アスペルガー症候群の僕が社会に過剰適応した話9

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 OG訪問で受けた衝撃、そして号泣

 就職浪人という今思えば本当に視野の狭い選択をしてしまいましたが、考えてみれば特に自分のような人間は、働く前から働くことに対するイメージを描くことなど不可能に近いわけで、学生時代のうちからどこかのベンチャー企業ででも働いていれば違ったのにな、と今は思います。サークル活動と授業くらいしかしていない僕が、どのように企業において貢献し得るか、なんていうロジックを組むことは、特に当時の自分にとっては不可能な芸当でした。例えば面接で、以下のようなやり取りがありました。

「あなたはリーダーシップをとった経験がありますか?」

「サークルの代表をやっていました」

「具体的に、そこで発揮されたリーダーシップはどのようなものですか?」

「はい、飲み会の際、まわりになじめず席にぽつんと座って一人で飲んでいたSくんに話しかけ、あたたかなコミュニケーションをとりました」


また、こんなやり取りもありました。

「あなたの一番の強みはなんですか?」

「思いやりです」

「具体的に、その思いやりとはどのようなものですか?」

「はい。文化祭でお好み焼きの屋台を出していたのですが、卵が足りなくなりました。そこで、私は卵を買いに行きました」

「…それが、人生で最も思いやりが発揮された局面ですか?」

「恐らくそうだと思います」


 どこまで伝わるかは分かりませんが、いかにずれた回答であるか、お分かりかと思います。僕の適応とはこのように、限られた局面(例えば通常の大学生活における、大学生同時の会話等)において経験を積むことで帰納的に「一般的な会話パターン」を導出し、それを記憶することで一定程度自然とみなされうるコミュニケーションをとる、というものなので、就職面接における、面接官(社会人)との適切な会話に関する知見が全く蓄積されていない状況下においては、とても奇異なコミュニケーションをとってしまうのです。当然、面接ではすぐに落とされました笑


 皆様想定されるように、就職浪人をしたところでこの問題に根本的な解決がもたらされることなどあるはずもなく、2年目の就職活動も同じような帰結をたどろうとしていました。しかし唯一1年目と違ったのは、自分なりに「社会人とのコミュニケーション経験が足りなすぎる」と認識し、それを鍛えるために積極的にOB・OG訪問をしたことでした。といっても、本当にきちんとした人がやるように100人とかそういうレベルでは全然なく、お会いできたのは全部で20人くらいだったと思います。しかし、その中に、衝撃的なフィードバックをくださったOGの方がいらっしゃったのです。


*当時の自分が、いかに社会的にやっていく上での素養が欠如していたか、をなるべく事実に基づいて書きたいため、皆様の気分を害してしまうかもしれませんが、何卒ご容赦下さい(とはいえ、いまも適切性が見についたかというと、膨大な努力はしたものの、現状平均より下、下の中くらいのもので、まったく足りないという自己認識はあります。。)。


 その日は、大手広告代理店のOG訪問の日でした。昼の12時にオフィス1階で待ち合わせをしていたのですが、なんと僕は前日特に忙しかったわけでもないのに寝坊をしてしまい、起きたのが昼の12時だったのです。そのままばっくれることも頭を横切りましたが、それはさすがに人として違う、と思ったので、恐る恐る事前に伺っていたOGの方(以下Sさんとします)の携帯に電話したのです。


「もしもし、OG訪問をお願いしておりました慶應大学の○○と申しますが」

「あれ?12時に1階ロビーでしたよね?どこにいますか?」

「大変申し訳ありません、実は寝坊をしてしまいまして、これから急ぎ向かえればと思うのですが、万が一可能であれば、何時ごろでしたらご都合よろしいでしょうか」

「(唖然とする)…2時くらいなら大丈夫ですね」

「(え!?)はい、承知しました。大変申し訳ありません、それではどうぞよろしくお願いいたします」


 当然断られると思ったのですが、時間を後ろ倒しする方向で調整をしてくださいました。しかし当然ですが、明らかに怒り心頭という感じでした。あまり気は進みませんでしたが、それでも時間をとってくださる方向で調整くださったので、きちんと謝ろうと思い、2時に待ち合わせ場所に向かいました。


 いらしたのは、いかにも仕事できそうな(かつきつそうな。。)眼鏡をかけたキャリアウーマンという感じの方でした。その方は本当に申し訳ありませんでしたといいながらぎこちなくお辞儀をする僕を一瞥するとさっさと歩き出し、あわてて追いかける僕に対し「許されないからね!」と強い口調で一喝しました。近くのレストランに入ると、さっそく自分のメニューを頼みながら「食べてないのなら、好きなの選んでいいですよ」といいました。僕はとてもこの状況下で頼めないと思い、「いえ、大丈夫です」と思わず答えました。一通り食べ終わるとある程度一般的な話になりましたが、まず強い口調でおっしゃったのは、「君、相づちを打つときに「うん」っていうけど、それは失礼よ!「はい」でしょ」といったことでした。僕は今までの人生においてそんなに厳しく指摘を受けたことがなかったので非常に戸惑いながらも、何とか改善を試みました。しかし長年しみ込んだ癖はうまくいかず、かつマインドシェアを一定程度「社会への適応」にとられていたため、ついつい「うん」と言ってしまっては、にらまれるという場面が続きました。非常に生きた心地がしませんでした。


 そんな感じで、その場はある程度無難な話をしつつ、時折刺すような指摘を受け、1時間を過ごしました。最後に宿題をもらい、また選考の時期が近くなったら会う約束をしました。宿題というのは、よくある大手企業の選考に際しての事前課題で、これまでの人生について述べよ、といったものだったと思いますが、それを埋めてくることでした。これまでOB・OG訪問をして2度目の訪問の話がでることは皆無だったので、若干戸惑いましたが、Sさんはそんな僕に構わず足早にオフィスに戻っていきました。


 2度目の訪問時は、選考も近づいた3月だったと記憶しています。確か14時に約束をしていたのですが、今度はSさんが仕事で大幅に遅れ、実際お会いできたのは17時ごろだったと思います。それまでオフィスに併設されたカフェで件の宿題に取り組んでいたのですが、どうしても埋めることができませんでした。それもそのはず、それまでの人生で4択のテストはいくらでも解いてきましたが、自由記述、かつ自分の人生について書く、という作業は、面接官にとって何を目的としているのかさっぱり分からず、全くどう書いたらいいのか理解できなかったのです。典型的な日本人的思考もさることながら、アスペルガー症候群特有の、他者の立場に立って物事を考えることができない、という要素が大きく影響していたと思います。非常に焦りながら、何とか埋めなければならない、と思いながらノートに書き殴っていると、いよいよSさんが登場しました。Sさんは「ごめんねー!」と、非常にばたばたした様子で、恐らく今考えると相当忙しかったのだと思います。それでも開口一番、「宿題やってきた?」という質問に対して、僕が「いえ、実はまだ埋められていなくて…」と言った瞬間、やはり怒り心頭で「だめじゃない!」と僕を一喝しました。


 「私は、こんなの10分で終わらせて早く帰りたいのよ!」と凄い剣幕で言われ、どうすることもできなかった僕は、「すみません、、」という他ありませんでした。しかし、そこから先の言葉は、僕の価値観を根底から変えてしまうほどの衝撃でした。


 「大体あなたは、本当の自分を偽っているのよ。本当は不器用なのに器用なふりをしているから、とても滑稽に見える。偽った自分を演じようとしているから書けないのよ。でもそれ、周りの人間は気づくからね。あなたは頭隠して尻隠さずなのよ。問題はあなたがそれを恥ずかしいと思っていること。でも、それでいいのよ。不器用な自分を出して何の問題があるの?それがあなたの本質なんだから、その自分を認めて、本当の自分で勝負しないとだめよ。あなたは寝坊したときにそれをちゃんと伝えてきたりとか、問題にちゃんと向き合おうという姿勢はあるし、だからこそ惜しいと思って、もう1回会おうと思ったのよ。素のあなたは素敵なところがあるんだから、そのままでいいのよ」


 僕は中学校以来、何とか社会に適応しようと思って、本当の自分をしまい込んで、できる限り社会的に認められる所作を身に着けようと必死でした。その過程で、本当の自分の感情は心の奥深くにしまってしまっていたようです。だから、小学校のときは泣き虫でよく泣いていたのが、中学以降は全く泣いた記憶がありません。そんな僕が、このときは本当に声を上げて号泣しました。どうにも自分の感情を抑えることができませんでした。これまで社会に適応しよう、適応しようと頑張って努力してきて、それをほめられたこともなければ、理解されたこともありませんでした。しかし、Sさんは、そんな僕の本質的な部分を見抜いて、的確なアドバイスを下さり、またそんな僕を受容して下さったのです。それが、どれだけ僕にとってありがたかったか。


 結局その場は、次の機会までに(とはいえ選考まで時間がないので早急に)宿題をちゃんと仕上げてくること、というご指示をいただき、別れました。しかし、僕はそれでも、結局宿題を書き上げることはできず、お会いすることはできませんでした。今思えばせっかく貴重なお時間をいただき、かつものすごく有難いアドバイスまでいただいたのに本当に申し訳ないことをしてしまったと思い、今僕が当時の僕に会ったら38発くらい平手打ちを食らわしてやりたいです。結局当時の僕にはあらゆる意味でそこが限界でした。


 今Sさんにお会いできたとしたら、当時の非礼を心から詫びるとともに、とはいえSさんのおかげで今の自分があること、本当に感謝していることをきちんと伝えたいです。今まともに働けていて、家族をもって一般的な暮らしができているのは、Sさんのおかげといっても過言ではありません。Sさん、本当にありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした。

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