50歳での就職活動。71通の無残な履歴書返送を経てようやく3ヶ月目に内定通知をゲット!

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中高年での就職活動は厳しかった


わたし、年齢50歳。結婚している。2年前に上海から引き上げ、職なし、住居なしの状態から会社まで立ち上げた。

しかしその会社は取引先やパートナーからことごとく裏切られ、売掛も100万円を超え回収不可能。会社存続も怪しく、就職してとりあえずまともな給与を得たいと就職活動を始めた。

今年(2015年)8月、就職活動を決意した。


まず人材会社に登録を始めようとした。いくつかメールや電話で打診してみた。ところが、

「案件がありません。」

「お客様の年齢にそぐう求人がありません。」

なんと30社中1社も面談の予約が入れられない。中には「面談に来られても無駄でしょう。」とまであっさり言われる。

友人の元大手人材派遣社員幹部に聞いてみた。彼の返答は、


「転職市場は40歳まで。人材派遣は40後半まで。それが相場だよ。」


なるほど、50歳を過ぎると転職市場はもう受け入れてくれないのだ。そして友人が言う。


「君が社長で実績を残した経験があれば話は別だがね。」


え?社長業やっていたがうまくいかないから転職に切り替えたのではないの??

つまりそれくらい有料職業紹介というのは年齢が上になると難しくなるのだ。


巷のフリー求人誌やネットでの求人サイトも活用したが、これらはみな30以前の若い人を雇うので箸にも棒にも引っかからない。そこでハローワークに行くことにした。ここから3ヶ月間のハローワーク通いが始まったのである。



売れるキャリアと売れないキャリア


わたしは東京4大卒、旅行会社から外資系製造業へ行き、人材派遣会社を14年経て09年リーマンショックで中国上海に渡り、現地で部長職を務めた。中国語HSK6級、英会話ビジネスクラス級である。これならすぐに仕事を見つけられるだろうと思って3ヶ月間応募を繰り返してきた。


ところが実質採用通知受理まで3ヶ月の年月を費やした。どうしてなんだろう?いろいろ考えたしいろんな人からのアドバイスを得たらいろんなことが分かってきた。

まず、年齢の件。日本はまだ終身雇用が根強く残っているから会社に入れる年齢というのは暗黙の中で決められている。50歳ともなると定年まで10年しかない。また会社が若ければ若いほど年齢の高い部下は使いにくい。だから年齢で足切りをしてしまう。


次に日本の採用の方法に問題がある。正社員の採用を控えているうちに企業は人件費を抑えることが上手になり、派遣や契約社員を雇いだした。つまるところ正社員は新卒または30代の転職市場からしか採用しないのだ。企業は人がいなくて困っている、と言いながらも正社員で採用することが嫌いになったのだ。まあ正社員と派遣と比べるなら後者のほうが安価でよく働いてくれるに違いない。


さらにはキャリアの問題がある。売れるキャリアと売れないキャリアがある。例えば医師看護師薬剤師など不足して困っている分野ならいくらでも仕事はあるが、アナログ回路設計とかフランス語の教師などはキャリアとして活躍できる場所は限定されてくる。


私の場合は中国語が話せることが大きな武器であったに違いないが、仕事となるとどうであろう?中国人の爆買需要があるというのに、需要家は必ず中国人ネイティブを雇うのだ。日本人の中国語達者な人間なんて必要ない。ましてや50歳のじじいである。化粧品売るなら若い中国人のピチピチ下女性の方が喜ばれるだろう。バイリンガル年寄りなんてお呼びじゃないんだ。


奇跡を起こすのはこんなことをやり続けるのだ


年齢やキャリアのミスマッチなどで苦労したが、10月後半に教育産業から内定を頂いた。契約社員スタートであったが、1年後に社員にしてくれるらしい。しかも主力が中国人向け日本語学校だった。年齢の割には良くも気前よく採用していただけたものだ。


採用までに出した応募書類は74通、うち71通は不採用かその返答すらよこさない。3通が面接、1通が2次面接まで行ったが落ちた。50歳の就職活動なんてこんなものだろうか?


それでも採用を得たのだから大したものだ。粘り強く自分を売り続けることが大切なのだと心から思った。

そんな中で色々自分自身で試したことがあった、みなさんの参考になれば取り入れて頂きたい。


①履歴書と職務経歴書はシンプルに。

これの書き方を失敗したために履歴書等の返送(不採用)攻撃を受けたのだ。まずここには不利なことは書かないほうが良い。アルバイト履歴(長ければ必要アリ)とは親族の不幸とかリストラとかマイナス要因は全部外し全てポジティブ内容にする。しかも簡潔にだらだら書きはしない。自分の長所を「人生の屋台骨」形式に一本建てで書くのが良い。しかも具体的かつシンプルに。

②履歴書は笑っている写真を貼れ

堅い表情はよくない。そういうのを好く会社もあるが概ね端正で笑顔が可愛いほど見る側の印象が良い。

③応募動機をはっきりする

自分もそうだが意外とこれができていない。この会社に応募した理由を簡潔に書くのだ。ここに格好つける必要がない。「貴社のこんなとこがすごい」「貴社は絶対に伸びるから」なんでもいい。お世話になるのだから会社を盛り上げ成功したい気持ちが誰しもおおいにあるだろう。

④自分のビジョンを明確にする

これもできない人が多い。自分の将来像が描けないのに成功ができるのか?10年先の像が見えないなら5年先でもいい。なりたい自分を想像してみよう。私は海外に日本の学校を作る夢がある。だから日本語学校に入り日本語教師になる像を描いた。

⑤ファッションセンスを重視しろ

おやじになるとこれがだめなんだな。(笑)服装はその人の心を表している。若い服装の人ほど何故かその人の明るい未来が見えてくるものだ。じじいのファッションが全ていけないのではない。身だしなみで全て決まってしまうこともある。自分を磨くのは内面だけではない。外見もそうだ。

だから友人(できれば女の人がよい)に服を選んでもらいなさい。体臭、口臭があり脂ぎった汚らしいおやじを採用する会社はありませんよ。いやわたしもそうだったから。(笑)


こうして日々自分を磨くとともに粘り強く頑張ること。年齢やキャリアだって諦めてはいけない。


社会通念をひっくり返してやるくらいの根性を持とう


実は人材業界14年のわたしは既に2万人以上の日本人外国人を面接採用してきた。その時にすごく思ったのは日本人、特に中高年男性の寂しい姿の多いことであったのだ。


私が面接官、被面接者は50歳代の男性。私はよく見た。おおかたどんな特徴かといえば、

下を向いている。猫背。髪ボサボサ、白髪だらけ、口臭がすごい、脂ぎっている、ネクタイが曲がっていてもうくたくた、ひげそりが残っている、面接官の目を見ない、質問に関係ない事を話す、過去に対して恨みを持っている、自分のキャリア(技術)に対しの自慢話が多い、タメ口が多い。


こんな人誰が雇いますか?(笑)

そう、自分もつい最近こう言う人物像にちかかったのだ。企業に採用がされないのはよくわかります。

確かに日本の社会は50歳以上に対しては就職戦線は厳しい。だからこそ50歳、ミドルマンの革命を起こしてみよう。

どうせ後10年以内に65歳以上の人が3分の一の人口を占めるほど日本は超高齢化社会を迎えるのだ。だからどうせ転職市場も現在の30歳代から50代まで年齢を引き上げるに違いない。


だから50歳だからとかまけてはいけない。今は普通に50歳で十分に若いし魅力的な人が多い。女の人だって、え?!これで55歳なの?と思うくらいにピチピチした美熟女が増えている。こんな女性ならデートしてみたいと思う時がよくある。


自分に魅力を持て、と多くの中高年の方々に言いたい。私は実際面接官をしていて疲れて表情がボロボロの中高年男性を多く見てきた。

だが、少し自分に投資してみよう。エステ、ジャケパンファッション、少し高めの美容院、歯科治療、加齢臭除去、定期的クリーニング、白髪ぼかし、こんなことをするだけで見違えるような表情になる。


自分を知り、他人を知れば百戦戦っても勝てるのだ。


ピカピカになるだけで女性に大もてになるのだ。女性に持てれば会社にも持てるだろう!!


しかしながら、他の女性との付き合いは一定のリスクを伴う。あくまで自己責任で!!(笑)






読んでよかった
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確かに読んでよかった!

ありがとうございます!!

うちの夫は、会社がアメリカマーケットから引き上げ、リストラされました。その後2年半かかって、2週間前にやっと契約社員で再就職したばかり。やめさせられずにがんばってくれれば、と思います。お話の続編はありませんか?楽しみに待っております。

コメントありがとうございます。よく「会社で使える人間になりまさい」という人事関係の本が出ていますが信じてはいけません。使える人間=便利屋はいずれ捨てられてしまう運命になります。それより「皆がうらやむほど本当に魅力のある人間」になった方が良いです。過去を捨て一からスタートも楽しいものです。皆がこの人はとても魅力があるんだ!と思えるような人になることが人生を楽しくする秘訣です。ありがとうございました!

この年齢での転職活動の時期って、自分が社会から必要とされていないのではないかと思ってしまう時でした。私は時期が1年とかかってしまって、転職サイトに登録し、エージェントのとにかく応募してくださいの言葉に400社近く応募しました。最近流行りの「自分の強みを見つける」とか「自分の棚卸し」などのセミナーに行ったりし、もっと前向きに考えなさいとか何でそんなネガティブなのとか言われ続けています。セミナーなどはその先生に迎合できないと結局自分に合わないという回答に行き着いてしまうし。やっと入社した会社も社長と衝突し4ヶ月で退社。2ヶ月の転職活動を経て、入社が決まりそうです。労働人口の40%以上を占める人達を排除し、人口の少ない若手にばかり入社を望んでも全社に行き渡りません。今度は雇う側に変わりますが、年齢に分け隔てなく話しを聞いてゆこうと思いますし、頼られればそれに何とか応えてあげたいと思います。長々と愚痴を書いて申し訳ございません。

阿部 真人

元海外添乗員、外資系企業営業と大手人材会社を経て、中国の上海に単独渡航、13年日本に帰国。現在学校の教務職にある。

阿部 真人さんが次に書こうと思っていること

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