ウォシュレットと仔犬と母犬の話

ウォシュレット付の便座に座り、水流の強さを一番強くして肛門を刺激するとなぜかウンチが出やすくなる。

中学生の頃、当時飼っていた犬を交配させて仔を産ませようと母が言った。母は、わが子のようにかわいがっている愛犬に、子どもを産み母になる経験をさせてあげたいと思ったらしい。生まれた仔犬はそのブリーダーに引き取ってもらう段取りで、交配をお願いした。

数か月後のある日、黒のシェットランドシープドックである我が家のロンは、自宅のガレージの隅っこの暗がりで、うずくまり始めた。母は、新聞で満潮の時間がちょうど今頃だとわかると、もうすぐ産まれるかもしれないね、と言った。ロンはウンチをするような格好で息むと、ソーセージのように連なった袋のようなものがつる

つるんと出てきた。

仔犬は袋状の膜のようなものに包まれて生まれてくる。ロンは、次々と出てきた4つの袋を口で慎重に破き、まだ体液でべっとり濡れている目も開いていない4匹の仔犬を袋から出して丁寧に全身を舐めてきれいにした。そのあと、袋と胎盤はぺろりと食べてしまった。

ソーセージから出された4匹の仔犬は丸々と太っていて手足も短く、ロンに袋から出してもらっても、まだソーセージのようだった。

生後数か月で我が家に連れてこられたロンは、まったくの「箱入り娘」でこの犬に育児ができるだろうかと家族全員が不安に思っていたが、予想を裏切り、ロンは見事に自分で産後の処置を行い、育児も完璧にこなした。

その日から、4匹の仔犬はロンと姉と僕とで面倒を見た。寒い日は湯たんぽを入れたり、毛布を多めにかけたりして仔犬の体が冷えないようにした。でも、僕たちが世話を焼く必要もないほどにロンはしっかり子どもの面倒を見た。

ロンはだいたい1時間おきごとに、4匹の仔犬の肛門を丁寧に舐める。仔犬は遊んでいても、寝ていても、おっぱいに吸い付いていても、お尻を舐められると、チューブから練りからしが出てくるように、緩めのウンチをにゅるにゅると出した。ロンはそれをきれいに舐め取った。

母が言うには、母乳しか飲んでいない仔犬のウンチは汚くなくて、乳離れするまでは下の世話も全部母犬がするらしい。おかけでロンと仔犬の寝床となっているガレージに置かれている木箱はいつも清潔に保たれていた。

目が開いて、歩けるようになると、4匹の仔犬たちはしばしば木箱から脱走するようになった。そのたびにロンは仔犬をくわえて箱の中に戻す。そうすると仔犬はまた脱走する。一日中飽きもせずにこんなことを繰り返していた。犬だから、そんなものだろうが、ことさら嬉しがるでもなく面倒がるでもなく。

たまに僕が4匹の仔犬を抱えて、庭の明るいほうに連れて行くと、ロンは怒りはしなかったが、心配そうに僕の後について歩き、日向の雑草の上で体を伸ばす。それから僕の腕から解放された4匹の仔犬は一斉にロンのおちちに向かって突進し、争っておっぱいを飲む。

以前よりはだいぶ大きくなった4匹の仔犬に体の上を行ったり来たりされながらもロンは日向の雑草の上で目を細めてされるがままになっていた。犬の本心はわからないけど、ロンは今、母親としての幸せを体全体で感じているんだろうなあと中学生の僕でも思った。

そんなこんなで1か月半くらいが過ぎると、いよいよ4匹の仔犬がブリーダーに引き取られる日が近づいてきた。ロンに子どもを産ませたがっていたのは自分なのに、母はこの日が近づいてくると、ロンをしきりに憐れみ、仔を産ませたことを後悔した。

別れの日、4匹の仔犬は段ボール箱に入れられて母の車に積み込まれ、ブリーダーのところへ連れて行かれてしまった。それは平日の日中のことだったので、僕も姉もその場には立ち会っていない。

母が言うには、必死に抵抗されればいっそのこと4匹の仔犬も一緒に飼ってしまうのもありか、と思っていたらしいが、ロンは悲しげな様子ながらも、割とあっさりと我が子を引き渡したらしい。

ロンは最後に名残惜しむように鼻先で1匹1匹の仔の臭いを嗅いで回ったらしい。それが最後のあいさつであったのかもしれないと母は言った。しかし、あれだけ必死に世話をし、人並みに言えば「子煩悩」であったロンにしては拍子抜けするほどだったということだった。母は安心と寂しさが入り混じったような感じで言った。

「いなくなっちゃえば、いつもどおりだね。」

でもその時、中学生の僕はロンを見つめながら思った。きっとロン自身も仔犬のころブリーダーのところで、このようにして産まれ、このように世話をされ、そしてこのような別れを経験したんじゃないか。

ロンは、昔、自分のお母さんにしてもらったことを必死に自分の子にもして、そして、自分のもとからいなくなってしまうこともわかった上で、この日を迎えたのかなあと。

ウォシュレットの水流で肛門を刺激されると、あの日に見たチューブ入りの練りからしのような仔犬のウンチを思い出します。

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