今頃分かってきた忠告の意味

 今から10年以上も前のこと。今のようなコンサルタント仕事を始めたばかりの頃。その後、私は途中でサラリーマン経営者になって、また昨年、コンサルタントとして戻ってきた。

 その昔(10年前)のこと、ある経営者支援団体に加入して、いろんなタイプの同業者にお目にかかったのだが、その時に自分よりも少し年上の同業者に忠告を受けた。その時にはさっぱり理解できなかったのだが、10年以上経った最近、その言葉の意味がよく理解できるようになってきた。

 自分自身が技術系出身で、ニッチではあるが技術分野中心主義、かつ外資系(といえば単なる植民地企業だが、外国企業そのもの)の経営までやってきたという自負みたいなものが災いして、戦略の話ばかりで嫌味な感じのお金の匂いがプンプンとしていたのだろう。きっと鼻についたに違いない。今、自分のそばにそういうタイプの人間がやってきたら、「あっちへ行け」という気持ちになるに違いない。

 「中小企業の経営者が悩んでいることは、自分の持ち物である会社という生き物とどう付き合っていくべきかが見えなくなっていたりして、自分自身が不安に陥っている状態だ。最初から、戦略や戦術、技術やビジネスの話ばかりされても彼らの不安は解消するものではない。もう少し、現場の匂いのするところまで目線を合わせてみると、彼らの悩みの景色が透けてみえてくる。そこをよく見てみると、彼らへの「今の」処方箋がよりマシなものになる。彼らにとっては「今」をいかに切り抜けるかが大事なのだ」というようなもの。この話はかなり深い話だ。

 やがて中小企業(中堅に近いが)に転じて、そこで経営陣の一角を務めることになったのだが、教科書的な経営者の姿(=戦略的な資本の動かし方が上手な)というものはあっけなく壊れてしまった。もっと言えば、会社という定義付けまで変える必要があるとも感じたほど。それまでもいろいろな会社を経験してはいたが、伝統的な中小企業というところは初めてで、そこの経営者もそうなのだが、そこに集う従業員まで初物ばかりだった。やはり何かが違っていた。

 残念ながら、その中小企業に在職中(当事者でいる間)は、10年前の言葉の意味がよく咀嚼できていなかったためと、役割分担がやはり技術分野中心であったことから、その分担の視点で物事を考え、感じるようになっていた。戦略や戦術への拘りも依然として強かったし、「今」よりも「将来」の育成視点で仕事をしていた。技術分野を統括するサラリーマン重役としては当たり前といえば当たり前の振る舞いだったわけだ。

 昨年、会社勤めを終えて、会社という器を外から見ることになり、自分が長年棲んでいた「最終製品を製造販売するヘルスケア」以外のところに広がり、例えば、設計専業企業、素材企業、メディア企業、ヘルスケアとは全く関係のない異業種製造業など、企業のサイズも、従業員数が万単位から数名程度まで広がってきた。この結果、「自分の立ち位置」みたいなものが逆によく見えてきた。それとともに、自分が共に働くべき場所と相手も何となくだが見えてきたような気がする。

 ここで、立ち位置とは期待されている役割のことだが、それは必ずしも技術分野の話だけではないということ。むしろ教科書的な技術論などどうでもよく、また戦略的な部分の期待も必ずしも大きくはないということ。技術分野や戦略部分の助言者は私のようなタイプの人間では中途半端だ。

 年長者の言い回しを借りれば、中途半端な意識高い系など賞味期限はすぐに切れるというようなところらしい。技術者はやがて技術者に駆逐される運命とはよく言ったものだ。後進に駆逐されないための生み出し続けることは、天才ならいざしらず凡人にはとても出来るものではない。時代遅れになった技術しか知らないコンサルタントほど惨めなものはない。

 では、今の私に対する期待値ということはなにかというと、業務の幅を広げる選択肢の提示(それが提携だったり買収だったり)、企業が突然死しないための危機管理の考え方と人の動かし方、業界の常識や市場のトレンド、いろんな場面でお金を稼ぐ多様な仕組みの作り方、従業員のやる気を引き出す方法、はたまた販売イベントの作り方など、ディープな技術論など全く無縁な話ばかり。

 かなり技術的な話に近くなっても、先端技術や海外企業情報の集め方(中身ではなく方法論)、製品量産のための具体的な仕組み作りや転ばぬ先の注意点の網羅(深みよりも広がり、網羅性を要求される)、商品化後のクレーム対応の方法(事例研究)、規制当局対応の仕組み作りや人材の育成など(ISO対応がまさしくそうで、いかに企業活動に使えるように運用するかという方法論)。

 凄い話になると研究開発の見切り方みたいなものもある。研究開発のテーマ立てなどどうでもよくて、捨て方の方がよほど重要という話がたくさんある。こういう話はマネジメントの経験者にしか絶対に分からない。経営判断というものはキレイ事だけでなされるものではないという裏返しのような話だ。

 メディア系企業の仕事だと、私に期待することはヘルスケアの企業人ではなく薬学という学問の常識を知っているであろう薬剤師としての視点だったりするが、もちろん調剤能力や薬物の特性知識を求めているわけではなく、あくまで健康増進の仕組みとお金儲けの仕組みの両立方法だ。企業という存在が求める健康とはそもそもどういうものかという話は、実に面白い。

 技術動向調査や分析という仕事の場合に、はじめて技術論の細かい部分を求められることになるのだが、そこでも私に求められる役割は、「商品化」に必要な要素(仕事)の具体例だ。決して基礎的な話ではなく、あくまで企業がお金を儲けるために、またお客さんが満足するために、最低限何をすべきかという話の「実例」だ。単なる戦略話ではなく、「実例と戦略」の関係付けの話の方が重要だ。ヘルスケア真っ只中のような話はあまりなく、周辺の技術分野の話がほとんどだ。要するに応用問題設定とビジネス向け解答例がほしいということらしい。

 もちろん、どんな企業が相手のコンサルタント業務でも、最終的には戦略や戦術に落としこむという作業をすることにはなる。ここで、自分への期待は言い換えれば「現場仕事」志向の現実的な解提示である。そして、いろんな仕組みの話や事例の話を通じて、そこの会社に合った方法論を実例付きで作り上げていくようなことだ。

 よく私は「最終的にはコンサルタントが要らない会社になってほしいので、人脈と紹介ベースの営業コンサルタントは絶対にしない」とお話する。人脈と紹介ベースの話は確かに「今」の欲求を満たすには効果的であるが、しかし、コンサルタントがいなくなってしまえば、また元の状態に戻ってしまう。それでは、結局コンサルタントだけが儲かる話になってしまう。こういう仕事は互いにとって良いことはない(はず)。(コンサルタントとしては美味しいのだろうが、長続きはしない)。

 さりとて教科書的な仕組み話ではいつになっても効果は期待できない。そもそも中小企業の経営者の多くは教科書的な話には興味はない。それよりも「今すぐ、不安感とその原因を解消してほしい」ということだ。だとすれば、「こうやると、こうなる」という事例が必要だ。

 ただし、他所の会社の実例だけでは、コンサルタント業務対象企業にその例が適合するという保証はない。そこでコンサルタントの仕事は、会社の文化を最初によく理解し、従業員を理解し、そして経営者の性格、価値観などを知り、会社の歴史を知るという作業をする。方向性(志向&嗜好)や商材はその後に嫌というほど知ることになる。

 お金を儲ける仕組みというものは、単純に会社に植えつけるだけで効果を発揮するものではない。会社には会社の数だけ文化があるので、その文化に馴染む形=すぐに意識せずに、お金儲けの仕組みとして使える形が望ましい。

 そのことを達成しようと思えば、時間が多少かかってもいろんな人と話し込むことが大事で、最近よく感じるが、いかに早く胸襟を開いてもらうか、信用してもらうかが大事だ。実はここは大変骨が折れる。まだそこまで至っていないクライアントも多い。経営者には他人に話をしたくない「何か」を持っている場合は多い。だから悩みを抱えるとも言えるし、悩みの本質を他人に話をすることで自分を否定する事になってしまう場合もある。「何か」が何かよく分からない状態で悩んでいる経営者も多い。

 実は、経営者の悩みの多くは自分自身のことに起因する場合がほとんどだ。従業員にうまく働いてもらえないという話(=自分の考えが伝わらない)も、よくよく聞けば経営者の説明方法が少しばかりずれているか、従業員の気持ちをよく理解できていないというものばかり。双方の能力に問題があるとかいう話はほとんどない。「ズレの補正」だけでほとんどが解決する。今のご利益は、このズレの補正で得られる場合が多い。

 問題は、そこのズレの原因をよく解析し、二度とズレが生じないようにする仕組みがない場合だ。未然防止する対案がなければ、いつか同じような問題に突き当たることになる。企業規模が小さいほど、このズレが業績や士気に大きく影響する。この仕組みの部分をどのような視点で作るかは、それこそ会社の特性に依存する。

 そこで私のような人間に声が掛かる時、敢えてフィールドをモノづくりの現場に求めることにする。「現場」というところがミソ。私自身がモノづくりの企業に長く存在していたというのもそうなのだが、モノ作りの現場で、人間対人間の関係構築の仕組みを作ることは、実はさほど難しくないのと、仕組みで動くモノ作りというものをそっくり利用するのである。

 日本人はお金を中心に物事を考えるのが苦手である。意識としてお金だけで議論することは卑しいという古臭いものがあるのかもしれない。しかし、お金は大事なものである。それが回らないと会社はあっという間に会社は倒れる。だから「日々のお金」の管理は大事なことだ。会計士や税理士の先生方が、企業会計から企業を支援するというのはとても意味のあることだ。お金の流れを時間軸でみていくと、本当にいろんなことを「物語ってくれる」ものだ。

 日本の多くの中小企業が生きているモノ作りの現場は面白い。成果物としてのモノを中心に考えると、何となく「意味や意義があること」という感覚になる。そして、チームワークや良品を作る法則や仕組み、技のようなものに、多くの関係者の目が行く。この国独特というこの感覚を生かさない手はない。

 一方で、こういう場ではお金の話はあまり出てこない。せいぜい、原料原価や製品原価の話だ。実はこれはおかしい。作ることが目的ではなく、商品を売ってなんぼの世界が企業活動なので、「いくらで売れるか」=「いくらの価値があるか」が大事なので、ここはお金の話が大事な場面だ。

 モノづくりの現場では、経営者(管理職)も従業員(社員)も、「技や知見」「モノ(シーズ)」と「お金」、「お客さん(市場)とニーズ」、「ビジネスをする(=市場情報収集分析、企画立案から製造、販売、サービス、回収)仕組み」をチームで考えないと動かない。少なくとも日本ではそう考えられている。

 ならば、こういう場面(事例)で、いろいろな仕組みを、商品という目に見えるものを真ん中に置いて考えてもらうのがよい。机上の議論ではピンとこなくても、実際に作るべきもの、売るべきものを考え、手を動かそうと思えばよい。

 「お客さんに一円でも高く買ってもらえる、お客さんにご利益十分な商品を、一日も早く、高品質(+匠の技)な仕事(サービス)を届けたい」、そのためにどうするかという問いを、会社として問いかけ続けられるような仕組みを作ろうといえば、大概の場合、関係者に理解される。

 その際、こちらの目線はあくまで現場の「汗が出てくる」あたりの目線がちょうどよい。問題の本質が見えてくる高さはその高さだからだ。

 こういう議論の中で、戦略とか戦術という言葉はなるべく避けることも大事だ。これはこの言葉が出てきた瞬間に中小企業では従業員の手が止まるからだ。しかし、ここで手を止めてはいけない。モノを作る仕事で手を休めるのは、戦略話をする場面ではなく、作り方に迷った時、お客さんの反応が悪かった時だけだ。

 それともう一つ。粘って完成形を求めることはやめたほうがよい。未完成でもよいので、世に問い続けることが大事で、問いかける相手がやがて自分たちと一緒に仕事をする仲間(提携先や委受託先)になる可能性もある。

 もちろん、中小企業では「今」が大事なので、お金にする場面は早い時期に、かつ多ければ多いほどよい。運が良ければ未完成品でも途中で売れてしまう可能性もある。なにより、いろんな反応を見ることで、自分たち(経営者も含めて)の悩みの解決につながる場合も多い。即、悩みの解決にならなくとも、悩みの原因が分かるケースはいくらでもある。

 実は、ここまでの話で「経営者のお悩み」を解決するのは誰かといえば、それはコンサルタントでもなく、しかし経営者自身でもない。そこに集う従業員と周辺企業であることが見えてくる。前段の方で、いろんな仕組み作りの話を出したが、悩み解決の仕組みは、モノを作る現場で、「それこそ寄ってたかって」考え、行動し、作り上げて、実践して、効果(結果)という一連の作業を経て、自動的につくり上げることが出来る。

 例えば、業界知識の話をするにしても、経営者と共に現場でやる方が効果的だ。経営者だけに話をしても確実な効果は期待できない。つまり、私のような社外コンサルタントは経営者だけと話をするのではなく、経営者と従業員、それも現場で汗をかいている人と話をしなければならないということだ。

 危機管理の話もしかり。経営者は責任の所在地ではあっても、危機管理体制を実効あるものとするためには、従業員が自律的に動かなければ何の意味もない。あくまで危機管理される場所は現場である。

 ただし、「自動的に(仕組みを)つくり上げる」とは言っても、勝手に仕組みができてくれば、そもそも経営者は悩みを抱え、不安になるはずもない。やがては企業として自動的に仕組みを作り、学習するような「自走性」を獲得するのがよろしいが、最初からそうはうまくいかないので、社外コンサルタントが必要になる(場合がある)。

 社外コンサルタントとして、これもよくお薦めするのが、社内コンサルタント的番頭の準備だ。社外コンサルタントはいろんな経験値や体系的な知見、仕組み作りのノウハウがあるが、こういうタイプが社内にいてもよいと思う。ただし、社長の提灯・太鼓持ちではダメで、そこは社長も割り切って「お小言居士」を敢えて側に置いておく度量を持ってほしい。お小言居士に負けないだけの勉強をする経営者の姿は、やがて従業員の心をも動かすことになる。やがて会社は業績向上に向けて一丸となる。

 そうなれば社外コンサルタントの仕事はめでたく終りとなる。

 実は10年前の忠告は、コンサルタントと関わる企業の(悩みの)本質を語っていると同時に、コンサルタントの引き際の話まで内包していたものだと。専門は専門としても、専門を超えた企業活動の支援という仕事の広がりを感じる昨今である。

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