①セットアップにかかった日本人の救出作戦

次話: ②セットアップにかかった日本人の救出作戦

現地駐在員の一番大変な仕事といえば日本からのお客さんの案内でした。

お客様は現地視察という大義名分はありますが、実情、社員慰労も含めて数名で訪れるパターンが多いです。

現地の仕事をこなしながらこれらのお客様を案内するには通常の数倍の労力を使い、気も使い、お金も使いで、現地駐員は何が苦労かといえば、それらのお客様の接待が一番辛いとこぼす人が多くの意見を持ちます。


私がフィリピンに駐在していた頃も日本から気軽に視察に来れるので当然、昼の視察から始まり夜の接待までお客様への拘束時間がとても長かった事を記憶しています。




そんな、色々なお客様を接待した中で一番の苦労話は?と聞かれ、眠っていた記憶を一気に呼び戻された事件があったことを思い出しました。



それは、フィリピンに駐在して3か月目だったと記憶しています。正確には日本とフィリピンを往復しながら仕事をしていた時です。



とある東京のスーパーでロインのキハダマグロを使っていただいていたお客様より、「現場長を含め3人でフィリピンに視察に行きたい」との話を受け、私はそのお客さま方を成田空港からフィリピンまでご案内した時の話です。



当日の成田空港にはいかにも、といういでたちをして佇んでいる3人組のおじさん達を見て、旅の不安を否めないものに決定付けされました。


それ、絶対に肌着だろ!と、突っ込みたくなるようなTシャツとジーンズ、Gのマークが凛々しい某プロ野球チームの帽子をかぶり、昔の子供たちの間で流行ったフェルトのナップサックを背負った、鮮魚部の現場長。


名前は思い出せませんでしたが、現場長ということで、私の中では「ゲンさん」とあだ名を付けられた方が今回の大問題を引き起こした方です。


同行者と気づかれたくない心境に駆られながら成田を出国、昼過ぎににはマニラに到着し、空港を一歩外に出ると乾いたさわやかな風と何処からか漂ってくるハイビスカスの甘い香りでここがあの悪名高いマニラの町と見間違うほどのリゾート感に誰もが驚きを隠せません。


早々にホテルにチェックインし、とりあえず皆で夕食をということになりました。ホテルの部屋割りも含めお客様が満足してお休みになるまで私の仕事は続きます。


マニラ湾に浮かぶシーフードレストランから見る夕日はとても綺麗でお客様を接待するうえで、ここは最初の好印象を結びつけるもっとも重要な場所となるおしゃれなレストランです。




「カニってこんなにおいしいんだ」

「マンゴも濃くてうまいですね」

初めて食べるフィリピン料理に皆さんご満悦の様子で、私としてはとりあえずワンポイント獲得!と、言ったところです。


いい感じでお酒がまわりデザートの時にはゲンさんがいてもたってもいられない様子で周りをきょろきょろ見渡しています。


「はいはい、分ってますとも、これでホテルに帰したりは致しません・・・」と、皆さんの顔色を伺いながら、「まだ、早いのでもう一件、如何ですか?」とモーションをかけると待ってましたとばかりに皆が席を立ちました。




2件目はマニラでも有名な歓楽街に案内し、ネオンきらびやかにフィリピンの南国情緒たっぷりのバーに案内しました。根っからの明るさからサービス業をさせるには世界で一番では無いかと思う、フィリピンの女性たちの接待を受けて、副社長、部長、現場長もとても楽しそうでした。




夜も押し迫り、「翌日も早い便で島に行かなくてはなりませんので、今日はここまで、遅くまで付き合ってくれてありがとう」副社長のありがたい言葉を受けて、やっと私も解放される安堵感を受けながら、ホテルのフロントでお客様をエレベーターまで見送りました。




夜のマニラは治安が悪い事は先刻ご承知のようでしたので、あえてくどくは言いませんでしたが、別れ際に一言「ホテルの周りも治安が悪いのでこの時間の外出は控えてください」




そして念を押すように


「特に道路の向かい側にある怪しいバーには絶対に行かないでください」




そういいながら皆さんのルームキーを渡し、私もホテルの部屋に戻りました。




疲れていた様子でしたので、皆さん部屋に入りすぐに就寝するだろうと思っていました。しかしエンジンがかかったままの一人、そう、40代独身のゲンさんだけは明るくきらびやかなフィリピーナに魅せられ興奮冷めやらず部屋で過ごしていました。




「行くな!と、言われれば余計行きたくなる



訳の分らない言い訳を残し、道路の向こう側のバーに足を向けるゲンさん、しかし、空港から向かう大きな通りは片側5車線からなる大きな道路でアクセルを床まで踏み込んだ地元のタクシーの往来が激しく、とても真っ直ぐに道路を突っ切る事は不可能です。諦めかけたゲンさんですが、ふと道路の向こう側を見ると500メートル先に信号があり横断歩道もあります。


一度火がついたゲンさんには遠くの回り道など物とも致しません。ホテルをわきを抜けて横断歩道に向かいます。




しかし、ホテルの隣はスプラッターエリアとして、物乞いやホームレスが多く、特に横断歩道のある付近は地元のタクシードライバーでも緊張するとても治安の悪いところでした。


初めてフィリピンを訪れたゲンさんはそんな危険な雰囲気さえも分からず、小走りにそのエリアに入っていきました。


もうすぐ横断歩道となったところで数名の小さな子供達が見えました。



こんな夜遅くに子供が?



子供なのでタカをくくっていたゲンさんですが、子供達はゲンさんを見るなり駆け寄りいきなりゲンさんのポケットに手を入れ始めました。そう、当時、話題になったストリートチルドレン。群れをなして旅行者に襲いかかります。


小さな子供とはいえ十数本の手が一斉にゲンさんのポケットめがけ突っ込んでくるとさすがに恐怖を感じます。「なんじゃ、お前らあっちいけ!」と一生懸命子供を振り払い逃げようとします。




数人の力を持っていてもやはり一人の大人にはかないません。本気を出して子供達を振り払ったゲンさんはホテルに戻ろうと走り出します。そこへ、一台のパトカーがやってきてゲンさんと子供の前に割り込み2人の警官が下りてきました。




「助かった~。助けてください。子供達に襲われました」




すると、警官は

「いや、襲っていたのはお前のほうだ、子供達を虐待してただろ。フィリピンでは子供の虐待は無期懲役だからな」




フィリピンに慣れている方ならもうお分かりでしょう。その場でいくらかの示談金を払い、「何事も無かった事」にするのが唯一の解決策です。




しかし、初めての外国旅行。しかも警官が子供達と結託しているなどとは思いも寄らないゲンさんはただただ「俺は悪くない!」と一点張りです。



「よし、じゃ、お前は逮捕だ!車の中に乗れ」と無理やりゲンさんは手錠をかけられ空港そばの警察署に連れて行かれました。




深い眠りの中から無理やり引き戻されるようにかすかになる電話の音で目が覚めました。切れては鳴り、切れてはなる着信は当然いい知らせがあるわけではありません。




「あ~っ、やっと出た~、助けてくれ、警察に捕まった!」




「えっ、つかまったってホテルの部屋ですよね?」




「いや、ちょっと散歩に出たら子供達に襲われて、そんで警察官に事情を説明しても分かってくれんのよ」




「それって、警察官も絡む詐欺事件です。騙されたらいけません。今すぐ向かいますのでいいですか?どんな書類にもサインしたらダメですよ」




「いや~、サインしたらすぐ帰してくれるって言ったからもうサインしちゃったよ~」




このときほど、電話に出たことを後悔したことはありませんでした。すでに警察の罠にまんまと引っかかってしまったゲンさんを助ける手立ては何もなかったからです。



続く・・・




   




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