クラスで下から2番目だった私が上から2番目になるまで

「三者面談…行ってきます。」
夏真っ盛りの8月。部活の顧問にそう伝えて体育館を抜け出した。
私の通っていた学校は中高一貫の女子校。当時私は中学3年生。他校の生徒達が進学の為に受験勉強に励む中、私は呑気に過ごしていた。考えることと言えば、部活のあとどこに寄り道するか、家に帰ってアイスクリーム食べようかなとか、そんな下らないことだった。
三者面談も別に嫌いではなかった。だるい部活動を抜け出し、クーラーの効いた部屋にしばらくいれるし。父と担任が話してる内容を聞き流せばいいと思っていたからだ。
だって、私には赤点でも行ける高校が用意されているから。
将来のこととか、ましてその為に勉強しようなんて考えは、15歳の私の頭に微塵もなかった。
「モモコさんはとても活発で明るい生徒ですね!体育祭の時も率先して手伝いをしてくれて…」
反抗期真っただ中の私は、担任の褒め言葉にも素直に喜びを表せず、ただただうつむいていた。
そして話は成績の話へ。見たくもない成績表。
「お父様。モモコさんの成績をご存知ですか?」
「えぇ。はは、どうも勉強はですね…」父は笑っていた。何となく後ろめたくて父の顔は見ていない。
「お父様。モモコさんはこのままですと行ける大学はありませんよ。」
さすがの父も下を向いてしまった。クーラーの音だけが聴こえた。
「モモコさん…将来…やりたいことはありますか?」担任が私に話を振ってきた。
「…ドッグトリマーになりたいです。犬…好きなんで。」
「モモちゃん。お父さんはね…モモちゃんに大学に行ってほしか。ドッグトリマーには、いつでもなれるやろ?今しか出来ないことを、お父さんはやって欲しい。」
「?!…えっ…」
これまで私の良き理解者で、どんなに成績が悪くても何も言ってこなかった父から初めて聴いた本音だった。父がそんなことを考えていたなんて…私はどんなに反抗期であっても、父のことだけは悲しませたくなかった。
「モモコさん。どうする?大学受験にはね、英語か数学が必要なんですよ。どちらかせめて頑張ろう。」
どちらか…数学を頑張るつもりなど全くなかった。数学以前に数字がとにかく嫌いだった。
英語…英語は好きだった。英語の先生が紹介してくれる洋楽とか、毎年開催される英語暗唱大会とか、実は楽しみだった。英会話クラスでも自分の英語が通じると胸が躍った。
「英語…かな…」父の手前、選ばないわけにはいかず、自信なさ気に担任に伝えた。
「よし、そうしたら頑張ろう。」
力なく頷いた。
"やばい。とんでもない契約をしてしまった!"と心の中で私は叫んだ。
部活動から帰宅して、気付いたら私は机に向かっていた。夏休みの宿題のテキストをため息つきながら開いて、じーっと見つめていた。
be動詞がようやく何なのか理解し始めた私に、比較級やら最上級はちょっとレベルが高かった。
不思議と…投げ出したい気持ちは少しも湧いてこなかった。寧ろ、「分かるようになりたい。」という気持ちの方が強かった。
それから毎日、夏休みの宿題のテキストを何回も何回も繰り返し復習した。自分のモチベーションを上げる為にも目標を設定した。
それは、夏休み明けのテストで赤点を脱出することだった。夏休み直前の私の英語の成績はクラスで下から2番目。赤点。自分より下がいたのか!と驚いたのを覚えている。何点でもいい。赤点を脱出したかった。
夏休み明け。いつもより緊張していた。でも何故か…自信もあった。テスト前に味わったことのない興奮があった。
やれるかもしれない…
そう思った。
結果を見てみれば50点超えたくらい。大した結果では無かったが、それでも私にとっては大きな進歩だった。
「やった!お父さん!赤点抜けた!」私が親なら、赤点抜けたぐらいで喜んでんじゃねえと突っ込むとこだが、父は
「そうね!よかったね!」と喜んでくれた。
単純なもので、一旦軌道に乗るとやる気に満ちてくる。授業を真面目に受け、予習復習をし、ノートをキレイにまとめる。
自分への投資が始まった。先生が説明することが理解できると嬉しくてたまらなかった。部活動の後、早く家に帰って英語の勉強がしたかった。見違えるほど、私は変わった。
年度末に開催される、英語暗唱大会。テーマはI have a dream. 黒人差別撤廃を訴えた指導者であり、牧師のMartin Luther King Jr.のメッセージ。
これだ…私は密かに目標を立てた。クラスで暗唱大会の代表になり、全校生徒の前でスピーチをする!これが自分にとって中学時代の集大成になる!と強く感じた。
毎日お風呂でブツブツ唱え、違うと思えばカセットテープで実際の音声を聴き…
そしてクラス内での選考が始まった。結果は…当選。嬉しくて、嬉しくて、たまらなかった。
全校生徒の前での発表は、緊張よりも何よりも楽しかった。本当に楽しかった。
学年末に貰った成績は…2位。下からではなく、上から。
私の心は…自信に満ちていた。順位、じゃない。ずっと逃げてきた、自分と向き合うということ。本当は悔しいのに、格好つけて強がったり。自分と向き合うことなんて無かった。
自分と向き合ってくれたのは、誰でもない、担任の先生だった。どうしようもない私のことを見放したりせず、向き合ってくれた。私が自分と向き合い、自分を信じることができるようにヒントを与えてくれた。
自分と向き合ってみれば…不思議なことに夢や目標が見えてくる。そしたらその為に何ができるのか、ゆっくりゆっくりと歩き出すことが出来る。
キング牧師の言葉の通り、私達には夢がある。諦めなければ夢は叶う!なんて気易いことを言うつもりはないが、夢がある限り私は止まらない。そして、夢は逃げずにずっとどこかで待っていてくれる。

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