インテルゴール裏

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確か9月のインテル対ルビン・カザン戦だった。ヨーロッパリーグの最初の試合、0-1のままホームで負けるのかと思っていたら、後半アディショナルタイムで長友選手の超絶ボレーシュートが決まった!その瞬間、旅の最終地はミラノだ!ミラノでインテルの試合見て帰る!と決めて、勢いで航空券の予約をした。我に返ると部屋には朝日が差していた。

2週間の旅で、最初に行ったのはマンチェスター。香川選手はケガで出場しなかった。それからロンドンでチェルシー対マンチェスター・シティ戦、ドイツではボルシアMG対長谷部選手所属のヴォルフスブルク戦を見て、ミラノへ向かった。長友選手の大ファンかと言われるとそういうわけでもないのだが(失礼!)、私が生まれた5時5分と同じ数字、「55」を背負っているというだけで注目しているのだった。きっかけなんてそんなものだ。

ミラノに到着したのはお昼12時頃だった。寝台列車は「寝ていれば着くラクな乗り物」と思いがちだが、決してそうではない。そのことはシベリア鉄道に150時間乗車して学習したはずなのに、国境を越えて走る国際寝台列車の響きにときめいてしまった。島国日本で生まれ育つと、国際列車にロマンを感じるのは仕方がないことだ。当初予定していた飛行機での移動をやめて、滞在していたデュッセルドルフで寝台列車のチケットを買った。

ドイツのケルンを出発した国際寝台列車、私が予約したのは4人部屋のコンパートメントだった。そっとドアを開けると、既に中は真っ暗闇で大男のイビキが響き渡っていた。なんとか手探りで二段ベッドの上段に昇り、枕元の小さなライトを点けたところで、天井高が1メートルもないその狭すぎる空間で着替えすらできない。首を折り曲げた姿勢では、駅で買ったサンドイッチを食べる気にもならないし、飲み物も飲めない。予想以上だった。観念して横たわる以外に選択肢はなかった。

南下する寝台列車は、ある意味シベリア鉄道よりも過酷だった。オランダからドイツ、スイス、イタリアを駆け抜けるこの列車には大男がたくさん乗っていて、私の部屋も例に漏れず大男3人。男女で部屋を分けるという配慮はないらしい。この3人のイビキと、寝返りを打つ度に壁に激突する衝撃が凄まじい。寝台車特有というかおじさん特有の籠もった空気。結局、スイスのバーゼルで乗り換えるまで騒音に耐えてただただ横たわっていた。

アルプスの山々を抜けてミラノに到着した頃には、ほとんど徹夜だったこともあってへとへとだった。そのままホテルで寝てしまいたい気持ちを抑えて、町の中心部ドゥオモまで出かけた。明日の観戦チケットを早く手に入れて安心したかった。万が一、買えないことがあれば、何しにミラノまで来たのかわからないではないか。

ドゥオモのすぐそばにインテルの公式ショップがあって、レジの壁には発売中の試合日程が書かれている。明日はインテルのホームスタジアム、通称サン・シーロでパレルモ戦だ。あらかじめスタジアムの場所や席については学習してきたが、一応「どっちがインテルのゴール裏?」と聞くと、予想通り緑色の座席を指さした。「じゃあ、その2階席を1枚」と言ったら、あっさり発券してくれた。これがのちに恐ろしい経験をするきっかけになるとは思いもしなかった。

試合翌日は早朝にミラノを出発する。買い物をするなら、試合前後しか時間がない。試合後はお目当てのお店は閉まってしまうだろうから、午前中にお気に入りのお店で洋服を買った。ドイツではスタジアムの入り口で荷物を預かってくれるから、イタリアもきっと同じシステムに違いないと思ったのだ。ところが、イタリアはバッグのチェックもあっさりしたもので、ペットボトルを回収されることもなかった。ゲート手前で一気のみしたのはなんだったのだ。そして、洋服の入った紙袋もチェックされることなく、そのまま通過してしまった。チェックされたのは、チケットに印字された名前とパスポートの名前が一致してるか。あとはライターを持っているか、それだけだった。チケットのもぎった半券は片っ端から地べたに捨てていた。イタリアらしい。

なぜかスタジアム内にバッタもんの商品が売られている。地べたに並べて大胆に!そんな中、イタリア人をかき分けて北側ゴール裏2階席の自分の席を目指したが、席が近くなるにつれて、明らかに物々しい空気が漂ってくる。私に向けられる視線が痛い。笑いながら「オマエ、何しにきたんだ」と言っているのがわかる。緑色の私の座席は、真っ黒に焦げていた。周りを見渡すと、どの席も大体焦げ跡があった。つまり、この辺り一帯は発煙筒が焚かれる場所なのだ。もしかしたら、来てはいけないところに来てしまったのだろうかと不安が募る。一階席は上から瓶などが飛んできたりして危険だと聞いたので二階席にしたけれど、試合が始まってすぐに最も危険なエリアに来てしまったと身をもって知ることになった。

笑いながら「オマエの来るところじゃねえ!」と言うならまだいい。イタリア語なんてわかりゃしないのだ。ただ、オマエのような素人が何しに来たんだというわかりやすく嫌な態度を取る人も多かった。熱烈なサポーターにとって、ゴール裏はいわば聖域だ。それは私も重々承知しているのだが、パッと見、アジアからやってきた観光客とわかる私にオフィシャルショップのお姉さんは、あっさりこのチケットを売ってくれたのだ。もし危険なら、そこはやめた方がいいわよと言ってくれてもいいと思う。いや、言ってほしかった!私の前にいた男性が唯一英語で話しかけてくれて、聞き取ることができた。

「ねえちょっと、ここは物凄くデンジャーなエリアだよ。わかってる?」

「そのカメラ、壊れるかもしれないよ?」

「デンジャーだから、本当に気をつけて!」

と忠告してくれた。この男性も強烈なウルトラスだったが、試合中に何度も振り返って私の様子を気に掛けてくれた。ありがたかった。

試合開始前にすぐ近くで発煙筒が焚かれた。煙に包まれる中、サポーターが肩を組んで歌い出す。ただし、私の肩には手が回ってこない!そう簡単に仲間として認めてはくれない。彼らは人生をかけてこのチームを応援しているのだ。私とは重さが違う。せめてインテルのチャントを一つでも歌えたら、周囲の態度もちょっと違ったかもしれない。この状態を一言で言うならカオス!そして、完全なる場違いだということにはすぐに気づいた。Jリーグの熱狂的サポーターが集まるゴール裏に、観光客風の外国人がポツンといたら、やっぱり「なんだコイツ」となるだろう。そもそもプレミアリーグにしてもセリエAにしても、女一人で来ている人は本当に見かけない。それがアジア人で女一人なのだから、嫌でも目立ってしまう。

緑色の座席が真っ黒だった理由はすぐにわかった。このエリアの椅子は、座るものではなくて、立つ場所なのだ。私も椅子の上に立ち、周囲の熱に感染されるように声を上げた。

観戦中、飲み終えたお酒の瓶は、空になった途端地べたに放り投げる。ウォッカ、ウイスキー、ビールなんかが入り交じって液体が足下に流れてくる。私が午前中に買った洋服は、無残な様子で転がっていた。タバコのにおいも充満している。それは懐かしいにおいがした。アムステルダム中央駅に降り立ったときのあの感じ、ソフトドラッグ合法の国オランダのあのにおいだった。

親切なあの男性が「今から来るぞ!」と声をかけてくれてすぐ、全員がもみくちゃになって私もピンポン球のように飛ばされまくった。コールリーダーさんがそういう合図を出したのを教えてくれたのだった。椅子から落ちてまた這い上がる。もはや、自分の席などどうでもいい。「大丈夫だった?」と気遣ってくれる人がいて、心強かった。

ここ最近の試合で長友選手はスタメンで大活躍だったこともあって、この試合も当然フル出場だと信じていたのだが、残念ながら前半は「温存」だった。後半になって、長友選手が準備を始めると、周囲の荒くれたサポーターたちが一斉に、

「ナガトモがくるぞー!」

「よかったなー!」

と言ってくれた。みんな何も言わなくてもわかってくれていた。アジア人の私がここに来た意味を。

そして、インテルのゴールが決まった瞬間は、旗で前方が見えてないままに、突然人が前後左右から飛んできてまたもみくちゃになって椅子から落ちた。すぐ「ナガトーモ!」と騒ぎ出したので、長友がゴールしたものだと思ってたけれど、帰国して確認したらオウンゴールだった。とにかく、その場では「ユートがゴールしたぞ!」という雰囲気に包まれて、その喜びが日本人の私に向けられたことに感激して、よくわからないままにガッツポーズして雄叫びをあげた。

インテルのゴール裏、生きて帰ってこれたのは、長友選手の活躍のおかげだと本気で思った。どの国のどのスタジアムも、全然違っておもしろい。その国の文化がにじみ出ている。ミラノ最後の夜は、ミラノ風カツレツを食べた。

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