女優デビューから20年の今、生まれ変わった

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今 この時だから伝えたいことがある。


わたしは15歳で幼少の頃から夢だった女優デビューを果たし、そして今年でちょうど20年を迎えます。現在は一児の母であり、そして潜在意識開発のセラピストとしても活動をしています。なぜ女優からセラピストに活動をシフトしたのか。それは、現在10歳になる娘が生まれたことがキッカケでした。幼かった娘はわたしがある時、舞台のお稽古から帰るとこう言った。


「ママじゃない・・・アナタはだあれ?ママはどこへ行ってしまったの?」


舞台のモノガタリは過去に閉じ込められた真相、子供時代の純粋な残酷さを浮き彫りにする

『子供の無邪気が罪になる』をテーマに繰り広げられるモノでした。

わたしが演じたのは主演の女子児童の母。その役柄は精神異常をきたしていて、自らが娘の前で生命を断ってしまいます。わたしの演じた母、そして少女との間には空白がありました。それは言語化するのだとしたら「無知」互いが互いに対して無知であるが故、永遠に埋まらないでろう非言語の世界へと逃亡するのでした。


わたし自身、神経が擦り減るほどにその役柄に没頭していましたし、家に帰ればそこには本当の娘がいる日常があり、自分の中でスイッチの切替が上手にできる方ではなく、どうしていいのか分からない時間を過ごすことがあったのです。そんな時に娘の一言。わたしが役者であることを理解していない彼女が、わたし自身が精神を病んでいるのだと思い込んでしまったら、彼女の潜在意識にどんな影響を与えてしまうのだろうと思うと、怖くなりました。


「ママはお芝居をしているんだよ。ほら、この映画やこれだって、ママは色んな役を演じているでしょう?ぜんぶ違うから不思議だね。ママはね、絵本のような世界をコトバと体を通して実際に伝えることを仕事にしているの。」


娘が理解したのかしていないのか分かりません。ただ、今現在はそのことがやっと分かったようです。そのころ、いくつかいただいた舞台や映画のお話を断りました。これ以上は公私ともに、を両立させることなど無理だと思い込んでいたのです。しかし、わたしから体を張った表現という世界が遠ざかることは地獄をみるような苦痛でしかなかったのです。15歳からずっと関わってきた世界です。そして地味ながらも、わたしにとっては大好きな映画の世界から一時的にでも抜けることは自分のアイデンティティが崩壊することを意味します。でもある時にわたしは決意しました。そして20年弱、お世話になった事務所を辞めたのです。


そしてわたしはこの時、

同時に本当に壊れることを経験したのです。


それは大切な友人を失ったことがキッカケでした。そこから怒涛のように今までの灰汁が全精算されるかのように溢れ出す痛みが襲ってきたのです。自分の不甲斐なさ、情けなさ、そして弱さを人生ではじめて直視した瞬間だった。それまでは自分の正しさこそが自分というアイデンティティを保つ手段の一つであると思い込んでいたのです。誰にも侵入されないように、誰にも土足で踏み入れさせないように、わたしは弱さを悟られないように虚勢を張っていたように思います。人としてはしあわせを受け取るのが下手であり、ただの大馬鹿者。けれど、それを愛してくれた人もいました。なぜなら、それがあるからこそ、演じられる役というのはあるのです。そうです。だからわたしは役者でいられたのです。あの世界は、こんな自分でも役割を与えてくれる場だったのです。今ではそれが自分都合の甘えでしかなかったのだと思います。しかし、その時にはそれが全てで、他の世界は見えていなかったのです。



わたしは事務所を辞めたことをキッカケに壊れ、そして人生ではじめて、自分の根源にふれてしまう体験をしました。痛みの奥の奥の奥に降りていったその先で、わたしは体感したのです。私たちはどこまでもひとつの意識がつながっているということ。そして、全ては自分で描いたストーリーを歩み、何もかもが上手く行っていること、それを全体を通して悟ったのです。


それはとても幸福な時でした。コトバにするなら、全てが祝福であり、また感謝と愛の中に居たのです。この時、わたしは人間の本質はコレなのだと知った。誰もがかけがえのない生命であり、全ての人の人生はどんなにも苦難の中にあろうとも、それは超えるために自ら用意したシナリオであり、大丈夫としか言いようのない事実を知ったのです。


その時、わたしは壊れたことに心底感謝しました。そしてそこから、とにかく自分が体験したことをブログという媒体を通して伝え続けたのです。すると奇跡のようなことが次々に起きていったのです。わたしを応援してくれる人がひとり、またひとりと増えていき、いつの間にか今の潜在意識開発のセラピストとして活動している自分がいます。そうなろうと思ってなったわけではなくて、その時、その時に最善だと思ったことをただひたすらやり続けての今です。


ここまで来る中で、様々な孤独や葛藤を経験もしました。セラピストといえば、人間性が優れていたり、また弱さなど無く、無償で愛を届けているのだから、全てがうまくいって当たり前なのだろうと思われもしたし、人間としての痛みや苦労など、どこにもないのだろう、そう思われがちです。発信しつづけている内にいつのまにか、読者の人にとっては特別な存在に映ることがあったようです。そして今現時点でもそれはあり、ブログのメッセージ上で返信をすれば、生きているんですね!すごい!という返答があったりします。わたしはその瞬間、目が点になります。


「え?今までなんだと思ってきたの(・∀・)ウケる。生きてますけど何か・・・」


はい、こんな姿をさらけ出すのは、とても勇気がいります。笑



わたしは、セラピストである前に一人の人間です。これを読んでいるアナタと何一つ変わらない日常を過ごしています。表面に見えることだけを見ていたら、誰かを特別だと思っている意識はアナタを特別ではない世界へと誘います。それはどういうことかというと、アナタ自身が主人公である世界ではなく、誰かに主導権を明け渡した人生が続いていってしまうのです。


だからどうしても人は

思い通りにいった現実は自分のモノ

思い通りにいかなかった現実は誰かのモノ

この2つの現実に対して、迷子になってしまう。


そういう人に対して、リアルではわたしは厳しいですよ。笑

わたしと同じ目線になるまで、その特別意識を崩壊させる手段をとります。

なぜってそのほうが断然、お互いにフェアでいられるのです。


わたし自身、はじめから全てがより良かったわけではありません。一からスタートし、無料でカウンセリングを行ったり、お茶会を開いたり、自分を犠牲にしてまでとことん、読者の方と関わることをしてきました。女優という職から離れて、一旦全てを失ったからこそ、そこから沸き起こった情熱によって生かされてきました。ただただ、あの時は無我夢中でとにかく前を向くことで精一杯だったのです。自分を犠牲にしたことで、わたし自身「思い通りにいかない現実は誰かのモノ」こうして逃げることなどよくあったものです。お金に対してブロッグがあり、自分に価値を見いだせなかった。悟ること、しあわせになることになぜお金を取るのか?そんなわたしと引き合った同じようにしてお金にブロッグのあったクライアントさんたちは、無償の愛は、金銭も無償であるのが当然、のような顔をしていました。


この間違いにはすぐに気づくことになりました。なぜなら、わたしの現実は確かにクライアントさんが途切れることはなかったし、応援が次々に入ったので、生活には不自由はなかったけれど、でも、心から充実している、しあわせです、と言える自分はいなかったからです。


わたしはこの時からお金の勉強を必死でしました。お金についてありとあらゆる情報を網羅させようと必死でいろいろなお金に関する知恵をインプットしていったのです。そうすると不思議なことが起きていきました。わたしの環境がどんどん勝手に変わっていく追い風が吹き始めたのです。その頃の情報に出会えたことを今では心底、感謝しています。現実に地に足をつけて生きていくことを改めてそこでは教わりました。誰かがなんとかしてくれる、そんな責任逃れの言い訳を並べてばかりいた自分がいたからこそだと思っています。


そう、お金のブロッグ。

これは自分の人生への責任放棄とイコールなのです。


現在、わたしは100万円という法外とも思える半年間のプログラムを提供しています。はじめの内は実は50万円という設定にしていました。しかしあるメンターからこう言われたのです。


「中村さんはお金の為に今までやってきたことはないよね。それはね、見ていたら分かるんです。何を大切にしているかといったら、ひとつひとつ積み上げてきた信頼関係ではないですか?きっと、そこに失敗をしたことがあったのでしょうね。その講座、100万円にしなさい。50万円と100万円、金額に違いがあると思っているでしょう。これ、実は同じなんですよ。差はないのです。アナタが自分にその価値を受け取ることを許可できたら、それにお申し込みをしてくださったお客様も、いつかその価値を自らが受け取ることを許可しますよ。お申込み、入らないと思っていますか?いいえ、すぐに埋まりますよ。だから、100万円にしてごらん」

半信半疑でしたが、わたしは設定を100万円に変えました。

すると、本当にすぐにお申し込みが入り、その枠は埋まったのです。


そして わたしはこれを言われた時に思い出しました。


わたしは今から2年半前に本を出版しようと思って、とある出版塾に参加しました。なぜ本を出版しようかと思ったのかは、今の活動を広げていこう、そう思ったからです。それで、その時の費用が4ヶ月間で100万だったのです。あ!!と思いました。ほんとだ・・・。わたしはあの時、自分にその価値を与えることを許可していたのだと。4ヶ月間の出版塾の講座、わたしとっては100万でも安いと思ったほどに素晴らしいモノでした。倍以上払っても惜しくないほどの体験をさせていただいたのです。その時にご縁あった方々には今もなお感謝しておりますし、またそこで出会った仲間たちとは今でも親しくお付き合いをさせていただいています。そこからはベストセラー著者も輩出されていきました。


すごい講座に参加したモノだ、と思った。けれど、それを見ている内に自分には書けない気がしてきたのです。文章を綴ることはしてきましたが、出版となると、ベストセラーを出さないと胸を張れないと思ったし、失敗するのが怖くなっていったのです。それでもわたしはその時、その時に最善だと思えることを継続してきました。やはり書き続けたのです。学のある方ではないし、未だに文章力には自信がありません。けれど、それでも書く手を止めることはできませんでした。それは努力とは違います。わたしにとって女優という職業ではなく、書くことが表現の一部、体の一部となっていたからです。

わたしは女優になる時にもやはり、日常の中で演じる、ということを習慣にしてきました。そのことに関してはコチラに投稿をしています。おかげさまで殿堂入りしました。

痛みと温度が同居した日【1】〜【23】by STORYS.JP


女優になると願望し、決意し、そして映画主演女優という夢を叶え、あれから20年。


良い節目のこの時期に、わたしはやっぱりものすごい痛みと共に最愛の人を失い、財産とも言える大切なモノ2つを同時に失ったのです。もうこんな試練は訪れないだろう、そう思っていました。今思い返しても本当に痛かった。しかし、わたしがもっとより良く成るために必要な出来事が起きたのだと今は感謝にあふれています。


わたしは

もっとしあわせを享受してもいいと

自分に与えた試練。


生きる力を与えられてきた今、わたしはその恩を行為をもって示す時だと思っています。わたしはとてもたくさんの恩恵やおかげ様に護られてきました。その護りは安心となり、平穏となり、いつからか感謝を忘れ、怠けぐせへと変化していったのです。情熱を忘れていたように思います。依存から自立に向かって、また依存して、今回の大きな痛みという試練に出会い、ふたたび自分に全主導権を取りもどしました。そして自立へベクトルを向けたのです。


再スタートです。


そしてここからはプラスの螺旋階段を登っていこうと思います。全ての出来事はほんとうに素晴らしい恩恵の宝庫で、日常に埋もれてしまうと、そのメッセージやふれあいに敏感になるセンサーが麻痺していきます。そして感謝をわすれ、怠慢になる。これは人間であるが故、誰もがグルグルと繰り返すこと。しかし、多くの失敗や自分の弱さ、また痛みに出会うことは、やはり想像以上の力を自分に取り戻すキッカケとなることを感じます。

わたしは今回、大きな2つの失敗から、やはり学びました。失敗なきところには成長はありません。むしろ、わたしはそんな挑戦というシナリオを描いた自分を褒めました。そしてその先に関わってくれた全ての人に心から感謝したのです。

その時に立ち上った感謝のエネルギーはすごいモノでした。ずっと出版したいと願望していた本をたったの2日で書き上げてしまうという奇跡を起こしたのです。わたしが提供している潜在意識開発のメソッドを改良し、また文章を付け加えたものなので2日で仕上がったのですが、その後も別で現在、書き続けています。2日間は一心不乱でした。何を書いたのか覚えていないほどに夢中で書き続けたのです。現在はじっくりとあたたかな温度を放ちながら「今」この時のインスピレーションやふれあいを大切に描いています。


たった今、わたしは新たな夢を抱いています。

わたしはベストセラーを目指します!!


そしてわたしは出版塾の講師の方々に胸をはってご報告できる日を迎えることだけを意図して、これから少しの間、実現の為に本気で走り続けようと思います。失敗していい。売れなかったらどうしよう、なんて考えない。感謝さえあれば、必ずこの想いに宇宙は答えてくれると今、信じます。


わたしは出版するとなったら誰に一番最初にその原稿をもっていくのか決めていました。わたしは義理人情を愛しています。わたしに声をかけてくれた編集者さんとの出会いから2年弱が経過しました。

そしてついに、2014年12月12日にはじめてお会いしたあの場所で再会します。


静かに興奮しています。なぜって1212

語呂がよろしいようで(・∀・)

ちなみに1212のエンジェルナンバーは

========

あなたの思考や感じていること、信念が現実のものとなりつつあります。

信じ続け、自信を持ち続けていてください。

望むことだけを考えどんな不安もスピリットにゆだねて、癒し、変えてもらってください。

信じる心と勇気をもってください。

あなたの祈りはまだ見えなくても、形になりつつあります。

========


目に映るコトのすべてはメッセージ


人生、人と関わることをあきらめたらいけない。

傷ついても、失敗しても、何があっても、

自分の人生は自分が創造していることに誇りを取り戻そう!!

アナタは無条件に愛されています。今この時も、これからもずっとずっと。


Photography by Chihiro Ohwaki



読んでよかった
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麻美さんの本、超楽しみです(´▽`)♡

皆さん、本当に本当にありがとうございます!おかげさまで先ほど1位だった塾長の記事を抜いて、1位を獲得しました♡ひとつ恩返しができました。皆さんのコメントに泣きました。こちらこそ出会ってくださったことを心から感謝しております。この後の出版が勝負なので、がんばります!感謝。

なんだかワクワクするねw全力で応援します!!!

おめでとうございます!

1位おめでとうございます!
本の出版楽しみしています♡

おめでとうございます(^^)
とても楽しみにしています!心から!
どんな本なのかワクワクしますねー!

麻美さんのことばひとつひとつから、すべての人へ全てのことがギフトだと感じます。
ありがとうございます。

ついに、storys.jpに女優が!すごい!

MuichiMotsu, Muyoku, Jiai Jihi, Hikari, Kansya Ikiru-Chikara Sei Shi no Sou, Mei Go no Sou, Bon Sei no Sou mo naku, Ruii Musou Naruwo Iu. Issai ni Iki sezaru Taizen Seijyaku Taido wo Iu, MUICHIMOTSU Nothing at All inside. Satoru Mimura Bangkok Thailand

言葉に込められた思い。
画面で見る姿とはまた違う、
一人の作り手としての魅力。
次なる目標への挑戦、
北海道から応援しています。

中村 麻美

15歳のトキ映画「ファザーファッカー」で主演デビュー。その後、数々の映画にたずさわる。 現在は潜在意識に関するカウンセラーもやっていますhttp://www.humanwaltz.com/

中村 麻美さんが次に書こうと思っていること

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中村 麻美

15歳のトキ映画「ファザーファッカー」で主演デビュー。その後、数々の映画にたずさわる。 現在は潜在意識に関するカウンセラーもやっていますhttp://www.humanwaltz.com/

中村 麻美

15歳のトキ映画「ファザーファッカー」で主演デビュー。その後、数々の映画にたずさわる。 現在は潜在意識に関するカウンセラーもやっていますhttp://www.humanwaltz.com/

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