くいくだろうと過信し、大学1年にして200万円の借金をして20畳程のオフィスビルの一室を借りた。そしてここから試練が始まった。

3ヶ月間で新規入塾生徒2人のみ

積み重なる多額の借金

山梨で入塾待ちの塾と同じ内容の密塾を作ったにも関わらず、家庭教師で受け持っていた生徒2人で始めた相模原校は3ヶ月間の赤字が続いた。1ヶ月かけ、駅前またや学校前で2万枚のビラ配り、ポスティングを行い効果はゼロ。チラシの設置を店舗にお願いするも断られる日々。日に日に借金は積み重なっていく。もやしを主食とする生活を続け、寝ても寝付けず、夜中の3時から朝までポスティングをした日々を今でも覚えている。

ビラ配りを続けること3ヶ月、駅前でのビラ配りが実り、2人の新規入塾希望の連絡を頂いた。

これで生徒が増えて行くと安心したその瞬間にまた悲劇が始まった。

bとdの区別がつかない中学3年生

私はテニスをしませんでした。

の解答は

I boesn't tennis.

bとdが逆、playという動詞がなく、過去形なのでdoesn'tではなくdidn't、現在形だとしても1人称なのでdon'tというレベルの中学3年生が2人、入塾してきた。まさに英語教育の被害者である。このとき僕はこの子たちが可哀想と思う気持ちと同時に、英語教育に対しての怒りの念がフツフツと込み上げてきた。

疲労困憊で意識を失い救急車で病院搬送

山梨では順調に塾を運営し、生徒も満員状態であったが、相模原は一向に生徒が増えない。塾がない時間は家庭教師でバイトをし、山梨での僅かな利益を相模原の借金に回し、お弁当を買うお金がなく、もやしとご飯で生活していたある日、睡眠不足のまま家庭教師行くと指導中に顎から首にかけてのリンパ腺が腫れ始め、授業が終わる頃にはりんご程の大きさに膨れ上がってしまった。電車にのって帰宅途中意識が朦朧としてきて、気がつくと救急車の中にいた。病院の中に運ばれる時、来院していた患者の何人かがものすごい驚いて僕の顔を見ていたのを覚えている。膿が溜まってしまっていてすぐにメスを入れることになった。両親も山梨から駆けつけ、「身体が資本」ということを思い知らされた。入院を勧められたが、3日後に初めての密塾夏季合宿を控えていたので入院はできなかった。

3日後腫れはみかん程になり、湿布を貼って3日間の泊まり込み英語漬けキャンプを実施した。


3ヶ月後の英語検定で英語検定準2級に合格!

生徒数が伸び悩む中、bとdの区別がつかないこの生徒に毎日指導をし、3ヶ月後に英語検定準2級に合格。合格の秘訣は「英単語の語源」!プロジェクト型の英語の授業に加え効率的に語源を教えることで、生徒の成績はぐんぐんと伸びていく。この噂が広まり、あっという間に相模原校は満員となった。

その他にも留学生とのディベート大会や大学見学ツアーなどを企画し、SNSでも教え始め、新幹線に乗って静岡県から通う生徒や埼玉、千葉、茨城から通う生徒も生まれた。学生の、学生による、学生のための塾として講師と生徒が一丸となって一緒に勉強するアットホームな環境が生まれた。

CHAPTER 3
英単語帳を出版し3ヶ月連続のベストセラー

密塾で教えている語源を使った単語学習法を本にしよう!と決意。高校時代からまとめていた英単語リストを綺麗に打ち直し出版社に企画書とともに提出。500冊を自費出版するとなんと2日で完売!

出版社から契約出版の話を頂き、正式に語源を使って合格するという想いを込めて「PASSPORT〜150の英語語源単語帳〜」を出版。すると地元大手書店にて大々的に取り上げていただき、3ヶ月連続ベストセラーを獲得し3刷を達成した。(諸事情で現在は絶版となりました。高値で販売する業者にお気をつけください。定価は1500円です。)

英単語の語源の魅力をここでもう一度お伝えしたい。

偏差値を80まで上げ、大学入学直後のTOEICで900点を超え、IELTSでも8.0を獲得できたのはこの「語源」のお陰だと思っている。全く見たことのない単語でも大体推測することができる最強の学習法であるので、単語学習は一切苦労せずに楽しく覚えられる。日本語で考えるとわかりやすい。「魚」という漢字と「鯨」という漢字、どちらを最初に学んだでしょうか?ほとんどの方が「魚」と答えるはず。

それでは以下の図を見てもらいたい。

portの意味は「港」というのは常識ですが、「運ぶ」という語源があることをご存知だろうか?

意味は「港」
語源は「運ぶ」

ここに注目してimportという単語を見てみる。

im(中に)+port(運ぶ)=輸入
ex(外に)+port(運ぶ)=輸出

ちなみにexit「出口」という単語の語源はex(外に)+it(行く)なので「外に行く」=「出口」となる訳です。接頭語・接尾語・原義を先に習得することで語彙数が増えれば増えるほど、難しい単語の推測が可能となります。

importantがなぜ「重要な」という意味になったのか?諸説ありますが、最も覚えやすいのは「importantという単語が生まれた時、輸入されたものというのは非常に貴重であった」から「重要な」という意味になった。と覚えます。

次はportableです。

port(運ぶ)+able(可能)=運ぶことができる

つまりPSP(Play Station Portable)は運ぶことができるプレイステーションということ。

この要領で暗記していくと20の語源を覚えるだけで1483語の単語を一気に暗記することができる。

150の語源を覚えると3000語の単語を一気に暗記することができる。

そして500の語源を覚えると10,000語以上が習得できるという素晴らしい法則なのだ!

ということで150の英語語源単語帳を発売して大学入試に対応できるようにしたということ。

僕は大学での卒業論文も、大学院での専攻も、「語彙習得理論」なので、ここでは語りきれないほど、伝えたいことがたくさんある。

1人目の塾生が英語検定1級TOEIC985点獲得しアメリカへ!

各校舎、高校生の塾生が塾長を務め「教えることで学ぶ」を実践させた。

山梨で塾長を務めたゴルフ部の後輩、河西真理くんも偏差値78を達成し、同じく青山学院大学に合格。高校時代プロゴルファーを目指していた彼は、青山学院大学在学中に英語検定1級TOEIC985フランス語検定2級に合格し、今は在アメリカ合衆国日本国大使館で働いている。

また各校舎で卒業生が教える立場で活躍するようになり、「教えることで学ぶ」という英語塾が出来上がり、教えれば教えるだけ自分の成績が伸びると評判が広がっていった。

校舎合同で行った英語キャンプが大盛況

3つの校舎を運営しながら年に2回のプロジェクト型の合宿が密塾のメインイベントになっていった。この合宿は3日間泊まり込みで1つのプロジェクトを達成するプロジェクト型合宿で講師は教え子が務め、100人規模の合宿へと成長していった。

これまでの英語合宿の内容を詳しくまとめましたので御覧ください。このプロジェクト型の合宿が生徒が次々と世界に羽ばたくきっかけとなった。

ゆとり教育世代の英語教育改革〜最先端英語教育①世界一周合宿〜

ゆとり教育世代の英語教育改革〜最先端英語教育②学校を作ろう!〜


「密塾(ひそかじゅく)」から「EUGENIC」へ改名

塾の規模が拡大するに当たって「密塾」という名称が問題視されるようになってきた。大学生が運営する塾というだけで十分怪しいのに、塾の名前が「密塾」というだけで距離を置かれてしまうようになった。さらに「密塾(ひそかじゅく)」を「密塾(みつじゅく)」と間違えてしまう保護者が多く、度々指摘しなければならないことなどなど、不思議な名称は株式会社にする上で不適切とされた。

そこで僕のお気に入りの語源の1つでもあるGEN(生まれる)という語源の名前を付けた塾名にしたいと考えていた。GENという語源から派生する単語は

Genius「天才」Gene「遺伝子」Gentle「紳士の」Generation「世代」Generous「寛大な」などがある。大学の授業でEUGENIC「優生学」、「生物の遺伝構造を改良する事で人類の進歩を促そうとする科学的社会改良運動」についての悲惨な歴史を学ぶ機会があり、その悲惨な歴史を二度と起こさせないという想いからEUGENICという名前を敢えて使用することにした。語源はEU(良い)+GEN(生む)である。

幼稚園年長クラスから大人のクラスまでの連携した能力別クラス編成のカリキュラムを作り、規模がどんどん拡大していき生徒登録数は500名を超えた。中学生で英検準1級、高校で英検1級に合格する生徒も出てきて、東京大学をはじめ国内外の大学にどんどん合格していった。

少人数制のTOEFL・IELTSクラスから1クラス60人の集団授業まで週7回3校舎をフル稼働させていた。肝心なカリキュラムには創設当初の指導方法「語源」「LRT」「動画」を3つの要素を軸に教材開発を行っていった。

CHAPTER 4 学生国際結婚を決意!

20歳のとき、大学の国際交流センターで一目惚れして話しかけた中国人女性に猛アタックの末、プロポーズし国際結婚を果たした!上海から特待生制度を使って青山学院大学に留学していた彼女に会社の経営面を全ておまかせすることになった。中国の教育について詳しく書きましたので下記の記事をご覧ください。

世界学力ランキング1位の中国教育事情

中国人と結婚したゆとり教育の被害者が世界学力ランキング世界1位の中国上海の教育を語る」という記事を書きましたのでそちらをご覧ください!

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おもしろかったです。自ら行動していく姿、刺激されました。敵も作ったでしょうし、保守的な人には邪魔をされたと思いますが、嶋津さんのされていることが日本を変えることに繋がるといいですね。

素晴らしい!ぜひ続きが読みたいです

ホームステイでの劇的な経験が人生の起点になったのだと、とてもおもしろく読むことができました。ありがとうございます。

嶋津 幸樹

ゆとり英語教育の被害者/ ロンドン大学教育研究所応用言語学在籍/ 株式会社EUGENIC海外進学塾創業者/ タクトピア株式会社プログラム開発責任者/ ケンブリッジCELTA取得/ オックスフォード大学ELT/ 青山学院大学文学部英米文学科卒/ 山梨学院高校英語科卒/ 著書3冊

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嶋津 幸樹

ゆとり英語教育の被害者/ ロンドン大学教育研究所応用言語学在籍/ 株式会社EUGENIC海外進学塾創業者/ タクトピア株式会社プログラム開発責任者/ ケンブリッジCELTA取得/ オックスフォード大学ELT/ 青山学院大学文学部英米文学科卒/ 山梨学院高校英語科卒/ 著書3冊

嶋津 幸樹

ゆとり英語教育の被害者/ ロンドン大学教育研究所応用言語学在籍/ 株式会社EUGENIC海外進学塾創業者/ タクトピア株式会社プログラム開発責任者/ ケンブリッジCELTA取得/ オックスフォード大学ELT/ 青山学院大学文学部英米文学科卒/ 山梨学院高校英語科卒/ 著書3冊

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