すべてのコーヒーにストーリーがある。① ~エスプレッソのはなし~

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Story 1 エスプレッソのはなし


 エスプレッソ専用グラインダーのメッシュを調整し、その豆に最適な挽き目を探し、豆を挽き、ポルタフィルタに18gの豆をなるべく円錐状に詰める。それを3回指で平らにならして、余った豆を擦り切る。タンパーを使ってまずは軽く押さえて、ポルタフィルタの側面をタンパーで軽くたたき、もう一度、今度はきゅっと押さえてやる。シャワースクリーンから3秒間お湯を出してから、ポルタフィルタをセットしてスタートボタンを押す。
 これ以降、バリスタは抽出に何の手も加えられない。
 ただ、祈るような気持ちでエスプレッソが出てくるのを見ていることしかできない。それがドリップやほかの抽出と違う点だ。ボタンを押して30秒。他の抽出法と比べても突出して短いエスプレッソの抽出が難しいのはこのためだ。
 そしてそれが1秒に1cc、30秒で30ml(あくまで基準だが)が規則正しく、クレマという微細な泡を帯びてカップに注がれていく様を、バリスタたちはうっとりした目で見つめる。神様が救ってくれたときのような慈愛に満ちた目で。
 ときにはタンパーの中にさまざまな思いを詰めるときもある。もちろん豆も一緒に詰める。
 それはしっかりと味にも現れる。変な話だが、怒っているときのエスプレッソはパンチの効いた攻撃的な味になり、相手に感謝を伝えたいときなどはスムーズに喉の奥まで流れ込むような、優しいクレマがたつというものだ。恋心を込めて抽出したければ、優しいだけではない、びりびりと心が震えるような、魅惑的な味と香りで引き出さなければならない。
 そんなエスプレッソにバリスタはそっと2本の砂糖を勧める。
 あなたはそれをすっとかき混ぜて、3口ですうっと口に運ぶ。カップの底に溜まった砂糖をスプーンですくい、まるでドルチェのようにそれを味わう。水を一口飲んで目を閉じ、余韻を楽しむ。
 そのとき、バリスタの思いがあなたに伝わってはじめて、そのエスプレッソの抽出は成功と言えるのです。


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