首長族の村に泊まり、タイの山奥で一緒に農作業をした話

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俺が望んでいたのはこれだったのか?




子どものころ、テレビの番組で、首長族のことを見たことがあります。

「ふわぁ、この世の中には、こんな不思議な人たちがいるんだ」

と感動したものの、まさか自分がいつの日かそこに行けるなんて、夢にも思っていませんでした。


ところが、東南アジア旅行の計画をたてていた時、首長族の村には比較的簡単に行けるということをガイドブックで知りました。

あこがれだった首長族の村に手が届く!

これはもう行くしかありません。


そしてついにやってきました、メーホーンソーン!



目当てのゲストハウスに到着した途端、手厚い歓迎を受けました。

いきなり、3匹の犬に取り囲まれてしまったのです。


タイに限らず、東南アジアの国では、鎖につながれている犬なんていません。

みんな放し飼いなのです。


3匹の犬たちが、けたたましく吠えながら私に迫ってきます。

わっ。わわわわ!


がぶっ!


えっ?

まさか、まさか、犬に噛まれてしまった?


頭の中を「狂犬病」の3文字がよぎります。

おそらく犬たちは甘噛みのつもりだったのでしょう。

もしも彼らが本気で噛んでいたら、今頃わたしの肉はズタズタに引き裂かれていたはずです。


しかし、噛まれたところは傷もついていないし、血も出ていないようです。

くっきりと歯形がついているだけ。

でも念のため、石鹸でよく洗っておきました。



夜行バスではよく眠れなかったのですが、休憩している場合ではありません。

首長族はもう目の前なのですから。

車をチャーターして、まずは一番近い村へと向かいました。





運転手は日本語が少し話せます。

彼に限らず、この村の観光に携わる人の中には、日本語が話せる人が少なくありません。


というのも、20年くらい前は、この村は日本人の観光客であふれかえっていたのだそうです。

ちょうど日本がバブルで浮かれていた頃ですね。

「でも、今はさっぱりだ。もっと日本人が来てくれないと、商売あがったりだよ」

と運転手は言います。


途中、警察の検問にあったり、車で川を渡ったりと、なかなかスリリングな道中でした。




それでもなんとか村に到着。

念願の首長族とのご対面です。







でも、思ったほど感動はしませんでした。

なんというか、首長族の人々は、みんな疲れきった顔をしているのです。

まだ若いはずなのに、人生のすべてを諦めきった老人のようにも見えました。

これは私の気のせいでしょうか。


カメラを向けると快く撮影に応じてくれるのですが、どこか寂しげな表情をしています。

村全体に覇気がありません。


「何かが違う。俺が見たかったのはこんなものじゃない」

村にいる間、ずっとその気持ちが拭えませんでした。



このメーホーンソーンには、首長族の村が3つあります。

今日の首長族の村にはどうしても納得できなかったので、明日、別の村を訪問することにしました。


ツアー会社のおばちゃんは

「どの村も同じよ。一カ所で十分」


と言っていましたが、自分の目で確かめてみないことには、どうにも気持ちが収まりません。

こうなったら3つの村すべてをこの目で見てやる。



リベンジ!


2つ目の首長族の村は少し辺鄙な場所にあるため、車で行くのは少し厳しいそうです。

なので今日はおばちゃんの運転するバイクで行くことになりました。



昨日と同じく、途中から舗装がなくなり、大きな水たまりが行く手を遮ります。

何度もぬかるみにはまり、そのたびにバイクを押して登るはめになりました。





苦労して来てはみたものの、2つ目の村の惨状はもっとひどかったです。

なんというか、ほとんど死にかかった村でした。

ここに住む人たちの目は、どんよりと曇っているようにしか見えないのです。




ちなみに、首長族の女性たちはみな英語が達者です。

日本人なんかよりもはるかに上手に英語を操ります。

この村には英会話スクールなどあるはずもないのに、彼女たちはどうやって英語を身につけたのでしょうか。




ある首長族の女性は、一枚の絵ハガキを見せてくれました。

そこには、3人のかわいらしい女の子たちが写っています。

聞けば、そのうちの一人は彼女の娘さんだそうです。

それまで濁った眼をして無表情だった彼女ですが、娘の話をするときだけは微かな笑顔のようなものを見せます。





彼女の店で、さきほどの絵葉書とは別にもう一枚の絵ハガキを買いました。

そこには大勢の首長族の子供たちが写っています。

小さな体に不釣り合いなほど大きな首輪。

まぶしい笑顔。

私が子供のころテレビ番組で見た光景そのものです。


なのに、この村にはそんな光景はどこにもありません。

「この子たちはいったいどこに行ってしまったんだい? 村には子供の姿が見えないみたいだけど」

と女性にたずねると、この時間は学校に行っているとの答えが返ってきました。

学校はすぐそこにあって、自由に見学できるから行って見てくるがいい、とのこと。


私の胸は高鳴ります。

学校に行けば、きっとこの写真のような子供たちのまぶしい姿を見ることができるにちがいない。




喜び勇んで学校に行ってみたものも、私はここで再び落胆させられます。

確かにたくさんの子どもたちがいるのですが、なにかが違う。

教室内はしんと静まりかえっていて、まったく活気がありません。


もちろん、授業中なのですから静かなのは当たり前なのかもしれませんが、それでもやはりおかしい。

小さな子ども特有のあふれんばかりのエネルギーを、彼らからは少しも感じることができないのです。

これはいったいどういうことなんだろう。





学校を後にして、土産物を物色していると、子供たちが帰ってきました。

どうやら授業が終わったようです。

首長族の女性の写真を撮っている時、視線を感じました。

その女性の娘さんのようです。

非難がましく、どこか悲しげな目でした。


その瞬間、私はものすごい罪悪感にとらわれました。

「もしかして俺は今、とてつもなく残酷なことをしているのではないのだろうか」

観光客の見世物になっている母親の姿を見て、この子はいったいどんな気持ちなのだろう。


その女の子は首輪をしていませんでした。

「私は晒し者になんかなりたくない」

彼女はそう言って、村の風習を拒んだのでしょうか。


なんとも言えない、苦い後味を残して、私は2つ目の村を後にしました。






首長族の村に泊まる


どうにも釈然としませんでした。

あこがれだった首長族の村を2つも訪れることできたというのに、まるでうれしくありません。

それどころか、なんとも言えない重苦しい気分が胸の中に渦巻いています。

「俺が見たかったのはこれじゃない。こんなはずじゃなかったのに・・・」


ガイドのおばちゃんは言います。

「ね、同じだったでしょ。それでも、もしも3つ目の村に行きたいのなら、いつでも言って」


頭を冷やすためにいったんおばちゃんと別れ、昼食を食べながら今後のことを考えます。

でも、結論はすぐにでました。


たしかにどこの村も同じなのかもしれない。

3つ目の村を訪れたとしても、まったく時間の無駄に終わる可能性は高い。


それでも、せっかくここまで来たのだから、やはり自分の目で見てみたい。

今ここでなにもせずに帰ってしまったら、きっと後で後悔するに違いない。


そう決心して食堂を出て、ガイドのおばちゃんのところへと向かいます。

ところが、おばちゃんはお昼寝の真っ最中。

気持ちよさそうに眠っていて、ちょっとやそっと声をかけたところで起きそうにありません。

なので、別のツアー会社をあたることにしました。



新しいツアーガイドの名はナムリン。

彼もまた日本語を話します。


ただし、彼の話す日本語は、かなり低俗。

彼のお気に入りの日本語は

「腐れ○○○」

「このメス豚がっ!」

そんな日本語、誰に教わったんだ?



私が一人で旅行していることを知ると、

「お前はラッキーだ。

いい女をたっぷり紹介してやるぞ。」

と張り切っていました。

彼にとって、一人で東南アジアに来る日本人の男の目的は買春以外にはないということのようです。

日本人って、東南アジアの人たちからはそういう目で見られているんですね。



彼の名刺にはこう書いてあります。


「Bad Sleep

 Bad Jokes

 Good Food

 Good Trek

 Good Tour Guide



確かに彼のジョークには品がない。

でも、良いガイドというのは本当のようです。


ナムリンは次々と興味深い提案をしてくれます。

そのうちの一つが、首長族の村でのホームステイでした。


「泊まれるのか?首長族の村に泊まることができるのか!」

私は興奮して、何度もナムリンに確認します。


「もちろんだとも、俺はあの村には知り合いが何人もいるんだ」


私は今夜、チェンマイへ向けて発つつもりだったのですが、急きょ、夜行バスはキャンセルしました。



ゲストハウスに戻り、急いで荷物をまとめます。

興奮して、リュックを持つ手が震えています。


「ほんとに首長族の村に泊まるのか? この俺が?」


事態があまりにも急激に変化してしまったので、まだ頭が混乱しています。






3つ目の村はかなり遠い所にあり、車では行けません。

船で川をさかのぼらなくてはならないのです。


船と言っても、4人も乗ればもういっぱいになってしまう小さなもの。

その小舟でジャングの中を流れる川を上っていくのはとても気持ちいい。

まるで気分は探検家。

なんだか興奮してきました。

今度こそ、ここにはなにかがあるに違いない。

根拠のない確信のようなものが、胸の奥からわきあがってきます。




しばらく川をさかのぼると、ジャングルの方から白い煙が立ち上っているのが見えました。

もしかして山火事?


「いや、違う。

 この辺りはマラリア汚染地域に指定されている。

 マラリアを媒介する蚊を殺すために、ああやって定期的に火を焚いているんだ」


マラリア汚染地域!

そんなの聞いてないよー。

もしもこんな山奥でマラリアにかかってしまったら、いったいどうなるんだろう。


ちょっと帰りたくなってきましたが、ここまで来たらもう後戻りはできません。

前進あるのみです。



さらにジャングルの奥深くへと進むと、今度はガイドのナムリンと船頭が、岸の方を指差して何かわめいています。


「マサト、見ろ!トカゲだ。

こいつはデカイぞ! 1メートルはある」


そう言われて彼らの指差す方を見たのですが、私には何も見えません。

見えるのは茶色く濁った水と、うっそうと茂ったジャングルの密林のみ。

自然の中で暮らす彼らとは、同じ景色を見ても見えるものが異なるらしい。


体長1メートル以上の大トカゲ?

そんなのがいるのかこの村には。

なんだか物騒だなあ。



「心配するな、マサト。クビナガの連中はトカゲを捕まえて食べるから。

それに、ここだけの話、連中は人間も捕まえて食べるんだ

今夜お前がこの村に泊まることを知ってるのは俺だけだしな。」


そう言って彼はニヤリと笑う。


おいナムリン。

それ、シャレになってないぞ。



そうこうしているうちに、3つ目の首長族の村が見えてきました。

岸で子供たちが水遊びをしているのが見えます。

ついに来たぞ、最後の村へ。






村の中を一通り案内した後、私を独り首長族の村に残して、ガイドのナムリンは帰っていきました。


「えっ! 俺ひとりなのか? あんたは一緒に泊まってくれないのか?」

「心配するな。英語を話す女の子がいるから、なにかあったらその娘に頼め。

 じゃあな、マサト。またボートで迎えに来る。

 もっとも、その時までお前がまだ生きてれば、の話だがな。

 キヒヒ」


気色悪い笑いを残して、ナムリンの乗ったボートは遠ざかっていきました。



あっ、しまった!

ボート代のお釣り、まだ返してもらってなかった。

そう気づいた時には、彼の乗ったボートは川のはるか彼方へと去った後。

やはり油断ならないやつだったな、ナムリン。




一人で村を歩いていると、村の住人が私のことをジロジロ見てきます。

普通の観光客はこんな時間に村を訪れることはありません。

いつもは観光客にジロジロ見られている彼らですが、今は立場が逆転しています。


おいおい、ホントに俺をとって食うつもりじゃないだろうな。

なんだか心配になってきた。




しばらく村の中をぶらぶらと歩きました。

すると、遠くから子供たちの笑い声が聞こえてくるではありませんか。

他の2つの村にはない活気が、この村にはあるようです。


子どもたちの着ている服はみすぼらしく、ドロドロに汚れていますが、それでも彼らは元気いっぱいに走り回っています。

子どもは遊びまわるものなのだから、服が汚くなるのは当然のことです。

日本では汚い服を着た子どもの姿はあまり見られなくなりましたけどね。










ガイドのナムリンがくれた情報によると、

夕方になると村の娘たちが川で水浴びをするらしい。

もちろん裸ではありませんが、これは一見の価値がありそうです。


美しい首長族の娘たちの水浴び!

なんだかわくわくしてきました。

なんだか当初の目的から大幅に逸れてしまっている気がしないではありませんが、

まあその点は大目に見てあげましょう。




日が暮れるまで川岸で見張っていたのですが、誰も水浴びなんてしにきませんでした。

娘たちはおろか、誰一人やってきませんでした。

川辺にいたのは、カメラ片手の怪しい東洋人の男ひとり。

そりゃあまあ、そんな変な奴がいたら誰も来ませんよね。



無念ですが仕方ありません。

ここはひとまず退却するしかなさそうです。

宿に戻って、荷物の整理でもすることにしましょう。


(ここが今夜の私の寝床)






私を家に泊めてくれるのは、マシャという女性。

彼女には4人の娘と2人の息子がいます。


マシャは英語が少し話せるのですが、かなりわかりにくい。

How much? のことは 「ハマ」

Japan を 「ジュプ」

と発音します。

意思の疎通は難しそうですね。





マシャが台所で夕食の支度をするところを見学させてもらいました。

家の中を鶏が走り回っています。


これ、鳥インフルエンザが流行したら、

一発でアウトだろ。



台所に鶏が侵入してくる度に、マシャが「シッ、シッ」

と追い払います。


「あっちへ行きな。喰われたいかい?」


恐ろしいことを平気で言う女性だ。



台所の床には隙間があって、そこから床下が見えるようになっています。

調理済みの生ゴミなんかは、その隙間から床下へと投げ入れます。


「カァーッ、ペッ!」

痰(たん)なんかも床下へと吐き捨てます。


首長族の家には、ゴミ箱なんてものはありません。

すべてそのまま大地へと返すのです。


一見合理的なようにも見えますが、よく考えてみると、この家は生ゴミの上に建ってるってことなんだよな。

食事時を前に、なんだか複雑な気持ちになってしまいました。


(台所)




夕食の時間になり、マシャの子供達が帰ってきました。

長女のムコはかなり英語が達者。


よかった。

これでコミュニケーションがはかれる。



ムコは若い女の子。やはり私の持つipadやデジカメに興味津々です。

ipadを渡すと、ずーっといじってました。


「ちょっと、これ」


私の撮った写真を見ていたムコは、ムッとした表情で私に一枚の写真を見せます。

どうやら、私が彼女の家のトイレを撮ったのが気に入らないらしい。

そりゃそうですね。


そして、夕食のお味なのですが、

うーむ・・・




夕食後、ムコがおもむろにギターを取り出して、歌を歌い始めました。

首長族の歌はなんとも言えないもの悲しさを帯びていて、聞いているとなんだかせつなくなってきます。






子供達に村の中を案内してもらいました。

電灯などない真っ暗な道を、彼らはスタスタと歩いていきます。


私が懐中電灯で彼らの足元を照らすと、まぶしそうにして迷惑がりました。

彼らと私とでは、体の造りが根本的に異なるみたいですね。





村には電気が通っていないので、夜はロウソクを灯します。

しかし、ロウソクは貴重品なので、何時間も灯しつづけるわけにはいきません。

なので、日が暮れるとすぐに寝る時間なんですね。


自然のリズムに沿って生活する。

ほんとうはこれが体に一番いいのかもしれません。





彼らの家にはドアや窓がありません。

もちろん鍵もありません。

すべてが外に対して開け放しなのです。

この村に部外者がやってくることなんてまず考えられないのでしょう。


そして彼らの家は、人間に対してだけでなく、動物や昆虫に対しても開かれています。

蚊が心配だったので、寝る時は蚊帳を借りました。

マラリアやデング熱は怖いですから。







電気も来ていない、人里離れた村。

夜はさぞかし静かなんだろうなあ、と思っていたのですが、私の予想は見事に外れました。



ジャングルの中にある村は、夜は動物たちの天下。

あちこちの茂みから、「ガサッ」 、「ゴソッ」と動物の歩く気配が漂ってきます。


時おり鳥が断末魔の叫び声をあげるのが聞こえます。

おそらく猫にでも捕まったのでしょう。


大丈夫かな、この村、豹とかいないだろうなあ。

大トカゲがいるのですから、他の猛獣がいても不思議ではありません。

ドアも窓もない家なので、彼らがその気になれば、いとも簡単に入ってこれます。

そんなことを考えていると、もの音が聞こえるたびに、ビクッとしていまいます。

おちおち眠っていられません。


大自然の中で眠るのって、けっこう疲れるものだな。




首長族と野良仕事




首長族の朝は早い。

まだ夜が明けきらぬうちから、あちこちで鶏が鳴き始めるので、とても寝ていられない。


でも、もう少し寝ていたかったので狸寝入りをしていたら、

マシャに蚊帳を取り払われてしまった。


「もうちょっとだけ寝かせてくれないかな」

「だめよ。すぐに支度して。出かけるから」



どうやら、朝食の前にまず一仕事しなければならないようだ。

マシャとその妹、ムパイ、そして私の三人でクワを担いで、山奥にある彼女たちの畑へと向かう。

首長族の村のすぐ隣には畑があり、各家庭それぞれがそこで農業を営んでいるということらしい。

そこで毎朝、彼らは朝食の前にひと汗流すのだ。


なぜ俺も?

まあいいか。

どうせ他にやることもないんだし。



「畑はすぐ隣」

と聞いていたのだが、朝からけっこうな距離を歩かされた。

首長族の「すぐ」はあてにならない。

野を越え、川を渡り、ジャングルの中を突き進んでいく。




ようやくマシャたちの畑にたどり着き、ムパイが柵を開けて中へと入っていく。

彼女たちの後に続いて、私も畑の中に入ろうとして「ギョッ!」とした。


柵づたいにアリの大群が行進しているではないか。

しかもでかい!

アリと言うより、小さなカマキリのようだ。


うっかり列に触れてしまおうものなら、アリの大群が一挙に私の体に這い登ってきそうな恐怖を覚えた。

細心の注意を払って柵を越えねばならない。


首長族の村には、思わぬところに凶暴なトラップが仕掛けられているのだな。




いよいよ、農作業が始まった。

私の仕事はというと、ただひたすら畑を耕すこと。

普段畑仕事などやったことのない私にとって、これはけっこうな重労働だ。


そう言えば、農作業なんてこれが初めてだ。

人生初の農作業を、まさかタイの山奥ですることになろうとは。

しかも首長族と一緒。

人生なんて、どこでどうなるかわからないものだ。





畑にはすでに植えられている作物があり、

これらを刈り取らないように注意しながら耕さなければならない。


だが、私には雑草と作物の区別がつかない。

農作業の経験のない私には、どの植物も同じに見えるのだ。


何度も作物を刈り取ってしまい、

その度にマシャにしかられた。




畑にはたちの悪い虫がいる。

うかつにも私は半ズボンで農作業にやってきてしまったため、何カ所も刺されてしまった。


私を刺した虫は、どうやら蚊ではないらしい。

刺された場所から出血している。

かゆいだけでなく、痛い。

少し腫れてもいる。



でも、蚊に刺されるよりはマシだと思うことにした。

マラリアやデング熱は、蚊が媒介することによって感染する。

それらの病気にかかれば、死に至る可能性だって大いにありうるのだから。


私がかゆがっている様子を見て、マシャたちは笑う。


そんなに笑うなよ。

ホントにかゆいんだってば。






山の間から日が昇り、暑くなってきたところで、ようやく作業は終了。

慣れない農作業のせいで、手にはマメができてしまった。


だが、腹の底からふつふつと笑いがこみ上げてくる。

子供の頃、テレビで首長族のことを見た。

自分とはまるで関係のない、遠い世界の話だと思っていた。



だが俺は今、彼らと一緒にいる。

彼らの畑で一緒に汗を流し、

ミスをしては叱られ、

虫に刺されてかゆがっている俺を見て、彼らは笑っている。



信じられるか?

首長族と一緒に畑を耕しているんだぜ?

首長族が俺の名前を呼んで笑っているんだぜ?


なぜだかわからないが、笑いながら泣きたくなってきた。




畑からの帰り道、前を歩くマシャの後ろ姿を不思議な気持ちで見つめていた。

「首長族」というのは私にとって、これまでずっと「ブラウン管」の中の存在だった。

それなのに今、彼らは私のことを知っている。

彼らは私に話しかけてくるし、私は今、彼らと一緒に歩いている。

なんだか現実じゃないみたいだ。







家に戻り、虫に刺された所に薬を塗っていると、

マシャが「私にも塗って」と言う。

見ると、彼女も何カ所も刺されていた。


なんだ、お前も刺されてるんじゃん。

だったら もっとかゆそうな顔をしろよ。



一般に、地元の人は蚊に刺されにくい、と言われている。

だが、それはウソだ。

彼らだって虫に刺されるのだ。


ただ、かゆがらないだけ。

いちいちかゆがっていたらキリがないからだろう。




私がベビーパウダーを塗っていると、

「それは何?」

とマシャが聞いてくる。


ベビーパウダーだよ。

これを塗っとかないと汗疹になるんだ。


「ふうん」

と言いながら彼女も塗り始める、



おいおい。別に使うのは構わないが、一言 俺にことわってからにしろよ。

「お前の物は俺の物」という文化がこの村にはあるのだろうか。




村に戻ると、ムコがにこにこしながら私に近づいてくる。

もちろん、お目当ては私ではない。

私の持っている電子機器だ。


ムコにデジカメとipadを渡して、村の人々の写真を撮ってきてもらった。

私がカメラを向けると、村の人は警戒してしまう。

彼女が撮った方が自然な写真が撮れると思ったからだ。



(村の学校。年長者用)



(ムコのクラスメイト)





(ムコ)



(首長族の赤ちゃん。彼らは、生まれつき首が長いわけではない)





「この女の人は、もうすぐこの村を出ていくの」

写真を見せながら、ムコが説明してくれた。

アメリカ人の男性と結婚することが決まったのだそうだ。


そう言えば、この村には年頃の娘さんの姿をあまり見かけない。

ムコの話を聞いて、その理由がわかったような気がした。




マシャたちの家で、昼食をいただいた。

昨夜とほぼ同じメニューだ。

この村で採れるものしか使っていないので、メニューのレパートリーはそれほど多くないのだろう。


食後にたばこを一服した後、彼女たちは再びギターを取り出して、歌を披露してくれた。

日本の民謡とはまったく違うはずなのに、なぜだか聞いていてなつかしさを感じる。


畑を耕し、食事をして、たばこを吸って、歌を歌う。

なんという素朴な暮らしをしているのだろう。

首長族の人たちが、日本人のせわしない暮らしぶりを知ったら、いったいどう思うのだろう。







ムコはことのほかipadが気に入ったようで、握りしめて離さない。

「デジカメ、携帯、ipad。

あなたはなんでも持っているのね。

でも、私には何もない。」


彼女はポツリとそう言った。



私はたまたま日本に生まれ、

彼女はたまたま首長族の村に生まれた。

それだけの違いだ。


彼女が悪いわけでも、

私が偉いわけでもない。



だがこの違いは大きい。


彼女の友達の何人かは、村での貧乏な生活を嫌って、アメリカやフィンランドに移住していった。

首のリングを外して。



「この村を出たい?

その首のリングを外したい?」

と私が聞くと、


ムコは

「そんなの考えられない!」

という顔をした。



彼女にとって、人生で一番の遠出はチェンマイ。

この村からバスで数時間の距離だ。


その時の写真を見せてもらった。

首にはスカーフを巻いている。

リングを隠すためだ。



この村を出たいとは思わない、

このリングを外したいとは思わない。

はたしてそれが彼女の本心なのだろうか。

私の電子機器を握りしめて離さない彼女を見ていると、

ムコがこの村を出ていくのも、そう先のことではないような気がしてならなかった。











昼からは何もすることがなかったので、

マシャたちの家で昼寝をして過ごす。



時折、村を訪れた観光客が、家の中の写真を撮って行く。

スペイン人らしき観光客が、私の写真を撮りながらつぶやく。


「彼も首長族なの?なんだか日本人みたい」


日本人だってば!





マシャと一緒に村の中を歩いていると、

マシャにカメラを向ける観光客に何度も出くわした。

彼女はその度に笑顔で応える。

だが、マシャは本当に心の底から笑っているのだろうか。


見世物になっているマシャの写真を撮るドイツ人観光客を見て気づいた。

俺もこのドイツ人と同じことをしているのだ。

まるで「珍しい動物」でも見るかのように彼らを見物している。

それはすなわち、彼らを自分と同じ「人間」としては扱っていないということなのだ。









彼女に村の中を案内してもらっていると、

若者たちが叫びながら走って行く。


その方向を見ると、大トカゲがいた。

1メートルはないが、それでもかなり大きい。

トカゲというよりワニのようだ。


数人の男性がトカゲめがけて石を投げる。

惜しい。

すんでのところで、取り逃がしてしまった。



川に住むトカゲは黄色い色をしていて、泥臭い味がする。

山に住むトカゲは黒く、身がしまっていて美味しいそうだ。


今回現れたのは山トカゲの方。

だからみんな必死になって石を投げていたわけだ。


トカゲもかわいそうだな。

おちおち散歩もしてられない。



マシャに学校も案内してもらった。

この村には子供の数が多く、とても活気がある。

死んだような村だった他の2つの村とはかなり異なる。

やはりこの村まで来てよかったと思う。


保育所ではイギリス人の女性と出会った。

彼女はこの村でボランティアとして働いているそうだ。


私がマシャの家に泊まっていることを聞くと、イギリス人女性は目を輝かせた。

「あなたもボランティアで来たの?!」


しかし、私が単なる観光客だと知ると、その瞳にはとたんに失望の色が広がった。

「なんだよ、期待してがっかりした。

 お前も結局他の観光客と一緒なのかよ。

 見世物小屋を見物する気分でこの村にやってきただけなのかよ」


なんだか彼女にそう責められているような気がした。



(学校)




(保育園)



最初のころは、私のことを遠巻きに眺めているだけだった村の人も、

かなり警戒心を緩めてくれるようになった。

この村にほんの少しとはいえ、暮らしたかいがあった。


子どもたちに折り紙を教えてあげたのだが、すぐに彼らの方がうまくなった。

自給自足の生活をしている彼らは、私などよりもよっぽど器用な手先をしている。


村を歩いていると、一人の男が私のところへ駆け寄ってきた。

「今、着替えてくるから、ちょっとここで待っててくれ!」


しばらくして、彼は戦闘服に身を包んでやってきた。

どうやら、私のカメラで彼の写真を撮れ、と言っているようだ。


首長族の村の人は、もともとミャンマーに住んでいた。

だが、政府軍との戦いで、難民としてこのタイに逃れてきたのだ。


きっとこの男性も、若いころに戦闘に参加し、そのことを誇りに思っているのだろう。



別の女性は、白いドレスに身を包んでやってきた。

私のカメラの前で、まるでモデルのようにいろいろなポーズをとっている。

やはり、彼女も、私に写真を撮ってもらいたいらしい。











村の人と仲良くなるにつれて、だんだんと情がうつってくる。

ほんとにこの村が好きになってしまった。

でも、そろそろお別れの時間だ。


最後に、マシャの妹、ムパイがマンゴーの皮を剥いてくれた。

この村の中にはいたるところにマンゴーの木がある。

新鮮なマンゴーが食べ放題なのだ。


あまりにもおいしかったので、ペロリとたいらげると、

ムパイがもう一つ木からむしり取ってきてくれた。



私は南国のフルーツはあまり好きではないのだが、

この村のマンゴーは別格だ。

この味を生涯忘れることはないだろう。




マシャたちはお母さんと一緒に暮らしている。

彼女は現在では首のリングをしていない。

もちろん昔はしていたのだが、だんだんと歳をとってきて、その重みに耐えられなくなってしまい、

首のリングをはずしてしまったのだそうだ。


私が彼女にカメラを向けた時、彼女の顔には諦観のような表情が浮かんでいた。

きっと、これまで何十年間も、彼女は観光客たちからカメラを向けられ続けてきたのだろう。

好奇の視線にさらされ続けてきたのだろう。


ああ。俺は今、この人の尊厳を踏みにじっているのだな。






夕方になり、迎えのボートがやってきた。

いよいよこの村ともお別れだ。

ムコとムパイが港まで見送りに来てくれた。





この村は好きだ。

もう一度ここにやって来たい。


でも、次にここにやって来た時、この村はこの村のままでいてくれるのだろうか。

現在でも彼らのうち何人かは携帯電話を持ち、

ソーラパネルで電気も蓄えている。


村の住人みんながスマートフォンを持ち歩き、Facebookで連絡を取り合う。

そんな風に変わってしまう日も近いのかもしれない。


もちろん彼らにも近代的で快適な生活を送る権利がある。

いつまでも彼らに原始的な生活を送って欲しいと願うのは、

エゴ以外のなにものでもない。


やはり首長族の文化は消えゆく運命なのか。








チェンマイ行きの夜行バスのシートは貧弱で、よくきしむ。

車体が揺れるたびに振動が伝わって来て、むちうちになりそうだ。

首に痛みを感じる度に、村の人たちのことを考えずにはいられなかった。





さいごに


私の書いたこの記事に、批判的な意見をお持ちの方もいるかもしれません。

「クビナガ」という呼び方は、蔑称の意味を持つこともあるそうです。

が、私はそういう意味でこの呼称を使っているわけではありません。


ある人はこの村の現状を見て、

「人間動物園」

と表現されてました。


たしかに、心ある人ならば、彼らにカメラを向ける時、良心の呵責を感じると思います。

でも、それでも私は、もっともっと多くの人にこの村を訪れてもらいたいと思っています。


マシャははっきりとこう言います。

「もっともっと多くの人に私たちの村を訪れてほしい。

 たくさん写真を撮って、私たちのことを宣伝してもらいたい」


難民である彼らは、タイ政府からの援助はほとんど望めません。

観光客のおとすお金が唯一の収入源なのです。


なので、ぜひ彼らの村を訪れて、いっぱいお土産を買ってください。

たくさんお金を落としていってください。



しかし、買い物の際、おもしろ半分で値切ることだけは絶対にしないでください。

ガイドブックなどでは、

「現地の人との値段交渉もおもしろい」

などと書かれていますが、法外な値段を吹っ掛けられない限り、絶対にしないでください。


私たちにとっては「たかが1ドル」ですが、彼らにとって1ドルははかり知れない価値があります。

1ドルの重みが、我々とはまるで違うのです。



首長族編はここまでです。

拙い文章を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


以後、

・モン族の村のインターネットカフェ(ラオス)

・黒モン族の村で田植え(ベトナム)

・花モン族の村でカラオケ(ベトナム)

・僧侶とお寺に泊まった話(カンボジア)

なども書いていきたいと思います。


読んでよかった
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僕もアカ族とラフ族のところに泊まったことがあります。でも、文化は急速に失われつつありますよね。いい話をありがとうございました。

それはいいですね! 僕もまだ伝統文化が残っているうちに訪れてみたいです。民族衣装を着てみたいです。

凄い体験をされましたね。首長族は有名ですが、私の中ではテレビで見るだけの存在でした。実際に彼らに会いに行くだけでも凄いのに、村にホームステイしてしまうとは。その行動力に脱帽です。

私にとっても首長族はブラウン管の中だけの存在でした。
それが、実際に彼らの村に泊まることができると知った時の興奮は、今でも忘れることができません。

Masato様
こちらを閲覧して私もぜひ訪れてみたいと思いました。
3つ目に訪れた村の名前や場所を分かれば教えていただきたいです。

Masato様
こちらを閲覧して私もぜひ訪れてみたいと思いました。
3つ目に訪れた村の名前や場所を分かれば教えていただきたいです。

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