字幕翻訳者になるために人材会社に入社する、ということ

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字幕翻訳者になりたい

早速見出しの内容からかけ離れてしまって恐縮ですが、私は今、人材会社で働いています。

そして私は、12歳の頃から「字幕翻訳者」という職業を目指しています。

…わけがわからなくなるのも無理はありません。

このストーリーでは、字幕翻訳者になるために人材会社に入った話をしようと思います。


字幕の本質について考えた

なぜ字幕翻訳者を目指す私が人材会社に入社したのか、ということを説明するために、私のことを少しだけお話しなければなりません。退屈でしょうが、お付き合い下さい。

私は12歳の頃に「字幕翻訳者」という職業があることを知ってから、その業界でトップになることを人生の終着点にしようと決めました。ちなみにその背景は別のストーリーで書いているので割愛しますね。

とは言え、不真面目な学生だったので就職活動もろくにしないまま卒業を目前に控え「はてどうしようか」と考えました。もちろんそのまま卒業して字幕翻訳を生業にしようかとも思ったのですが、トップの字幕翻訳者になるためには学問的な知見も必要だろう、と踏んで、立教大学大学院に進学することにしました。

言わずもがな大学院では研究をしなければならないわけですが、私は「なぜ戸田奈津子さんは、日本で一番有名な字幕翻訳者なのか」という研究をしてみようと思い立ちました。



戸田奈津子さんという方についてご存じない方のために一言で説明すると「ハリウッドスターの通訳をしているおばあちゃん」です。彼女は紛れもなく日本でトップの字幕翻訳者であり、近く80歳になるというのに今も精力的に活動しています。彼女が”女王”たる所以を探り、真似をすることで、私もトップの字幕翻訳者になれるのではないかという下心で研究することにしたのです。



その研究を進める中で「そもそも字幕の本質って一体なんだろうか」と考えたのですが、それは「人に映画の世界観を伝えるもの」だと結論付けることができました。

戸田奈津子さんの字幕はしょっちゅう「誤訳!」「へたくそ!」と多くの方々からdisられる一方で、彼女に憧れて字幕翻訳者を目指す方々も多く、彼女にハリウッド映画の案件を依頼する関係者は後を絶ちません。

良くも悪くも、彼女が紡いだ字幕が人をそこまで惹きつけるのは、きっと彼女が”字幕”というものを「人に映画の全てを伝えるツール」として認識しているからなのだろうと思いました。

戸田奈津子さんは「字幕翻訳者」を、監督や脚本家のような「映画の作り手のひとり」として位置付けている言及があり、私は今もその言葉を指針にしています。無論、多くの字幕翻訳者の方々も同様の考えを以ってお仕事されているはずです。


翻訳とは、Aという言葉をBという言葉に置き換えるだけの単純な作業だとよく言われます。最近ではGoogle翻訳の精度も上がり、「翻訳者」という職業がなくなるのではないかとも言われています。



しかし、私はこの「字幕翻訳者」という職業だけは、「人」でなければならないと信じています。1秒の台詞にたった4文字の言葉しか当てられないという厳しい制約があるために、字幕翻訳者個々人の”芸術”がそこに現れるためです。

そしてもう1つ理由があるとするならば、「人にこの世界観を伝えたい」という気持ちがなければ務まらないためです。


字幕翻訳のテクニック自体は割とあっさり身につくのかもしれませんが、「人に伝える」ことは一朝一夕で身につくはずがありません。

だから、私は寄り道をすることにしました。


「いいじゃん、それ」

そんなわけで、私は就職活動をすることにしました。



今エントリーシートのデータを見返しても「翻訳者」「伝える」「コミュニケーション」という文字が踊り、くどくどと説明されていました。

私、トップの字幕翻訳者になりたいんです。

人に伝え、人の心を動かすプロになりたいんです。だから、御社に入りたいです。

志望理由を聞かれるとそんなことを平然と言っていたので、数々の企業の方から怪訝そうな顔をされました。今思えば大人をナメすぎです。

「じゃあ会社員じゃなくて字幕翻訳者になればいいじゃない」と言われたら、「これまで翻訳の勉強をする中であんなことやこんなことを学びました。例えば御社のこういう事業においては、私が学んできたあんなことやこんなことは役立つんですよ、私は使える人間ですよ、だから雇って」と生意気なことを言い、応戦していました。こちらも予め論理武装をし、鎧をまとって戦っていたわけです。


けれど私が今在籍している会社だけが、違った反応を示したのです。

「いいじゃん、それ」

「あの、正直に言うと、人材とか全然興味ないので特に志望理由ないんですけど」

「いいじゃん、別になくても」

「えっ」

「字幕翻訳者になりなよ、応援するよ」

想定していなかった”いいじゃん”の応酬に面食らったものの、自らの夢を素直に受け止められたことで纏っていた鎧を脱ぎ捨てることができた気がしました。


ていうか、そもそもなぜ人材会社を受けたのか

というと、単純にその会社で働く人が皆”泥臭くて、かっこよかったから”です。

その企業の社員数名とお話する中で「目の前の、あるいはどこか遠くの誰かに、何かを伝える」ということに心を砕いていたためです。

”伝える”という方法はとても簡単です。私達は何らかの言語を使って何かを伝達することができるので、日頃生活する中で困ることはさほどありません。けれど、生活の域を離れ、何か大きな目的を持つと、”伝える”ということに重要な価値が付与され、途端に難易度が上がります。



字幕翻訳で言うならば、「作品の世界観を(観客に)伝える」「監督や脚本家の意図を(観客に)伝える」といったことです。

今私が在籍している企業はそれを分かっていて失敗することは数あれど、それでも目の前の、あるいはどこか遠くの誰かに、何かを伝えることを決して諦めない姿勢が見て取れたのです。更に言うならば、「伝える」ことで満足していませんでした。

伝えるだけではなく、動かすこと。そこに、泥臭さとかっこよさがありました。


何を動かすのかはそれぞれあるのでしょうが、共通しているのは「心を動かす」ということでした。

就職する方々に対して企業の魅力を伝え、そして心を動かし、本当にその方にとってベストだと思える企業にご入社頂く。コトバで書くと陳腐で単純かもしれませんが、そこに心血を注ぐ方々が魅力的に思えてならなかったのです。

対マスではなく、対個人への伝え方や動かし方をこの会社で学びたい。そう思ったのは、実は選考が終盤に差し掛かるあたりのことでした。


入社して思うこと

そうしてご縁あって入社することが決まり、私は現在、企業の営業担当として働いています。

「人に伝え、人の心を動かす」ということだけを行動の指針に置き、泥臭く頑張っています。しかしこれがなかなか難しく、やはり一朝一夕では身につくことのできないスキルだと思い知らされる毎日です。

日々忙しく、あくせくと働いている中でふと心の指針を忘れそうになると、上司や先輩が「えいみー、『人に伝え、人の心を動かす』字幕翻訳者になるんだろ?」と起動修正してくれます。初心を思い出させてくれるどころか、字幕翻訳者になることを真に応援し続けてくれる今の職場が大好きです。

そして、今身につけようと思っているのが一朝一夕で身につかないスキルだからこそ、何をもってして体得できたとするのかは自分次第なのかもしれません。優秀な成績を収めてMVPを取ることなのか、はたまた企業のご担当者様に「ありがとう」と言われることなのか、未だに分かりません。

けれど、「伝わった」「心を動かせた」という”ミクロな実感”の積み重ねが、確かに私の血肉となり、トップの字幕翻訳者になることへ押し上げてくれるのだと信じています。

これが、字幕翻訳者を目指すために人材会社に入社した理由です。

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Yano Amie

人生の終着点は字幕翻訳者。

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