結局11年半勤めたこの会社

留学生なので、F-1という学生ビザでアメリカに2年滞在していました。卒業後にOptional Practical TrainingというF-1のおまけを行使して、1年働くことができます。まずは、これで就職しました。

OPTが始まってすぐに、H-1bという雇用ビザのスポンサーをしてくれることに。当時は早い者勝ちだったので、結構簡単に取得。H-1bビザは、3年有効で、その後一度更新して最大6年アメリカに滞在できるビザです。私の場合は、その時は永住希望だったので、H-1bを取れて3ヶ月してから、すぐに永住権のスポンサーもしていただきました。スポンサー、と言っても、お金まで出してくれるわけではありません。弁護士費用、新聞(そう、当時はまだ新聞)に求人を出す費用もともと100万円くらいは自己負担しました。それでも、勤めている会社が永住権のスポンサーになって、書類をそろえてくれ、必要なサインをしてくれる、というのは、結構マレなことで、とってもありがたいことなのです。

私の仕事の内容は、留学生が渡米した後に相談に乗るアドバイザー。うーん、ぶっちゃけ何でも屋でしたね。

嫌な思いもたくさんしたけれど、会社にはとても恩を感じていました。永住権を取得するのに4年半かかりましたが、その後も結構長く勤め、結局その会社が傾いてしまい、ついでに二人目の子供の病気が分かってもう専業主婦でもいいかな、と思った頃まで、なんと11年半も在籍することになります。

そう、この会社に勤めている間に、ペンシルバニア時代に日本語の家庭教師をしていたハンガリー人が転がり込んできて生活費全額私が負担するおかしな同棲が始まり、4年くらいで「もっと若い子と付き合いたい」との捨て台詞を吐いて彼が出て行き、そして選手交代して今の夫となる日系3世のだめなやつと結婚し、子供も二人産んでるんですね~(笑)


ハンガリー人の彼は、その後本当にもっと若い日本人スチュワーデスと結婚して、今も名古屋に暮らしています。あれだけ生活の面倒見たし、宿題も手伝ってあげたし、車も貸してあげたし、最初の頃ベランダでプロポーズされたし、私は、彼と結婚するのかも、と思っていました。そして、彼は永住権しかもっておらず、結婚での永住権をサポートしてもらうと気が遠くなるほど時間がかかると認識していたので、雇用ベースで自力で永住権を取ろうとしたわけです。ま、あとから考えると、今の夫はアメリカ人。上手にやれば100万浮いたじゃん、と思わないでもないですが、人生そんなにタイミングは良くないんですね~。自力で永住権を取ったのと前後して、その日系人の夫と結婚しました。

読んでよかった
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誰もお前の文章にいいねを押してないだろ?つまんねえ自慢書いて楽しいか?
とっとと消せ‼︎不愉快だ‼︎

田中賢一さん、コメントありがとうございます。不愉快だと思わせてしまってごめんなさいね。ただ、文章は、消しません。私はここで誰かに読んで良かった、と思ってもらうために書いている訳ではなく、自分の記録として書いているからです。不愉快な思いをさせない文章を書くことのできる、田中さんならではのストーリーも読ませていただきたいです。

Nishiguchi Satoko

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