センター試験で学んだ大事な教訓

2年前にはてなダイアリーで書いた文章の転載です。
中高一貫校に通っていた僕は、在学中まったく勉強をしなかった。大抵のクラスメートは、入学後すぐに塾に通い始めるか、少なくとも学校の授業は真面目に受けていた。しかし僕は「次の受験まで6年もあるじゃん」と思って、とりあえず中学3年間は遊んでもいいと判断し、ひたすら遊び倒していた。これは、中学受験を本格的に始めたのが小学5年の夏休み明けからで、それでも合格できたという自身の経験から、自分は短期集中型だと過信しすぎていたのもあった。
しかし、ここでやりすぎてしまった。当たり前だが、学校の授業についていける程度の勉強は継続するべきだった。授業は特別興味のあるもの以外まったく聞かず、むしろ可能な範囲でサボり、放課後と休日はすべてを遊びに費やした。高校に進んで少しは「ヤバい」と焦り始め、ようやく塾に通い始めてみるのだが、完全に周りについていけなくなっていた。やがて数ヶ月もすると中学3年間で醸成されたサボり癖が発動、早々にリタイアというダメっぷり。
その結果、小学校時代は神童レベルだった学力は、高校3年に上がるまでの5年間で完全に落ち込んでしまっていた。試しに受けてみた全国模試で弾き出された偏差値は、小学校時代から30も下がっていた。特に酷いのは英語で、他の四教科は中学受験時代の貯金が多少は使えるのに対して、中学から始まる英語という教科はまったく体系的に学べておらず、しかも大学受験における最大のキー科目なのもあって、ほとんど『詰み』の状態だった(高3の夏休み前の時点で「三単現のs」をよく理解してなかったくらいだ)。
ところが、さすがに高3の夏休みくらいになると、今まで一緒になって遊んでいた同様の堕落仲間の面々も、多少は焦り始めたのか受験勉強を始める者も出てくる。あるいは完全に諦めて、もう浪人すりゃいいやと最後まで遊び通すかの二択。僕も最初はどちらかと言えば後者だった。だって、今からやっても受験にはもう間に合いそうに無いんだから。
しかし、ふと立ち止まって考えた。確かに、今から始めても受験には間に合いそうに無い。でもそれって、浪人して来年の春から「よーし、やるぞ!」って始めても、同じく間に合わないってことじゃないか? ましてや、中学の3年間をサボって高校にもついていけなかったのに、合計で6年間もサボってしまうわけだ。この借金は1年で返せる気がしない。
森高千里の「勉強の歌」という曲のサビ「勉強は出来るうちに しておいたほうがいいわ 後になって 気付いたって 遅いわ」というフレーズが頭をグルグルと回った。
よし、やるぞ。遅まきながら心を入れ替えた。今からでは今年は間に合わないかもしれない。だけど来年は必ず受かって、なんとか一浪で済ませたい。そのためには今年のうちから勉強を始め、基礎を固めておくべきだ。こうして、高3の夏休みからようやく自分の受験勉強は始まることになる。
しかし、ここで周囲を見回してみると、ひとつの違和感を覚えた。遅まきながら勉強を始めた人たちの大部分は「とりあえず正規ルートに合流する」という勉強法を取っていた。つまり、それまである程度コツコツと勉強してきて、現役での合格にターゲットを絞っている真面目なクラスメートたち。彼らが使っている参考書なり塾なり講習なりに混ざっていくわけだ。確かに、早く追いつかねばと焦る気持ちは分かる。僕もそうだ。しかし、それは違うんじゃないか?
今まで堅実に基礎を固めてきた人たち向けの問題や授業を受ける。その場では分かったつもりになることもある。しかしそれは間違いなのだ。その問題だけは理解できても、ちょっと応用問題になるとダメ。あるいは、少し経てば忘れてしまう。なぜなら、それまでの積み重ねがないから。これはまさに、自分が高校1年のときに犯した愚であった。
この方法ではダメだ。僕は「あわよくば今年受かるかも」なんて淡い期待は捨てる。その上で、今年は周回遅れのクラスメートたちに来年は追いつく。まずはそこまでを確実に実行すべき。そのため、自分は塾や講習は受けず、自学によって高校3年までの基礎を固めるという方針を定めた。
とはいえ、一口に「基礎」と言っても、具体的にどこからどこまでが基礎なのか? とりあえず教科書を読み返す? 有名な参考書を買ってきて、最初から最後までやればいいのか? いろいろ考えてみたが、そこで閃いた。「そうだ、今年はセンター試験を完璧にしてやろう」と。
センター試験をwikipediaで調べてみると「全教科・全科目で設問の解答をマークシートに記入する方式となっており、記述式の設問はない。各科目ごとに決められている高等学校の学習指導要領に沿って出題される。広汎な受験生を対象にしているため、教科書にある例題のような出題も多く、対策さえしていれば比較的容易に高得点を取れる試験である。」と書かれている。
まさにその通りで、試しに過去問に目を通してみると、確かにこの難易度なら、ちゃんと勉強すれば今年中にそれなりの成果を収められそうだ。漠然とながらそう感じた僕は、自説を裏付けるため、ひたすらセンター試験についての情報を集めだした。当時はインターネットなんて無かったし、そもそもこんなことに明確な情報源は無い。あくまでも自分の判断に頼るしかない。当時出版されていたセンター試験対策の参考書・問題集を、本屋で片っ端から立ち読みしていった。すべての本に目を通した結果、得た結論は「出題パターンは限られており、それなりの問題数を演習としてこなすことで、かなりの部分を対策できる。また、基礎固めとしても十分に有効である」というものだった。
ところで、僕の通っていた高校はほとんどが東大か国立医学部を第一志望に置いており、私立専願者はほとんどいない(確か50人いるクラスメートのうち、センター試験を受けなかったのは1人だけだった)。そして、そういった大学はセンター試験の結果をほとんど足切りにしか使用せず、合否判定の材料は二次試験の割合がほとんどを占めるのだ。そのためセンターによる足切り条件は、学校の難易度と比較すれば思いのほか低い。対策を始めた初期の段階でも、東大の足切りは超えられるくらいの点数は取れたほどだ。
そのため、センター試験対策は、実はほとんどする同級生がいない。なので、突然センター試験対策を一心不乱に始めた僕は、クラスメートたちから「こいつはクレイジーだ」という目で見られていた。僕としても、やはり「このまま二次試験の対策をまったくしないでいいものだろうか」「もしかして今年だって意外と間に合っちゃうかも」という邪念が浮かんでは消えた。しかし、自分の考えを信じ、ひたすらそれのみを続けた。選択と集中だ。
また、実は現役合格の芽がまったく無いわけではなかった。というのも、センター試験の情報についてひたすら調べていた時期に気付いたことなのだが、当時は二次の後期試験は筆記試験を課さず、センター試験の結果に小論文と面接で判定するという学校が結構あったのだ。その代わり、要求されるセンター試験の点数、そして倍率もベラボウに高かった(僕が願書を出した学部は後期の定員が10名で、足切り前で倍率は40倍、足切り後で20倍くらいあった気がする)。ただ、ここまで緻密にセンター試験対策をした受験生もそうはいないだろうし、小論文はかなり得意で自信があった。また、前期を落ちて仕方なく後期を受けるライバルたちに比べ、自分はここに目標を定めているという心の余裕がきっとアドバンテージになるはずだと信じた。これは実際どうなのか分からないけど。
というわけで、王道ではなく奇手ではあるものの、今の自分に与えられた選択肢の中では、もうこれしかないだろうと、そう信じて勉強を続けた。幸いなことに、マークシートという試験形式は、クイズかゲームのような感覚で、自分と相性が良いように感じた。
詳細は省くが、結果として僕は、現役で第一志望校に合格することができた。ちなみに過去問は全教科10年分、苦手教科については20年分までやったが、本番が最も高得点を取れたというラッキーぶりだ。当時800点満点で、最低目標720点、努力目標740点という設定だったのだが、なんとビックリ770点近く取れてしまった。なにより驚いたのは、あれほど苦手だった英語が200点満点だったこと。断言してもいいが、歴代のセンター英語で満点を取った者の中で、僕は日本一英語ができない自信がある。そんなこんなで、僕のセンター試験の結果は「西日暮里の奇跡」としてクラスメートたちを驚かせ、そのメソッドは「永田式勉強法」として下の学年にまで受け継がれたとか。
振り返ってみると、とにかくブレずにやり通せたことが重要だったのはもちろんとして、「もう勉強を始めないと間に合わない!」という焦りの中で、適切な戦略や方法、その裏付けなどの分析に1ヶ月近くの日数を費やしたことが、今思い返してポイントだったなと思う(ちなみに、当時連載中のカイジがジャンケン編で、ちょうどそんな教訓が描かれていたのが大きな心の支えになった。人生において大事なことはすべてマンガから学んだと言い切れるよ!)。
もちろん、この方法は誰にでも活用できる方法ではないと思う。たまたま僕はこの方法でいける適性を辛うじて持っていた、それだけのことに過ぎない。もちろん、王道を歩むに越したことは無いし、間に合うならば確実にそうすべきだ(大学に入ってから基礎知識の無さでめちゃくちゃ苦労した)。
ここで僕が言いたいのは、こんな抜け道があるぞってことではなく「どんなに状況が悪くても最後まで諦めずに解決する方法を考え抜く姿勢」と「他人と同じことをして安心するのではなく、自分の現状を客観的に分析し、自分なりの戦略を立てて実行すること」がすごく大事ということだ。
そしてこのときに学んだ教訓はすべて、その後のあらゆる局面で(もちろん会社経営においても)役立っている。あのときの決断、そして成功体験がなければ、今の自分はなかったなあと思っているのだ。

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