最後の一日

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3/31がアドオプティマイゼーション推進室の室長としての最後の一日でした。
本当に怒濤の日々で、振り返ることもままならない仕事でしたが一緒に仕事をしてくれたメンバーと支えてくれた家族のおかげでなんとか勤め上げることができました。
最後の最後まで、部署の目標も会社全体の目標もギリギリの攻防で眠れない日々が続いていました。
昨日も、寝付けずに朝に近くにある麻布十番稲荷に参拝して神頼みをしたほどでした。
事業のトップとして、最後に皆にしてあげられる事は祈る事くらいしかないのです。
でも、実は室長になったときも川崎大師のお護摩に行って、
「お願いだから皆を助けてください」
と心底祈ったな〜と思い出しました。
なんというか結局僕は最初も最後も神頼みかと、情けなくて少し笑ってしまいました。
後は、メンバーを信じて待つというのが僕の最後の仕事でした。
さすがというか、僕のメンバーの底力は凄くて、結果は4Qも予想以上に積み上げて達成。
GIB目標も達成してしまいました。
会社全体の目標も無事に達成し、RMPは通期を通じて4Q連続達成できました。
この3ヶ月の売上は、2年前の1年分の売上を超えました。
とても感慨深くその事を考えていたら、2年前の〆会の時のことが鮮明にフラッシュバックで蘇りました。
正直に告白すれば、2年前も大幅達成をして大騒ぎしているメンバーの横で僕は
「時間が止まってくれればいいのに」
と思っていました。
自分が事業のトップをやることが怖かったのです。
2年前も年間の売上がかなりの規模になり、大きな事業になってきたけど俺で勤まるんだろうか?
直前で震災が起きて、日本全体が不安な空気でした。
そんな中、事業開発室という守られた組織から外れて一つの事業組織として切り出されてスタートするという瞬間でした。
その重圧は、本当に苦しかったことを覚えています。
ただ、無情にも時間は流れてしまい4月を迎えてしまい怒濤の2年間に突入していきました。
皆が不安だったから僕だけは明るく元気に仕事しなきゃと、人一倍ビビってましたが、
「精一杯やりますので、いざという時は助けてください」
と冷たいお堂の板の間の上で神頼みをしていました。
若い組織が下向いていたら日本が元気にならない。
だから、僕たちは顔を上げて胸を張って、元気に仕事をしよう!
と4月のキックオフで話した事も思い出しました。
いろんな不安や重圧の中、
全員に成功体験を積ませてあげたい
全員に達成させてあげたい
という気持ちで2年間事業をやってきましたが、残念ながら僕は全員を達成させてあげる事はできませんでした。
本当に申し訳ないなと素直に思いました。
ただ、僕自身のトップとしての力不足を一緒に仕事をしてくれるメンバー一人一人が埋めてくれて、努力を積み上げて3ヶ月で1年分の業績をあげられる組織ができました。
これは全てメンバーが実現してくれたことです。
僕の事業部長人生で唯一誇れることがあるとすれば、この一緒に仕事をしてくれたメンバーです。
彼ら彼女らが凄いんです。
最高に自慢のメンバーに囲まれて、とても幸せな事業長の2年間を過ごすことが出来たことを深く感謝しています。
ありがとうございました。
最後の一日は、
2年前とは違う意味で
「時間が止まってくれればいいのに」
と思いました。
一瞬一瞬を噛み締めるように、
永遠の時間のように、
ただ、終わってしまえば実際はあっという間の2年間でした。
僕が言える事は、この2年間アドオプティマイゼーション推進室長は地球上で最高の仕事だったということです。
本当にありがとうございました!
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