カンチャナブリ旅行記 - 第二次世界大戦の足跡(1)

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タイ王国のカンチャナブリ県に行ってきました。クウェー川に架かる橋(クウェー川鉄橋、旧名:メクロン河永久橋)は、映画「戦場にかける橋」(Bridge over the river Kwai)で有名な場所です。





カンチャナブリに行く前日、バンコク都(タイ王国)の隣のナコーンパトムのプッタモントンとマヒドール大学を探索し、そのついでに、SALAYA駅からバンコク都のトンブリ―地区に降り立った、と言うので、トンブリ―駅でカンチャナブリ方向行きを発見し、「お、面白そうだから行ってみるか!」と、軽い気持ちで考えたのがきっかけです。つまり、予定した旅では無かった、のですが。




<プッタモントン>


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<プッタモントン>


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<Mahidol大学ナコーンパトム校>


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<SALAYA駅(ナコーンパトム)>


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<SALAYA駅からThonburi駅> - たったの4バーツ!(13円)


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さて、安いバックパッカー用ドミトリで試験的に一泊し、1月9日、トンブリ―駅(バンコク都トンブリ地区:現王朝のバンコク王朝の前はトンブリ王朝)からカンチャナブリ県サイヨーク郡のナムトックサイヨーク駅へと向かいます。カンチャナブリ駅からナムトックサイヨーク駅までは、一律100バーツで、この区間を挟む料金は全て100バーツ(330円)。




<Thonburi - Nam Tok>


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<Nam Tok行き切符> - 100バーツ


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カンチャナブリ駅で、半分近くが下車しました。カンチャナブリ駅近辺から、「戦場にかける橋」を愉しむグループと、ナムトックまで向かって列車の旅を愉しむグループに分かれたという事でしょう。カンチャナブリ駅からも結構乗客はいましたが。




<戦場にかける橋(クウェー川鉄橋)>(後日撮影)


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<戦場にかける橋(クウェー川鉄橋)>(後日撮影)


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<泰緬鉄道>(車窓から)


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<終点・ナムトックサイヨーク駅>


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さて、予定を40分ほど遅れてナムトックサイヨーク駅に到着しました。駅では、「エラワン滝に行かない?」と声掛けられたりもしたのですが、取り敢えず、アゴダで予約していたホテルに予約時に「この時間の列車に乗りますので迎えに来てください」と英語で書いていたものの来ていなかったので、グーグルマップを活用して、ホテルに向かいました。


・・・これが、大いに失敗 .... orz


道中、犬に咆えられまくったんですよね。2匹で「わんわん!」、1匹「わんわん!」、3匹「わんわん!」・・・ラオス(ヴィエンチャン)で、歩いている途中で犬にかまれてしまい、ワクチン接種するはめになって、相当恐怖感を感じてしまった私・・・何も悪い事もしていないのに、いきなり咆えはじめて然も仲間を呼んでくる・・。3・4回危険を感じて、流石にどうしようかと思いました。バンコクでは、そんな事無かったのにな・・・田舎道は意外に犬が怖い。

あ。因みに、ASEANで犬が怖いなら、ペットボトルの水を携帯し、「撒く」と良いです。縄張りはここよ、とみせるようなものですからね。


ホテルに到着し、駅に迎えに来てくれなかった「言い訳」を聞いた後、レンタルバイクを借りる事にしました。色々と行きたいところはありましたが、取り敢えず、近場と言う事で、駅のすぐ南にある「Sai Yok Noi Falls(Saiyok National Park)」へ。実は、ここまで泰緬鉄道は繋がっていて、この場所で、完全に「分離」されて、今は撤収されていました。


Saiyok National Park(サイヨーク国立公園)は、タイ王国カーンチャナブリー県北部の広い範囲にわたる公園の名前で、西はミャンマーの国境となっています。




<Sai Yok Noi Waterfall>


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<Sai Yok Noi Waterfall>


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<Sai Yok Noi Waterfall>


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<Sai Yok Noi Waterfall>(水浴びする子供達)


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<Sai Yok Noi Waterfall>(水浴びする子供達)


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<Sai Yok Noi Waterfall>


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<泰緬鉄道の現在の「終点」>


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途中、道に迷っているときに、また犬に咆えられてしまって、恐怖を感じてしまいました。無事に滝を脱出して、バイクをとめてあった場所に戻ります。飲み物を摂取するために一服。そこで、このような光景が・・




<ココハロシアデスカ?>


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<ココハロシアデスカ?>


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<ココハロシアデスカ?>


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と言うわけで、日も暮れ始めたので、ホテルへ。バイクが、すぐにエンジンが切れて、ホント厳しい・・・然も古いのでエンジンが中々かからない! - ホテルについて、今回の旅は初め2泊3日と思っていたのだけど(ナムトックで一泊、カンチャナブリ駅近辺で一泊)、バイクも使えるし面白そうなので二泊延長決定。









1月10日。エラワン滝に行こうか、カンチャナブリ駅近辺を彷徨うか、それともナムトックから323号線を北西に向かうか・・・色々考えても結論出ないので、取り敢えず、近場の、LAWA CAVEへ。近場と言っても、30分以上はかかりましたが。


到着後、近くに居た子供たちに「ここがCAVEで合ってる?」・・・英語で聞いてもさっぱり理解してもらえず orz 。。。暫くして大人が出てきたので、「幾ら?」(タオライ?)・・「Three Hundred Baht」・・・いやいや、そこに「100バーツ」って英語で書いてあるじゃん。変なボッタクリしないでよ!・・・「100バーツでしょ?金ないのよ、マケてよ」(ヌンロイバーッ?ロットラーカーダイマイ?)・・と言うわけで100バーツ(笑)


因みに、グーグルマップでも、他の外国人観光客の情報として、「100バーツって書いてあるのに300バーツを要求される!」と言うコメントと共に、☆1つの厳しい評価もあったくらい。




<LAWA CAVE>


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<LAWA CAVE>


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入口は狭いものの、入っていくと、相当大きな洞窟でした。ふと、昔のドラえもんの一コマの、「のび太の地底国」あたりで出てくる洞窟ってこんな感じなんだろうなあ!と・・・0点の答案なんて経験した事ないから私には必要なかったけど(笑)




<LAWA CAVE>


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<LAWA CAVE>


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<LAWA CAVE>(入口/出口)


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<LAWA CAVE>


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<LAWA CAVE>


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<LAWA CAVE>(近くにいた子供)


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洞窟から一旦ホテルに戻ります。処が、バイクのエンジンがかからなくなってしまったんですよね。と言うわけで、近くに会った寺院で、僧の方々に助けてもらい、手動でエンジンかけて一直線(くねくねしてたけど)でホテルへ。途中で速度を0にしたらまたエンジン止まると解っていたので変な緊張感でした。









ホテルで2時間ほど休んでから、今日(1/10)は323号線を北西に向かうルートを取る事に。先ずは、Hellfire Pass Memorial Museum。バイクで30分程度。




<途中の風景>


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Hellfire Pass Memorial Museumは、オーストラリア人の元囚人、J.G. Tom Morrisさんが、第二次世界大戦終結後に、従事していたHellfire Passを訪れた際に、設置を決意した博物館。タイ政府やオーストラリア政府への働きかけが功を奏し完成した場所。




泰緬鉄道敷設の際に最難所の「地獄の切り通し」と呼ばれたこの一帯には、囚人たちの焚き火の明かりでゆらめく「地獄」絵巻の面影。




<HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM>


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<HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM>


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<HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM>


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<HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM>


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<HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM>


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<HELLFIRE PASS MEMORIAL MUSEUM>


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<HELLFIRE PASS>(鉄道が通っていた頃の写真)


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<HELLFIRE PASS>(現在の写真)


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<HELLFIRE PASS>(現在の写真)


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<HELLFIRE PASS>(現在の写真)


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<HELLFIRE PASS>(現在の写真)


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<HELLFIRE PASS>(現在の写真)


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<HELLFIRE PASS>(地図)


一時間位で主要な場所は見れますが、希望者は3時間位のコースを見る事も出来ます。私は時間無かったので無理でしたが。


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20-30分後に、次の目的地、「Sai Yok Yai Waterfall」に到着です。


前日に行ったのは、「Sai Yok Noi Waterfall」、今日は「Sai Yok Yai Waterfall」です。Noiは、「小さい」の意味。Yokは「大きい」の意味です。




<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>(パノラマ写真)


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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<Sai Yok Yai Waterfall>


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30-40分で、温泉。323号線の走行は快適。




<Hindad Hot Springs>


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<Hindad Hot Springs>


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<Hindad Hot Springs>


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<Hindad Hot Springs>


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そして、ひとっ風呂浴びた後に、ホテルへ直行!です。323号をひた走り、1時間半近くかかりました。




続きは後日。




カンチャナブリ旅行記 - 第二次世界大戦の足跡(2) に続く

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たくさんの素敵な画像からもわかるように、まさにタイを味わい尽くす旅ですね。戦場にかける橋は映画の雰囲気たっぷりに感じました。

北畠 徹也

北畠徹也(英語:Tetsuya Kitahata 露語:Тэцуя Китахата)は1974年生まれ。1993年東京大学教養学部理科2類入学、同大学法学部私法コース卒業。北海道生まれのアントレプレナー。現在:株式会社テラ・インターナショナル代表取締役。タイ王国バンコク都在住。

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北畠 徹也

北畠徹也(英語:Tetsuya Kitahata 露語:Тэцуя Китахата)は1974年生まれ。1993年東京大学教養学部理科2類入学、同大学法学部私法コース卒業。北海道生まれのアントレプレナー。現在:株式会社テラ・インターナショナル代表取締役。タイ王国バンコク都在住。

北畠 徹也

北畠徹也(英語:Tetsuya Kitahata 露語:Тэцуя Китахата)は1974年生まれ。1993年東京大学教養学部理科2類入学、同大学法学部私法コース卒業。北海道生まれのアントレプレナー。現在:株式会社テラ・インターナショナル代表取締役。タイ王国バンコク都在住。

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