「配属は営業以外がいいです!」→営業に配属された結果・・・

第1章「世の中は、たいてい思ったとおりにいかないもんだ。」

大学は本当は心理学部に入りたかった。

と、言っても理由は当時観ていた「FBI心理捜査官」という映画の影響なのは

家族全員がわかっていた。

陽介は様々な大学の心理学部に落ちた結果、妥協して法学部に入った。

法学部を選んだのは消去法で、

単に当時、「FBI心理捜査官」以外は法廷ものの映画ばかりみていたからだ。

「配属は営業以外がいいです。」

配属希望の面談は開口一番そうお願いした。

就職は一番入りたかったコンサルの会社に落ち、その次に

入りたかったマーケティングの会社に内定した。

コンサルティングやマーケティングというと、なんか企画会議を行って、お客様に

あ〜だの、こうだのアドバイスするカッコイイ仕事だ。

マーケティングの会社といっても、パンフレットに「枠にはめていたのは、社会ではなく、あなたでした。」というキャッチコピーにえらく納得したからで、詳しい事業内容はもちろん、仕事内容もわかっていなかった。

4月に、入社した後の集合研修でやっと何の会社かを理解した。

会社はコールセンターの会社だった。「マーケティングの会社」というふれこみだったが、

そこは電話をうけたり、電話をかけたり、とにかく電話電話電話の会社だった。

陽介は営業という仕事が 嫌だったわけじゃない。

少し飽きていたのだ。

学生時代には新聞勧誘のアルバイトをしていて、なかなか結果も出ていた。

むしろ、他の同期よりもうまくやる自信もあった。

社会に出てみたら何か違ったことがしてみたい、という理由で営業を拒んだ。

配属発表の日、辞令以外には何も貼っていない無機質な掲示板には

陽介が営業であることが記載されていた。

世の中が自分の思ったようにならない、ということを認識するにはもってこいのスタートだった。

上場会社だけあって、同期は150人。営業には52人が配属された。

渋谷の宮益坂をあがったところにあるENEOSのビル。

営業フロアには約130名の営業社員がいた。

坂を少し下ったところにある土間土間という居酒屋が“いつものところ”だった。

「俺、営業嫌だっていったのに・・・。」

「俺なんて、営業がいいって言ったのに外されたんだぜ。」

同期の谷屋は配属前の研修の時に、たまたまとなりに座ったというよしみでいつも

ツルむ相手になっていた。身長が高く、細身の馬面で確かに営業に向かなそうな雰囲気を

醸し出していた。人事の見る目に確信を持ちつつも、自分が営業に配属されたということは

つまりはそういうことなのかと谷屋に対して少しだけ優越感を感じた。

「営業嫌だっていったろ。しかも、今日先輩に「気をつけろ」って助言もらってさ。」

「気をつけろって何に?」

「なんか、俺のところの上司って営業の中で最も厳しくて、グループの人がどんどん辞めていくらしい。」

それを聞くなり谷屋が飲んでいたビールを吹き出した。

だいたい、4月くらいの新入社員は希望に満ち溢れてキラキラした目をしているのに

陽介は悪態をつき、全てをビールにぶつけていた。

5月から約1ヶ月間は飛び込み営業をし、

いかにそれが意味がないかを体感し、

だからこそ既にお客様になっているところに訪問し、

カスタマーリレーションシップマネジメントをするのだ。

要は針の穴でもいいから、そこをこじ開けろということ。

とにかく横文字が多い。が、少し抜けている。

一時期配布された会社のグッズの中の一つにマウスパッドがあり、

そこには中心に「mouspad」という文字がデザインしてあった。

おでこに「おでこ」と書いてあるようなものだ。

いよいよ先輩社員についていきながら本格的に営業活動がスタートだ。

1日2〜3件の訪問先に伺い、商談というより雑談を交わす。

いったい、どのように契約になるのかを不思議に思いながらも、外ではセミが

騒ぎ出していた。

第2章「世の中は、たいてい思ったとおりにいかないもんだ。」

そもそも陽介は関西弁が嫌いだった。

関西の人が度々、関東の人に敵対心を抱いているのを感じることがある。

しかし、関東の人が関西の人に敵対心を抱いているというのはあまり聞かない。

陽介の母親は新潟は小千谷市の出身で、毎年雪の話題に事欠かない。父親は生まれも育ちも

東京で、もれなく陽介もそういうことになる。

人間の感情は過去の記憶に紐付いていると言われるが、

陽介の関西弁に対する嫌悪感は社会人1年目でつくられれた。

「で、結論はなんや?」

「はい、見積もりをまず出して他の会社からの見積もりを見てから検討するということで・・・。」

「だから結論はなんや?」

「はい?」

「・・・要するに、結論は“今日は受注できなかった”ということやろ!」

営業フロアには、またいつもの怒鳴り声が響き渡った。

新人が配属されるとグループ分けされる。

130人の営業フロアにはおよそ16グループが存在し、

1グループが5〜6人の営業社員で構成される。

グループ長を筆頭にサブグループ長と先輩社員、そして新人が1〜2名だ。

陽介のグループは小林雅彦さんという一見するとジャパネットたかたの高田社長に見える

46歳のグループ長がおり、

「まあ、気楽に雅さんて呼んでな」とフレンドリーな入り方をしておいて、

集中している時に相談しようとすると

「気安く声かけんで・・・。」という全然フレンドリーでない対応をする。

他のグループでは先輩社員が教育担当のようになり、

手取り足取り、いや、女性社員の場合はさらにフレンドリーに“新人教育”を行っていた。

陽介のグループもバリバリの女性の先輩である木村さんがおり、

教育担当になってくれていたが、なぜか雅さんがちょいちょいと入ってきた。

「俺が営業とはなんたるかを教えてやるわ!しかも無料でやで!」

そう言いながら、自分で爆笑。

このころから陽介は関西と関東では笑いのツボが違うんだということを自分に言い聞かせ

ながら特殊能力である“愛想笑い”を身につけるようになった。

この関西弁を1日12時間から、長い日だと18時間くらい聞き続けることになる。

しかも運の悪いことに、雅さんは飲むのが好きだった。

酒が好きというよりは、飲みにいって社員を詰めたり昔の武勇伝を語るのが好きなのだ。

仕事の終わりが見えてきて、時計が22時を指すころに

「おう、みんな疲れたやろ!もう後は飲みながら話そうや!」そういって土間土間へ行くのだ。

配属されるまでは谷屋との同期会の場所だった土間土間が、今や「処刑場」となっていた。

話すというよりも雅さん独壇場で、ジャイアンのコンサートのようになっており、

みんな順番に時計を気にしている。

こんな雅さんでも配属されたばかりの新人を思って、

自ら一緒に陽介と営業同行に行ったりもした。

「お前らだいたい、誰が最初に受注するかってドキドキしてるやろ?

しゃあないから俺が一緒に行って、いきなり今日受注してやるわ!」

そう言って陽介がアポをとったところの商談に一緒に入り、

座って数分後にお客様から

「いや、現在外部への委託(注文)は一切考えておりません。」という

衝撃的に明確なお断りを頂いた。

世の中に「秒殺」と呼ばれる言葉があるが、陽介はここまで体感したのは初めてだった。

「お前なぁ、アポとる先が悪いわぁ。どう見たって注文しない客やん。」

世の中に「不条理」と呼ばれる言葉があるが、陽介はここまで体感したのは初めてだった。

とはいえ、新人を少しでも早く活躍させようと時間を割いたり(土間土間で)、

営業としての考え方を伝えたり(土間土間で)、世の中の上司像というものの基盤ができていった。

「なあ、野間がもうすぐ初受注するらしいぞ。」

谷屋は営業でもないのに情報が早い。

「ああ、なんかそうみたいだな。俺はさっぱりだわ。」

「えっ、お前の上司って雅さんっていう人だろ?この前、うちの上司と話しあってるの聞いたぞ。」

「なんて?」

「うちの新人に初受注させて、それをネタにまた目立ったるわ〜って。」

不条理なことは世の中にたくさんあるが、人のやる気を奪うようなことはしてはならない。

「なんだよ!自分のためかよ!」

「いや、笑ったわ。でも、雅さんって伝説の営業マンなんだろ?」

「うん、そう言われてるみたいな。いや、違う。多分自分で言ってるんだわ。間違いなく。」

「それでも、過去結果出てるからな。その人に教わるんだから、陽介もかなり売れるようになっちゃうんじゃないの?」

「いやいや・・・。」

ちょっと谷屋におだてられたようでくすぐったかったが、

3ヶ月にもなるのに売れる実感がない。

改めて谷屋と話してみて陽介は気づいてきた。

雅さんは確かに営業のポイントややり方を教えている、ように見える。

だが、よくよく思い出してみると・・・。

「いいか、営業は気持ちが大事なんや。」

「お客様がぐっとくんのか、それは?」

「なんでお前はパシッとできへんねん!」

具体的なものが何もない。

確かに営業は気持ちが大事だが、その気持ちをどうコントロールするのか?

「ぐっと」の「ぐっ」てなんだ?

「パシッと」って?

社会人になって初めて出会う言葉がある。

陽介は「長島茂雄タイプ」という言葉を初めて使った。

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