肩書きを自分でつけることの効用 …趣味に肩書きをつける/肩書きの数だけ、未来が拓ける vol.2

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私は独立してから、動画・映像ディレクターとして活動しています。他にも、仕事に応じて「ライター」「イベント運営者」などの肩書きを使い分けています。この肩書きは、誰に与えられたものでもありません。自分で自分につけました。それまでずっと会社員だった私は、肩書きはいつも「与えられるもの」でした。

仕事の成果が認められ、ディレクターや、リーダーといった肩書きを与えられることは誇らしくもありました。

独立して自分でつけた肩書きは当初、誰に認められたものでもなく、自分で言い始めたことなので、心許なく、頼りないものでした。


だけど、「肩書きが人を育てる」とは会社員の頃から感じていました。

人は不思議なもので、肩書きを与えられると、その肩書きが書かれた器に値する自分にならなければ、と思い、行動が変わっていくものなのです。会社員の頃から自分の体験あるいは同僚や先輩後輩の姿を見ても、それは実感していました。


自分が決めた、人から与えられた問わず、その肩書きに見合おうと努力したくなる。そうならなければ恥ずかしい、という他人の目線も勝手に気になって行動に拍車がかかる。


そして今感じることは、会社員でもフリーでもどんな立場でも


「自分がなりたい肩書きを(不相応でも)名乗り始めた方がいい」ということ。


その理由は・・・


1、より自分がなりたい像に近づける


肩書きはなりたい自分な訳なので、シンプルですよね。最初は「まだ何も実績ないし大それている…」と分不相応に感じるかもしれませんがだからこそ頑張れる。


2、いつでも変えられる


これが結構大事なポイントです。活動してみて「こっちの方が面白そう」と思ったら、肩書きを変えられる。実は私も、マイナーチェンジをしてきています。「映像ディレクター→ひとがたり映像ディレクター→動画・映像ディレクター」といった感じで。人から与えられた肩書きはそうもいかないので、やりたい方向性が異なってきたときに軌道修正しにくいという点もあります


私の仲間や友人も、会社員でいながら、自分で肩書きをつけて自分の変化を楽しんでいる人がいます。

たとえば・・・


「渋チャレ」

(渋谷さんというOLの女性が、プライベートで社交ダンスやヨガやスポーツなどちょこちょこと色々なことをつまみ食いするのが好きな自分を「渋谷チャレンジ(渋チャレ)」と肩書きをつけて活動しています。色々なイベントの誘いが来るようになったとか)


「お米・発酵を楽しむミニ研究家」

印刷会社に勤めながら、実家がお米農家のルーツが自分の根っこにある、と感じ、「新米と古米ってどう違うの?どう炊いたら美味しいの?」とか「家で味噌を作ってみよう」というようにお米や発酵に関することを日常的に楽しんでいるSさん。人を家に呼んでお米イベントをして活動しています。


ただの趣味、されど趣味。「趣味」と呼ぶとみんなと同じですが、そこに肩書きをつけた瞬間に、自分だけのスキルとなって輝きだすのだな、と友人たちの活動を見て思います。


私もフリーになってから特に「趣味」という言葉は、使わないようになりました。

「趣味ですから」というように、趣味という言葉を使うシーンは、自分への言い訳が多いように思えて。とことん楽しんで、「アマチュアだけど人より極めたい」という意志を持ってオリジナルの肩書きを名乗ってみると、いつの間にかその肩書きに見合う自分になっているのではないか、と思うのです。


こう思うようになったのは、あるTVで観たリリー・フランキーさんの言葉がきっかけになっています。

一般の人から寄せられた「絵本作家になりたいのですが、どうしたらよいですか?」という質問に対して、リリーさんはこう即答しています。


そんなの簡単ですよ、明日から”私は絵本作家です”って名乗ればいいんです。自信がなければ”まだ駆け出しなんですが”ってつければいい。そうすれば明日からなれますよ


と。つまり、そういうことなんだと気づきました。

それまで私は肩書きは「あとからついてくるもの」だと思っていたのです。実績があって、認められて、名乗れるものなのだと。

でも、そんな決まりはありません。

実際、同じ肩書きを名乗っている人にはあらゆるレベルの人がいる。医師や弁護士のように資格のいらない職業であれば、はやく肩書きを名乗って、その器に追いつくように努力をすればいい。

しかも、名乗ると不思議と仕事が舞い込むようになってくるのです。そして、舞い込んでくる仕事は必ず自分が背伸びしてやっとできることだったりするのです。その仕事をつかんで、「お任せください」と涼しい顔で受けて、背伸びしてなんとか達成する。すると、また次にもう少し背伸びをするような仕事が来る・・・その連続が、いつしか「肩書き相応」の自分へと育ててくれるのだと思います。

そうやって肩書きによって、自分を育てていく道もあるのだと知ると、自分のキャリアをより主体的に組み立てられるようになります


2つめ、3つめの肩書きをつけること。意外とそのハードルは高くないのかもしれません。

続きのストーリーはこちら!

仕事とプライベートの境界を溶かす/肩書きの数だけ、未来が拓ける vol.3

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