絵本は心の拠り所 その7

前話: 絵本は心の拠り所 その6

契機


気づき

 私は妻に向かって,自分の思いをゆっくりと話し始めた。子どもから本を遠ざけてしまっていた自分,しかも子どもたちが本嫌いになったのは担任の影響だとは露ほどにも考えられない,独善的な自分。朝読書のように子どもの心をつかむことができればと,苦し紛れに絵本を引っ張りだして読み聞かせてみたら,偶然にマッチしたこと…

 妻は微笑みを浮かべながら,黙って私の独白を聴き続けてくれた。自分の思いを話し続ける内に,私は自分の心が落ち着いていくのを感じた。

「あれっ,なんで朝読書って始めたんだっけ?」

私は今まで,そこに考えが至らなかった。よく考えてみると,それは単純なことだった。朝読書の実践記録は私が買ってきたものだったが,そういう実践があるということを私に教えてくれたのは…


微笑みの真意

 それは妻だったのだ。ある日の朝食時,子どもがファンタジーを読まなくなったという話をしている私に対して,妻が

「高校で,朝読書ってやってるらしいよ」

と,何気なく話してくれたのだ。その話題はすぐに会話から消え去り,私の記憶からも離れていったのだが,少しばかりの時を経て私が朝読書の実践本に巡りあう瞬間が訪れ,その刹那に私の中のどこかから囁かれたのだ。

 これはなにも驚くことじゃない。だって,我が家に沢山(数百冊)の絵本があるのは,妻が私に購入を懇願したからだったのだから。妻はその時,自分の自由になるお金を全てなくしてもいい,全部じゃなくてほんの一部を買ってくれるだけでいいと願ったのだ。

 妻が何かをねだるということが全くなかった我が家では,それは最優先されるべき願いだった。私は当時,仕事のためにワープロを購入する予定だったが,絵本の購入を優先した。もちろん,妻の願いを100%叶えるためだ。希望する絵本を全て購入するためには,数十万円の出費が必要であり,我が家の財政事情では他の買物はできなかったからだ。

「あの時,あなたが,何も言わずに絵本を全部買ってくれたから,こうなったんじゃないの?」

妻は微笑んだまま,私に優しく話しかけた。妻はこうなることが,全部分かっていたんじゃないか,私はそう思った。


決意

「あなたは講演会で話せるわ。それだけの実践をしてきたんだもの」

と,妻は言葉を選びながら,ゆっくりと力強く話し続けた。いつにない語気の強さに,私は思わず妻の顔を見た。彼女の顔は誇らしげに輝いて見えた。そうか,そういうことなら私にも話ができるかもしれない,私は初めて講演を前向きにとらえ始めていた。

「娘にも毎日読み聞かせしてるでしょ。その話も加えたらどう?」

妻の最後の一言は,私の背中を押してくれる,優しいが力強いものだった。


(つづく)

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