【第44話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと3話~

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下の子が家出をしてから上の子と2人暮らしになって、上の子とは一度大喧嘩をしたことがある。


年も押し迫った、寒い夜だった。


下の子の一件で、毎日イライラしていたことは否定しない。


原付を購入し、学校に行くのもバイトに行くのも原付を乗り回しているけれど、ふと、ある思いが頭によぎった。


「そういえば、高校入学の時に買ってやった自転車、どこ行ったんだ」


自転車通学のころは、家のガレージに自転車を止めていたけど、原付にその座を奪われてからというもの、すっかり自転車の影が見えなくなっていた。


友達の家にでも置いているのだろうかと、初めのうちは思っていたのだが、1カ月過ぎ、2カ月過ぎても、自転車が我が家に戻ってくることは無い。


高校入学の際購入した通学用自転車の来歴はこうだ。


大震災から続くゴタゴタで、仕事は安定せず金はなく、うつ病になっても何とか自力で克服し、どん底の時に2人同時に進学というタイミングが訪れ、貯金など1円も無く、進学にかかる費用は2人でざっと40万。


生活費もキャッシングでまかなうような暮らしの中、キャッシング限度枠目いっぱい50万の借金をして、なんとか進学の費用を捻出している。


その借金のなかから、通学用自転車代5万円も含まれていた。


通学用の自転車もピンキリではあったが、3年間ストレスなく通学してもらいたいという願いもあったし、高校に合格した上の子に対してそれなりのものを購入してあげたいという、ささやかな親ごころもあった。


僕にとっては大変な出費、清水の舞台から飛び降りる覚悟で借金し、5万円という大金をはたいて自転車を購入したのだった。


僕が言っているのは、5万円という金額の話ではない。


借金をしてでも買ってあげたかった、3年間乗るであろう父親としての精いっぱいの至らぬ思いが詰まった自転車が、5万円だったということだ。


「自転車だよ、自転車、通学に使っていた自転車、どうしたよ、あれ」


「は、自転車?捨てた、駅に」


「なんだと、もう1回言ってみろ」


「捨てたよ、駅に」


このガキふざけやがって、言うに事欠いて捨てたとは何だ、捨てたとは。


下の子の家出でさんざん振り回され、疲れ果ててはいるけど、これは聞き捨てならい。


「おい、原付乗っていい気になってっかもしれないけどな、お前に買ってやった自転車は、そんな簡単に捨ててもらっては困る代物でね」


「はぁ、知らねぇよ、何の話だよ」


傍若無人、好き勝手振舞う怖いものなしの高校2年生の上の子には、もはや自転車のことなど頭にないようだった。


「おい、俺たちがどんな思いでここまで生きてきたか、お前は知らないのか・・・お前に買ってやった自転車はなぁ、散々苦労して」


上の子は僕にすべてをしゃべらせることなくこう言い放った。


「お前の苦労話は聞き飽きたよ、もううんざりなんだよこんな暮らしはよお」


下の子の件で毎日イライラしていたことをもう一度付け加えた上で、2階に上がろうとする上の子の服をつかみ、したたか下に引きずり下ろした。


「なめた口ききやがって、一人で何にもできないくせに偉そうなこと言ってんなよ、てめえに俺の苦労の何が分かるんだ」


このころすでに身長は190センチに届こうかというほどに成長していて、体格ではもうかなわないことは歴然としていたけど、服が千切れるほどに引きずりまわして、感謝の気持ちが足らぬ上の子に暴言を吐いた。


上の子は関わるのも面倒だといった雰囲気で「うるせぇ、黙れ」と言って2階に上がっていってしまった。

単純に力だけなら、すでに父親よりも上だということを、彼自身もとうの昔から理解していたに違いない。


その時に、ふとこんなことを言ってしまったのだ。


「お前も俺に遠慮しないで、母ちゃんとこ行きたかったら行ってもいいぞ、この家が気に入らないなら、出て行けよ」


と。


その時はそれで終わったのだが、この一言を言ってしまったことが気になっていたことと同時に、上の子はなぜ母親のところに行かずにここにいるのだろうかという疑問がわいてきた。


ここでの暮らしがうんざりだというのなら、なぜ行かないのか。




数日後、ケンカのほとぼりも冷めたころに、上の子を飲みに誘ってみた。


2人で出かけるのは本当に久しぶりで、本来気さくな上の子は、何事も無かったかのように一緒に来てくれた。


近所の居酒屋に入り、この前のケンカをお互い詫びて、乾杯した。


「ところでさあ、この前ケンカした時この家出てけって言ったけど、なんでお前は弟と一緒に母ちゃんのところに行かなかったの?」


ビールを一口含み、酒の力と、この雰囲気を借りて聞きずらいことを聞いた。


「誘われたけど、行かないって言った、あいつは行っちゃったけど」


「そうなんだ、何かあったの?」


「何かっていうか、俺も何となくは分かってんだ、なんで父親に育てられてるか」


この際だから、こいつにはここで言おうと思った。


「親権を主張してもなお、母親が子供を引き取れない理由は限られてる、お前の友達でも母子家庭はいるけど、父子家庭は俺たちだけだろ」


「そうだね」


「男は子供引き取れないんだよ、どう頑張っても。裁判で争っても、母親が子供を引き取りたいと言っていたら、男は子供引き取れないんだ」


「そうらしいね、何となく知ってる、調べたから」


「例えば、俺が大金持ちとか、親が金持ちとかさ、父親が引き取ったほうが良いとされるような何かがあればね、子供の利益になるようなことがあれば、それはまた話は別なんだけどさ」


「うん」


「またこんなこと言ったら怒るかもしれないけど、俺たち、そんなんじゃないじゃん。俺には親もいないし、頼れる身内もいない。今までに俺以外の誰かがお前たちのこと育ててくれたことあったか?」


「ないね、一度も」


「3人で暮らして来たんだよ、働けもせずに金も無くて、テレビも車も無い生活で、給料日前はご飯もろくに食べられなくなってさぁ、でも何だかんだ生きてたんだよな」


「そうだね、言いたいことは分かるよ」


「俺、別にお前たちを育てるにあたって、何か特別なアドバンテージがあるなんてこと一つも無いよ、だけど俺がお前たちを引き取って育ててる」


「うん、それは分かってる、だから今さらママのところで暮らすのは、違うと思ってるよ、俺は」


「そうか、分かってんだね・・・」


「あいつは分からないんだよ、欲しいもの買ってもらっていい気になってるから、分からなかったんだね、結局」




僕は生ビールを一気に飲み干した。


態度ではうまく表現できない、微妙な年頃なんだ。


頭では分かっているけど、それをうまく表現できずに突っ張って意地を張って、突っかかってしまう。泥だらけになって這いつくばって、もがいてもがいて、散々ぶつかり合わなければ分からないこともある。


僕にも確かにそんな年頃があったはずだ。


「俺はお前の母親の悪口を言うつもりはない。お前たちを命がけで産んでくれた母親であることはいつまでたっても変わらないんだから、感謝の気持ちだけは忘れないでいてください」


そう、告げた。


上の子とのわだかまりは晴れ、久しぶりにおいしいお酒を飲んだ。


母親の悪口は言わないと、固く心に誓って10年子供たちを育ててきた。


悪口ではなくても、僕の主観で母親像を固定するような物の言い方は止めようと、子供達に接してきた。


小さいころまでは。


ここに至る経緯は、当事者しかわからないこともあるし、僕に一切の非がなかったかと言えば決してそんなことは無い。


母親の方にも口には出せぬ事情があったかもしれないし、そうさせてしまった裏には僕の至らなさも間違いなくある。忘れてしまったことも数え切れないほどあるに違いない。


でも、家を出て母親と暮らし、調停の審判の結果次第では母親の姓を名乗るかもしれない人生の大事な岐路に立たされた下の子に、本当のことを言わねばなるまい。


それが今僕にできる責任であり、下の子が向き合わねばならない現実である。


事実として伝える、それだけにしよう。


それをどう受け止めるかは、本人次第で構わないと思った。




「なんで母親ではなく、父親の俺がお前たちを育ててるか知ってるか」


ふてくされる下の子に、もう一度言った。


引きずりまわされて乱れた学ランを直しながら、片足をベンチに乗せた立膝の状態で、背もたれに深くもたれかかっていた。


僕は下の子の隣に腰を下ろし、肩に手を当てた。


下の子は特に拒絶するような仕草は見せず、どこかホッとしたような表情にも思えたのだった。


何かしらのタイミングを、この子も探っていたのかもしれない。


「知ってるかよ、おい」


乱れる呼吸を整えながら、冷静に話さねばと言い聞かせた。


「ママから聞いたから、知ってる」


「そうか、なんて言ってたよ、母ちゃんは」


「自分には両親もいないし、身寄りもいないからパパに預けたんだって。本当は引き取りたかったって」


「そうか、それでお前はどう思ってんだ」


「そうなんだなと、思ってる」


「いいか、よく考えてみろ、身寄りがいないのは俺も同じだ、俺以外にお前は10年間誰かに育ててもらった記憶あるのか」


「ないね・・」


「俺だって誰もいないんだよ、ひとりぼっち。それはお前が一番よく知ってんだろ」


下の子は黙っていた。


「ママがお前の事かわいいと思ってるのは間違いない、でもな、それとこれとは話が違うぞ。ごくごくまともに生活することが出来る母親が、子供を引き取れないなんてことは無いんだよ、俺と同じように、誰もいなくてもお前たち引き取って子供育てることはできるはずだ。ママにはママの言い分があるだろうけどさ、俺たち10年間、何不自由なく暮らして来たのかよ、違うよな、誰も助けてくれないからこんな目に合ってんだ、好き好んでこんな暮らししてるわけじゃないことぐらい、もうお前にだってわかるだろ」


なるべく優しく、分かりやすく話をしたつもりだ。


「じゃあ母ちゃんは、テレビも無くて飯も食えないころに、助けてくれたのか」


下の子はすっかり毒気の消えた表情で、小さいころ手を引いて散歩に行っていたころの、あの頃の面影が戻っていた。


「今ね、知ってると思うけど、お前の母ちゃんとお前の親権で争ってんだ、お前も裁判所呼ばれただろ」


「うん、知ってる」


「次の金曜が最後で、そこで審判が下されて、俺が負けたらお前とはサヨナラだ。その前に、仲直りしたくてさ」


これは本心だった。


たとえ審判で親権の移動が認められたとしても、下の子のこれからの人生が幸せであるように、仲直りしなければいけないと思った。親権がどちらかとか、どこに住んでいるとか、誰が養育しているかとか、本当はそんなことが問題なのではない。


この子が望む人生がこれからも前途洋洋で、限りなく幸せが続くのであれば、そんなこと大した問題ではないはずだ。


「まあ、お前の人生だ、俺がどうこう言うつもりはないよ。自分で決めろ、これからも」


後は本人がどう考えるのかだ。


下の子は俯いてうなずいていた。


そして僕は、あと一つ気になっていたことを下の子に尋ねてみることにした。


「そういえばさあ、お前の中学校の給食費、家出してからまったく引き落とされないんだけど、なんでだか知ってるか」


「ママが変えたんだよ、口座」


「そっか、まあ、そんなことだろうと思ったけど、じゃあ、これから一緒に学校行くぞ」


すっかり観念した下の子は、駐車場に止めてある車に乗り込み、中学校へと向かった。


なぜ中学校に行かなければならないのかと言えば、親権者であり養育者である僕に何の断りもせずに、勝手に母親の申し出を了承し変更の手続きをしてしまう、学校の管理体制に甚だ疑問があったからだ。


先生には恥を忍んで事情を話し、どんな些細な事でもいいから、何かあったら必ず僕に連絡するようにと伝えていたはずである。


久しぶりに一緒に車に乗る下の子とは、最近どうしていたのか話をした。


話してみると、かわいいきさくな感じが戻っていて、さっきの大喧嘩など無かったかのように、すっかり昔みたいに話をした。


素直になれば苦しまなくて済むのに、そういう年頃なのだろうか。


上の子に比べてまだ小さかった下の子は、ずっと長い間人一倍寂しい思いをしてきたに違いない。


自分の殻に閉じこもって、我慢することが上の子よりもあっただろうし、4つの時から自分というものを押し殺して生きてきたのだろう。


小さかったとき「ママに会いたいか」と聞いたら「知らない」と答えた下の子。


記憶にない「母親」というものが、うまく認識できないでいた。


甘えることも無く、その術も知らない。


父親と兄、男3人の一番下という立場で、甘えは禁物だった。


きっと、母親に思う存分甘えたかったのかもしれないし、そんな経験も彼には必要なものであったのかもしれない。


たった一人父子家庭として子供たちを育てるにあたって、例えば僕が死んでしまったり、病気や事故などで動けなくなってしまったら。


万が一のその時のために、子供達には早く自立してもらおうと、甘えた環境とは程遠い厳しいものになってしまったことは否めない。同年代の友人たちにとっては、褒められ、それによって甘えることも許されて、祖父母がいればお小遣いまでもらえるようなことでも、彼らにとっては、生きるためにやることに他ならない。


そうでなければ生きていけない環境を作ってしまった僕にも、それなりの責任があるような気がしてならなかった。



~最終話まであと3話~

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