【第23話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

▲他21件のストーリー
【第23話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。
▼他23件のストーリー
このエントリーをはてなブックマークに追加
284

体育館の中を見渡してみると、見知った顔もちらほらで子供たちの学校の友達や幼馴染たちと会うことが出来た。友達に会えた喜びと、体育館に避難してきているという非日常が相まって、子供たちはすっかりはしゃいでいた。

僕は近所のお母さんに今回の震災の情報を聞いてみたりした。体育館のステージに号外が置かれているとのことだったので、新聞を一部取りに行って内容をみてみたのだが、そこに載せられている写真の、とてもこの世のものとは思えぬ光景にしばし呆然としたのを覚えている。

街が一つ消えてしまったかのような荒れ野原、地震で倒壊した建物、そして津波にのまれる家や車。ここに街があり人が暮らしていたとは到底思えないほどであり、東日本大震災と銘打たれたこの地震は、僕の想像をはるかに超える大惨事となっているようだった。福島や宮城では壊滅的な打撃、茨城の海沿いも津波で相当の被害が出た、と。

置かれていた新聞を食い入るように読み、おおよその状況を理解した。

ちょっとやそっとでは元の暮らしに戻ることなどできないほどの出来事に、遭遇してしまった。

簡単に言ってしまえばそういうことなのだろう。

なんてことだ、こんなことが起こるなんて聞いていない。

一体どうすればよいのか。

自分の事はもうどうでもいい、この非常時に子供たち2人をどうやって生き延びさせるかだ、直面した現実の厳しさは計り知れない。

避難所の中学校で毎日食料と水の配給があるらしく、その時間を確認した。子供たちのお昼ご飯は配給されたパンとお菓子にした。

また明日も来なければならないだろう。

明日になれば飲料水の配給が自衛隊により行われるというになっていて、なんとか飲み水も確保することが出来るに違いない。

子供たちは友達と遊んでいると言ったのでそのまま体育館に残し、僕は食料を確保するため昨日訪れた近所のスーパーに足を運んでみた。

スーパーに立ち寄ってみると、入り口には張り紙が張られており、臨時休業とのことだった。中をのぞくと従業員らしき人たちが総出で片づけをしているところが見える。

どうやら中の片づけが終わらないと、ここで食料品を購入することはできないらしい。ということは、他のスーパーも同じだろうか。自転車で別のスーパーを2軒ほどまわってみたけど、どこも買い物ができるような状態ではなかった。近所のコンビニは空いているところがあったけど、食べ物という食べ物はほぼ売り尽くされていた。

ガラガラになった棚には張り紙がされていて、商品入荷の予定はありません、と書かれてある。

なるほど、商品自体が流通していないのか、道路も通れなくなっているだかもしれないし、それを運ぶ人も確保できないのかもしれない。

僕が考えているよりはるかに状況は悪いに違いない。食料品や日用品は売り始めたら最後一瞬でなくなるはずだ。こうなったら早い者勝ちの取りあいになるのだろうから、そこを勝ち抜くために何をしなければいけないか、それはすなわち、生きるためにしなければいけないことなのだ。

まず、情報を集めよう。

情報が多ければそれだけ選択肢も増えるはずだし、チャンスも多くなる。ではどうやって情報を集めるか。

すでにライフラインは寸断されていたため、新聞の折り込みなどに商品入荷や店舗開店のお知らせが出るはずはない。おそらく、店舗に張り出されるのだろう。僕はその情報を見逃さぬように、日に何度も近所のスーパーをパトロールして回ることにした。

地味な作業で時間も労力もかかるが仕方がない。これに勝る方法が思いつかなかった。

大震災から2日が過ぎ、生きていくために何をしなければいけないのかがだいぶわかってきた。

電気と水道は復旧のめどが立っていないらしく、相変わらず不便な生活を強いられていた。電気がつかなないと灯りを灯すことはもちろん、ご飯を炊いたり洗濯をしたりお風呂に入ったりもできなくなる。電気と水道がないだけで、生活のほとんどが出来なくなる。

水が使えなくて最も困ったこと、それは、トイレが使えないということ。

水が流せなければ、トイレは使えない。

電気と水道が急になくなると、生活にこれほど多くの弊害が出るという、至極当たり前のことに改めて気づかされるのだった。分かっているようで実は全然わかっていないものである。失わないと気が付けないとは、なんと僕たちは幸せな恵まれた生活をしていたのだろうかと感慨深い思いもありつつも、今はセンチメンタルな感情に浸っている場合ではなく、生活用水と飲料水の確保が何より急務であると思われた。飲料水があれば、ガスを使って調理するものであれば食事を作ることが出来るし、いつでも水が飲める幸せは何物にも代えがたい。

生活用水があれば食器を洗ったり、トイレを流したり、手洗いであれば洗濯もできる。

まずは水だ、水の確保が第一なのだ。水がなければ人間生きていくことすらままならない。

自衛隊が飲料水の配給に来ると言っていた時間に避難場所の中学校にポリタンク持参でのこのこ行ってみたのだが、1キロはあろうかというほどの水くみ順番待ちの長蛇の列が、中学校の外周の公道を埋め尽くしていた。

ディズニーランドの人気アトラクションより、はるかに賑わっているではないか。

自衛隊の給水車が1台中学校の敷地に停まっていて、自衛隊員3,4人が手分けしてホースから水を分けていた。

僕はすっかり並ぶ気も失せ、近くにいた自衛隊関係者にとりあえず聞いてみることにした。

「随分並んでますけど、これ、どのくらい並べば水もらえそうなんですか?」

「4、5時間はかかると思います。それより水がなくなる方が早いかもしれません」

なるほど、水がなくなれば並んでいてももらえないのか、それならば今更ここに並ぶ意味もないように思われた。完全に初動における凡ミスであることは否めない。

一人しかいな僕にとって、この勝負は明らかに分が悪いと思われた。だめだ、勝ち目がない。

子供たちを残して一人で行動することはできないし、やらなければならないことが多すぎて、列に並ぶことが遅れてしまう。

食料の確保も出来ず、水の確保も出来ず、いったいどうやって生きていけというのか。

ポリタンクを片手にとぼとぼと家路に着いたのだったが、ここであきらめるわけにはいかない。何とか考えなければ。

飲料水の確保はひとまず置いておいて、生活用水の確保もしなければいけない。これは、近所の駐車場の隅から出ている湧水をくんだり、井戸水が出る蛇口を持っているお宅から分けてもらったりして、どうにか確保することは出来そうだった。

ひたすらポリタンクに水を入れては歩いて家に持ち帰り、風呂や洗濯機の中に溜め込んでいく。僅か数十メートルの距離なのに、人力での作業はしんどかった。子供たちの手も借りながら、なんとかこなした。

2個のポリタンクを子供たちと手分けして、水を汲み家に持ち帰る。これだけでも1時間はかかる作業だ、効率が悪すぎる。

そんな効率の悪い作業の合間に、どうやったら飲料水を確保することが出来るようになるのか思いを巡らせていると、僕には一つ飲料水を確保できるかもしれない方法があることを思いついた。

そこは神社の一角にあり、200年もの間枯れることなく、それはそれはご利益のある湧水が滾々と湧き出ているのだ。そこから出る湧水はまろやかでとてもおいしく、暇な時にそこまで足を運び湧水を汲んできては料理に使ったりお茶を飲んだりしていたのを思い出したのだ。

200年も枯れることなく湧き出ているのだから、この程度の震災で枯れるはずはあるまい、いやそうであってくれと思いつつ、生活用水を汲み終わるや否や、なけなしのガソリンを使いその神社まで行ってみることにした。

いてもたってもいられなかった。

車で10分程度。貴重なガソリンを無駄にするわけにはいかない。結果を出して戻ってこなければなるまい。

結果を出すということは、子供たちのために飲料水を持ち帰ることに他ならない。

目的の神社は車で10分、ガソリンの温存も考えて最短距離で行きたかった。自宅のガレージから車を出し目的地へ向けて最短距離のルートに沿って車を走らせたのだが、わずか数十メートルで方向転換を余儀なくされた。

それは道路の陥没と隆起。

信じられない角度で道路が傾き、地割れのアスファルトは干からびた田んぼのようになっていて、自宅付近の自転車圏内の場所では分からなかったのだが、すこし車を走らせただけで人も車も通れないような状況になっている。

神社がある海の方角へ進めば進むほど、その被害は甚大になっていくように思われた。

これはもしかすると無事にたどり着けるとは限らないかもしれない。

不安がよぎる。

2車線の大きな道路もずたずたになっており、軒並み通行止めになっていた。

目で見てわかるほどに道路のあちこちが盛り上がり、アスファルトはめくれ上がって色が変わっているところが見て取れる。

これは最短距離どころの騒ぎではないかもしれない。確実に通れそうな道を探しながら、それでも何度も引き返しては道を変えどうにかこうにか車を走らせていた。

それだけどうしても水が必要なのだ。もう水を手に入れるためにあそこの神社に行くしか手立てはない。

相変わらずガソリンのエンプティーランプは点灯したままで、後どれほどのガソリンが残っているのか、こんなところでガソリンが枯れ果てたら、この車を捨てていかねばなるまいと、予想外の展開にびくびくしながらそれでも何とか目的地の神社に向け道を探りながら走らせた。

そこまでしなければいけないほどの事情があったのだが、生きた心地がしなかった。

こんなことなら大震災があったあの日、仕事に行く前にガソリンを入れておくべきだったと悔んだ。給料は入っていたのだから、2000円分程度のガソリンは入れられたに違いない。

時すでに遅しである。

久しぶりに車に乗って街を走ってみると、道路のいたるところに亀裂や陥没がみられ、主要道路のほぼすべてが通行止めになっているといった印象を受けた。街に人影はなく、まだ昼間だというのに車は全く走っていない。普段人がたくさんいるような場所でも、人影はほとんどなかった。

人類滅亡の映画にてくるそれでしか見たことのないような閑散とした景色に、奇妙な感覚を覚えた。

もしかしたらこれは映画のワンシーンで、現実に起こった出来事ではないのかもしれない、と。

この大震災の全貌は知らなかったけど、とんでもないものに出くわしたことだけはいよいよ感じ取れるのだった。これは、間違っても映画のワンシーンなどではない。映画など比べ物にならないほどの圧倒的なリアリティーが、否が応にもそれを証明していた。

湧水を汲める神社は海のすぐそばで、そういえば海の方は津波の被害がどうのこうのといっていたから、僕の住む市街地より被害が大きかったのだろうか。そんなことを考えながら1時間程度の時間をかけようやく神社にたどり着いたのだった。

神社に行くためには大きな道路を右折して脇道に入っていく。そこからまたくねくねと細い道をたどってしばらくするとあるのだが、大きな道を右折した時点で、ポリタンクを持って並んでいる人がざっと50人は見える。くねくねした道沿いにもさらに行列は続き、神社の水くみ場までたどり着くまでにおよそ200メートルの行列は、アイスをこぼしながら歩いてしまったその道に、蟻の群れが行儀よくついてくる夏の日の昼下がりのようだった。

街にはまったく人影はなく、走っている車もそれほど見かけることもないのだが、食べ物や飲み物や、その他生活するために必需品とよばれるものがあるところには、大挙となって押し寄せた人たちがひしめき合っている。ここまでの非常時になると、人間やらねばならぬことは皆、大差がない。

くそ、ここもか。

どこに行ってもそうなのだから、少し考えればわかりそうなものだ。

あまりにも飲料水を欲するがあまり、正常な判断が出来なくなってしまっている。これは今後も気を付けねばなるまい。

子供たちを残して来ている以上、いつ順番が来るとも分からぬこの行列に並ぶわけにもいかない。その間にまた同じような大きな地震がきたら、子供たちとは二度と会うことはできないだろう。

なけなしのガソリンを使いここまでようやくたどり着いたのだが、泣く泣く手ぶらで戻らざるを得なかった。判断が甘かったとしか言いようがない。

水を汲むためにこれだけの行列をなしているということは、ここの水はやはり枯れてはいないということで、タイミングを間違わなければ水を手に入れることができるということに違いなかった。

ここまで来るために通れる道も頭に入ったし、今よりも短い時間で行けるはずである。

ここはいったん勇気をもって撤退し、夜中の2時過ぎにもう一度ここに来ようと考えた。夜中の2時過ぎなら子供たちも寝ているだろうし、どう考えても日中よりは人が少ないはずだ。

チャンスがあるとしたら、これが最後。このチャンスを物にしなければ、飲料水の確保は断念せざるを得ない。

その日のうちにどうしても飲料水を手に入れる必要のあった僕は、夜中の2時に目覚ましをかけて再び水くみに行ってみることにした。

丸2日飲み水がない、いよいよ限界だ。

昼間のうちに頭に入れておいたルート通りに進み、祈るような気持ちで神社まで急ぐ。水をくむために人が並んではいたものの、予想していたほどではない。

10人程度が列をなしていただけだったので、その最後尾につけ無事ポリタンク2つ分の水を手に入れることに成功した。

夜中に水を汲みにいくということで、予想していた範囲内でことがおさまりまずまずの成果を上げることが出来た。ガソリンも、あと1往復ならなんとか持ちこたえてくれるだろうとおもった通りに、無事家にたどり着くことが出来たのだった。

明け方家路に着いた僕は、車からポリタンク2個を下ろし、キッチンへと運ぶ。

なんとも言えない達成感。

早く子供たちの喜ぶ顔が見たい。

大震災というこの非常時、なるほどと思ったことがある。

自宅に電気が通っていないということは街にも当然電気は来ていないわけで、信号もついていない、街灯もついていない、民家からもれる光もない。すっぽりと恐ろしいほどに闇に包まれた真夜中は、生涯で初めて経験する、まぎれもない夜だった。

月明かりが恐ろしいほどに光っていた。

震災で街は壊滅し、暗闇を月夜が照らす。

何があっても枯れることのなかった湧水を汲み、命を繋ぐ。

自然の偉大さを前にして、ちっぽけな自分の存在を知る。

こんなことでもなければ、気づかぬうちにやり過ごすに違いない出来事だったろう。

それにしても、この神社の存在を知っていてよかった。

生活用水と飲料水を確保した。後は食料とガソリンだ。

読んでよかった
このエントリーをはてなブックマークに追加
このストーリーをブログ等で紹介する

明日の タケシさんが次に書こうと思っていること

|

とんでもない体験のタグがついたストーリー

第164章*:..。♥(ˇ◡ˇღ)♪【人/ヒト】で「大切」なことは全て『東方神起』から学べる??

第163章*:..。♥(ˇ◡ˇღ)♪【人/ヒト】で「大切」なことは全て『東方神起』から学べる??

憧れの猫の集会

これから仮面浪人を考えている方へ(突貫版)

聞こえないブロガーが50円ブログを起業しました。

第162章*:..。♥(ˇ◡ˇღ)♪【人/ヒト】で「大切」なことは全て『東方神起』から学べる??

5人の大学生がシェアリングエコノミー(共有経済)について株式論文を執筆し、敢闘賞を受賞した話。

わたしの仕事は「たったひとりの人事」〜始まり〜

第161章*:..。♥(ˇ◡ˇღ)♪ウンザリするような状況の中に今いても流れを変える方法ってあるの?

東日本大震災から6年。3度の津波に耐え、そびえ立つ「ポプラの木」を知っていますか?

やる!と決断したら、本当に人生が変わることを実感した話〜コーチング・コンサルタント編〜

酒もたばこもギャンブルも興味がない、40歳を過ぎたおっさんが生まれてはじめてキャバクラに行った時の話

第3話 天国からの切符【小児科ナースが天国に行った子ども達と地球2周半、暗闇の奥に見えたとんでもなく輝く世界(人生観が変わるお話)*】

自由って何だよ~絶望、死~壱

第159章*:..。♥(ˇ◡ˇღ)♪ウンザリするような状況の中に今いても流れを変える方法ってあるの?

明日の タケシさんの他のストーリー

  • 【第3話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

  • 明日の タケシさんの読んでよかったストーリー

  • 【最終話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。