~リストラの舞台裏~ 「私はこれで、部下を辞めさせました」 10

前話: ~リストラの舞台裏~ 「私はこれで、部下を辞めさせました」 9

彼の目には、日増しに殺意が宿っていった(2)|関取くんの優しさに涙を堪えた日。


気弱な関取が自分の元にやってきて、数ヶ月の二人三脚により再生させた。

それから2週間後くらいだっただろうか。再びシコを踏み始めた関取の処刑を命じられたのは。




■処刑リストのトップに名前のあった関取くん


関取くんとの祝勝会を終えた2週間後。わたしは、件の『自己都合を強要するリストラ』を命じられた。自分の部下を数十名、退職に追い込むことがミッションとして課せられたのだ。


わたしたちが影で『処刑リスト』と呼んでいた、リストラ候補者の名が連なったエクセルファイル。その最上位に記されていたのが、関取くんの名前だった。リストラを命じられた際に、関取くんが候補になることは分かっていた。


潰れかけていたわけで、立ち直らせるためのマネジメントコストがデカすぎる。マンツーマンで向き合い、他の部下と比べたらあまりに些細なことでも大げさに褒め、できなかったことに対しては決して怒らず、半歩でも前に進む方法を一緒に考えた。


そしてやっと、生まれたての子豚のような足取りでシコを踏んだ関取くん。今度は彼を抹殺せよ、という命令だった。数ヶ月の苦労はなんだったのか。


ドストエフスキーが「地下室の手記」で示唆した拷問を思い出した。潰れかけた関取を復活させる。その後にもう一度、叩き潰す。かの拷問と違うのは、叩き潰したらそれで終わること。さすがに、もう一度入社させて、立派な相撲をとるまで育てよ、とは言われないだろう。



■関取くんは本当に、心の根の美しい相撲取りだった


処刑リストの一番上に名前が挙がる関取くんとの面談が始まった。確かそれは、その日の8人目くらいの面談だったと記憶している。1時間近い面談を複数名こなしていくと、わたしの喉はヒリヒリと痛みだしていた。乾燥する冬の季節。高層ビルの中層階で、更に話の内容が機密すぎるため、密室にこもっての作業だった。


面談を終えた部下と交代で部屋にやってきた関取くん。温和な表情を浮かべながら、片手にペットボトルのお茶を持っていた。


そう。この出来事が、最も印象的であり、わたしの頭か心かわからないが、記憶に痛切に焼き付ける要因だ。彼はペットボトルをわたしに差し出した。


関取
ずっとミーティング続きで、喉が乾きましたよね。乾燥してますし

と気遣いながら、冷たいお茶を机に置き、そっとわたしの方へ滑らせる。彼にしてみれば、職務エリアでの席がわたしのすぐ横であり、一度も自席に戻らない上司を知っていたのだ。


もしかしたら、わたしの声は震えていたかもしれない。力なくお礼を伝え、いただいたお茶で喉を潤す。正確に思い出すことはできないが、そのときわたしは「リストラなんて本当はやりたくないんだ」という旨のセリフを吐きそうになったのを覚えている。


これからクビを宣告される部下に、とてもぶつけることはできない逃げ口上。関取くんのくれたお茶で無理やり飲み込んだ。


■拍子抜けするほど、あっさりと負けを認めた関取くん



逃げ出したくなる気持ちを奮い立たせて、他の部下と同じように時代背景や会社の状況、これからやってくる、関取くんの苦しい未来について話す。


笑顔を絶やさず、わたしの話に一心不乱に耳を傾けてくれる関取くん。


話が終わって彼に水を向けると


関取
分かりました。やっぱり、僕はこの仕事に向いていないんだと思います


と、目にうっすら涙を浮かべながら、それでも笑顔で語る関取くんがいた。


その後、彼の口から出てくるのは、わたしや会社を責めるのではなく、何もできない自分を雇ってくれた感謝。そして潰れかけた自分に対して、真正面から向き合ってくれたわたしへの感謝の言葉だった。


ああ、関取よ。だからおまえは幕下力士なんだ。闘争心というものが一切ない。弱肉強食の世の中で、強者に捉えられ、そのふくよかな身体を食べられるしかないんだ。


そんな彼を救えない自分が、本当に情けなかった。無力さを、本当は見透かされていたんじゃないだろうか。育てて守ってあげていたつもりでいた。実は、守られていたのは自分のほうではなかったのか。


そんなことを考えながら関取くんとの面談を終えた。次の面談では、退職までの具体的な日程を詰める約束をして。


ありがとう、関取くん。でもそのときは知らなかったんだ。君の張り手が、あんなにも強烈だったとは。


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