【第46話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと1話~

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【第46話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。~最終話まであと1話~
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もし、人生が夢なのだとしたら、これは僕が見たなかで最も悪い夢であるに違いない。




上の子が18歳になったのが平成27年10月18日で、そのわずか5日後のこと。


その日、仕事を早番で入らなければならない特別な理由は無かった。


シフト通りに組まれた出勤形態に従ったに過ぎない。


平成27年10月23日金曜日。


午前8時20分。


早番で仕事に入った僕にとっては、忙しい時間だった。


普段ならポケットに入れている携帯電話の着信など気がつかないのに、その日に限ってポケットの中でブルブル震える携帯電話に気が付いた。


洗い物をしている手を休め、キッチンペーパーで手の水気を拭き取ってから、こんな早朝に鳴ることなど滅多にない携帯の着信画面には、見慣れぬ携帯電話の番号。


普段知らない番号ならこの忙しい朝の時間にわざわざ電話に出たりはしないのだが、その日はなぜか見慣れぬ携帯番号に変な胸騒ぎがして、仕事の手を休め電話に出たのだった。


嫌な予感がした。


直感でそう感じた。


「もしもし」


恐る恐る電話に出て、相手の様子をうかがった。


「朝早くからすみません」


そう言って電話の相手は僕の名前を言ってから、間違いがないか確認した。


「私、救急隊の者ですが、お子様が事故に遭われまして、ヘリで救急搬送しています。携帯していた身分証から学校の方にも連絡いたしました。搬送先は水戸医療センター、すぐに病院に向かっていただけますか」


話が唐突すぎて、まったく頭に入ってこない。


聞きなれぬワードだけが断片的に耳に届く程度で、思考の全てが止まってしまったかのように、ぼんやりと携帯から聞こえるのは、言葉ではなく音だった。


言葉として認識することができない。


救急隊、事故、ヘリ、搬送、医療センター。


「はい」


と言うのが精いっぱいで、電話は慌ただしく切れた。


直後に再び携帯が鳴り、今度は上の子が通う高校からだった。


電話の内容は先ほどと同じもので、どうやら本当に上の子は事故にあったらしい。担任の先生の話によると、通学途中信号のない交差点で事故に遭ったとのこと。


上の子が原付で、相手は車。


容体は不明だが、救急車ではなくヘリで隣町にある医療センターに搬送されたとのことで、今から向かうのでお父さんも来れますか、ということだった。


事故、ヘリ、医療センター、また聞きなれないワードのみが頭にぼんやりと聞こえてきて


「はい、向かいますので、また着いたらご連絡します、ご迷惑をおかけしてすみません」


と言うのがやっとだった。


急がなければいけない、頭ではそうはっきりと認識していたのだけれど、体が動かなかった。


悪い冗談であってほしいと考えながら、自分の身に起こった出来事を懸命に整理した。


バイクで、事故。


ヘリで救急搬送。


なぜこの界隈の救急病院ではなく、水戸の医療センターにヘリで運ばれたのか、冷静さを取り戻しつつあった僕の頭は、ようやくその意味を理解した。


ヘリで隣町の充実した医療機関に至急運ばねばならないほどに、命の危機が迫っていると考えるのが正解で、一刻を争う事態なのかもしれないと気がついたら、左手に握りしめたままの携帯電話を落とすのではないかと思うほどに全身がガタガタと震え始め、麻酔が効いてきた直後のように目の前の視界がぐにゃりと歪んだ。


「死ぬのか、あいつ」


瞬間的にそんな思いが浮かんだのだが、慌てて否定した。


「大丈夫だ、死ぬわけない、あいつが死ぬわけない」


考えがうまくまとまらなかったけど、やらなければならないことはすぐに医療センターに向かうこと。


ただならぬ様子を察知した同僚が、声をかけてきた。


「息子が、上の子がバイクで事故して、ヘリで救急搬送されて、医療センターに行かないと」


うまく言葉が出てこない。


「わかった、仕事は大丈夫だから早く行って」


とにかく気を付けて、安全運転で、と何度も念を押され


「送っていこうか、医療センターまで」とも言ってもらったけど、どうなるかわからなかったし、いざというときに車がないと不便だろうと考えて、自分の車で行くことにした。


「わかった?気を付けていくんだよ、大丈夫だから、絶対大丈夫だから。あなたがしっかりしなくてどうするの」


何度も励まされて、ようやく我に返った。


そうだ、しっかりしなければならない。


医療センターまでは、仕事場から車で50分。


水戸医療センターという名前ではあるが、実際はさらに隣の町にあり、かなり遠い。


体の震えは止まらなくて、ハンドルを持つ手は自分でもびっくりするほどに大げさに揺れていた。


胃がキリキリと痛い。


何がどうなってしまったというのか、はっきりとした状況が全く分からなかったから、不安は増すばかりで、早く行かなければいけないのに、病院に行くのは怖かった。


五体満足なのだろうか、意識はあるのだろうか、また元の生活に戻れるのだろうか、顔はどうなっているだろうか、最悪の事態を想定したら吐き気が襲ってくるほどに不快な気分になった。


この事故を受け入れることが出来るのかどうか、分からなかった。


例えば子供たちに予期せぬことが起こり、死んでしまうかもしれないという可能性はゼロではないことぐらい、知っている。知ってはいるけど、それを現実味をもって想定できる人などいないだろう。


僕も、そうだ。


分かってはいたけど、そんなことがこの人生で起こるはずがないと、心のどこかでは思っていて、実際に本当に起こるなどとは、考えたことも無い。


昨日まで元気にしていた人が、突然この世から消えてなくなる。


死とは、そういうものだ。


誰にでもいつでも起こりうるもので、それは僕たちにとっても決して例外ではない。


50分の道中「死ぬなよ、死ぬなよ」とそれだけをひたすら祈った。


医療センターにたどり着くまでの道順はよく覚えていない。


午前9時40分


医療センターの1階フロアーで高校の担任の先生と、学年主任、生活指導の先生と会うことが出来た。謹慎処分の申し渡しの時に必ず顔を合わせる3人の先生だったから、挨拶もそこそこに「入院」と書かれたカウンターに向かい、名前を告げた。


保険証を提出し、入院の手続きをした。


上の子の容体を聞いてみたけど「わかりません」と事務的に言われた。


必要な書類にサインをしたら、上の子が搬送されたという救命救急室の場所を案内され、先生と共に2階に向かった。


救命救急室。


その聞きなれない響きの病棟は、2階の一番奥まったところにある。


二重扉の自動ドア、その先には手を洗う洗面台のようなものが数台見えて、突き当りが壁になっていて左に曲がると救命救急室にたどり着くような作り。


透明の自動ドアから、中の様子をうかがい知ることはできなかった。


救命救急室手前には待合室がり、長椅子が4つあるだけの殺風景な部屋で、とりあえずそこに待機することになった。待合室につけられたインターフォンで救命室の看護師に名前を告げると「伺いますのでお待ちください」と言われた。


状況は不明、先生たちと4人しかいない待合室は、何かをしゃべることも出来ず重苦しい空気が流れた。


壁に掛けられた時計の秒針が無神経な音を立て、不愉快な気分だった。


5分ほど待たされて、看護師が現れた。


「お父様でいらっしゃいますか、先生からお話がありますので呼ばれるまでここで待っていてください」


「はい、それで・・・息子の容体は」


「それも含めて先生の方からお話がありますので、お待ちください」


足早に看護師は中に消えていった。


分かっている、頭では分かっている。


先生から話があるのだから、落ち着いて待っていれば良いということは分かっている。


分かっているけど、気持ちばかりが焦り、何も知らされない状況に苛立つのだった。


待合室に座っていると、今度は警察の交通課の方たちが現れ、名前、生年月日、住所、職業、様々なことを聞かれ、混乱する頭の中で、一つ一つ整理した。


「すみません、事故の状況を教えていただけないでしょうか」


質問の合間に尋ねてみるのだが


「私共は直接こちらに伺っております、現場には別の者が行ってますので、今はまだわかりません」


誰に聞いても、いまいち的を得ることはなかった。


警察官の質問に答えていたときに看護師が再び現れ


「先生が参りましたので、中へどうぞ」


と言ったから、断りを入れて中座した。


二重の自動ドアの間には数メートルの廊下があり、1枚目の自動ドアを開けたすぐ右横に引き戸の部屋があって、そこで待つように指示された。


部屋の広さは三畳ほどで、テーブルに椅子デスクトップのパソコンと、脳の模型。


落ち着かぬ雰囲気の中「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせた。


1,2分待たされた後、救命の担当医師が入ってきた。


ひょろりと背の高いやせ形で、年は僕よりはるかに若い。


紺色の半袖長ズボンといういで立ち、落ち着き払った様子で椅子に座り、開口一番こう言った。


「命を失う可能性がある、非常に危険な状況です」


僕に突き付けられた現実は、想像をはるかに超えていた。


「死ぬということですか」


口に出してみて、さらに事態の緊迫感が増した。


「その可能性は否定できません」


淡々と答える。


「はあ」


これはドラマのワンシーンか、それとも夢か。


救命の医師というまぎれもない権威がそこにあって、その人の口から命を失う可能性と言われている。


心臓の鼓動が早くなり、次の言葉が見つからない。


「順を追って説明します」


びっしり書かれた診断書2枚をテーブルに広げ、上から読み上げた。


事故した時に頭を打った時の脳挫傷から脳内には出血があり、体中の骨が折れている。


肋骨、骨盤、右の鎖骨に至っては粉々で、右大腿骨は見たことも無いほどに真っ二つに折れていた。


パソコンの画面に映し出されたレントゲンの写真は、とても直視できるものではない。


脳のCT画像を映し、出血個所を丸くなぞっていく。


出血個所は白く浮かび上がっていて、数か所点在しているように見えた。


「ここと、ここと、ここ」


脳の中心部分あたりからの出血が大きく広がっていて、白く浮かび上がる部分がひときわ大きくなっているのが分かる。


「この部分、ここの出血状況如何によっては、すぐ頭を開きます」


脳中央部をペンでなぞり、聞きなれない言葉を医師は言った。


「頭を開く・・・」


「1時間後にもう一度CTを取り、その状況が悪ければその場でカイトウし、出血部分から血を取り除きます」


大丈夫と言い聞かせていた先ほどまでの覚悟など、もはや微塵もない。


医師の言う「カイトウ」とは、恐らく「開頭」のことで、上の子の頭にメスを入れるということに他ならない。


~最終話まであと1話~

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10年間の父子家庭生活の思い出を綴った30万文字にも及ぶ記録が殿堂入りという快挙を成し遂げました。 これも一重にSTORYSの関係各位、並びに懲りずに読んでくれた全ての読者の方々のおかげであると、感謝せずにはいられません。 コメント、メッセージ、読んでよかった、お気軽にどうぞ!

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