占いを実行して、占いの意味を知る 【効果】

前話: 占いを実行して、占いの意味を知る 【変化】
次話: 占いを実行して、占いの意味を知る 【行動】

年も明け、70日の制限も終わり、さて、これからどうするか、と元町を散歩していた。

表のメインストリートから山側に一本道を入るとそこには神社があった。神社の境内からはさらに脇道が伸びている。住宅街へと続くその道に、一軒家の風貌をしたマッサージ院があった。普通の住宅の様に見えるが、元町らしいというか、洋館のような造りで、玄関の扉も洒落たガラス扉だった。建物の前面は一軒分の敷地がそのまま更地になったような、砂利の駐車場になっている。ひしめきあうように住宅が立っている街なのに、そこだけぽっかりと空間があった。建物の裏はコンクリートで止められた崖になっていて、湧水がパイプから流れている。崖からは木が生えていて、建物のバックは灰色ではなく、緑に見えた。駐車場を突っ切りコンクリートの階段をあがり、扉を開けた。予約は入れていなかったが、空いていたようで、すぐに施術ができますよ、ということだった。店内は住居にそのまま施術ベッドだけを置いたような、簡素なものだった。けれどなにかすっきりとした印象を受ける。掃除が行き届いているのだ。

施術を受けながら、あのー、ここで働きたいんですが、と口から言葉がこぼれた。

施術者は明らかに狼狽し、なに?同業者?と固まった。

 

なんで?なんでここなの?

女の子だったらもっと他に働くところあるでしょう。

何もこんな地味なところじゃなくったって。

ここ、俺ともう1人おじさんがいて、2人でやってるんだけど、経営者は別にいるから。

俺に言われても、いいともダメとも言えないから、上に話はしといてあげるけど、

ほんとにここ?そんなにお客さんいないよ?なんで?

 

面接をしてもらえるなら連絡をください、と電話番号を渡して帰宅した。

後日私の電話は鳴り、即日勤め先となった。

私は元町に住んで元町で働くことになった。

 

なぜここで?と聞かれても、この時はまだ漠然とした思いだった。

ただ、神社が近くにあって、商店街まですぐなのに住宅地にあって、とても静かだった。

とても気持ちが良かったのだ。

 

営業時間は10時から26時となっていたが、夜は近隣のホテルから出張の依頼が入ることがあるため、おじさん2人は14時に出勤して26時まで、という働き方をしていた。このお店の経営者は、このお店以外にホテルやゴルフ場や倉庫業も経営していて、家付きの土地が余ってるからマッサージでもやってれば?くらいな感覚だったらしい。店には全く顔を出さず、月に1度やってくる経理の人と経営者の親戚のおばさんが管理者をしている、とてもざっくりとしたお店だった。売り上げにもまるで関心が無い。なぜなら、歩合制だったので家賃がかからなければ、経営者には施術者が増えても減ってもまるでデメリットはない。どちらでもどうぞ、というものだ。

しかし、同じお店で働く施術者としては話がちがう。お客さんの数を施術者の数で割ったものが自分の給料になるのだ。分母は小さいほうがいい。2人のおじさんは申し訳なさそうにしながらも、俺たちも生活があるから、3ヶ月はローテーションに入れてあげられない、その代わり10時から14時まではやってくるお客さん全部1人で入っていいから、でもその時間は営業してなかったからお客さんこないかもしれないからね、外に立ってチラシ配って、頑張ってお客さん自分で連れてきなね、と言われた。

そんなこと、鎌倉店で腐るほどやってきた。ぜんぜん怖くなかった。

私は10時から14時まで1人でお店番をしながらカーテンを洗濯したり、前日に干した洗濯物を片づけたり、チラシを新しいものに作り替えたり、看板を直したり、花壇に花を植えたりした。13時に出勤してくるおばさんとお茶をしてから自宅に戻り、お昼ご飯を食べ、15時にお店に戻ると午前中に印刷しておいたチラシを持って2時間ほど元町界隈にポスティングをしだした。20時までを就業時間とし、それまで空き時間があればこのお店の共通の手技をおじさんたちから学んだり、私の手技を教えたりし、お店としてのレベルアップに努めた。

あれ、あそこ、女の人の施術者が入ったんだね、と口コミが広がっていき、いつも来店してくれていたお客さんの奥さん・娘さんから女性施術者指名で、という話も増えていった。

印刷した地図を2階の休憩部屋に張り、ポスティングした地域に色を塗っていたりしていると、おじさん2人も空き時間や出張の帰りに、まだ色が塗られていない地区へポスティングに行ってくれるようになり、私がローテーションに加わるころにはお店の売り上げは1.5倍以上になっていた。私1人が増えたことでおじさんたちの給料は減ることもなく、さらには上がっていった。私も伊勢佐木モールで働いていたころの月給よりもお給料が増え、引っ越しをして70日を超えた効果なのかなぁ、と漠然と感じていた。

おじさん2人も、やっぱり女の子がいると違うよね、ここに来てくれてよかったと喜んでくれていたし、私も2人の収入を減らすことなく加わることができて、生活費もちゃんと稼げるようになって、本当に嬉しかった。

鎌倉店や伊勢崎モール店でやっていたのと同じ努力をしただけなのに、こんなにも充実度が違うものか、と不思議な感覚も覚えた。それは、同じ方向を向いた仲間と、同じ思いを共有できた喜びだった。

 

このお店で働き始めて半年が過ぎたころ、常連のお客さんがやってきて、

この土地、売りに出てるわよ、あんたたち知ってるの?と聞いてきた。

私は急いで近くの不動産屋に走り、掲示物の中からお店の住所が載った物件を見つけた。

 

土地 1億5千800万円。

 

ひぃ、と声を漏らしながら、後ろに後ずさった。

私は、元町、と言う場所の土地の価格をこの時に初めて知った。こんな場所で仕事をしていたのか。不動産情報に疎かったので、自分が借りている部屋も元町では破格だったことを後から知った。相場であれば、倍近くはしている。なぜこんなところに転がりこめたのかと思ったところで、ドラえもんの顔が脳裏をよぎった。

きちんと時をよまないと

 

しかし、この職場は無くなるかもしれない。どういうことだ?

 

お店の土地は売り物件として不動産屋のウィンドウに掲示されてはいたが、やはり高額なのですぐには何も変化はなかった。おじさん2人と私はとても動揺したが、自分たちにできることは毎日コツコツと施術をすることだ、と切り替えた。相変わらずポスティングを続けていたお陰で、私は元町~山手~本牧の地理に詳しくなり、女性宅への出張施術もこなすようになっていった。指名も増えて10時から20時までずっとお客さんに入る日も増え、ローテーションに入れなくなるくらいだった。いつの間にかおじさん2人の給料を、抜いてしまっていた。

秋になり、そういえばまだ張ってあるのかな、と不動産屋の掲示に目を止めた。

 

土地 9千800万円。

 

ひぃ、と声を漏らしながら、後ろに後ずさった。2度目だ。

酷い値下げをしていた。

これは、本気で売ろうとしている証だった。

どんなに3人で頑張ろうと、マッサージ店にそんな大金は作れない。

お店に戻って、おじさん2人に伝えると、本当にここを閉めるつもりなんだ、俺たちも次の職場を探さなくちゃ、と言ってまるでポスティングに行かなくなった。まだ売れたわけではなかったのに、すっかりやる気をなくしてしまった。

週末や休日に駐車場の先から物件を見学しにくる人も増えた。中までは入ってこなかったが、建物自体は取り壊す算段のようだった。

11月も終わりを迎えるころ、管理をしているおばさんから、3人に話がある、と切り出された。

 

ついにこの土地が売れました。年内いっぱいでこのお店は閉店となります。

貴方たちは社員ではないので、なにも手当はつきません。

が、忘年会くらいはやりましょうよ。

 

おばさんと私たち3人はうっすら涙を浮かべ、今年の1年は楽しかったね、みんな元気でね、と笑顔で言いあった。

 

元町に越してきて、1年が過ぎたころだった。

私は、自分の中の時計の針が、かちり、と動き出したのを感じていた。

来た。

もう、決断を実行するときだ。


 

ストーリーをお読みいただき、ありがとうございます。ご覧いただいているサイト「STORYS.JP」は、誰もが自分らしいストーリーを歩めるきっかけ作りを目指しています。もし今のあなたが人生でうまくいかないことがあれば、STORYS.JP編集部に相談してみませんか? 次のバナーから人生相談を無料でお申し込みいただけます。

続きのストーリーはこちら!

占いを実行して、占いの意味を知る 【行動】

著者の三輪 ミキさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。