【第14話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

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【第14話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。
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昨日施設で見た父は、いつもと変わらず元気だった。


施設の方は、父の状態と搬送される病院名を告げあわただしく電話を切った。


「お時間があれば病院のほうまで来ていただけないでしょうか」


そう最後に付け加えられていた疑問形での問いかけは、絶対に来てくれと言っているに等しい。


父に何かあったときの緊急連絡先の優先順位第1位は僕の自宅並びに携帯電話の番号だったから、迷わずそこにかけてきたに違いない。


「はい・・・わかりました」


と言ってはみたものの、さて、どうすればよいか


父は肺がんを患っていたが、80過ぎの癌は風邪と大して変わらないというなんともわかりやすい医者からの説明で、放置していた。


今手術を受けてもそれに耐えうるだけの体力が残っていないというのも、手術に踏み切らなかった理由の一つだった。


僕はてっきり、この肺がんの何かで父の状態が悪化したのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい、食べ物を詰まらせ誤嚥したとのことだった。


いまいち電話では状況を把握しきれなかったが、最近の父の様子からして、食べ物をのどに詰まらせての誤嚥のほうが、はるかに肺がんより死に近いような気がしてならなかった。


搬送された病院は、この界隈では有名な呼吸器の総合病院で、車で20分程度。


掃除や洗濯もそこそこに、下の子の着替えを済ませ車に飛び乗ったのだった。


父が搬送されて1時間程度たったころだろうか。


僕たちは病院に着き、受付で父の名を言うと病室の部屋番号を教えてくれた。


2階の病棟に入院することになったらしい。


父はすっかり個室のベットに横たわり、腕には点滴の注射針が入れられて、酸素マスクのようなものをあてがわれていた。


寝ているのか、薬で眠らされているのかわからなかったが、身動き一つせずに横たわっていた。


しばらくすると看護師さんが僕を呼び、先生が待つという部屋に案内された。下の子を連れ、薄暗い廊下に置かれた長椅子に腰かけて、担当医に呼び出されるのをしばらく待っていた。


のどが渇いた様子の下の子は、しきりに飲み物を欲していたが、それどころではない。


「もう少し待ってね、これが終わったらジュースとお菓子買ってあげるから」


そう言って聞かせ、下の子の手を握っていた。


10分ほど待たされたのちに目の前の部屋に通され、先生はおもむろにレントゲン写真をテーブルの前の板に差し込んだ。


「これ、お父様の肺ね・・・ここ、この部分」


先生はボールペンの後ろ側で、その部分を円を描くように何回もなぞった。


素人の僕にもわかるほど明らかに真っ白で、ここが何らかの異常なのだろうということは大いに予想がついた。


「これね、肺炎なんですよ、炎症が起きてるのね」


父の状態と経過について説明を受けた。


一刻を争うような状況ではないが、年齢的なことや体力的なこと、そういったものを踏まえると最悪の事態も考えられる。この件で命を落とさないという保証はできませんと、医師は言った。


先生の話を聞きながら、診察室の窓から見える雲一つない10月の秋晴れ空を、ぼんやり眺めていた。


窓の外にはそびえるようなポプラの木が、悠々と揺れていた。


膝の上に乗せた小さな体の下の子を、ぎゅっと抱きしめた。


父の病状の説明を一通り聞いた後、再び病室に戻り父の眠るベットの横に椅子を置いて腰かけた。


眠っている父を、ただ眺めていた。


そのうちにいよいよしびれを切らした下の子が、ジュースジュースと騒ぐから、病室を出て1階にある売店へと歩いて行った。


ジュースとお菓子を買ってやり、外に置かれた椅子に腰かけ下の子がジュースを飲んでいる隙に、兄と姉に電話をして一連の状況を説明した。


父は、足元がおぼつかないうえに認知があったので、夜の時間帯以外は誰かが付き添ってほしいと言われたことも兄姉たちには告げた。なるべくは協力するけど、なんとか時間作って病院に行ってやってくれ、というのが兄の意見で、それは想定の範囲内だった。近くに住んでいる姉は、僕と交代で病院に行けるようにすると言ってくれた。


僕は4人兄弟の末っ子で、上の2人の兄と姉は腹違いの兄弟だ。


姉に関しては生まれてから一度も一緒に暮らしたことはなく、年も随分上だったせいで、2人の兄姉がどんな人なのかよく知らない。


父親に関しては4人とも同じであったために、母の時よりは話が早かった。


父の容体が悪化し病院に入院したのは、母の死からわずか1カ月しか経っていなかった。


ここにきて立て続けに両親を失うかもしれないという思いは、母の後なだけにより鮮明だった。


次から次へといろいろなことが起こるけど、とにかく今日1日を無事乗り越える。


そうは言ってみたものの、今の僕には口で言うほどたやすくはない。


明日という確実な未来でさえ、容易に想像することができないのだから。


毎日毎日生活に追われ、子供たちはどんどん大きくなっていく。


やることは次から次へとなくならないし、今度は父が入院で毎日病院に付き添わなくてはいけない。


仕事もできない、金もない、友達とも会えず話相手すらいない。


話し相手どころか1日大人と口をきかないなんて日はほぼ毎日で、融通のきかない子育てに時間だけが過ぎていき、まったく社会とのつながりを断ち切られてしまっていた。


関りがあるのは、幼い子供たちと呆けた父。


家で一人家事と育児をしながら、こんなことをしている場合ではないという相変わらずの焦りと、目の前にあることを投げ出すこともできない葛藤、それでいて毎日の生活を保障してくれる物も人もない。


新たに父の病院へ行き付き添うという仕事も加わったことで、家のことは何もできなくなったし、小学校にも上がらない下の子を連れてでは父の付き添いも重労働だ。


毎日2人で父の入院する病院へ行き、個室のベットに横たわる父の部屋で数時間を過ごさねばならなかった。


下の子にしてみれば、まったく面白くもおかしくもない生活。


退屈な下の子は、ちょっと目を離すと広い病院のどこかに消えてしまう。


目を離せない父と、目を離せない息子。


父の病室の窓からは外の景色が見れなかった。隣の病棟の白い壁とその合間から切り取られた空がわずかに見えているだけのこの病室に、足を踏み入れるのは憂鬱だった。



父がトイレに行きたいと言ったら連れていき、またベッドに戻す。


この世の全てから取り残されたような感覚。


下の子を連れて、呆けた父に付き添うという生活は、僕を精神的に追い詰めていった。


誰かと話がしたい。


毎日ぼんやり過ぎていく時間の中で、誰かとかかわりを持ちたいと、切に願っていた。


唯一の話し相手である下の子はまだまだ手がかかる。


お菓子と水筒と絵本をリュックに入れたら、お気に入りのウルトラマンの人形を左手に握らせて、車に乗せる。


こうして父の病院に通うだけが、下の子の日常。


僕がかわりがあるのが下の子だけならば、下の子もまた同じ。


一緒に遊ぶ友達もなく、唯一一緒にいるのは父親だけで、その父親でさえまともに自分をかまってはくれない。


本当は我慢などさせず、子供たちの思うようにさせてあげたい。


そんな普通の生活。


下の子はほとんど僕の手を煩わせたことはなかった。


どんな時でも、我慢、我慢。


我慢強い子だった。


18歳で家を出て、そこから10年以上まともに顔を合わせたことのなかったベッドの上の父は、その面影も危ういほどひどく老け込んで見えた。

今となっては、僕が誰かも、もうわからない。

会話もまともにできなくなった父に、意味もなく話しかけた。

今日あった出来事や、子供たちの成長、僕が小さかった頃の父との思い出、そして、今僕が考えていることや置かれている状況など、思いつくままに父に話しかけてみた。父は相変わらず呆けた顔だったけど、熱心に聞いてくれているようにも思えた。

そんなはずはないのだろうけど。

思春期になってからは、父と話すことなどあまりなかった。そもそも、正体もないほど酔っ払い、会話どころではない。

だからそれは、とても奇妙な時間だった。

呆けてしまって僕が誰だかもわかっていない父と、音のない病室で向かい合っている。

父に向けて語る僕の声は、僕自身の中から吐き出され、それを父が呑み込んでくれているような感覚。

下の子が飽きて「もう帰ろう」と言ったら手をつないで家に帰る。

そんな生活が、1カ月続いた。

その日の出来事は今でもはっきりと覚えている。

それはまるで、その日だけが切り離されてしまったかのように、日常からすっかり逸脱した出来事が起こったからだ。


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