本当の幸せを求めて!!笑顔の街フィリピン•バコロドの一般人家庭でホームステイした話

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2014年9月から10月までの約一ヶ月間、フィリピン•バコロドのフィリピン人一般家庭にホームステイをしました。

ホームステイにいたった経緯

大阪芸術大学芸術計画学科を卒業してから半年間、ぼくはフィリピンのバコロドという「地球の歩き方•フィリピン」にも数ページしか紹介されていないような小さな街の英会話学校でインターンシップをしていました。

目的は、英語を喋れるようになる事でした。昔からいつか世界的に活躍できる人になるという夢があり、その為には英語が必須であると感じていたからです。

大学卒業を控えたある日、偶然NHKか何かの番組で、フィリピン留学の存在を知りました。1日6時間、マンツーマン で授業が受けられる。しかも寮費や食費を含めて月10万。これだ!と思いました。しかし、欧米の5分の1、格安とされる学費でさえ僕には払うお金がありませんでした。

そんな時に偶然「授業料無料のインターンシップ生募集」というページ(※制度について詳しく書いた記事はコチラ)を発見したのです。英語の授業を無料で受ける代わりに、生徒の空港送迎やオリエンテーションなどの業務を行うことが条件でした。

早速応募してみました。すると、すぐに合格通知がきました。え!?てっきり面接があるものだと思っていたので驚きました。当時は、まだフィリピン留学自体がメジャーで無かったので、審査がめちゃくちゃ緩かったのだと思います。

そして、大学卒業式の3日後、英語学習という目的以外に、フィリピンという国自体には特に何の期待もせず、飛行機に乗り込んだのです。

想像と全く違って驚き感動する日々

正直、渡航前は「シャチョサン!シャチョサン !」のイメージが強く、フィリピンに対してあまり良いイメージはありませんでした。

だけど、住んでみて分かった「笑顔の街•バコロド」の人々の優しさ、人懐っこさに感動し「どうしてこの人たちはこんなに幸せそうなんだろう?」と興味を持つようになりました。

フィリピンの女の子をモデルに、日本のバンド8ottoを応援するプロジェクト「勝手に8otto応援企画!!」などを行い、現地の人と積極的に交流しながら、その秘密を探りました。

帰国後も、日本在住のフィリピンの子供たちに日本語を教えるボランティアを始めるなど、フィリピンに関われる仕事を探し続けました。

フィリピンに留学する人はいるけれど、フィリピン人一般家庭にホームステイしに行く人はいない。

もともと文化人類学に興味があった事もあり、次第に、フィリピンを知るためには、現地の人と一つ屋根の下で暮らし、同じ物を食べ、一緒に生活することが一番の近道じゃないかと考えるようになりました。

どうすればいいのか分からず悩み、インターン時代に一番仲の良かった、ぼくの英語の先生でもある友人のシャーリーに相談をしてみることにしました。

すると、彼女はあっさりこう答えたのです。

シャーリー
「うち、来ればいいじゃん!!」


こうしてぼくは、インターン時代の友人シャーリーが住む家にホームステイをすることになりました。



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何でも言ってみるものですね!

相宮 康人

あなた自身の物語を生きよ。株式会社アートラバーズ 総合ディレクター。岐阜市出身 大阪芸大芸術計画卒 フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行。/aimiyanikki.blogspot.jp

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相宮 康人

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