フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話パートⅢ

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まさか、すごろくの最後のマスに「振り出しに戻る」なんてコマがあるとは思いませんでした。まさに部長の一言がそれを意味します。


商工会のメンバーの中では比較的まともな格好で紳士的、工場見物でも熱心にメモを取ったり質問したりと私の中では好感を持った一人です。


 いじめられている後輩を見過ごすことが出来ず仲裁を買って出る正義感強いタイプは昼食のレストランで夜の話ではしゃぎすぎた連中に「おい、もう少し静かにしろ、ただの旅行じゃないんだぞ」と若い連中をまとめるグループの中の中心的な役割を必然的に担っているとの印象でした。



「ひろし(アロハ君)から聞いたけどひろしは普段とてもまじめでいい奴だ、そんな奴がフィリピンで犯罪を犯すとは思えない、何かの間違いじゃないのか?」



アロハ君は目一杯自分の保身をかけて部長に話をしたのでしょう、部長には何もしていないのに警察に15万円取られそうになってると、解釈したようです。


「犯罪を犯してないわけではありません。未成年者を同じ部屋に入れただけでも重罪になります。」



「でも、ひろしは何もしていないって言うぞ、同じ部屋に入れただけって言うけどそれだけで重罪になるのは考えられない」



腕組みをしながらソファーにどっかりと腰をかけ、周りを威圧するように見回す様はこれから時間をかけてゆっくりと交渉しようとする日本式そのものでした。



「部長、日本とは違います。フィリピンではそれだけで無期懲役になって日本に帰れない日本人がたくさんいます。」



「しかしね、それをもみ消すのに15万円?それは納得できない。警察に行ってきちんと訳を話せば警察もわかってくれるはずだ」



彼の筋論はごもっともでした。しかし、海外経験の無い人に海外の常識を植え付けるのは困難と時間を要します。



「それは日本での考えです。始末書くらいで済むと思ったら大間違い。書類ひとつ受理するのだけでも何日と時間がかかります。わかってもらえるように説得するなど何年かかる事かわかりません」



部長は腕組みをしながら「う~ん」とうなっただけで時間が過ぎていきます。私の中ではアロハ君と部長が崖っぷちに立たされているような気がしてなりませんでした。


 一歩足を踏み外したなら何処までも深く暗い穴に落ちるような錯覚を持ちました。そこから一歩でも後ろに下がってはいけない。そう願っていました。



「あなたの話は突飛過ぎて納得行かない。やっぱりお金は払えない。警察に行ってきちんと話をしてみるよ。警察官だって何もしていない人を捕まえられないでしょ」



「部長、時間がありません。納得がいかないのは良くわかります。しかし、日本とは違います。悪い警察官もたくさんいます。ここは不本意ですが袖の下で何事も無かったで収めるのが得策だと思います」


部長の登場で飛行機の時間を気にしながらの交渉には無理がありました。時間が無いあせりを違う形で解釈されたようでした。



「あなた、さっきから悪徳警察官に金を払えとおっしゃっているけど、もしかしたらあなたも詐欺の仲間なんじゃないの?」



状況を知らずいきなりアロハ君の話を鵜呑みにすればそう解釈しても仕方のない事かも知れないと思いました。ただ、事件の当事者で一部始終この交渉に携わっていたアロハ君は示談に賛成だと思っていました。



「アロハ君、君はどう思う?当事者なんだから自分で決めて欲しい、このまま警察に行ったらすぐには帰れないと思うけど?」


強いものの影に隠れてしか物が言えないどちらかといえば「内弁慶タイプ」のアロハ君も部長の一言で思い当たる節が自分の都合の良いようにどんどん繋がっていったんだと思います。



「やっぱりか!どうもおかしいと思った。急に現れてうまく話をまとめて15万円か!最初こいつ100万円出せって言ったんです!」




「申し訳ありません」と、背中を丸めながら震えていた先ほどとは違い、「夜のマニラは治安が悪いので気をつけて下さいね」の私の忠告に「ハイハイ、頑張って羽目を外してきますよ」と初対面の人に対する言葉とはありえない軽口を叩き夜のマニラに消えていったアロハ君のあの顔が蘇ります。



「大丈夫、何もしていないんだったら堂々としてろ、フィリピンと言えども警察だって馬鹿じゃないさ、何もしていない人を逮捕なんて出来ないだろ。」


何もしていない人間をいとも簡単に逮捕できるのもこの国です。と、言っても信用してもらえないでしょう。



しかし、これ以上何を言っても一度疑心を持っている部長やアロハ君の気持ちは揺るがないと確信しました。


もちろん自分の中で納得は行きませんでしたが、なんとなくどこかすっきりもしていました。部長の一言は非常に凛としており周りを納得させるだけのオーラがありました。


もしかしたら、裏金を払って解決しようなんて姑息な手段を使ってその場をしのぎ、何も根本的解決を取らなかったのはもしかしたら自分なんじゃないかとさえ思えてきました。


部長だったらキチンと解決するかも知れない・・・自分の経験の無さがそう思わせたのかも知れません。



「わかりました。これ以上私が関わって奴らの仲間だと思われるのも心外です。後は部長にお任せいたします」


席を立ち、事態の収集を見守っていたフィリピン男性に「俺は降りる、後はそっちと交渉してくれ」


そういいながら席を立ちました。フィリピン男性には日本語が分からずとも話のそぶりから対立の相手が変わった事がわかっていたようです。以前の眼光の鋭さが戻ってきたように思いました。



「それではわたしはこれで失礼します。どうかご無事で」



「何かあったときのためだ一応、連絡先聞いておこうか?」


それは部長の保身だったと思います。大きく出たは良いがこれからは自分一人で責任を持って交渉しなければならない。もしかしたら自分が間違っていたかも知れない・・・




「それはお断りします。ぐちゃぐちゃになった後にこちらに泣き付かれては私も迷惑です。」



唯一の負け惜しみだったのかもしれません。しかし、私にとってはこの国で通用する唯一の解決方法。日本式の正攻法でこの問題を解決した事がありません。


こんがらがった糸を一本一本丁寧に剥がすのではなく、一気に伸ばして硬くなったところをはさみでちょん切れば済む事。この国ではそれがベストな方法だと思っていました。


空港にはチェックインぎりぎりで間に合いました。あわただしく席に着き、あっという間に飛行機の機首は空へと向け上昇を始めました。
まるでどんよりとした雲の中にいるような私の気持ちとは真逆の雲ひとつ青空の中へ・・・


続く・・・






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フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話パートⅣ

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