フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話ファイナル

1 / 2 ページ

前話: フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話パートⅤ


建物は多少古臭くはありますが、ターミナル1の出国ゲートはこれから海外に出かける人であふれそれなりの華やかさがありました。


その中で私達グループだけが光も当たらない絶望のどん底に落とされた気持ちでした。



相手が一枚上手だった、というより、凄く手馴れているなと感じるほどの迅速で緩みのない行動でした。


アロハ君がNBIに連行されたとの連絡を受けあっという間に脱出ルートを絶ち、出国できないようにする手腕はそれなりのテクニックと大きなコネクションが動いている表れでした。



「どうやらその辺にいるような簡単な詐欺師ではないようですね・・・」



私達が今後の対応策に右往左往しているときにNBIのエルソンから電話がありました。



「逮捕状が出されてたのは知ってるな」



「らしいな・・・若い署員から聞いたよ」



「残念だが正規の逮捕状が出てしまったら、すぐには出国できない、少しほとぼりが冷めるまで俺の田舎にでも行って隠れていればいい」



本来なら、それが正攻法だと思います。そのうち詐欺師の日本人も逮捕されるでしょうから、釈放をネタに交渉すればいい、そうすればいずれは逮捕状は取り下げられ彼らも無事に日本に帰国できる。



「それは待てない。彼らも精神的にまいっている、他の場所からでもなんとしても今日中に帰国したい」



「セブ経由はだめだぞ、あそこも最近ではオンラインで繋がっている。しかもセブなんかで逮捕されたら誰も助けには行けない」



「いや、セブには行かない」



用意周到な詐欺師の事です。しっかりセブにも出国できないようにガードを固めているはずです。



「空がだめなら船か、マニラ湾から密航か?」



「いや、船は使わない、飛行機で堂々と帰す」




「飛行機で帰るって、どう出国する?他に方法は無いだろう。国際空港はすべてガードがかかってる、唯一オンラインで結ばれてないとしたら、米軍基地くらいだろう?まさか米軍を動かしてまで脱出させるのか?」



さすがNBIの切れ者エルソン、確実に答えに近づいていました。





「そのまさかだ」



「まさかって、米軍を動かすのか?出来るのかそんなこと?」




「いや、米軍を動かすわけじゃない、エンジェルだ」






「エンジェル・・・そっか!クラークか!」



クラーク国際空港はマニラから車で2時間で行くことのできる国際空港です。以前はアメリカの空軍基地としてその役割を持っていました。


「Angeles市」にあることから、アンジェルスが訛り、みな愛称ををこめて「エンジェル」と呼んでいました。




特別経済特区で縛られているクラーク空港だけは他の空港等は違いオンラインで結ばれていないと聞いていました。



「オンラインで繋がっていないクラーク空港から出国してソウル経由で日本に入る」



「そうか、日本からの直行便が出てないから殆どの日本人は知らないはずだ!でも、実際大丈夫なのか?逮捕状が出てるくらいだからクラークにも情報が行ってるかも知れないぞ?」



「それはやってみないとわからない、しかし、今はやるしかない。それにもしだめだったら最後の手段の必殺フィリピンスタイルの奥の手もあるしな」



「なんだ、そのフィリピンスタイルって・・・」



「試してからのお楽しみだ、これから空港に向かう。色々ありがとう。今度一杯おごらさせてくれ」



これ以上一緒にいるところを人に見られると何かと問題があるでしょう。若い署員とは空港で別れ、私達はタクシーに乗ってクラーク空港を目指しました。



クラーク空港に向かうハイウェイも途中で途切れ整備も満足にされていない田舎道を走っていました。


サスペンションのガスが抜けて余計揺れが大きなタクシーを選んだことに後悔しながら、空港に到着する頃にはそろそろ日が沈む夕暮れ時になってしまいました。朝から神経をすり減らし動いていた部長の疲労もピークに達していました。



「チケット買えました。ソウル経由の成田です、でも大丈夫でしょうか?また出国ゲートで返されるのでは・・・」



「部長、これから使う手は部長がもっとも嫌う手です。それを使うことによって、部長とアロハ君は二度とフィリピンに入国できなくなるでしょう。しかし残された道はそれしかありません。それでもやりますか?」



二人の顔を見れば一目瞭然でした。この5日間でいやというほど味わったフィリピンスタイル。それが二人にとって最後の切り札になろうとは皮肉なものです。



「もう、日本式の固定概念は捨てました。出られる(出国)なら何でもやります。それにひろしとは違い、私はフィリピンはもうこりごりです。二度と入国できなくて結構です。」



「アロハ君、ここまで動いてくれた部長の恩を忘れないようにね」



事件の発端のアロハ君もさすがに今回は懲りた様子でした。もとはといえば彼の軽はずみな行動からおきてしまった事、日本で同じ事件を起こしたとしてもこれほど大きな事件にはならなかったでしょう。


事件の深刻さと今まで多くの人に迷惑をかけた罪はこれからも彼の中に深く根付くに違いありません。何も言わず深々とお辞儀をしました。



「さっ、もう出国してください。出国ゲートまで入れないので私はここで待ってます。もし出国できなかったらすぐに電話を下さい」



心の中で電話が無い事を祈りました。今度、出国できなければ彼らの心はきっと折れると思ったからです。帰れないことが普通になった時、それは何年もかけてこの国から出られない事を意味します。


そうして、多くの日本人が出国できず塀の中で最低限の生活をしています。そして、私も最後の切り札を切った以上、今後、彼らを救う手がまったく思いつかなかったからです。






「無事に出国して欲しい・・・」





数分後、私の願いをかき消すようにノキア社製の携帯電話が鳴りました。日本の携帯は通話料が高く使い勝手が悪いのでアジア出張の時はノキア社製の携帯電話を使用します。


日本の小型でおしゃれなデザインとは違いまるでトランシーバーをイメージさせる無骨な箱型の携帯電話はポケットに入れる事が出来ず、いつも邪魔者扱いをされていました。


この番号を知っているのはごく限られた人・・・



いやな予感が当たらないように願っていたのですが、しかしそれは部長からの着信でした・・・




ダメだったか・・・

著者の渡辺 忍さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。