子持たずの記(2)

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 M夫妻は私たちと同年代の教会のお仲間だった。彼は県庁の児童課?今は福祉課とか名称も変わっているらしいが、そこで児童養護施設関係の仕事や母子家庭のケアなどを担当していた。男らしい性格、堂々とした体躯、いい意味での野性味あふれる男性であった。一方奥さんはうんと小柄なほっそりした、ゆったりした山口弁がぴったりの婦人であった。

 恵さんというお嬢さんがあるが、その時のお産が難産だったとかで、その後体力的にも無理だったのか、産む勇気がなかったのかで、彼女は一年生になるまで一人っ子であった。そこへここへ来て新しい命が授かったのだ。流産しそうになって入院するという危機も乗り越えて、いよいよ予定日も近いある夜遅く電話がかかってきた。

 電話器の向こうのM氏の様子が見えるようなせっぱ詰まった声で、急に奥さんが産気づいたこと。手助けに来てくれる親戚にもまだ連絡が取れてないので間に合わないこと。申し訳ないが恵を預かって欲しいとのことであった。

 布団を敷いて準備を整えるまもなく、彼が飛び込んできて、恵さんの当座の着替えや学校の道具を置き、また病院へと奥さんを連れて去っていった。

 寝ていたところを起こされたらしく、朦朧としてよく状況が飲み込めなくているらしい恵ちゃんを、とにかく安心させ寝かせた。

 翌朝は登校という大事な仕事がある。学校はM家からは二十分ほどかかるが、我が家からだと五分もかからない。手をしっかり握って送り届けた。先生に会い、夕べからの事情を説明し下校時刻を確かめてまた、午後迎えに行った。私にとってもなんだか嬉しい経験であった。

 病院からも電話があり、無事男の子出産とのことで安堵した。翌日にはお里からお手伝いの人も来て、恵ちゃんは自分の家へ帰っていった。

 こんな訳でM家の男の子とは生まれる前から浅からぬご縁ができていたのであった。母子とも元気になり家に戻ってきて落ち着いた頃、夫と私はお祝いに出かけた。 赤ちゃんはお世辞抜きで可愛いし、家中が喜びに満ちあふれていて、私たちも幸せな気分になって帰宅した。

「可愛かったねえ」

 夫がため息をつくように羨ましそうな声を出した。実はその時私もほとんど同時に同じ言葉を発しようとしていたのだが、一瞬、夫の方が早かった。 この言葉を聞いた途端、私の中で、体の奥深くで、何かの固まりが炸裂した。ガーッと胸からノドへ逆流して口から飛び出したそれは、叫び声ともうなり声とも雄叫びとも表現し得ない声となって部屋中に飛び散った。両の手をげんこつにして、ただただ、泣きわめきながら、夫の胸をたたきつける自分がそこに居た。 

 自分でもなぜそんな私がそこに居るのか理解出来なかった。いつの間にかすすり泣きとなったその固まりが静まってくれるまで、相当の時間が必要だった。電気を付けるのも忘れすっかり暗くなった部屋で、気がつくと二人は崩れるように畳の上に座り込んでいた。 

 今までずっとこらえてきた悲しみ、どこへも訴えられなかった苦しみ、子供が欲しい欲しいと願い続けた六年あまりの歳月の長さ。こらえきれなくなって、どこかがプツンと切れて初めて私は夫の前でわあわあ泣いた。こんなに苦しかったのか、こんなに悲しかったのか、こんなに辛かったのか。自分が哀れでまたまた涙が出た。

「こんなに我慢してたのに……」

 消え入るような声でやっとそれだけ言った。

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子持たずの記(3)

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