「お触り付きダンボールBar」らしきものだということを理解してパニックになった話。

『他所様の釜の飯を喰わにゃ一人前にはなれぬ。』
両親からよくそう言われていた。

実際はそんなわけもなかろうが、親が作ったウチ飯をガツガツ食べ、おかずに文句や注文なんかをつけ、食後にゴロリと横になってオナラをプーっと出しても、『アハハ、出ちゃった!』などと頭掻いて笑っているうちは他人の中での自分の立ち位置や力量も分かるはずはないのだよということである。

以前、私の妹が社会人になってから衝撃を受けた数々のエピソードを披露してくれたのであるが、これがまたすんごいの経験したなぁ‼︎という内容だったので、今でもしっかりと頭に残っている。

妹が初めて勤務した地は、大阪阿倍野の宝くじ売り場であった。

大阪の人は、そこを『ミナミ』と呼ぶ、まぁ庶民的な街なのである。

妹が売店で宝くじを売っていると、毎日決まってやってくるおっさんが
『頼む!姉ちゃん!タバコ1本売ってくれ!』と懇願するらしい。

『あかんよ、おっちゃん。タバコは1本売りしてないっていつも言ってるやん!』

毎日同じやり取りを繰り返すのが不毛だったそうであるが、そのおっさんは見た目はホームレスというふうにも見えず、何故タバコ1箱が買えないのか疑問に感じていたのだという。

ある日遅番になった時のこと。
売店のレジ上げを済まし、鍵を閉めて帰ろうとしていると、売店近くの小さなスペースで酒盛りをして盛り上がる一群がいたらしい。

近視の妹には遠目では様子がわからず、ジリジリと近づきながら観察してみたところ、あのタバコ1本売ってくれ!のおっさんがワンカップ片手にご機嫌さんだったらしい。

ワンカップ飲めるならタバコ1箱買えるやろ‼︎と思いながら、あほらしくなり、そのまま通り過ぎようとした時、1人のおばちゃんの声が聞こえてきたそうだ。

『あんた、酒とつまみだけやったら500円!乳触るなら1500円‼︎』

ギョッとした妹が再確認してみると、ケバい暑化粧をしたおばちゃんが、ワンカップを並べて、おっさんらに販売している。

ダンボールでこさえたと思われるテーブルで立ち飲みならぬダンボールバーを開店しているのを見て膝がガクンとなったそうであるが、追加料金でおばちゃんのおっぱいを触れるという、どこまでがボケなのか本気なのかわからないものの、そこが『お触り付きダンボールバー』らしきものだということを理解してパニックになったという。

後にわかったことであるが、お触り付きダンボールバーにいた人全員がホームレスだったそうだ。

しかしその中でも生きていくために知恵を働かせる者は、やることが一味違う、誰もやらないことを始めてのし上がっていくそうだ。

賞味期限切れが近い酒やつまみをどこかから安く仕入れ、それを転売して金を増やす者、さらにその者から酒を仕入れて利益を出すために女の武器を使って生きていくための金を生み出す者。

それがいいとか悪いというわけではなく明日食べていくため、生き抜くために、困窮したとき振り絞る知恵がある者、人生の引き出しをより多く持つ者が勝ち残るのだ。

タバコ1箱買うのに困ろうとも、お触り付きダンボールバーに通いたいおっさんは、生きるスキルが高い知恵者たちにとってカモに違いないが、人間は弱い。

やはり一人で侘しく飲むワンカップより、ワイワイ仲間と酌み交わす酒は格別に旨いはず。

そんな人間の性を知っている知恵者は、どんな環境に置かれていたとしても『これは大きなビジネスチャンスだ!』と捉える機転と発想力があるのだろう。

人間生きる、死ぬというほど追い詰められた時に、人柄や家柄なんて誰も褒めないし、讃えてくれるわけもない。

計画的に地に足をつけて真面目に生きていても、魔がさしたり、トラブルに巻き込まれたりする可能性はゼロにはならない。

できればそんな困った状況にはなりたくないものであるが、明日のことは誰にもわからないのだ。

窮地に陥った時、七転び八起きの精神とでもいおうか、要するに転んでもタダでは起きてやらないぞ!というど根性と勇気を持っていた方がいいに決まっている。

学問は大切である。生きていく上での選択肢を増やす。だから勉強できるうちにしておくことはけして損にはならない。

しかし娘たちには、目先の将来のためだけにゴリゴリ勉強するだけではなく、勉強以外にもたくさんの経験をしながら『生き抜く知恵』を少しでも身につけてもらいたい。そしてどんな困難にぶつかっても絶対に生き延びてほしい。

万が一、人生のレールから脱線してしまうような事態が降りかかってきて一文無しになってしまったらどうなる?

親はいつまでも側にいて守ってやることはできないのだ。

もし不幸にもそういう状況に置かれてしまった時、勉強だけしか得意なものがなく、まわり道などしたこともなく、親の力で綺麗に舗装された道しか歩いたことのない者は、自分を取り巻く環境が一つ崩れただけで慌てふためくのではないか。

いよいよあかん、これはダメかもしれないというような大ピンチに見舞われた時になって、頭でっかちが机上の理論だけ得意にしていても飯は食えないのである。

妹はその宝くじ売り場で2年の現場経験をしたのち、本社勤務になった。

今でもあの宝くじ売り場から見つめた『生き抜く知恵を振り絞る人たち』をすごいと感じているのだという。

『色んな人が一生懸命に生きている姿を見れてよかった、知らないより知れてよかった。』と言っていた。 

『ミナミ』も今は綺麗な街に変身し、垢抜けた街並みになった。

お触り付きダンボールバー、今はどうなっているのだろうか?


著者のIzumi Unimamさんに人生相談を申込む

著者のIzumi Unimamさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。