夜の新宿歌舞伎町、違法カジノで荒稼ぎ。ギャンブル好きの店長に成功者の人生は何が違うのかを教えてもらった話。

18歳で家を出た僕は、東京都日野市にある某有名高級焼肉店に就職した。





たまたま

当時住んでいたアパートの近くに店舗があったという理由のみで就職した店だった。


そこは高級焼肉店ということもあり、客層もそれなりの富裕層が多くを占めていて、

常連さんの中には、パチンコ店を何店舗も経営している人や、高級外車のディーラー、飲食チェーンのオーナーなどがいて、もともと社交的な僕はそのすべての人たちにたいそうかわいがられていた。


焼肉店のオーナーは韓国人で、僕たち従業員は「店長」と呼んでいた。

だから常連さんのお金持ちの人たちの中にも、韓国系の方が大多数を占めていたのだ。

その中でもひときわお金持ちの常連夫婦がいて、奥さんが韓国人だった。

仕事はパチンコ店の景品交換所の経営という、18歳の僕にしてみればよくわからない仕事で財を成していて、年のころ50歳くらいでこんな車に乗っていた。



車の免許を取得したばかりで、ろくに車の運転などしたことも無いころだった僕に、左ハンドルでしかもマニュアルのフェラーリを運転させてくれたりした。


そしてこのご夫婦、パチンコ店の景品交換所経営の他に、実はもう一つ別の顔があった。

それが



違法カジノ店


の経営である。


店長がギャンブル好きということもあり、僕は店長に連れられて、焼肉店の仕事が終わる夜12時からこのご夫婦の経営する八王子の違法カジノ店へと遊びに行くのが日課になっていた。


生まれて初めて行ったカジノ店は、18歳の僕にはたまらない刺激で、すっかりはまってしまったのであった。

オーナーが店の常連ということで、僕達はカジノ店内でもVIPの扱いを受け、居心地は抜群。

ブラックジャック、ルーレット、バカラ。

手当たり次第に遊びまくり、月の給料など1日で負けることもあった。

そのたびに店長から借金をして、カジノ店に入り浸っていたのだった。

それでも刺激的なカジノ通いは止められない。店長と2人ですっかり味を占めた僕たちは、八王子のそのカジノ店以外にも、自分たちで調べ、相模原、吉祥寺、新宿と、より刺激的な箱を求め夜な夜な遊び歩いていた。


特に店長のお気に入りは新宿歌舞伎町にあった違法カジノ店で、なぜかと言えば、都会のカジノ店ということもあり、営業時間が長く1回の掛け金がでかいからだった。

根っからのギャンブル好きの店長は、掛け金のでかい勝負を特に好んだ。

焼肉店の経営状況はいたって健全で羽振りも良かったため、一晩の勝負に用意する軍資金は100万円。

勝負の何たるかをまだ知らない僕に


店長
タケシ、ここが勝負だと思ったらケチケチするな、ツキが逃げるぞ。勝負時だと踏んだら落ちるまで賭け続けろ。


と。


店長はでかい勝負を好み、負けるときは有り金全部取られ、勝つときは一晩で500万ほどの金を稼ぐのだった。


1回の掛け金が1万円という、18歳の僕にとってはかなり高額のバカラで勝負勘を磨き、店長に借金をしながら夜な夜な遊び続け、とうとう借金の額は50万円にも上った。

勝つときもあったが、負ける時がほとんどで、ここぞというときにビビる癖のあった僕は、大勝することは少なかった。


そんな僕を見て店長は

店長
ツイてる奴に乗ってりゃいいんだよ、ツイてる奴の真似するだけで、いつの間にか自分にもツキが回ってくるものなんだからよ。
タケシ
そう言うもんですかね・・・
店長
そのかわり、こいつそろそろ落ち目だなと思ったら、迷わず引けよ。そしてまたツイてるやつ探して真似するんだ。
タケシ
なるほど・・・わかりました。

肝心な料理の事は一切教えてくれない店長からの教えを守り、僕はある日歌舞伎町のカジノ店で勝ちに勝ちまくって300万円もの大金を手に入れたことがあった。

確かに、勝っている人、ツイている人の真似をしていたら、いつの間にか自分自身がツキまくっている錯覚に陥り、乗りに乗って掛け金を吊り上げ、ことごとくその勝負に勝ち、瞬く間に300万円もの大金を手にしていたのだ。


店長
ほらみろ、そういうことなんだよ。

自分の事のように喜んだ店長に、すべての借金を返した。


こうして僕たちはカジノ通いを続けたのだが、ある日こんなことがあった。


週に1,2度は必ず顔を出す、フェラーリのご夫婦が一向に店に現れなくなったのだ。

だんだんと気になり始めた僕たちは、八王子のカジノ店へ仕事終わりに遊びに行くことにしたのだったけど、すでに店はなく、聞けば数日前に警察のガサ入れがあり、現行犯で客は摘発、経営者であるご主人が逮捕されたということだった。

韓国人の奥さんはお咎めなしだったらしいのだが、ご主人は懲役1年6カ月の実刑であえなく御用となってしまった。


タケシ
大丈夫ですかね・・・あの人たち
店長
大丈夫だよ、人生なんてな、ピンチはチャンスなんだから。あいつにしてみたら人生最大のチャンスがやってきたと言ってもいいくらいだ。
ムショから出て来たら、ケロッとしてるから見てろ。
でもまあ、カジノ通いもこの辺にするか・・・

よくわからない店長の教えを胸にしまい、僕達はカジノ通いを止め、仕事に打ち込むことにした。


その後僕は年老いた両親が病床に倒れたため、実家のある茨城に仕事を辞め戻らなくてはいけなくなり、店長の元を去った。

その後も従業員の退職や、独立などが重なった時期があったらしく、焼肉店の経営も危ぶまれてしまったとき、店長は思わぬ行動に出た。


それは


店舗の拡大


1店舗の経営もままならない状態なのに2店舗目を出すという決断は、なかなかできるものではない。

普通なら守りに入るべきタイミングだろう。


店長は借金をして、2店舗目を出した。


そしてその後も、狂牛病、いわゆるBSE問題やレバ刺し撤廃など、焼肉店にとっては致命的な事件が続き、多くの焼肉店が店舗閉鎖に追い込まれる中、ここでもまた店長は店舗拡大に舵を切った。


そうしてあれよあれよという間に、小さな路面店だった焼肉店が、わずか数年で10店舗以上の系列店を束ねるチェーン店へと変貌した。

店長から社長となったその人とは、その後1度だけお会いした。

僕が店を辞めて10年ほどの月日が経っていた。


あれほどお世話になったのに、10年もの間不義理をしていた僕を快く迎え、さらに高級になっていた店のお肉をたらふくごちそうしてくれた。


タケシ
店長・・あ、社長って呼ばないとだめですね。
すっかりご立派になられて、御見それいたしました・・・(笑)
社長
大したことないだろ、この程度。ま、飲めよ。

こうして僕たちは10年ぶりに酒を酌み交わし、社長となったその人にこう尋ねてみた。


タケシ
よくもまあこんなに拡大しましたね・・・焼肉店にとっては痛手の社会的にも大きな事件があんなにあったのに。
社長
ピンチはチャンスだからよ。
ピンチになった時が、人生最大のチャンスなんだぜ。勝負時にケチケチしたら、ツキがにげるからな。

すっかり10年間で貫録のついた大きなおなかを撫でながら、生ビールをぐびぐびと飲んでいた。

そう言えば

「勝負に勝ちたければツイているやつの真似をしろ」と、店長は僕に教えてくれたっけ。


親の看病というのっぴきならない事情があったにせよ、店長の元を離れたのは僕の人生で最大の失敗だったのではないだろうか。

それは、初めて就職した小さな焼肉店が、僅か数年で10数店舗を束ねるチェーン店になったからではない。

「ツイてる奴の真似をしろ」と言っていたその人自身が、実は「ツキにツキまくっている」まさにその人だったことに、気がつかなかったからだ。


成功するためには、どうやら見極める力も必要らしい。


社長になったその人は、あれから20年もの月日がたったけど・・・

未だに落ちることなく、自分自身に賭け続け、そして勝ち続けているようだ。









八王子の違法カジノ店を摘発されすべてを失い刑務所暮らしをしていたご主人は、その後1年程度で娑婆に戻り、またあっという間に大成功してしまった。



「刑務所暮らしはどうでたか?」と聞いた僕に「快適だったよ」と言って笑った。




僕は違法カジノ店と焼肉屋の店長との出会いで、成功する人と凡人のまま終わる人の人生の間にあるわずかな「差」を教わったような気がしている。


まったく・・・

成功者というのはタフである。


つまり、ピンチの真裏がチャンスなのだ。

そのことに誰も気がつかない。







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ピンチはチャンス!なるほどです。それにしてもすごい人ですねえ。

明日の タケシ

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