テラさんとハゼ釣りに行く

(テラさんが愛車のハイエースをドヤ顔で自慢している話の続き)

そうこうしていると、支店の裏道に駐車してあるハイエースのバックミラーに支店長の姿が映り込んだ。テラさんは獲物を狩る狼のようにひらりと運転席から飛び降り、支店長に歩み寄る。それを見止めた支店長がテラさんに話しかける。

「おう、テラさん、ええ車だな。新調しただか?」

テラさん、鼻息荒くますますドヤ顔で語る。

「はい、えらい掘り出しモンで、ちょうどマツイ君と試運転がてら日曜にハゼ釣りでも行かんかと話とったところですわ。支店長もどうですか?」

支店長、顔色ひとつ変えずに話す。

「ほう、そうか。じゃ、またどっか行くときに誘ってくれや。」

手を振りながら歩き去る支店長。このやりとりを耳にして僕は思う。だから、ハゼ釣りに・・・

いや、さすがに支店長になる男だけあって、自分に都合の悪いことは一切耳に入らない。相手の語りには一切構わず、いついかなる時も自分で会話を構成して、終える。その堂に入ったスルーっぷりが逆に清々しい。支店長が去ったあと、テラさんも何もなかったように言う。

「支店長は行かんそうだ。」

微妙にコミュニケーションが成立してるあたりが笑える。

日曜の朝6時。僕は支店の駐車場でテラさんを待つ。時間ぴったりにテラさんとハラダさんは掘り出しモンのハイエースに乗って現れた。テラさんは運転席の窓から顔を出してご機嫌で叫ぶ。

「おう、荷物は後ろに積んでくれい。」

いや、荷物たって釣竿しかないですよ。がらんとした荷室には釣竿3本とクーラーボックス1個。それから僕は、後部座席に乗り込む。道すがら助手席に座っている山本譲二のような脂ぎった顔とソフトリーゼントのハラダさんは、テラさんの車をひたすらほめまくる。

「いやあ、テラさん良い車だねえ、オレもこんなん探しとっただけど~」

ご機嫌のテラさん。

まあ、とにかく車は小1時間ほど走り、とある港町にある海に突き出た長い突堤の端に止まった。すでに、突堤のここそこには先客が釣糸を垂らしている。適当な場所に我々3人も釣糸を垂れる。

「やいやい、クロダイが釣れたら困っちゃうな~」

テラさん絶好調。こんなオヤジギャク(ボケ?)をかました勢いで、ハゼを釣りまくる。2時間くらいで10センチくらいのハゼが20匹ほど。クーラーボックスには僕とハラダさんのを合わせて30匹ほどのハゼが収まっていただろうか。しばらくしてテラさんが不敵な笑みを浮かべて僕に話しかけた。

「そろそろ、昼飯の時間だけどな、マツイ君。もし、いまアンタが文無しでそれでも昼飯にありつきたかったらどうする?」

僕は答える。

「そうですね、まあ、このハゼを刺身にでもして食べますかね?」

テラさんは答える。

「ハゼの刺身なんか臭くて食えんぞ。よう見とれよ、こういうときにはな。」

テラさんは、釣竿をハラダさんに任せて、他の釣り客のほうにひょこひょこ歩いていく。ハラダさんは、そんなテラさんに構うでもなく、我関せずと釣りを続ける。テラさんは、5人くらいの釣り客のグループのところに座り込んで何やら話している。そのグループと30分ほど話しこんだあと、今度はもう一つのグループに話しかけた。こちらとは10分程度だったか。

そのあと、テラさんは戻ってきて、得意満面で言う。

「ちょっと昼飯買ってくるけどよ、あいつらの分も買ってきてやるんだわ。」

つまり、テラさんは潮時の加減からちょうど突堤から離れたくない釣り客のために、握り飯やタバコやビールなんかのおつかいに行く代わりに、ひとりあたり数百円の手数料をとることに成功したということらしいのだ。

「俺は、モノゴコロついた時から人の顔色ばっかり見てきたからなあ。これくらは朝飯前よ。」

愛車のハイエースに乗ってテラさんはコンビニへと去っていった。ハラダさんは苦笑いを浮かべながら言う。

「テラさんはここに来るといつもやるんだよ。ホントは恥ずかしいだよなあ。」

そうこうしているうちにテラさん操るハイエースが現れ、両手に袋を抱えたテラさんが下りてきた。まずは、おつかいを仰せつかった釣り客に注文の品を配って回り、最後に僕たちのところにやってきた。

「ハラダ君、マツイ君、好きなもの食えや。」

袋の中にはおにぎりやらビールやらが入っている。

「どうだ、マツイ君、この袋の中のものは全部さっきの手間賃からだぜえ。まあ、何でも人生は要領さ、こんなことは学校出には思いつかんだろ?」

テラさん支給のおにぎりを食べながらハラダさんが言う。

「まあ、いいけどさ、テラさんもコジキ根性が抜けねえなあ。」

テラさんの顔が一瞬にしてこわばる。そして、耳の裏までが真っ赤になった。

「ハラダ君、文句あるなら食わんでくれる?」

やばっ、と感じたハラダさんが首をすぼめる。

「おれ、ちょっとションベン。テラさん車貸してくれや。」

テラさんは黙って、ハラダさんにキーを投げる。ハイエースに乗って消えるハラダさん、腹の虫がおさまらないテラさん。

「俺はなあ、どんな苦しいときだって人からものをタダで恵んでもらったことはないよ。今まで、自分の甲斐性だけでやったきたんだ、俺はコジキじゃない。」

幼い頃、戦災孤児として路上生活をしていた経験がある苦労人のテラさんだけに「俺はコジキじゃない」という言葉には妙に力があり、胸に突き刺さった。

しばらくして、ハラダさんが戻ってきて、それから数時間の間、3人並んで座って無言でハゼ釣りを続けた。クーラーボックスはハゼでいっぱいになった。帰り道でテラさんが言った。

「どうだ、このハゼ、うちのカーチャンにフライにしてもらってみんなで食わんか?」

ハラダさんは、バックミラーで僕と目を合わせると、しかめっ面をして言った。

「テラさん、せっかくだけど、明日も仕事だから今回は遠慮させてもらうわ。ハゼは全部テラさんにやるから佃煮にでもしたらええわ。」

テラさんの仲直りの申し出はあっけなく断られ、ハラダさんに便乗して僕も丁寧にお断りした。僕のハゼも全部テラさんにあげることにした。予想外にクーラーボックスいっぱいのハゼを手に入れることになったテラさんはまんざらでもない様子で。

「ほうか、じゃあ遠慮なくもらっとくわ。うまく煮れたら食わしてやるでなあ。」

解散場所の支店の駐車場で、僕とハラダさんはガソリン代やらを清算しようとした。でもテラさんは「お代はハゼでええがや。」と言ってお金を受け取ろうとしなかった。

「じゃあ、今度は、ホントにクロダイ釣りに行こうや。」

そう言って、テラさんは愛車の掘り出しモンのハイエースで去っていった。

「悪い人じゃないんだけど、ちょっと面倒なんだよな~」

ハラダさんはそう言った。僕もそう思った。けど、ハラダさんも僕も今度はテラさんとクロダイを釣りに行こうと言って、それぞれ家路についた。

著者のMatsui Takahiroさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。