スパイダーを背負った眉太男がバーゼル、ローザンヌ、チューリヒでストリートショーを開催する話。なぜかスイスでケバブざんまい。

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スイス北部の都市、バーゼル。その町の中心を流れるライン川のほとりにある、ミュンスター(大聖堂)上空には澄んだ青空が広がっている。その大聖堂の前に、タケシは大きなスパイダーを背負って立っていた。正面横の入口から中に入ると、何かの機械音が一層大きく聞こえる。ゴシック様式の回廊を進むと左手に中庭が見え、さらに進むと礼拝堂に通じている。その部屋からさらに進む、光の中へ。


こんな夢を見た。という書き出しで始まりそうな文章だが、これは実際に有った話。

2012年6月、Takeshi Spiderことタケシは、スパイダーを背負って歩くストリートショーをスイスで開催した。“原発は、もはや不要だ。”というメッセージを世界に向けて発信する為に、事故後いち早く脱原発を決めたスイスを開催地に選ぶ。

スイスと原発

6月10日晴れ

午前9時25分成田発のフライトだったので、朝5時に目覚ましを掛けておいたのだが、寝過ごすのが怖くて昨夜は1時まで寝つけず、途中で何度か目を覚ます。成田では作品を入れたダンボール箱のサイズが少し大きすぎ、きっちりと追加料金を支払う羽目になる。急いで手続きを済ませ、出発ゲートに着いた時にはすでに搭乗が始まっていた。やれやれ。

スイス航空機内にて、左ななめ後ろに座っていたおばさまに急に日本語で話しかけられた。

「これ何だか分かる?」

植物の枯れたツルみたいなものを見せられる。においを嗅いで何となく、

「ドクダミですか?」

と言ったら、ビンゴだった。(なぜドクダミが?まあいいや。)

とても明るくフレンドリーなその方は、モトさんといい、娘さんがスイス人と結婚してチューリヒ近くの町で生活しているとの事。

チューリヒ空港の出口で、モトさんを迎えに来ていた義理の息子さんのマシアスに挨拶をしたら、是非家に遊びに来てくださいと招待を受けた。

まずは、チューリヒ中央駅まで移動して、第一目的地のバーゼル行き列車に乗る。

作品はペットボトル製なので重くは無いが、箱がかさばるので車内の移動が大変だった。座席を探していたら、ドイツ人のおばあさんが荷物をどかして席を空けてくれる。娘さんとお孫さんと休暇でスイスに来た帰りだという事だ。

きっかけは窓から見えた原発の煙突だった。

 

「あれは原発ですか?」

とタケシが娘さんに尋ねると、

「そうよ。スイスには5基の原発がある。その内の一基ね。」

という答えが返ってくる。

タケシは福島原発事故に触発されて作品を制作した事、その作品をスイスの3都市で発表する事を話す。またドイツとスイスはあの事故の後、すぐに全原発の撤廃を決めた。その聡明で勇気ある選択に敬意を表すると伝えた。

ヨーロッパではチェルノブイリ原発事故の経験からか、原発に対して多くの人が深く関心を持っていることを実感する。

「原発事故は当事国だけの問題ではなく、世界中に影響する問題よ。」

と彼女は会話を締めくくる。

確かに今回の事故でも、日本の広大な大地と空気と海を汚染し、太平洋を挟んで周辺国へも放射性物質を拡散させてしまった。しかも、その汚染はまだ続いている。

彼らと別れる際にダンケシェーンと言ったら、皆笑顔になった。

バーゼルでチキンケバブに救われる

バーゼルはスイス第三の都市であり、スイス最古のバーゼル大学、多くの美術館、世界的に有名な建築物を擁する芸術の香り高い町である。その町で毎年開催されるアートバーゼルという世界最大級のアートフェアで、ショーをする事が今回の旅の目的の一つであった。このエリアではドイツ語が主に話されているが、旅ならば英語が少し話せれば心配ない。

バーゼル駅から15分ほど歩いて、ユースホステルに到着。ホステルにしてはもったいないくらい美しい建物で、内装もセンスが良く清潔である。食堂の奥からテラスにでる事が出来て、その脇には小川がサラサラと音を立てて流れていた。

チェックインを済ませて部屋に荷物を置き、駅までぶらぶらと散歩する。喉が渇いたので、缶ジュースを一本買ったら3CHFスイスフラン(当時のレートは1CHF=\90)もして、物価の高さに驚いた。当時は円高だったにも関わらず、缶ジュース一本¥270とは、スイス恐るべし。だいたい日本の2.5倍くらいの物価だと理解する。

夕食代を少しでも節約しようと、駅前のバーガーキングでセットを頼んだら、14.50CHF(¥1300)でまたびっくり。それでもホステルの晩飯17.50CHFよりは安かった。いつものごとく貧乏な旅人であるタケシは、パンでもかじるしかないと腹を決めていた。レストランで30~40 CHF払って食事をとっている余裕は無い。

しかし天の助けか、安くてボリームがありうまい食べ物を見つけた。チキンケバブである。この食べ物はだけはなぜか9CHFとかなり安く、一本でほぼ満腹になった。バーゼル滞在中、朝食はホステルですませて昼食は抜き、夕食はチキンケバブかハンバーガーのメニューを繰り返す。トルコの偉大な食べ物に感謝。ビールとの相性は最高!(飲んでるし・・。)

6月11日晴れ時々雨

10時間ぶっ通しで寝たので大分体力が回復した。

朝食は宿代に含まれていて、パンとハム、チーズにフルーツまで食べ放題であったので、夕方まで何も食べずに済むように、普段の倍の量を平らげる。ちなみに、朝食で昼用のサンドイッチを作ることは禁止されていた。

朝からずっと空とにらめっこしながら、本日のショーの事を考える。予報は晴れ時々雨だったが、空はかなり曇っていた。午前中は時差ボケで重い体を引きずって会場の下見に行く。

アートバーゼル会場周辺は警備が厳しく、また周囲に空き地が少なく、作品収納用の段ボール箱を置きっぱなしにしたら面倒なことになるだろうと思い、ホステルからスパイダーを背負って会場まで歩いてゆく事に決める。

午後になっても天候は回復せず時折小雨がちらつくので、本日のショーは中止して、昨日出会ったマシアスの家に行くことにする。

バーゼルから電車で40分くらいの町まで行き、彼の勤務している美術館やアトリエを見せてもらう。それから、イチゴがたくさん載ったケーキを片手に彼の家を訪ねる。突然の訪問にも関わらず、家族の皆さんは温かく迎えてくれ、スイスや原発の話をたくさん聞くことができた。モトさんが日本から持ってきた桜エビ入りラーメンの味は格別であった。

雨、雨、雨。

6月12日雨

昨夜から、ハーネスとエイドリアンという2人と同室になった。2人ともアーティストで、アートフェアを目的にバーゼルに来ていた。朝食を共にして色々な話や情報交換をする。

雨の日は基本的にストリートショーはやらないと決めていた。ほとんど誰も見ていないし、作品が濡れてしまうのはよろしくない。

小さな市立美術館へ行ったが、特に心惹かれる作品も無かったので、すぐに見終わってしまう。アートバーゼルはプレビューの日だったので入場できず、町をあてもなく歩いた。

アートフェアというのは巨大なビジネスの場であり、普通の時計フェアや宝石フェアと本質的には同じものである。初めにプレビューというVIPや業界人だけに公開する期間があり、商売の為もしくはコネクションを求めて、招待客がやって来る。その後一般公開となり、その際は純粋にアートが好きな人がたくさん見に来る。

なぜタケシは、アートバーゼルと同時期にストリートショーを開催しようと思ったのか?

その答えは、多くの業界人とアートファンが集まる場であるから。その場はストリートショーにはもってこいだと思われた。

また単純に、世界一の規模を誇るアートバーゼルマイアミビーチの元祖である、スイスのアートバーゼルに興味が有ったし、自分の目でその中身を確かめたかった。

あれこれ余計な事は考えず、ただ自然にまかせて、無心でショーをやれば良い。

これだけ雨が降り続けるのも、今はショーをやるなと、きっと誰かが言っているのだろうと思う事にした。(誰かって誰だって?)

6月13日 曇り時々雨

今日も曇りと雨の繰り返し。もしかしたら、このまま何もできずに終わってしまうのではないかとかなり気分が落ち込む。

気分転換に、ハーネスが勧めてくれたバイエラー財団美術館へ向かう。ジェフ・クーンズの特別展をやっていて、風船の犬を巨大にした様なステンレス製の作品が並んでいた。空虚で金にものを言わしただけのこれらの作品には興味が無かったが、常設の絵画と彫刻のコレクションは良かった。また、美術館の建築と庭園は素敵だった。

それからタンゲリー美術館に行く。

ガラクタや廃材を利用して制作され、ボタンを押すと動いたり音が出たりする大小様々なタンゲリーの作品が、美術館中を埋め尽くしている様は圧巻であった。こういう作品は一点では弱いのかもしれないが、ここまで大量にそろっているとかなり見応えがある。

美術館では金を払って見たい作品を鑑賞する。ギャラリーでも見たい作品の展示期間中にそこへ行けば必ず見られる。

その一方でストリートショーは、見たくても見られないかもしれないし、まったく偶然に作品が見られるかもしれない。それはある意味自然現象に近く、まるでオーロラの様だ。

タケシがストリートショーを開催する町の、ある場所を、その日、その時歩いていた人やそこにいた人だけが作品を目にする。そういう奇跡的に出会えた人を大切にしようと思う。

明日は晴れそうだ。溜まりに溜まったエネルギーを一気に爆発させるのだ。

Fukushima 2011

作品“福島2011”は福島原発事故に触発されて制作を始め、浜岡原発の資料館で見た原子炉が巨大なモンスターに見えた事から発想を得る。足9本、眼9個を持つこのスパイダーは自然界には存在しない生物である。背面はメルトダウンしている原子炉を表し、腹面は原爆を表す。その意味するところは、原発は核兵器と同様であるという事実である。

アートバーゼルと初対決

6月14日晴れ

朝起きた時にはまだ曇っていたが、朝食を食べ終わる頃には青空になった。バンザイ!

ハーネスとエイドリアンが次の目的地に向かうと言うので、フロントまで送り別れの挨拶を交わした。またいつか、どこかで会うだろう。

少し時間が有ったので、ホステル近くの川べりで横になり、ライン川を眺めてのんびりと過ごした。待ちに待った日の光がたまらなく眩しい。

11時にスパイダーを背負ってホステルを出発。もうこの町の地図は完璧に頭に叩き込まれていた。橋を渡って教会や駅で撮影をしながら、リステというアートフェアに寄ってから、アートバーゼル一般公開初日の会場に到着。

イタリア人のお姉さま方の熱烈な歓迎を受けながら、会場をゆっくりと歩く。いつもの事だが観客の反応は様々であった。

それからドイツ国鉄駅に向かう。バーゼルにはフランス、ドイツそしてスイスの国鉄の駅が有るので、何だか不思議な気がした。駅前で英語はほとんど話せないが、親切なおじさんに写真とビデオを撮影してもらう。その後アートバーゼルに戻って、少しブラブラしてからホステルに帰る。もう夕方になっていたが、良いビデオが撮れて満足のゆく初日となった。とにかくスイスでショーができてひと安心。

6月15日晴れ

ショー2日目。まずはミュンスター(大聖堂)まで行く。とても重厚で歴史を感じさせるゴシック様式の大聖堂が青空をバックにそびえ立つ。その辺りで撮影をしていると、イタリア人のカメラマンと出会いすぐに仲良くなる。建物の中に入ったが、宗教的に大切な場所だという事で、撮影をサッとすませて外に出た。もしも神父さんに出くわしていたら、彼はどのような反応を示しただろうか?

そこからマルクト広場まで歩き市場を見て、いつもとは別の橋を渡りアートバーゼルへ。

世界有数のアートフェアだけあって、警備員や警察がたくさんいた。昨日の様に正面入り口前を歩き、映画監督に作品の解説をしたり、新聞社の取材を受けたりして気分が乗ってくる。そのまま、エントランスホールに入りビデオを撮る。スパイダーを背負ったまま会場内に入ろうとすると、警備員に止められる。それ(スパイダー)をクローゼットに預けてくださいとの事。

こうしてアートバーゼルとの初対決は秒殺されて終了。後でまた来ることにして、少しだけ写真を撮ってから素直に外へ出る。何だか疲れがどっと出てきたので、とっとと帰って少し寝る。

 

夕方、今度は観客としてアートバーゼルに行ってきた。夕方5時以降、入場料半額のチケットを買う。世界一と言う割には、空っぽでフニャフニャしたパンチの無い作品や、賞味期限切れの古い作品ばかりでイライラしてくる。

日本でも有名なKギャラリーを訪ねると、Kさん本人を見つけたので話しかけてみた。

「フニャフニャしたパンチの無い作品ばかりですね。」

とタケシが言うと、

「それはうちのギャラリーの作品が?」

と彼が聞き返すので、

「はい。会場内のほぼ全てです。」

と答えた。以前に彼の本を読んだ際、はっきりと分からなかった事を一つ聞いてみる。

「現代アートって何なのでしょうね?」

彼は禅問答の様な答え方をした。

「現象です。」

少し前まで、アートはもっと心に直接響くものだったのに、なぜ、現代アートはこんなに空虚でとりとめが無く、フニャフニャしているのかとタケシが問うたら、

「こういうものだから、これを否定しては何も始まらない。流れだから。」

と彼は言う。

別に現代アートを否定するつもりは無いが、肯定もしたくは無かった。タケシは自分のショーの事や作品についても話したが、

「僕はこういうのは好きではない。」

というのが彼の感想だった。

「貴方が何を望んでいるかが重要な訳で、こういう風に活動してゆくなら、それはそれで、頑張ってください。しかし、アーティストって、面白いですね。」と最後に彼は言った。

何だか上手くかわされてしまった様な気もするが、とにかく、日本なら会う事さえも難しかったであろうKさんと、話ができて良かった。

6月16日晴れ

朝食をすませてから、スパイダーを背負って外に出る。ホステルの隣の教会で撮影をしてから、橋を渡ってアートバーゼルへ向かう。そこでしばらくショーをしてから、ゆっくりと町を散歩しながらホステルに戻り、バーゼルでのショーを締めくくった。

受付のバレンシアに荷物を預かってもらった礼を言い、今まで泊まった中で一番のホステルだったと正直な感想を伝えると、彼女はひまわりの様な笑顔を見せた。

クロワッサンとローザンヌ

午後2時の列車でバーゼルを後にして、4時過ぎにローザンヌに到着。

ここはフランス語圏だ。ドイツ語よりはまだフランス語の方が、カナダに住んでいた経験があるので、なじみがあった。

ここで泊まったホステルは、古いがフランス風の洒落た建物だった。受付のアンヌ・マリーはとても親切で、日本語を勉強していて、5年以内に日本に行くのが夢だという。

まずは洗濯をすませて、夕方町を散歩する。駅前のチャイニーズレストランで食事をとり、駅の向かい側の道を歩くと、数人の怪しい男達がたむろしていて、薬でも売りたいのか、しつこく話しかけてくる。こういう時は、きっぱりと断りさっさと通り過ぎるに限る。その後、町をひたすら歩き、明日の為に町の地図を頭に叩き込んでおく。

IOC本部が有ることでも有名なローザンヌは、丘の上にある城や教会を中心に発展した町だからか、とにかく急坂が多い。旧市街の古い町並みを眺めながら坂を下ってゆけば、次第に視界が開けてゆき、そのまま歩けば美しいレマン湖まで行ける。

アール・ブリュット・コレクション

ローザンヌにあるアール・ブリュット(芸術の伝統的な訓練を受けていない人が、名声を目指すでもなく、既成の芸術の流派や流行にとらわれることなく自然に表現した作品)を集めた、アール・ブリュット・コレクション(美術館)を訪れる事は、今回の旅の重要な目的であった。

6月17日晴れ

目が覚めると、部屋の窓から初夏の日差しが差し込み、爽やかな風がカーテンを大きく揺らしていた。テラスに出ると、良く手入れされた庭には花々が咲き乱れ、可愛らしい色の屋根をした家々の遥か遠くには、レマン湖対岸のアルプス山脈がうっすらと見える。急にハイジとおじいさんに会いたくなった。

ホステルで渡された朝食割引券を手に近所のカフェに行き、ゆったりとした気分でカフェとクロワッサンの朝食をとる。その味は格別で、遠いパリの記憶を思い起こさせる。

言語は文化と密接に関係している。ここは明らかにフランス系のスイス人やフランス人労働者が多く、フランス文化の影響があちこちに見られた。

早速、アール・ブリュット・コレクションを訪れると、どの作品もずば抜けて個性的で、見た事のないものばかりであった。しかも全作品とてもパワフルで、何点かは禍々しいほどの負のエネルギーを放っていた。

これが本当のアートであるという、ジャン・デュビュッフェの声が聞こえてきそうだ。彼が集めていたアール・ブリュット(アウトサイダーアート)作品を元に、この美術館を発足させた人物であり、フランスの有名な画家でもある。

そこにある作品と比べれば、今どきの薄っぺらな現代アートなど、ゴミ屑同然に思えた。そして、その建物の中にいて作品と同じ空気を吸っていると、とても気持ちが良かった。

何も飾らず、流行も形式も気にせず、ただ純粋に自分の心の中の想いを形にする。世間に受け入れられようとか、誰かに認めてもらおうとか、そんな考えはこれっぽっちも無い。何と潔く力強い作品だろうか。まさにアール・ブリュット(生の芸術)であった。その概念にタケシは心の底から共感を覚える。

午後2時から、ローザンヌでのストリートショーを開始する。

スパイダーを背負って駅前の急坂を駆け上がり、すでに知り合いになったアイスクリーム屋の夫婦に挨拶をする。丘の上の古い橋を渡ると、そこから見える教会や建物が美しかった。再びアール・ブリュット・コレクションに行き、ビデオや写真を撮ってもらう。美術館員の長髪のお兄さんが、色々と協力してくれて有り難かった。

その後バスに乗ってホステルまで戻りスパイダーを降ろしてから、再び美術館に戻り、閉館まで作品と対話した。こういう場所と作品を残してくれた、デュビュッフェに心からありがとうと言いたい。

チューリヒ

6月18日晴れ

午前中はローザンヌの町を散歩して、午後1時過ぎの列車でチューリヒに向かう。

スイス第一の大都市チューリヒは、河と湖に囲まれた緑豊かな都市だった。

すでに予約していたホステルは、町の中心という立地が気に入って決めたのだが、せまい入口から細い階段を上り、3階の受付で手続きを済ませ、更に階段を上ると部屋は5階に有った。荷物の重みで両腕が痛い。やれやれ。

チューリヒでは、夜はまたチキンケバブ、昼はジャーマンソーセージの屋台に世話になった。肉汁が溢れるソーセージは7CHF(¥630)でおまけに石の様に固いパンが付いてくる。食料を買って自炊する事も考えたが、そもそもスーパーでの価格が安くは無かったし、買い出しや料理をしている時間も無かった。

公園で出会った娘が、ウエイトレスのバイトをしていて、時給25CHF(¥2250)なので、給料が安すぎて困るなどと言っていた。しかし、日本の2.5倍の物価だと考えれば納得がいく。スイスに行く貧乏旅行者には、日本からの食料持参をお勧めする。宿泊先はもちろんユースホステルで。

*2012年6月は1CHF=¥90、2015年5月現在はおよそ1CHF=¥130であり、物価の差はさらに広がっていますので、ご注意あれ。

6月19日晴れ

昨夜一緒に飲んだアメリカ人のニックが、ロビーで暇そうにしていたので、5分だけ付き合ってくれと言って、スパイダーを背負ってショーを始める。ホステルの前の河岸でビデオを撮ってもらった後、3時間程チューリヒの町を歩いた。スイスでは多くの人がタケシの作品に興味を示し、色々な質問を投げかけてきたが、鋭い質問が多く気持ちが良かったし、原発の知識や福島原発事故の情報を多くの人が持っていた。

これまで私達は、原子力は安全、経済的でクリーンなエネルギーであると洗脳されてきた。しかし実際には、それは危険で非経済的、かつ放射性物質を放出し続ける史上最悪のエネルギーである。

商用原発はもはや不要だ。”というメッセージには多くの人が共感してくれた。

その日の晩、アートバーゼルで知り合いになったチューリヒ在住のジョーグに再会した。彼の車でチューリヒ湖に沿って走り町の夜景を楽しみ、有名な散歩道を歩いたりした。それからボートクラブに寄り、足を膝まで海水に着けながらデッキに座ってビールを飲む。

彼も原発は無用の長物であると言う。また、一部の政治家や権力者がそれを維持しようとしている日本の現状まで、詳しく知っているのには驚いた。

スイスやドイツの様に、日本は一刻も早く脱原発への道を進むべきだ。

あとがき

最初に雨が3日も続いた時には、どうなる事かと心配したが、11泊12(2泊分は飛行機内)の日程でバーゼル、ローザンヌ、チューリヒを回り、合計5日のショーを良くやり遂げたものだと思う。

今回のショーで新たに多くの人々と出会い、新聞にも載せてもらい、ビデオや写真も良いものがたくさん撮れた。小さな歩みでも、とにかくヨーロッパに第一歩を記した事は事実だ。

世界最大のアートフェアである元祖アートバーゼルで、流行の現代アートを実際に見て、たいしたものでは無いと分かった事や、アート・ブリュット・コレクションで、本物のアウトサイダーアートに触れ、その作品が持つ力を肌で感じた事は、大変貴重な経験であった。

最後まで読んでくれてどうもありがとう。

読んでよかった
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かの有名なアートバーゼルはこちらhttps://www.artbasel.com/

本当に古くて重厚な建築でした。http://www.baslermuenster.ch/

この時期には、他にも多くのアートフェアが開かれる。リステはお勧めhttp://www.liste.ch/

ローザンヌに行ったら、ここは必見
http://www.artbrut.ch/en/21070/collection-art-brut-lausanne

Aargauer Kunsthaus小さな美術館だが、冒険的な展示で良かった http://www.aargauerkunsthaus.ch/en/home/

Kギャラリーhttp://www.tomiokoyamagallery.com/

アートバーゼルは元祖のバーゼル、最大のマイアミ、新参の上海の3つで毎年開催されている。https://www.artbasel.com/en/Basel

福島原発事故の際は、目に見えない放射能という存在を常に意識しながら生活した。首都圏の住民でさえも、明日はどうなるかという不安の中で過ごしていた。その事をすでに忘れている人がいる事が理解できない。

震災直後、福島県に物資運搬トラックが入らない時期があった。市民団体がトラックを借りて、物資を直接福島に運ぶという情報を得て、すぐに段ボール一杯の生活必需品を寄付した。その縁で、福島に行って現地の人達に会い、原発事故の生の声を聴くことができた。

次回は必ずスパイダーを背負ったまま、アートバーゼルの中に入ってやろうと思った。(入れてくれればの話だが・・・。)

Hamanaka Takeshi

彫刻家 1975年横浜生まれ。タケシ・スパイダーとして、ペットボトルで制作したクモやサソリを背負い世界各地でストリートショーを開催している。非現代アートを提唱。海と旅とBarをこよなく愛する。YouTube:Spider Street Show

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Hamanaka Takeshi

彫刻家 1975年横浜生まれ。タケシ・スパイダーとして、ペットボトルで制作したクモやサソリを背負い世界各地でストリートショーを開催している。非現代アートを提唱。海と旅とBarをこよなく愛する。YouTube:Spider Street Show

Hamanaka Takeshi

彫刻家 1975年横浜生まれ。タケシ・スパイダーとして、ペットボトルで制作したクモやサソリを背負い世界各地でストリートショーを開催している。非現代アートを提唱。海と旅とBarをこよなく愛する。YouTube:Spider Street Show

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