高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その3:苦難】

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言葉が一切分からない環境での生活は、それはもう想像を絶する大変さでした。

渡西前は「スペイン語?余裕余裕」などと軽口をぺらぺらと叩いていた私も、流石に本格的に新生活がスタートするとその口を閉じざるを得ませんでした。

むしろ軽口を叩いていた頃の私と、そもそもスペイン行きを決定した過去の私の口を縫いつけ更にそれぞれ7発ずつほど殴ってやりたいほどでした。暴力はいけません。

 

というわけで今回は私に待ち受けていた数々の試練について書いていきたいと思うのですが、まずはじめに今日私の身に降りかかった災難を話を少し聞いてもらえればと思います。

 

ごく最近の話なんですが、2週間ほど前に私は道で引ったくりにあってお財布やらなんやらを無くしてしまいました。

これを機に私はちょっと私はもうこの世の全てのアラビア人に優しく出来る気がしなくなってしまったのですが、それはまあ置いておいて。私決してレイシストではございません。

それで、スペインでは国民全員がIDカードを持っているのですが、例に漏れず私も所持していたのですよね。

「してした」と過去形なのは、皆さんの予想通り財布の中にはそのIDカードも入っていまして、それを盗られた今おかげで私は身元不明者になってしまいました。職質されたら一発の身です。愉快です。

しかし愉快は愉快なのですが、流石にこの若い身空で不法滞在の謎のアジア人として前科でもついたら困るので(まあパスポートあるんですけどね)、新しくIDをゲットするべく、1週間ほど前に警察に再発行の予約を入れました。

その予約日というのが今日でして、先ほど警察に行ってきたのですが。が。

 

いつもは混んでいるはずの警察署は、なぜか今日はガラガラ。

ガラガラというか、もはや私しかいません。

スペインでこういう愉快なことが起こるのは大概何か悪いことの前兆なので、皆さんもスペイン旅行をする際にはお気をつけください。

少し不審に思いながらも受付に行くと、そこにいたお兄さんが一言

 


お兄さん
ごめんなんか朝からスペイン全土の警察のPCの調子おかしくって・・・また今度来てネ・・・。

ハァーッ!!!

こいつは一本取られました。面白すぎです。やってくれますねまったく、思わず引き笑いです。

私はこの国家レベルで壮大なギャグをかましてくれるスペインという国が大好きです。

 

嫌いだよ馬鹿。

 



 

お兄さんは別にチャラくありませんでした。


ガルシア家での受難

 

さて本題に入るのですが、以前どこかでチラリと書いたとおり、ガルシア家での生活は長女オリンピアと末っ子アレハンドラ(小)との戦いの日々でした。

チナは良いおばあちゃんで、子供からはとても慕われていました。

スペインでは子供を甘やかす親が多いのですが、チナは常に愛ゆえの厳しさを持って子供に接していたように思います。

どこぞの馬の骨とも分からぬ私にも優しくしてくれ、何度菩薩かと私は思ったことか。

しかしこのどこぞの馬の骨にも優しくしてくれるアガペー、そりゃまあ実の孫であるちびっ子どもにとっては面白くないものに決まっています。

右も左も分からぬ私をせっせと気にかけるチナの姿を見て、ちびっ子どもは「サキにおばあちゃんをとられた」と思ったのでしょう。

なんたることや、おばあちゃんの優しさが仇に出てしまい私はオリンピアとアレハンドラの嫉妬から来るいびりの対象になってしまったのです。

 

奴らのいじめはなかなか陰湿でした。

多くはくだらないものでしたが、一番堪えたのは昔ホームステイしていた子の写真を持ってきて「あんたなんかよりこの子の方が美人だし優しかったし、この子がうちにいてくれれば良いのにな~!」と言われたこと。

言葉はまだほぼ分からない時期だったのですが、不思議と何が言いたいかは伝わってしまい、部屋で号泣してしまいました。

5歳児と9歳児にいじめられて泣かされる15歳。情けなすぎます。

そもそもそんなちびっ子の言うことなどスルーすれば良かったのでしょうが、悲しいかな私の精神年齢は奴らとほぼ同じでした。

何か言われると拙い言葉ながらも言い返し、殴られたら殴り返す。

5歳児と同じレベルで喧嘩をする私を見て色々と思うことがあったのか、多くの場合はチナが間に入りちびっ子どもを叱ってくれました。しかしまあそのせいで更に私は2人の嫉妬を買うことになったのですが。

 

そんな殺伐とした毎日の中、唯一次女のメンシアだけは私を庇ってくれていました。

姉妹唯一の金髪金目、そして姉妹随一の美人というのも合わさり(決して欲目じゃあございません)、当時の私には彼女がまじで天使に見えました。

私に嫉妬の感情を向けないどころか、他の姉妹に流されないというのはなかなか8歳児に出来ることでは無いのではないでしょうか。5歳児とマジ喧嘩をしていた私よりも確実に精神年齢は上です。

 

時が経つにつれ、私も彼女たちも少しずつ成長したのか争いは落ち着いていき、最後の時期にはもう喧嘩もしなくなっていたと思います。

今思うと本当に私も大人気なくて恥ずかしい思い出なのですが、当時は小学生のガキすら言い負かすことの出来ない自分の語学力がとにかく歯がゆく、言葉の壁の厚さをひしひしと感じていました。

 

学校での受難

 

学校で何よりも辛かった事、それは授業でした。

当たり前なのですが、授業で何をやっているかがさっぱり分からない。

何を言われてもポカーンです。国語も歴史も物理も地理もポカーン。

なお、大体世界共通であるはずの数学ですらポカーンだったのはここだけの話。

テストやなんやらは免除してもらっていたのですが、授業中先生の言っていることが分からないとなるととにかく暇!

6時間ひたすら念仏のような先生の声を聞きながら机にぼーっと座っている。

これがなかなかの苦痛でした。

スペイン語の勉強でもしたら?と皆さん思われるでしょう。

しかし私、スペイン語勉強用のテキストなどを一切持ってきていなかった。完全に馬鹿です。

唯一持っていたスペイン語関連のものが、和西と西和の辞書を1冊ずつだけ。

それ以外には、スペインには勉強道具どころか本やゲームなどもほぼ何も持ってきていなかったので、学校ではおろか家でも非常に退屈していました。

もちろんPCなんかも当時は持っておらず、放課後一緒に遊ぶ友達もいない私は暇で暇で発狂寸前。暇すぎて発狂寸前になっても勉強はしないところが流石私です。もはや誇りに思います。

そんな時に見つけたのが、日本で使っていた携帯の中に入っていたアプリ。

ガラケーですし、もちろんSIMロックだったので通話やメールは一切出来なかったのですが、日本にいた頃は使ったこともなかったアプリを発見して以来ひたすら私はセガさんのアプリのぷよぷよ、では無く何故かコラムスの方にだだハマりしていました。ぷよぷよも入っていたのに。



 

私は全ての時間をコラムスに費やしたおかげで、最終ステージを難なくクリアできるレベルにまで達しました。

あの時の時間を勉強に使っていたら今どのくらいスペイン語が上達していたかと思うと、とても楽しいです。

ホームステイをしている子が1日中部屋に篭りっぱなしで、しかも部屋からは延々とリピートされる怪しいエジプト調のBGMが漏れてくる、そんな状況にガルシア家の方々はさぞかし不安を抱いていたと思います。ごめんなさい。

とにかく私は1,2ヶ月ほどひたすらコラムスで遊んでいました。

しかし私のこの青春のアプリ、後々バグってしまったのか遊べなくなってしまいます。

ですが、あれから3年経った今でもこの素晴らしいゲームコラムスは私の胸に孤独と誇りの象徴としてあり続けています。セガさんには心からお礼を言いたいです。

話逸れすぎました。

 

とにかく学校では授業は苦痛でしょうがなかったのですが、友達とはいかないまでも構ってくれる子はたくさんいました。

スペイン語が分からないなりに、英語も交えクラスの後ろで隣の子とひそひそとお喋りをしたり筆談をしたりして先生に怒られたのは良い思い出です。

お家に招いてくれた子もいましたし、こんな訳の分からない外国人に優しくしてくれるクラスメイトに私は心から感謝していました。

鼻ピアスしていたって良いじゃない、タトゥー入っていたって良いじゃない、マリファナ吸ってたって、まあ、良いよ、ね。

 

後々知ったのですが、私の学校はなかなか治安が悪かったそうです。

 

 

話の大半がコラムスの話題になってしまったことを、深くお詫びします。


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IDカードの件は笑いましたw スペインではあるあるですねw

切ないなあ。なんか色々考えさせられたよ。

いや、波瀾万丈というか、厚顔無恥というか、それでも生き抜いたあなたに拍手。

しもむら さき

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